第四十九話 裏切り者と魔導鎧
会議室には、重苦しい空気が漂っていた。
所長は椅子に深く腰掛け、両手には手錠。
向かいには魔族軍の司令官。
その後ろには二人の副官が立っている。
所長は煙草を咥えたまま、しばらく司令官を眺めていた。
「……なあ」
「なんだ」
「さっきから思ってたんだが」
所長は煙を吐く。
「カルテルに土地を貸してるのは、ここの誰かだろ?」
司令官の眉が動いた。
「……いきなり核心を突くな」
「図星か?」
「この地区の軍人の中に、カルテルと内通している者がいることは把握している」
「ほう」
「ただし、私の権限だけでは全てを処理できん」
「なんでだ?」
「証拠が足りない」
「面倒だな」
「軍というのはそういうものだ」
「俺ならぶん殴って吐かせるが」
「だからお前には手錠をかけている」
「なるほど」
所長は手錠を持ち上げた。
ちゃり、と金属音が響く。
「これ、外してくれねえか?」
「断る」
「窮屈なんだが」
「我慢しろ」
「酒が飲めねえ」
「そこは我慢しろ」
「……」
所長は不満そうに手錠を見た。
やがて諦めたように煙草へ意識を戻す。
「まあいい」
「話を戻すぞ」
「なんだ?」
司令官は少し言葉を選んだ。
「お前を狙っている連中についてだ」
「俺を殺したい奴らか」
「ああ」
「どうする?」
所長の声が少し低くなる。
「殺していいのか?」
副官の一人がわずかに身構えた。
司令官は、しばらく所長を見つめていた。
「……正直に言えば」
「ん?」
「お前を殺したいと思う気持ちは、分からんでもない」
所長は黙った。
「戦争中、お前が何をしたのかは知っている」
「捕虜を爆弾にした件か」
「ああ」
司令官は重く頷いた。
「魔族側からすれば、決して忘れられるような話ではない」
「……」
「家族を失った者もいる。仲間を失った者もいる。お前を憎んでいる者がいるのも当然だ」
「なるほど」
「だから、そいつらがお前を殺したいと思う気持ちそのものを、私は否定しない」
司令官はそこで一度言葉を切った。
「だがな」
声が低くなる。
「カルテルに魂を売った時点で、そいつらはもう軍の仲間ではない」
「……」
「軍人としてお前を殺すのなら、まだ話は違った」
「復讐としてか?」
「そうだ」
司令官は頷く。
「だが、カルテルと手を組み、軍の土地を不正に利用し、犯罪組織の一員としてお前を殺そうとしているなら話は別だ」
「ただの犯罪者ってわけか」
「そうだ」
司令官は所長を真っ直ぐ見た。
「だからこそ、犯罪者として法で裁く」
「殺すなってことか?」
「極力な」
「……」
「捕らえられるなら捕らえろ」
司令官は念を押す。
「事情聴取も必要だ。誰が土地を貸したのか、カルテルと誰が繋がっているのか、何を企んでいるのか。生きていなければ聞き出せん」
「面倒だな」
「お前が言うな」
所長は露骨に嫌そうな顔をした。
「分かったよ」
「本当に分かったのか?」
「善処する」
「……」
副官が小さく呟く。
「それは承諾したと考えていいのでしょうか?」
「俺なりの承諾だ」
司令官は頭を抱えた。
「……せめて『殺さないよう努力する』くらい言え」
「それだと嘘になる」
「開き直るな!」
所長はニヤリと笑った。
「まあ、殺さずに済むならそうするさ」
「それでいい」
司令官はようやく頷いた。
「少なくとも、最初から殺すつもりで行くな」
「分かった」
所長は煙草を咥え直した。
「で、次の話は?」
司令官は深く息を吐いた。
「……軍から盗まれたものについてだ」
「武器か?」
「それもある」
「なら別に珍しくねえな」
「魔導鎧だ」
所長の眉が上がった。
「……魔導鎧?」
司令官は資料を机の上へ広げた。
「魔石を動力源として使用する軍用装備だ」
「鎧ってことは」
「外見は重装甲の鎧に近い」
司令官は資料をめくる。
「だが、通常の鎧とは違う」
「どう違う?」
「魔石から供給される魔力によって、装着者の身体能力を大幅に補助する」
「つまり?」
「人間で言えば、何倍もの力を出せる」
「へえ」
所長が興味深そうに資料を見る。
「面白そうだな」
「面白がるな」
「銃も効くのか?」
「通常の銃弾なら、装甲の種類によっては耐える」
「頑丈だな」
「だから軍用なんだ」
「それが盗まれた?」
「そうだ」
「何着?」
司令官が一瞬黙る。
「……複数だ」
「複数?」
「ああ」
「カルテルか?」
「断定はできん」
「だが?」
「盗難が発覚した時期と、カルテルがこの地区へ入り込んだ時期が近い」
「なるほど」
所長は資料を眺める。
「魔導鎧まで持ってるとなると」
「ああ」
司令官が頷く。
「カルテルは単なる密売組織ではなくなりつつある」
「軍用装備まで揃えてるわけか」
「その可能性がある」
所長は煙草を灰皿へ押しつけた。
「面白くなってきたな」
「私は全く面白くない」
「そうか?」
「ああ」
司令官は深くため息をつく。
「カルテルは麻薬だけではない」
「武器」
「資金」
「人員」
「そして、軍内部の協力者」
「なるほど」
所長は椅子から立ち上がろうとした。
しかし手錠が机に繋がれている。
「……」
「どうした?」
「これ外せ」
「まだだ」
「じゃあ話が終わるまでここにいるのか?」
「当然だ」
「トイレ」
「……」
司令官は額を押さえた。
「分かった。外してやる」
「助かる」
「ただし」
司令官が鋭く睨む。
「逃げるなよ」
「逃げねえよ」
手錠が外される。
所長は手首を軽く回した。
「やっぱり自由が一番だな」
「お前の場合、自由にすると何をするか分からんから困る」
「安心しろ」
所長は立ち上がる。
「カルテルの連中に会ってくるだけだ」
「……それが一番心配なんだ」
司令官は深々とため息をついた。
所長は扉へ向かう。
その背中を見ながら、司令官が最後に声をかけた。
「所長」
「なんだ?」
「魔導鎧を見つけたら、必ず報告しろ」
所長は振り返る。
「分かった」
「そして」
「何だ?」
「できれば壊すな」
「……」
所長が少し考える。
「善処する」
「お前の『善処する』は信用できん!」
会議室の外まで、司令官の怒鳴り声が響いた。