第五十六話 正面突破
軍の地区統括司令部を出た所長は、昔馴染みの家へ戻ると、さっそく準備を始めた。
カルテルの拠点へ乗り込むためだ。
大型拳銃。
大型ライフル。
そして――。
昨日使わなかった対物ライフル。
「……」
所長は武器を並べながら、ふと動きを止めた。
「そういや」
「ん?」
昔馴染みが酒を飲みながら顔を上げる。
「リリスに連絡してねえな」
「……」
昔馴染みも一瞬黙る。
「何日だ?」
「……」
所長が指を折る。
「三日……いや、四日か?」
「結構だな」
「……」
所長の顔が、ほんの少し青くなった。
リリスは普段、所長の行動にいちいち口を出す。
勝手に危険な場所へ行けば怒る。
勝手に酒を飲みすぎれば怒る。
勝手に金にならないことをすれば怒る。
そして。
連絡もせず何日も姿を消せば、当然怒る。
「……」
所長はしばらく黙り込む。
「電話した方がいいんじゃないか?」
昔馴染みが言う。
「いや」
「なんで?」
「今さらだろ」
「いや、今さらだからした方がいいんじゃないか?」
「どうせ怒られる」
「そうだな」
「なら変わらん」
「……」
所長はあっさり開き直った。
「よし」
大型拳銃を腰へ差す。
「行くか」
「お前、本当にそれでいいのか?」
「いい」
「リリスが聞いたら?」
「その時考える」
「絶対怒られるぞ」
「分かってる」
所長は対物ライフルを持ち上げる。
「でもな」
嬉しそうに笑う。
「今はこっちの方が楽しそうだ」
「……」
昔馴染みは呆れた。
「お前、ほんとにどうしようもないな」
「褒め言葉か?」
「違う」
*
準備を終える。
所長は車へ武器を積み込んだ。
「さて」
車の中から外を見る。
まだ昼過ぎ。
「今から行くか」
「夜まで待たないのか?」
「どうしようかと思ったんだがな」
所長は少し考える。
「夜まで待つのも面倒だ」
「まあな」
「今から行って」
所長は笑う。
「夜は酒宴だ」
「結局それか」
「ああ」
こうして予定が決まった。
昼間に乗り込む。
そして。
夜は酒を飲む。
所長にとっては、それで十分だった。
*
しばらくして。
カルテルの拠点。
昨日までとは違う。
昨日は夜陰に紛れ、慎重に侵入した。
今回は。
「……」
所長は車から降りた。
肩に対物ライフルを担ぐ。
大型拳銃。
大型ライフル。
弾薬。
準備は万全。
「行くぞ」
昔馴染みは少し離れたところで車を停める。
「本当に正面から行くのか?」
「ああ」
「昨日は忍び込んだだろ」
「もう面倒だ」
「……」
所長は歩き出した。
昨日潜入した基地。
その正面には、巨大な鉄製の門がある。
周囲には警備兵。
監視塔。
機関銃。
そして。
所長の姿を見つけた兵士が叫んだ。
「敵襲!」
警報が鳴り響く。
兵士たちが一斉に銃を構える。
「撃て!」
銃口が並ぶ。
所長は止まった。
そして。
ゆっくりと対物ライフルを構える。
「……」
門を見る。
昔馴染みが遠くから叫ぶ。
「おい!」
「なんだ?」
「それ使うのか!?」
「これか?」
所長は対物ライフルを軽く持ち上げる。
「ああ」
「門に!?」
「ああ」
「やめろ!」
「なんで?」
「普通は門を開けてもらうんだよ!」
「面倒だ」
「……」
所長は笑った。
「行くぞ」
対物ライフルの銃口が鉄門へ向く。
兵士が叫ぶ。
「撃つな!」
所長は引き金に指をかける。
「遅え」
――ズドォォォン!!
凄まじい轟音が響いた。
発射された弾丸は鉄製の門を正面から貫通する。
分厚い鋼板が大きくひしゃげる。
そして。
弾丸が通過した衝撃。
その余波。
さらに門そのものが耐えきれず――。
ドガァァァン!!
巨大な鉄門が吹き飛んだ。
周囲の兵士たちが一斉に吹き飛ばされる。
砂埃が舞い上がる。
監視塔の窓が震える。
地面まで揺れる。
そして。
静寂。
「……」
所長は対物ライフルを構えたまま、煙の向こうを見る。
巨大な門は。
完全に消し飛んでいた。
「…………」
所長の口元がゆっくりと吊り上がる。
「最高だな」
対物ライフルを肩に担ぐ。
そして。
「ははははは!」
嬉しそうに笑い出す。
「最高だ!」
巨大な対物ライフルを両手で持ち上げる。
「これだよ!」
まるで新しい玩具を買ってもらった子供のようだった。
ぶんっ。
対物ライフルを振り回す。
「すげえ!」
「おい! 振り回すな!」
遠くから昔馴染みの声が飛ぶ。
「これ、最高だぞ!」
「分かったから落ち着け!」
「門が!」
所長は吹き飛んだ門を指差す。
「門が一発だ!」
「見れば分かる!」
「最高だ!」
もう完全に子供だった。
周囲ではカルテルの構成員たちが混乱している。
「何なんだあいつは!」
「門を撃ち抜いたぞ!」
「対物ライフルだ!」
「なんであんなものを振り回して喜んでるんだ!」
「知るか!」
所長は笑いながら、壊れた門を堂々と歩いていく。
「さて」
大型拳銃を確認する。
大型ライフルを確認する。
そして。
もう一度、対物ライフルを見る。
「……」
「最高だな」
所長は満面の笑みを浮かべた。
昨日は忍び込んだ。
今日は正面から。
しかも。
門を吹き飛ばして入る。
所長にとっては。
その違いだけで、今日の仕事はすでに大成功だった。