第三十八話 観光土産と情報料
アストリア王国。
荒事・捜索・護衛・その他応相談。
そんな看板を掲げた探偵事務所の応接室に、今日は珍しい顔が揃っていた。
所長。
リリス。
女刑事。
そして、マフィアの幹部。
当然。
この二人の仲は最悪だった。
「……」
「……」
向かい合って座りながら、互いに目も合わせない。
リリスが紅茶を置く。
「どうぞ」
「ありがとう」
女刑事には丁寧に。
そしてマフィアの幹部には。
「……」
少しだけ雑に置いた。
「俺には愛想がねえな」
「気のせいです」
「絶対気のせいじゃねえだろ」
「そうですか」
女刑事が小さく笑う。
「嫌われてるんじゃない?」
「お前に言われたくねえよ」
「私はあなたたちを信用していないだけよ」
「こっちだって警察なんか信用してねえ」
「奇遇ね」
「どこがだ」
早くも険悪な空気になる。
所長は煙草を咥えながら、二人を眺めた。
「仲いいな、お前ら」
「どこが!」
「どこがだ!」
二人の声が重なる。
所長がニヤリと笑った。
「ほら」
「何が『ほら』なのよ!」
「息ぴったりじゃねえか」
「……」
「……」
二人は同時にため息を吐いた。
「始めるぞ」
所長が灰皿へ灰を落とす。
「まずはカルテルについてだ」
マフィアの幹部が姿勢を正す。
女刑事も資料を取り出した。
「ドワーフ王国で得た情報だ」
「へえ」
所長は椅子に深く座りながら話し始めた。
「カルテルはドワーフ王国の地下に精製設備を持ってた」
「技術者を何人も抱えていたらしい」
「設備自体はかなり大規模だ」
「共和国から運び込んでいた原材料の一部を、そこで精製していた」
女刑事がメモを取る。
「それだけ?」
「ああ」
「他には?」
「警備が厳重だった」
「地下施設だった」
「ドワーフの連中がかなり嫌がってた」
「……」
女刑事のペンが止まる。
「所長」
「何だ?」
「それで全部?」
「全部だ」
「本当に?」
「ああ」
「……」
女刑事はゆっくりと所長を睨んだ。
「あなた」
「何だよ」
「それで私が納得すると本気で思ってる?」
「思ってる」
「嘘ね」
「何でだ」
「あなたがそんな浅い情報だけ持って帰ってくるわけがないからよ」
所長は黙った。
マフィアの幹部も口を挟む。
「俺もそう思う」
「お前まで言うな」
「お前が情報を隠してる時の顔、分かりやすいんだよ」
「……」
リリスも静かに頷いた。
「私もそう思います」
「お前までか」
「はい」
所長は三人を見る。
そして、大きくため息を吐いた。
「分かったよ」
煙草を灰皿へ押し付ける。
「ドワーフ王国の地下に、カルテルが作った精製施設があった」
「技術者は人質にされていた」
「設備はかなり本格的で、カルテルの中でも重要拠点だった」
女刑事がすぐに聞く。
「重要拠点?」
「ああ」
「具体的には?」
「カルテルの精製技術を支える設備だ」
「技術者は?」
「ドワーフが中心だ」
「人質は?」
「全員救出した」
「施設は?」
「壊した」
「どこまで?」
「使えない程度だ」
「どうやって?」
「崩した」
「……」
女刑事は額を押さえた。
「あなた、本当にドワーフ王国まで行ったのね」
「ああ」
「誰かから依頼を受けて?」
「いや」
「ドワーフ王族から?」
「それは後だ」
「じゃあ、その前は?」
「ない」
「……」
女刑事の顔が変わる。
「つまり、誰からも依頼されてないのにドワーフ王国へ行ったの?」
「ああ」
「勝手に?」
「自主的にだ」
「それを普通は勝手に行ったって言うのよ!」
女刑事が机を叩く。
「ドワーフ王国に行って!」
「カルテルの拠点を見つけて!」
「人質を救出して!」
「施設を壊して!」
「王族から特別通行証まで貰って!」
「その全部を誰からも依頼されずにやったの!?」
「ああ」
「どうしてよ!」
「……」
所長は面倒くさそうに頭を掻いた。
「お前、うるせぇな」
「うるさいじゃないでしょうが!」
所長は鷹揚に手を振る。
「観光だよ」
「……」
「観光」
女刑事が固まる。
マフィアの幹部も固まる。
「ドワーフの国に遊びに行ったんだよ」
「酒飲んで」
「銃器工房見て」
「飯食って」
「街を見て回って」
「そのついでにカルテルがいたから潰した」
「……」
女刑事の口元が引きつった。
「……観光?」
「ああ」
「それが理由?」
「そうだ」
マフィアの幹部がちらりとリリスを見る。
そして。
ニヤリ。
女刑事も所長とリリスを見比べる。
「……なるほどね」
「何だ?」
「いえ」
「言え」
「リリスさんと一緒に旅行したかったのかなって」
「……」
所長が黙る。
マフィアの幹部もニヤニヤする。
「銃器工房に行って」
「酒場にも行って」
「二人で腕組んで国境まで歩いたんだろ?」
「誰から聞いた」
「情報源は秘密だ」
「そうか」
所長はリリスを見る。
リリスはいつもの無表情。
「私は楽しめました」
「……そうか」
所長の口元がわずかに緩む。
それを見て。
女刑事とマフィアの幹部はさらにニヤついた。
「……お前ら」
「何?」
「何だ?」
「その顔やめろ」
「どんな顔?」
「知らねえよ」
所長は不機嫌そうに煙草へ火をつける。
「話を戻すぞ」
「はいはい」
所長は続ける。
「施設の構造は地下坑道を利用したものだった」
「警備はかなり厚かった」
「カルテルはドワーフの技術者を人質にして設備を維持させていた」
「だからドワーフ王国も下手に手を出せなかった」
「最終的には俺たちが人質を救出し、施設を破壊した」
女刑事は黙々と記録する。
「それと?」
「カルテルの連絡経路もいくつか分かった」
「設備へ原材料を運ぶルート」
「警備の交代時間」
「地下坑道の構造」
「技術者の拘束場所」
次々と情報が出てくる。
女刑事の表情が真剣になる。
「……それ、最初から言いなさいよ」
「面倒だった」
「本当にそれだけ?」
「ああ」
マフィアの幹部が口を挟む。
「しかし、これはかなり使える情報だな」
「そうだろ」
「情報料はいくらだ?」
所長は首を傾げた。
「情報料?」
「ああ」
「いらん」
「……」
マフィアの幹部が目を丸くする。
「本当に?」
「ああ」
女刑事も驚いた顔をする。
「珍しいわね」
「今回は観光だったからな」
「……」
所長は鞄を指差す。
「観光土産みたいなもんだ」
「情報が?」
「ああ」
「随分と物騒なお土産ね」
「酒よりは役に立つだろ」
リリスが静かに言う。
「お酒も買っていましたが」
「それは俺の土産だ」
「自分への?」
「ああ」
「……」
女刑事が苦笑する。
「本当に観光だったのね」
「だから最初からそう言ってるだろ」
マフィアの幹部も笑う。
「じゃあ今回はありがたく貰っとく」
「ああ」
「本当にタダでいいんだな?」
「いい」
「……分かった」
マフィアの幹部が資料を眺める。
「しかし」
「何だ?」
「これだけの情報をタダで渡すとはな」
「観光土産だ」
「はいはい」
幹部は苦笑した。
だが。
所長はそこでニヤリと笑った。
「ただし」
「……」
「別の商品はある」
「やっぱり!」
女刑事が叫ぶ。
所長は足元の鞄を引き寄せる。
そして。
一束の書類を取り出した。
「精製設備の設計図だ」
「……」
マフィアの幹部の目が輝く。
「本物か?」
「ああ」
「全部?」
「一式だ」
「構造図」
「配管」
「設備配置」
「必要な材料」
「精製工程まである」
幹部が唸る。
「……いくらだ?」
所長は即答した。
「1000ゴールド」
「高え!」
「嫌なら買うな」
「高すぎる!」
「カルテルの設備だぞ」
「だからって1000はねえ!」
女刑事は呆れた顔で二人を見る。
「始まったわね……」
「500」
「1000」
「600」
「1000」
「650!」
「1000」
「700!」
「……」
所長が少し考える。
「700か」
「ああ」
「……いいだろ」
「本当か?」
「700ゴールドなら売る」
「よし!」
幹部が金を出す。
女刑事が呆れた顔をする。
「結局、700で売る気だったんじゃないの?」
「いや」
「じゃあ?」
「800でもよかった」
「……」
「交渉次第だ」
「本当に強欲ね」
「褒め言葉か?」
「違う」
幹部は700ゴールドを支払う。
所長は金を受け取り、設計図を渡す。
「商談成立だ」
「最初からそうしろよ」
「商売は吹っかけるところから始まる」
マフィアの幹部は苦笑する。
「やっぱりお前は信用ならねえな」
「お互い様だ」
女刑事が立ち上がる。
「もういいわ」
「帰るのか?」
「ええ」
資料をまとめる。
「今日聞いた情報は捜査に使う」
「好きにしろ」
「それと」
女刑事が所長を見る。
「次にドワーフ王国へ行く時は、せめて誰かに知らせなさい」
「面倒だ」
「……」
「まあ」
所長は煙草を吸う。
「次があれば考える」
「期待しないでおくわ」
マフィアの幹部も立ち上がる。
「俺も帰る」
「おう」
幹部はドアへ向かう。
そして。
ふと振り返った。
「……そういや」
「何だ?」
「ドワーフ王国、楽しかったか?」
「……」
所長が眉をひそめる。
「観光だからな」
「そうかそうか」
幹部がニヤリと笑う。
「良かったな」
「……」
「リリスと」
「お前、帰れ」
「はいはい」
幹部は笑いながら事務所を出ていった。
女刑事も。
「じゃあね、観光帰りの所長さん」
「お前も帰れ」
「ふふ」
ドアが閉まる。
事務所が静かになる。
所長は深く煙草を吸った。
「……あいつら、次会ったら殴る」
リリスが酒瓶を片付けながら言う。
「ほどほどにしてください」
「分かってる」
「本当に?」
「ああ」
少し間を置いて。
「……楽しかったか?」
所長が聞く。
リリスは。
「はい」
短く答えた。
「とても」
「……そうか」
所長は満足そうに煙草を吹かした。
そして。
「ああ、そういえば」
リリスが机の引き出しを開ける。
「所長たちがドワーフ王国へ行っている間に、依頼の手紙が一通届いていました」
「依頼?」
「はい」
リリスは一通の封筒を取り出した。
「こちらです」
所長へ差し出す。
「……珍しいな」
所長は封筒を受け取った。
表に書かれた差出人を見る。
「誰だ?」
「まだ開けていません」
「そうか」
所長は封蝋を眺める。
そして。
「さて」
煙草を咥えたまま。
ニヤリと笑う。
「今度はどんな面倒事だ?」
新たな依頼。
それが。
次なる事件の始まりだった。