第五十九話 鬼が笑う
戦いが始まってから、どれほど経ったのか。
所長は、珍しく防戦一方になっていた。
大型。
中型。
そして小型。
三機の魔導鎧は、それぞれ異なる速度と間合いで所長へ襲いかかる。
大型は圧倒的な膂力。
中型は素早い連撃。
小型は機動力を生かした撹乱。
そこへ魔力で形成された刃まで加わる。
「どうした!」
大型魔導鎧が拳を振り下ろす。
――ドゴンッ!
所長は両腕で受け止める。
衝撃で地面が陥没した。
「さっきまでの威勢はどうした!」
中型が横から迫る。
所長が身体を捻る。
魔力刃が脇腹を掠め、血が飛んだ。
「オーガのくせに!」
小型が背後から斬り込む。
所長は振り返りざまに腕で防ぐ。
――ガンッ!
魔力刃が皮膚を裂く。
「捕まえた!」
大型が所長の腕を掴む。
「終わりだ!」
「死ね!」
「息子の仇だ!」
三人が口々に叫ぶ。
「暴れるしか能のない化け物!」
「お前は何も変わらない!」
「そのまま這いつくばれ!」
所長は黙っていた。
ただ。
拳を握っていた。
「どうした!」
大型魔導鎧が笑う。
「何も言えないか!」
「さっきまでの威勢はどうした!」
所長がゆっくり顔を上げる。
「……うるせえな」
「何?」
「さっきから」
所長の目から笑みが消えた。
「うるせえんだよ」
大型魔導鎧が拳を振り上げる。
「死ね!」
その瞬間。
所長の手が、地面に落ちていた対物ライフルを掴んだ。
「な――」
大型魔導鎧の胸部へ銃口を押し当てる。
「近すぎ――」
――ズドォォォン!!
至近距離から放たれた対物ライフルの一撃。
凄まじい衝撃が魔導鎧の装甲を貫いた。
分厚い胸部装甲が大きく吹き飛び、そのまま操縦席へ弾丸が突き抜ける。
内部で弾丸の衝撃が炸裂した。
「が――」
男の声が途切れる。
次の瞬間。
魔導鎧の胸部から、血と肉片が周囲へ飛び散った。
余波だけで操縦席内部は原形を留めないほどに破壊され、男の身体はぐちゃぐちゃに潰れた。
魔導鎧の巨体が。
ゆっくりと後ろへ倒れる。
――ズゥン。
「…………」
静寂。
所長は対物ライフルを下ろした。
そして。
ゆっくりと魔導鎧を見下ろす。
「……」
その顔には。
先ほどまでの苛立ちすらなかった。
ただ。
凶悪な笑みだけが浮かんでいた。
「俺を殺すんだろ?」
返事はない。
「だったら最後までやれよ」
中型と小型の二人は。
完全に固まっていた。
「な……」
「嘘……」
今まで優勢だったはずの二人の顔から、血の気が引いていく。
だが。
「舐めるなぁ!」
中型魔導鎧が恐怖を振り払うように突っ込んできた。
「俺はお前なんかに――!」
所長は避けなかった。
伸ばした右手が。
魔導鎧の兜を掴む。
「なっ――!」
「捕まえた」
所長はゆっくりと力を込める。
「離せ!」
ギリ……。
魔導鎧の装甲が軋む。
「ぐっ……!」
さらに力を込める。
ギギギギ……。
「な、なんだ、この力……!」
兜の装甲が、所長の指に押されて歪んでいく。
「やめろ!」
所長は何も答えない。
ただ。
ゆっくり。
ゆっくりと力を込め続ける。
「やめ――」
――バキッ。
兜が大きく潰れる。
内部から嫌な音が響いた。
そして。
――グシャッ。
頭部が潰れ、魔導鎧の首元から血が噴き出した。
所長は手を離す。
中型魔導鎧は糸が切れたように崩れ落ちた。
「…………」
残った小型魔導鎧が震える。
中にいる女は、完全に恐怖に支配されていた。
所長がゆっくり振り返る。
「お前」
「ひっ……」
「どうやって死にたい?」
「……!」
一歩。
「銃か?」
また一歩。
「首を折るか?」
女は後ずさる。
「それとも……」
所長は笑う。
「腹に爆弾でも詰めてやろうか」
「いや……!」
女の身体が震える。
「お願い……!」
「……」
「出頭するから……!」
小型魔導鎧の足元から。
液体が流れ落ちた。
「命だけは……!」
所長はしばらく女を見つめる。
やがて。
「……そうか」
女が震えながら魔導鎧を停止させる。
ハッチが開く。
ゆっくりと外へ出てくる。
長い髪。
整った顔立ち。
鋭い目をした、かなりの美人だった。
しかし今は。
涙を浮かべながら、所長を見上げている。
「……命だけは」
「分かった」
所長は女の首筋へ手刀を入れる。
女はその場で意識を失った。
所長は倒れた身体を受け止める。
「よし」
そのまま拘束する。
そして周囲を見る。
大型魔導鎧。
頭部を潰された中型魔導鎧。
そして拘束した女。
「さて」
所長は対物ライフルを拾う。
「残りを片付けるか」
*
基地内は完全な混乱状態だった。
「逃げろ!」
「魔導鎧がやられた!」
「化け物がいるぞ!」
カルテルの構成員たちが逃げ惑う。
所長は対物ライフルを構える。
「逃げるな!」
――ズドォォォン!!
建物の壁が吹き飛ぶ。
「投降しろ!」
――ズドォォォン!!
倉庫の屋根が崩れ落ちる。
「武器を捨てろ!」
――ズドォォォン!!
監視塔が大きく傾く。
「ははははは!」
所長は笑いながら進んでいく。
もはや制圧作戦なのか、破壊活動なのか分からない。
逃げようとした構成員を兵士たちが次々に取り押さえる。
抵抗する者には容赦なく銃撃が浴びせられる。
基地の各所で激しい戦闘が続いた。
そして。
最後まで抵抗した者たちは、相応の犠牲を出しながら倒れていった。
やがて。
基地内から銃声が消える。
「……」
所長は瓦礫の上に立っていた。
周囲を見回す。
カルテルの構成員たちはほぼ制圧された。
三機の魔導鎧も沈黙している。
「終わったか」
所長は対物ライフルを肩へ担ぐ。
そして通信機を取り出した。
「こちら所長」
『……何だ』
「カルテルの拠点を制圧した」
『……』
「魔導鎧三機を確認」
『三機?』
「ああ」
「一機は完全に破壊」
「一機は大破」
「一機は操縦者を確保」
『……』
長い沈黙。
「それと」
『まだ何かあるのか』
「基地の建物を少し壊した」
『少し?』
所長は周囲を見る。
吹き飛んだ門。
半壊した監視塔。
穴だらけの建物。
崩れた倉庫。
「……結構壊した」
『…………』
「まあ、制圧完了ってことで」
通信の向こうから。
深いため息が聞こえた。
『……分かった』
「じゃあ後よろしく」
『お前はどうする』
「酒でも飲む」
『……好きにしろ』
通信が切れる。
所長は煙草を取り出した。
火をつける。
そして。
瓦礫と化したカルテルの基地を眺めながら。
「……」
満足そうに笑った。
「今日はよく暴れたな」