第五十二話 夜の潜入
昔馴染みの家を出た所長は、一人で車を走らせていた。
助手席には、先ほど受け取った武器が積まれている。
オーガ用の大型拳銃。
大型ライフル。
そして、トーチカすら吹き飛ばせる対物ライフル。
どれも所長の体格に合わせて選ばれた、物騒極まりない代物だった。
だが。
今の所長が考えているのは、それらを使って暴れることではない。
「……魔導鎧か」
ハンドルを握りながら呟く。
昔馴染みは欲しがっていた。
しかも、売れる客を知っているらしい。
つまり。
「金になる」
それだけだった。
所長自身、魔導鎧に特別な興味はない。
強い装備だろうが、便利な機械だろうが、所長からすれば金になるかどうかが重要だった。
「三機くらいあれば、結構な額になるかもな」
そんなことを考えながら、所長は車を軍の地区統括司令部へ向けた。
*
司令部。
つい先ほど手錠を引きちぎられたばかりの男が、また堂々と戻ってきた。
「……」
門番が固まる。
「お前……」
「よお」
「なんで戻ってきた」
「司令官に用がある」
「またか?」
「ああ」
「……」
門番は空を見上げた。
「頼むから今日は何も壊さないでくれ」
「努力する」
「その返事が一番怖いんだよ」
所長はそのまま中へ入った。
司令官の執務室。
「またお前か」
「忙しそうだな」
「お前が来ると余計に忙しくなる」
「そうか」
「何の用だ」
「地図が欲しい」
「……」
司令官の眉が動いた。
「地図?」
「ああ」
「何の?」
「カルテルが使っている軍管理地区の地図だ」
「なぜ?」
所長は煙草を咥える。
「さっき話しただろ」
「カルテルの拠点を調べるためか?」
「ああ」
「一人で行くつもりか?」
「そうだ」
司令官は頭を抱えた。
「お前、本当に一人で行くつもりなのか?」
「大勢で行けば連中が逃げる」
「それはそうだが……」
「それに」
所長は煙草を指で回す。
「俺は探偵だ」
「お前の場合、その言葉が隠密行動の免罪符になっている気がするな」
「気のせいだ」
「……」
司令官は副官へ目を向ける。
「地図を」
「本当に出すんですか?」
「カルテルの拠点を調べると言っている」
「ですが、この男ですよ?」
「分かっている」
司令官はため息を吐いた。
「それでも、カルテルを潰すための情報になるなら使う」
「承知しました」
副官が資料を持ってくる。
机の上に大きな地図が広げられた。
軍管理地区。
倉庫。
旧鉱山。
工場跡。
複数の建物。
そして。
「ここだ」
司令官が指を置く。
「カルテルが使用していると思われる区画だ」
「旧工場か」
「ああ」
「正門は?」
「南側」
「警備は?」
「昼間は多い。夜間も最低限の巡回がある」
「裏口は?」
「北側に搬入口がある」
「地下は?」
司令官が少し考える。
「旧鉱山坑道が残っている」
所長の目が細くなる。
「使われてるのか?」
「現在は封鎖扱いだ」
「扱い?」
「一部は崩落している。だが、完全に塞がっているとは確認されていない」
「なるほど」
所長は地図をじっと見る。
南側。
北側。
旧坑道。
倉庫。
管理棟。
そして中央にある大きな施設。
「ここは?」
「旧整備工場だ」
「何の?」
「軍用車両や装備の整備に使われていた」
「今は?」
「カルテルが使っている可能性が高い」
「……」
所長は地図を指でなぞる。
「ここから入って」
北側。
「坑道を使う」
地下。
「それで、この工場の地下へ出る」
「可能だろう」
「なら決まりだな」
「何がだ?」
「入口」
所長は地図を頭に叩き込んだ。
「助かった」
「待て」
「なんだ?」
「くれぐれも軍の土地を勝手に破壊するなよ」
「分かってる」
「それと、できるだけ殺すな」
「善処する」
「……」
司令官は嫌そうな顔をした。
「お前の善処という言葉を、今回だけは信じておこう」
「そうしてくれ」
所長は立ち上がった。
「じゃあ行ってくる」
「今からか?」
「夜の方が都合がいい」
「……」
司令官は嫌な予感がした。
「何かするつもりじゃないだろうな?」
「調査だ」
「本当に?」
「本当だ」
「……」
所長はそのまま部屋を出ていった。
*
夜。
カルテルの拠点。
昼間とは違い、周囲は静まり返っていた。
外周の照明。
見張り台。
巡回する兵士。
所長は遠くからそれを眺めていた。
「……」
車を少し離れた場所に隠す。
大型の武器は持っていかない。
今回必要なのは、銃ではない。
静かに入ること。
そして。
静かに魔導鎧を持ち出すこと。
「さて」
所長は外壁を見上げる。
「やるか」
巨大な身体を壁へ寄せる。
腕を掛ける。
ぐっと力を込める。
巨体が軽々と壁を越えた。
着地。
音はほとんどしない。
「……」
所長は周囲を見る。
誰もいない。
そのまま暗闇へ紛れる。
*
最初の巡回兵が現れた。
所長は建物の影へ身を隠す。
兵士が通り過ぎる。
そのまま行けば問題ない。
だが。
――カツン。
足元の小石が転がった。
「……?」
兵士が振り返る。
「誰だ?」
所長は小石を見る。
「……」
拾う。
「悪いな」
ヒュッ。
ゴッ!
小石が兵士の頭部へ直撃した。
兵士が崩れ落ちる。
所長は倒れた兵士を見下ろした。
「騒がれるよりはいい」
そのまま歩き出す。
*
次の角。
また兵士。
所長は壁に背をつける。
兵士がこちらへ近づいてくる。
「……?」
何かを感じ取ったのか、兵士が足を止めた。
所長は足元を見る。
また小石。
「便利だな」
拾う。
投げる。
ゴッ!
兵士が倒れる。
「……」
所長は淡々と進む。
さらに一人。
さらに一人。
そのたびに小石が飛ぶ。
銃声は一度も響かなかった。
「銃より安上がりだ」
所長は満足そうだった。
*
やがて。
北側の旧坑道へ辿り着く。
「ここだな」
入口は古びている。
封鎖されているはずだが、扉は半分壊れていた。
所長が押す。
ギギギ……。
開いた。
「軍の管理も適当だな」
所長は中へ入る。
暗い坑道を進む。
しばらくすると、奥から微かな機械音が聞こえてきた。
「……」
所長は足を止める。
人の声。
機械音。
そして、金属が擦れる音。
「やっぱり使ってるな」
所長は進む。
坑道の先に扉があった。
隙間から明かりが漏れている。
そっと覗く。
地下施設。
カルテルの構成員。
倉庫。
そして。
「……あれか」
巨大な装甲機械が見えた。
魔導鎧。
壁には六基のハンガー。
壁から伸びた大型の補助アームが、魔導鎧を固定するために使われている。
しかし。
一。
二。
三。
四。
五。
六。
六基のうち、三基は空いている。
「三機か」
所長は呟いた。
残っている三基には、魔導鎧が一機ずつ固定されている。
所長はしばらく眺める。
「……」
特に感動はない。
「これが魔導鎧か」
昔馴染みが欲しがっていた。
売れる客もいる。
つまり。
「金になる」
所長はそれだけで動いた。
扉を開ける。
誰にも気付かれないように格納庫へ入る。
魔導鎧の前に立つ。
「こいつを外せばいいんだな」
固定アームを確認。
ロックを解除する。
ガコン。
魔導鎧がわずかに揺れた。
「……」
所長が持ち上げる。
重い。
だが、所長には問題ない。
「一機」
次。
「二機」
最後。
「三機」
全部外した。
「よし」
そのまま持ち出そうとする。
――ピッ。
「……?」
赤いランプが点灯した。
所長が顔を上げる。
――ピッ、ピッ。
「……」
次の瞬間。
ウウウウウウウウ――ッ!!
サイレンが鳴り響いた。
「侵入者!」
「地下格納庫だ!」
「魔導鎧が!」
「三機ともなくなってるぞ!」
施設中が一気に騒がしくなる。
所長は魔導鎧を見る。
「……」
そして肩をすくめた。
「まあ、そうなるわな」
遠くから大量の足音。
武器を構える音。
怒号。
所長は三機の魔導鎧を見回した。
「さて」
拳を握る。
「帰るか」
だが。
出口へ向かう通路には、すでにカルテルの構成員が集まり始めていた。
「そこを動くな!」
「魔導鎧を置け!」
所長は笑った。
「嫌だ」
「何だと!」
「せっかく見つけたんだ」
魔導鎧を一機、肩に担ぐ。
「置いて帰るほど、俺は親切じゃねえ」
もう一機を掴む。
「昔馴染みに土産も必要だしな」
最後の一機を見る。
「三つもあるんだ」
所長は拳を鳴らした。
「一つくらい壊れても構わんだろ」
カルテルの男たちが一斉に銃を構える。
所長は笑う。
「さて」
地下格納庫に、銃声が響き始めた。
静かに潜入するはずだった夜は。
結局いつものように。
所長の大暴れで終わろうとしていた。