第五十四話 三機の魔導鎧
夜の街道。
そこを、一人のオーガが歩いていた。
いや。
正確には――歩いているというより、巨大なコンテナを担いで、ふらふらになりながら運んでいた。
「……重てぇ」
所長は額から流れ落ちる汗を腕で拭った。
普段なら多少重い荷物など気にも留めない。
だが、今回は違う。
コンテナの中には魔導鎧が三機。
それを丸ごと担いでいる。
「三機も盗むんじゃなかったな……」
口では文句を言いながらも、表情は満足そうだった。
何しろ、これから金になる。
――はずだった。
しばらくして。
見慣れた屋敷が見えてきた。
「……着いた」
所長は最後の力を振り絞り、昔馴染みの家の前まで歩く。
ドスン。
巨大なコンテナが地面に落ちた。
所長はその場で膝に手をついた。
「……」
肩で息をする。
額から汗が滝のように流れている。
髪も汗でぐしゃぐしゃ。
外套も汗で重くなっている。
それほどまでに疲れていた。
「おーい……」
所長が屋敷へ向かって声を上げる。
「いるか……」
扉が開いた。
「……」
昔馴染みが顔を出す。
「お前……」
所長を見る。
所長を見る。
そして。
その後ろにある巨大なコンテナを見る。
「…………」
「水」
「は?」
「水くれ」
「……」
「あと酒」
「水より先に酒を頼むな」
「喉が渇いてる」
「お前、何した?」
「ちょっと走った」
「ちょっと?」
昔馴染みは所長の姿を上から下まで見る。
汗だく。
息切れ。
肩は赤く腫れている。
そして、その後ろには巨大なコンテナ。
「……まさか」
所長は親指でコンテナを指した。
「これ」
「……」
「持ってきた」
「……」
「開けるぞ」
「待て」
昔馴染みはゆっくり外へ出てくる。
「お前……」
「なんだ?」
「本当にやったのか?」
「何を?」
「魔導鎧」
「ああ」
「盗んだのか?」
「盗んだ」
「……」
「三機」
「…………」
昔馴染みは目を白黒させた。
「お前、本当にやりやがったのか……」
「だからそう言ってるだろ」
「司令部から情報をもらっただけだと思ってた」
「調べたらあった」
「だからって三機盗んでくるか?」
「一機欲しいって言ったのはお前だろ」
「いや、それはそうだが……」
昔馴染みは頭を抱える。
「本当にやりやがった……」
「酒」
「先に中身を確認させろ」
「酒」
「魔導鎧だ」
「汗かいた」
「お前は魔導鎧より酒なのか?」
「当然だ」
「……」
昔馴染みは諦めた。
「分かった。入れ」
「助かる」
所長はふらふらと屋敷へ入る。
「酒を持ってこい」
「自分で取りに行け」
「客だぞ」
「お前は客じゃない。問題を持ち込む災害だ」
「ひでえ言い方だな」
それでも昔馴染みは酒を持ってきた。
所長は瓶を受け取る。
「……」
栓を抜く。
ごくっ。
「……生き返る」
「水分補給に酒を選ぶな」
「俺にはこれが水だ」
「絶対違う」
所長は二口、三口と酒を飲む。
そして。
「ふう……」
ようやく落ち着いた。
「さて」
所長は立ち上がる。
「開けるか」
*
コンテナの扉が開く。
ギギギギ……。
内部から、巨大な金属の塊が姿を現した。
「……」
昔馴染みが固まる。
そこには三機の魔導鎧が並んでいた。
一機目。
大型。
二機目。
中型。
三機目。
それより一回り小型。
いずれも軍用として作られた本格的な魔導鎧だった。
「……」
昔馴染みは無言で近づく。
装甲。
関節。
魔石機関。
駆動部。
補助アーム。
すべてを確認していく。
「本物だ……」
「当たり前だろ」
「三機……」
「ああ」
「本当に三機……」
「だから三機だって」
昔馴染みは一機目を触る。
「これは売れる」
二機目を見る。
「これも売れる」
三機目を見る。
「……」
しばらく考える。
「だが」
「なんだ?」
「俺の伝手じゃ、一機しか買えない」
「……」
所長の眉が動いた。
「一機?」
「ああ」
「お前、一機欲しいって言っただろ」
「そうだ」
「だから持ってきた」
「うん」
「三機」
「……」
「三機も持ってきた」
「それは分かってる」
「じゃあ」
所長の手が伸びる。
昔馴染みの襟首を掴んだ。
「なんで一機しか買えねえんだ」
「お、おい」
そのまま持ち上げる。
「一機って言ったのはお前だろうが!」
「だから一機買うって!」
「残り二機はどうすんだ!」
「知らん!」
ブンッ!
「考えろ!」
ブンッ!
「お前が欲しいって言ったから!」
ブンッ!
「俺は三機も!」
ブンッ!
「運んできたんだぞ!」
「だから買うって!」
ブンッ!
「一機だけだぞ!」
「分かってる!」
ブンッ!
「だったら残りは!」
「軍に返せ!」
「……」
所長の動きが一瞬止まる。
だが、まだ襟首は掴んだままだ。
「……なんだって?」
昔馴染みは前後に揺らされながら、必死に続ける。
「一機は俺が買う!」
ブンッ。
「残り二機は軍に返せ!」
ブンッ。
「そうすりゃ!」
ブンッ。
「お前が抱えてる昔の面倒事も!」
ブンッ。
「多少はましになるだろ!」
ブンッ。
「指名手配の件だって!」
ブンッ。
「軍から魔導鎧を三機盗んだなんて話より!」
ブンッ。
「一機返した方がまだ話がつく!」
所長の動きが止まる。
「……」
昔馴染みはぐったりしている。
「……どうだ?」
「……」
所長は考える。
確かに。
自分が盗んだのは三機。
全部売れない。
一機は昔馴染みが買う。
残り二機を軍へ返せば、少なくとも「軍の魔導鎧を三機丸ごと盗んで持ち逃げした」という面倒な状況は少し軽くなる。
所長はゆっくり手を離した。
「……なるほど」
昔馴染みが床へ落ちる。
「ぐっ……」
「一機はお前が買う」
「ああ」
「残りは軍に返す」
「ああ」
「それならいい」
「だろ?」
「お前、たまにはまともなこと言うな」
「誰のせいでこうなってると思ってる……」
昔馴染みは床に座り込み、肩で息をする。
「……」
所長は三機の魔導鎧を改めて眺める。
「さて」
そして。
一番小さな機体へ目を向けた。
「……これ」
「ん?」
「これなら」
所長は魔導鎧の横に立つ。
「リリスが入りそうだな」
昔馴染みも小型の魔導鎧を見る。
「確かに、一番小さい」
「あいつならこれくらいがちょうどいい」
「持って帰るのか?」
「ああ」
所長は即答した。
「これは俺が持って帰る」
「売らないのか?」
「売らん」
「珍しいな」
「リリス用だ」
「……」
昔馴染みが少しだけ笑った。
「大事にしてるな」
「助手だからな」
「それだけか?」
「それ以上何がある」
「……まあいい」
昔馴染みは肩をすくめた。
「じゃあ、これで決まりだな」
「ああ」
所長は三機を見回す。
「こいつはリリスに」
小型の一機を指す。
「こいつはお前に」
中型の一機。
「そして、こいつは軍に返す」
大型の一機。
昔馴染みは頷いた。
「俺が買うのはこいつだな」
「ああ」
「代金は後で払う」
「逃げるなよ」
「お前じゃあるまいし」
「俺は逃げたんじゃねえ」
「軍事法廷から逃げたんだろ」
「……」
「事実だろ?」
「酒を飲め」
「話を逸らすな」
所長は酒瓶を持ち上げた。
「飲め」
「はいはい」
昔馴染みも苦笑しながら酒を取る。
こうして。
三機の魔導鎧の行き先が決まった。
一機は商売のため。
一機は軍へ返すため。
そして一機は。
魔界の屋敷で両親と過ごしているリリスのもとへ。
所長は小型の魔導鎧を眺めながら、満足そうに酒を飲んだ。
「……あいつ、驚くだろうな」
「そりゃ驚くだろ」
「楽しみだな」
「お前が誰かに物を贈るなんて珍しい」
「贈り物じゃねえ」
「じゃあ何だ?」
「仕事道具だ」
「……」
昔馴染みは笑った。
「はいはい」
所長は気にせず酒を飲む。
その顔には、珍しく満足げな笑みが浮かんでいた。