第六十一話 現場報告
軍の車両が到着する。
だが、その頃には。
トラックはすでに遠く離れていた。
銃火器も。
弾薬も。
金も。
資料も。
すべて積み終えている。
昔馴染みたちは、軍が到着するほんの少し前に撤収していた。
その場に残っているのは、所長と拘束されたカルテルの女。
そして、破壊された三機の魔導鎧だけだった。
所長は何食わぬ顔で煙草を吸っている。
やがて。
軍の車両から司令官が降りてきた。
「……」
司令官は。
目の前の光景を見て固まった。
かつて基地だった場所。
そのほとんどが瓦礫になっている。
監視塔は倒壊。
建物は半壊。
倉庫は屋根がなくなり。
門は跡形もない。
あちこちに巨大な弾痕まで残っている。
「…………」
司令官はゆっくりと所長を見る。
「……所長」
「ん?」
「私は」
司令官は周囲を見回した。
「基地を壊すなと言ったよな?」
「言ったな」
「……」
「ちゃんと覚えてるぞ」
「なら」
司令官の声が低くなる。
「これは何だ?」
所長はしばらく黙っていた。
そして。
舌で唇を軽く湿らせる。
妙に真剣な顔になった。
「説明しよう」
「……聞こう」
「こいつらな」
所長は拘束されたカルテル構成員を指差す。
「地下で兵器工場を作ってた」
「……何?」
「かなりデカい工場だった」
「地下に?」
「ああ」
司令官が眉を寄せる。
「証拠は?」
「全部吹き飛んだ」
「……」
「だから俺が見た」
「……続けろ」
所長は真面目な顔を崩さない。
「俺たちは工場を確保するために、できるだけ人を殺さずに戦ってた」
「お前が?」
「そう」
「……」
「俺、ちゃんと手加減したぞ」
「信用できんな」
「ひどいな」
所長は肩をすくめる。
「ところがだ」
所長は倒れている魔導鎧を見る。
「魔導鎧が三機出てきた」
「……」
「流石の俺も、ちょっとやばかった」
「三機ともか?」
「ああ」
所長は頷く。
「だから対物ライフルで反撃した」
司令官の視線が大型魔導鎧へ向く。
胸部装甲には大穴が開いている。
「一機は倒せた」
「残り二機は?」
「中型の奴が工場の自爆装置を起動した」
「……」
「俺たちを巻き込んで、工場ごと吹き飛ばすつもりだったらしい」
司令官の表情が険しくなる。
「それで?」
「ドカンだ」
「……」
「地下にあったからな」
所長は周囲の瓦礫を見る。
「地盤が崩落して、その上にあった建物まで巻き込まれた」
「……だから、この有様か」
「そういうことだ」
司令官はもう一度、周囲を見渡す。
「それで魔導鎧は?」
「三機とも確保した」
「……全部?」
「ああ」
所長は破壊された三機を見る。
「一機は大破」
「……」
「一機は頭部を潰した」
「……」
「もう一機は操縦者を確保してある」
司令官が女を見る。
女は拘束されたまま、俯いている。
「魔導鎧自体は?」
「軍に返す」
所長は即答した。
「俺には必要ねえ」
「……珍しいな」
「見ろよ」
所長は倒れている魔導鎧を指差す。
血にまみれた装甲。
泥と煤に汚れた外装。
そして、小型の魔導鎧から漂う嫌な臭い。
「こんな小便臭い魔導鎧と、血まみれの魔導鎧なんて汚くていらねえ」
「…………」
「軍の物なんだろ?」
「ああ」
「だったら返す」
「……分かった」
司令官はため息をついた。
「三機とも軍で回収する」
「頼む」
所長は煙草を吹かす。
そして。
何気ない様子で拘束されたカルテル構成員たちを見る。
「それで」
「ん?」
「一つ頼みがある」
「何だ?」
所長は女たちを指差した。
「こいつらの処分だ」
「……」
「減刑してやってくれ」
司令官が眉を寄せる。
「理由は?」
所長は一瞬だけ考えた。
そして。
平然と嘘をついた。
「こいつら、カルテルに脅されてたらしい」
「……」
「仲間や親族を人質に取られてな」
司令官は拘束された者たちを見る。
「本当か?」
「俺が調べた限りじゃな」
もちろん。
そんな証拠はない。
だが。
所長にとっては、それでよかった。
「こいつらはカルテルに協力していた」
所長は淡々と続ける。
「だが、自分から望んでやっていたわけじゃない」
「……なるほど」
「だから」
所長は煙草を指で弾く。
「少しくらい情状酌量してやってくれ」
「お前にしては珍しいな」
「そうか?」
「ああ」
司令官は所長を見る。
「自分を殺そうとした連中だぞ」
「まあ」
所長は肩をすくめる。
「俺の命を狙うのは、仕方ねえだろ」
「仕方ない?」
「ああ」
「なぜ?」
「戦争だったんだからな」
所長はあっさりと言った。
「向こうには向こうの事情がある」
「……」
「俺には俺の事情がある」
そして。
「それで十分だろ」
司令官はしばらく黙った。
「……分かった」
「お?」
「事情は考慮する」
「助かる」
「ただし、罪が消えるわけではない」
「それでいい」
所長は笑った。
だが。
その会話を聞いているカルテル構成員たちは知らない。
所長がなぜ、突然自分たちの減刑を求めたのか。
その理由は単純だった。
――余計なことを喋るな。
そういう意味だった。
所長は彼らに直接そう言わない。
だが。
自分たちを助けるために動いてくれた男に対して、わざわざ不利になることを喋る者は少ない。
所長は、それを分かっていた。
「これで話は終わりだな」
所長は煙草を口に咥える。
「待て」
「ん?」
「まだある」
「何だ?」
司令官は周囲を指差す。
「基地の損害についてだ」
「……」
所長の笑顔が少しだけ固まる。
「随分壊したな」
「地下工場が爆発したからな」
「……」
「本当に全部、工場の爆発で壊れたのか?」
「そうだ」
「対物ライフルの弾痕は?」
「爆発の余波だ」
「監視塔が横倒しになっているが?」
「爆発の余波」
「門が跡形もないのは?」
「爆発の余波」
「倉庫が粉々なのは?」
「爆発の余波」
司令官は額を押さえた。
「……もういい」
「だろ?」
所長は煙草を咥えたまま、ポケットを探る。
しかし。
火がない。
「あ」
所長は司令官を見る。
「火ない?」
「……」
司令官は無言でライターを差し出した。
所長は受け取る。
カチッ。
煙草に火をつける。
「助かる」
「……お前は本当に」
司令官は深いため息をついた。
「せめて」
「ん?」
「次は建物を壊すな」
所長は煙を吐く。
「善処する」
「信用できん」
「そうか?」
「ああ」
「じゃあ」
所長は笑う。
「次はもっと上手く壊す」
「そういう意味じゃない!」
廃墟となった基地に。
所長の笑い声だけが響いた。