アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case46 ステルスムーブ

第五十二話 夜の潜入

 

 昔馴染みの家を出た所長は、一人で車を走らせていた。

 

 助手席には、先ほど受け取った武器が積まれている。

 

 オーガ用の大型拳銃。

 

 大型ライフル。

 

 そして、トーチカすら吹き飛ばせる対物ライフル。

 

 どれも所長の体格に合わせて選ばれた、物騒極まりない代物だった。

 

 だが。

 

 今の所長が考えているのは、それらを使って暴れることではない。

 

「……魔導鎧か」

 

 ハンドルを握りながら呟く。

 

 昔馴染みは欲しがっていた。

 

 しかも、売れる客を知っているらしい。

 

 つまり。

 

「金になる」

 

 それだけだった。

 

 所長自身、魔導鎧に特別な興味はない。

 

 強い装備だろうが、便利な機械だろうが、所長からすれば金になるかどうかが重要だった。

 

「三機くらいあれば、結構な額になるかもな」

 

 そんなことを考えながら、所長は車を軍の地区統括司令部へ向けた。

 

     *

 

 司令部。

 

 つい先ほど手錠を引きちぎられたばかりの男が、また堂々と戻ってきた。

 

「……」

 

 門番が固まる。

 

「お前……」

 

「よお」

 

「なんで戻ってきた」

 

「司令官に用がある」

 

「またか?」

 

「ああ」

 

「……」

 

 門番は空を見上げた。

 

「頼むから今日は何も壊さないでくれ」

 

「努力する」

 

「その返事が一番怖いんだよ」

 

 所長はそのまま中へ入った。

 

 司令官の執務室。

 

「またお前か」

 

「忙しそうだな」

 

「お前が来ると余計に忙しくなる」

 

「そうか」

 

「何の用だ」

 

「地図が欲しい」

 

「……」

 

 司令官の眉が動いた。

 

「地図?」

 

「ああ」

 

「何の?」

 

「カルテルが使っている軍管理地区の地図だ」

 

「なぜ?」

 

 所長は煙草を咥える。

 

「さっき話しただろ」

 

「カルテルの拠点を調べるためか?」

 

「ああ」

 

「一人で行くつもりか?」

 

「そうだ」

 

 司令官は頭を抱えた。

 

「お前、本当に一人で行くつもりなのか?」

 

「大勢で行けば連中が逃げる」

 

「それはそうだが……」

 

「それに」

 

 所長は煙草を指で回す。

 

「俺は探偵だ」

 

「お前の場合、その言葉が隠密行動の免罪符になっている気がするな」

 

「気のせいだ」

 

「……」

 

 司令官は副官へ目を向ける。

 

「地図を」

 

「本当に出すんですか?」

 

「カルテルの拠点を調べると言っている」

 

「ですが、この男ですよ?」

 

「分かっている」

 

 司令官はため息を吐いた。

 

「それでも、カルテルを潰すための情報になるなら使う」

 

「承知しました」

 

 副官が資料を持ってくる。

 

 机の上に大きな地図が広げられた。

 

 軍管理地区。

 

 倉庫。

 

 旧鉱山。

 

 工場跡。

 

 複数の建物。

 

 そして。

 

「ここだ」

 

 司令官が指を置く。

 

「カルテルが使用していると思われる区画だ」

 

「旧工場か」

 

「ああ」

 

「正門は?」

 

「南側」

 

「警備は?」

 

「昼間は多い。夜間も最低限の巡回がある」

 

「裏口は?」

 

「北側に搬入口がある」

 

「地下は?」

 

 司令官が少し考える。

 

「旧鉱山坑道が残っている」

 

 所長の目が細くなる。

 

「使われてるのか?」

 

「現在は封鎖扱いだ」

 

「扱い?」

 

「一部は崩落している。だが、完全に塞がっているとは確認されていない」

 

「なるほど」

 

 所長は地図をじっと見る。

 

 南側。

 

 北側。

 

 旧坑道。

 

 倉庫。

 

 管理棟。

 

 そして中央にある大きな施設。

 

「ここは?」

 

「旧整備工場だ」

 

「何の?」

 

「軍用車両や装備の整備に使われていた」

 

「今は?」

 

「カルテルが使っている可能性が高い」

 

「……」

 

 所長は地図を指でなぞる。

 

「ここから入って」

 

 北側。

 

「坑道を使う」

 

 地下。

 

「それで、この工場の地下へ出る」

 

「可能だろう」

 

「なら決まりだな」

 

「何がだ?」

 

「入口」

 

 所長は地図を頭に叩き込んだ。

 

「助かった」

 

「待て」

 

「なんだ?」

 

「くれぐれも軍の土地を勝手に破壊するなよ」

 

「分かってる」

 

「それと、できるだけ殺すな」

 

「善処する」

 

「……」

 

 司令官は嫌そうな顔をした。

 

「お前の善処という言葉を、今回だけは信じておこう」

 

「そうしてくれ」

 

 所長は立ち上がった。

 

「じゃあ行ってくる」

 

「今からか?」

 

「夜の方が都合がいい」

 

「……」

 

 司令官は嫌な予感がした。

 

「何かするつもりじゃないだろうな?」

 

「調査だ」

 

「本当に?」

 

「本当だ」

 

「……」

 

 所長はそのまま部屋を出ていった。

 

     *

 

 夜。

 

 カルテルの拠点。

 

 昼間とは違い、周囲は静まり返っていた。

 

 外周の照明。

 

 見張り台。

 

 巡回する兵士。

 

 所長は遠くからそれを眺めていた。

 

「……」

 

 車を少し離れた場所に隠す。

 

 大型の武器は持っていかない。

 

 今回必要なのは、銃ではない。

 

 静かに入ること。

 

 そして。

 

 静かに魔導鎧を持ち出すこと。

 

「さて」

 

 所長は外壁を見上げる。

 

「やるか」

 

 巨大な身体を壁へ寄せる。

 

 腕を掛ける。

 

 ぐっと力を込める。

 

 巨体が軽々と壁を越えた。

 

 着地。

 

 音はほとんどしない。

 

「……」

 

 所長は周囲を見る。

 

 誰もいない。

 

 そのまま暗闇へ紛れる。

 

     *

 

 最初の巡回兵が現れた。

 

 所長は建物の影へ身を隠す。

 

 兵士が通り過ぎる。

 

 そのまま行けば問題ない。

 

 だが。

 

 ――カツン。

 

 足元の小石が転がった。

 

「……?」

 

 兵士が振り返る。

 

「誰だ?」

 

 所長は小石を見る。

 

「……」

 

 拾う。

 

「悪いな」

 

 ヒュッ。

 

 ゴッ!

 

 小石が兵士の頭部へ直撃した。

 

 兵士が崩れ落ちる。

 

 所長は倒れた兵士を見下ろした。

 

「騒がれるよりはいい」

 

 そのまま歩き出す。

 

     *

 

 次の角。

 

 また兵士。

 

 所長は壁に背をつける。

 

 兵士がこちらへ近づいてくる。

 

「……?」

 

 何かを感じ取ったのか、兵士が足を止めた。

 

 所長は足元を見る。

 

 また小石。

 

「便利だな」

 

 拾う。

 

 投げる。

 

 ゴッ!

 

 兵士が倒れる。

 

「……」

 

 所長は淡々と進む。

 

 さらに一人。

 

 さらに一人。

 

 そのたびに小石が飛ぶ。

 

 銃声は一度も響かなかった。

 

「銃より安上がりだ」

 

 所長は満足そうだった。

 

     *

 

 やがて。

 

 北側の旧坑道へ辿り着く。

 

「ここだな」

 

 入口は古びている。

 

 封鎖されているはずだが、扉は半分壊れていた。

 

 所長が押す。

 

 ギギギ……。

 

 開いた。

 

「軍の管理も適当だな」

 

 所長は中へ入る。

 

 暗い坑道を進む。

 

 しばらくすると、奥から微かな機械音が聞こえてきた。

 

「……」

 

 所長は足を止める。

 

 人の声。

 

 機械音。

 

 そして、金属が擦れる音。

 

「やっぱり使ってるな」

 

 所長は進む。

 

 坑道の先に扉があった。

 

 隙間から明かりが漏れている。

 

 そっと覗く。

 

 地下施設。

 

 カルテルの構成員。

 

 倉庫。

 

 そして。

 

「……あれか」

 

 巨大な装甲機械が見えた。

 

 魔導鎧。

 

 壁には六基のハンガー。

 

 壁から伸びた大型の補助アームが、魔導鎧を固定するために使われている。

 

 しかし。

 

 一。

 

 二。

 

 三。

 

 四。

 

 五。

 

 六。

 

 六基のうち、三基は空いている。

 

「三機か」

 

 所長は呟いた。

 

 残っている三基には、魔導鎧が一機ずつ固定されている。

 

 所長はしばらく眺める。

 

「……」

 

 特に感動はない。

 

「これが魔導鎧か」

 

 昔馴染みが欲しがっていた。

 

 売れる客もいる。

 

 つまり。

 

「金になる」

 

 所長はそれだけで動いた。

 

 扉を開ける。

 

 誰にも気付かれないように格納庫へ入る。

 

 魔導鎧の前に立つ。

 

「こいつを外せばいいんだな」

 

 固定アームを確認。

 

 ロックを解除する。

 

 ガコン。

 

 魔導鎧がわずかに揺れた。

 

「……」

 

 所長が持ち上げる。

 

 重い。

 

 だが、所長には問題ない。

 

「一機」

 

 次。

 

「二機」

 

 最後。

 

「三機」

 

 全部外した。

 

「よし」

 

 そのまま持ち出そうとする。

 

 ――ピッ。

 

「……?」

 

 赤いランプが点灯した。

 

 所長が顔を上げる。

 

 ――ピッ、ピッ。

 

「……」

 

 次の瞬間。

 

 ウウウウウウウウ――ッ!!

 

 サイレンが鳴り響いた。

 

「侵入者!」

 

「地下格納庫だ!」

 

「魔導鎧が!」

 

「三機ともなくなってるぞ!」

 

 施設中が一気に騒がしくなる。

 

 所長は魔導鎧を見る。

 

「……」

 

 そして肩をすくめた。

 

「まあ、そうなるわな」

 

 遠くから大量の足音。

 

 武器を構える音。

 

 怒号。

 

 所長は三機の魔導鎧を見回した。

 

「さて」

 

 拳を握る。

 

「帰るか」

 

 だが。

 

 出口へ向かう通路には、すでにカルテルの構成員が集まり始めていた。

 

「そこを動くな!」

 

「魔導鎧を置け!」

 

 所長は笑った。

 

「嫌だ」

 

「何だと!」

 

「せっかく見つけたんだ」

 

 魔導鎧を一機、肩に担ぐ。

 

「置いて帰るほど、俺は親切じゃねえ」

 

 もう一機を掴む。

 

「昔馴染みに土産も必要だしな」

 

 最後の一機を見る。

 

「三つもあるんだ」

 

 所長は拳を鳴らした。

 

「一つくらい壊れても構わんだろ」

 

 カルテルの男たちが一斉に銃を構える。

 

 所長は笑う。

 

「さて」

 

 地下格納庫に、銃声が響き始めた。

 

 静かに潜入するはずだった夜は。

 

 結局いつものように。

 

 所長の大暴れで終わろうとしていた。

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