第四十六話 復讐者たちの居場所
朝。
酒臭い部屋には、二人の男がいた。
一人はソファに沈み。
もう一人は椅子に座っている。
どちらも顔色が悪い。
「……」
「……」
テーブルの上には、昨夜大量に消費された酒瓶。
そして。
二人の前には黒い液体が入ったカップが置かれていた。
「飲め」
昔馴染みが言う。
「まずい」
「知ってる」
「なんでこんなにまずいんだ」
「俺が淹れたからだ」
「自信満々に言うな」
所長は渋々カップを傾ける。
一口。
「……」
眉間に皺が寄る。
「やっぱりまずい」
「うるさい」
二口。
三口。
しばらくすると。
ようやく所長の目に光が戻ってきた。
「……少しマシになった」
「それはコーヒーのおかげじゃなくて、時間が経っただけだろ」
「そうか」
所長は煙草に火をつける。
「で」
「何だ?」
「昨日の話」
所長は煙を吐く。
「モーテルを吹っ飛ばした連中について、もう少し聞かせろ」
昔馴染みは少し黙った。
「……そうだな」
そして。
「実は一つ、気になる情報がある」
「なんだ?」
「カルテルに合流した魔族がいる」
所長の眉が動く。
「魔族?」
「ああ」
「元軍人か?」
「その可能性が高い」
昔馴染みはテーブルに肘をつく。
「情報屋から聞いた話だ」
「魔族の中に、お前を恨んでいる連中がいる」
「それは知ってる」
「捕虜爆弾の件だ」
「ああ」
「だが」
昔馴染みは続ける。
「その中の一部が」
「カルテルに接触した」
所長は黙った。
「理由は?」
「金」
「それだけか?」
「いや」
昔馴染みは首を振る。
「復讐だ」
「……」
「お前を殺すために、カルテルの力を借りようとしている」
「なるほどな」
所長はあっさり言った。
「それで?」
「それで?」
「そいつらはどこにいる?」
昔馴染みが苦笑する。
「聞くと思ったよ」
「当然だろ」
「まだ確定情報ではない」
「それでもいい」
「……」
昔馴染みは煙草を一本取り出した。
「魔界の南東部」
「軍の管理区域に近い場所だ」
「具体的には?」
「古い採掘場がある」
「今は使われていない」
「そこを連中が使っているらしい」
所長は地図を広げた。
「ここか?」
「ああ」
「随分と軍の施設に近いな」
「そうなんだ」
「偶然か?」
「……」
昔馴染みが苦い顔をする。
「そこが問題だ」
「何が?」
「その土地」
「軍が貸している」
所長の動きが止まった。
「軍が?」
「ああ」
「カルテルに?」
「正確には」
昔馴染みは言葉を選ぶ。
「魔族軍の一部の人間が、カルテル側に土地を提供している」
「賄賂か?」
「おそらくな」
「証拠は?」
「今のところはない」
「だが」
昔馴染みは続ける。
「土地の使用許可を出した記録が不自然に消えている」
「管理担当者も」
「最近、急に金回りが良くなった」
「なるほど」
所長は地図を眺める。
「腐ってるな」
「一部だけだ」
「全部腐ってるなんて言ってない」
「だが」
昔馴染みは顔をしかめる。
「軍がカルテルに土地を貸しているとなると」
「話が変わってくる」
「ああ」
所長は地図を指で叩く。
「カルテルの拠点が軍の縄張りの中にある」
「しかも」
「復讐目的の魔族まで集まってる」
「そういうことだ」
「なるほどな」
所長は少し考える。
「それで」
「何だ?」
「モーテルの件」
「……」
「その連中がやった可能性は?」
「高いと思う」
「理由は?」
「お前が魔界に入ったことを知った」
「そして」
「お前を追いかけた」
所長は黙って煙草を吸う。
「俺が伯爵家に行ったことも知ってたのか?」
「そこまでは分からない」
「でも」
「モーテルに泊まったことは把握していた」
「だから爆破した」
「おそらくな」
所長は鼻を鳴らした。
「ずいぶん熱心だ」
「お前が昔やったことを考えればな」
「そうか?」
「そうだよ」
昔馴染みは苦笑する。
「お前に恨みを持っている奴は多い」
「だが」
「わざわざカルテルに入ってまで追ってくるとなると」
「相当だな」
「ああ」
所長は地図を見る。
そして。
「そこまで分かったなら」
立ち上がった。
「行くか」
「どこへ?」
「その採掘場」
「……」
「何だ?」
「二日酔いじゃなかったのか?」
「二日酔いだ」
「じゃあ寝てろ」
「嫌だ」
「なんでだ」
「俺を殺したい奴がいるんだろ?」
「ああ」
「なら」
所長は笑う。
「顔を見に行ってやる」
「お前な……」
「それに」
所長は地図を折りたたむ。
「軍が土地を貸してるってのも気になる」
「調べるつもりか?」
「いや」
所長は煙草を咥える。
「聞きに行く」
「誰に?」
「貸した奴に」
「……」
昔馴染みが頭を抱える。
「お前、本当に探偵か?」
「一応な」
「探偵は普通、そんな場所に乗り込まない」
「そうか?」
「ああ」
「じゃあ」
所長は酒瓶を一本手に取った。
「普通じゃない探偵ってことでいいだろ」
「二日酔いのまま酒を持つな」
「これは水分補給だ」
「酒だよ」
「細かいな」
二人は顔を見合わせる。
そして。
昔馴染みがため息をついた。
「……分かった」
「おう」
「その採掘場まで案内する」
「助かる」
「ただし」
「ん?」
「軍の腐敗分子が本当に関わっているなら」
「下手をすると」
「カルテルだけじゃなく、軍そのものを敵に回すぞ」
所長は少しだけ考え。
それから。
「……面白くなってきたな」
そう言って。
残ったコーヒーを一気に飲み干した。
「うっ」
「まずいだろ?」
「やっぱりまずい」
「だから言っただろ」
所長は顔をしかめながら。
地図を懐へしまった。
こうして。
所長への復讐を望む魔族たちと。
カルテル。
そして。
その裏で土地を提供する腐敗した軍人たち。
三者の存在が。
少しずつ一つの線に繋がり始めていた。