アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case57 酒宴と悩み

軍の車両が遠ざかっていく。

 

 それを確認してから。

 

 所長は、昔馴染みの家へ向かった。

 

 もちろん。

 

 その途中で、軍に回収されることになった魔導鎧の輸送を邪魔しないよう、適当に道を変えている。

 

 しばらくして。

 

 見慣れた家が見えてきた。

 

「着いたぞ」

 

「おう」

 

 昔馴染みが車を降りる。

 

「いやぁ……」

 

 所長も降りる。

 

「今回は大成功だったな」

 

「大成功?」

 

「ああ」

 

「基地を半壊させて?」

 

「そうだ」

 

「軍に追いかけられて?」

 

「そうだ」

 

「魔導鎧三機をぶっ壊して?」

 

「そうだ」

 

「そのうち一機は頭を潰して?」

 

「そうだ」

 

 昔馴染みは呆れた顔をする。

 

「お前の言う大成功って、俺の知ってる大成功と違うんだが」

 

「最後に生きてる」

 

「それだけで大成功なのか?」

 

「重要だろ」

 

「まあな」

 

 昔馴染みは笑った。

 

「で?」

 

「何だ?」

 

「飲むんだろ?」

 

「もちろんだ」

 

 二人は家へ入った。

 

 そして。

 

 その夜。

 

 二人は盛大に酒を飲んだ。

 

「乾杯!」

 

「乾杯!」

 

 グラスがぶつかる。

 

「今回は本当に助かった」

 

「そう言うなら最初からもう少し大人しくしてくれ」

 

「無理だ」

 

「即答かよ」

 

「俺だからな」

 

「それもそうか」

 

 二人は笑う。

 

 所長は酒を飲みながら、懐から袋を取り出した。

 

 そして。

 

 机の上へ放り投げる。

 

「何だこれ?」

 

「礼だ」

 

「……」

 

 昔馴染みが袋を開く。

 

「おい」

 

 中には大量の金貨が入っていた。

 

「こんなに?」

 

「今回、お前にはかなり世話になったからな」

 

「でもこれ、かなりあるぞ」

 

「盗んだ金の一部だ」

 

「堂々と言うなよ」

 

「お前なら問題ないだろ」

 

「まあ……」

 

 昔馴染みは苦笑する。

 

「ありがたくもらっておく」

 

「ああ」

 

 二人は再び酒を飲む。

 

 しばらくして。

 

「そういや」

 

 昔馴染みが何気なく聞いた。

 

「一応聞くけどよ」

 

「ん?」

 

「武器」

 

「嫌だ」

 

「まだ何も言ってないぞ」

 

「売らん」

 

「即答かよ」

 

「俺のだ」

 

「少しくらい売ってくれても――」

 

「嫌だ」

 

「……ケチだな」

 

「俺は銃が好きなんだ」

 

「知ってる」

 

「だから売らん」

 

「はいはい」

 

 昔馴染みは諦めたように酒を飲む。

 

「じゃあ、せめて頼まれてた倉庫まで運んでおけばいいんだな?」

 

「ああ」

 

 所長は頷く。

 

「密輸で指定した倉庫だ」

 

「分かった」

 

「そこまで運んでおいてくれ」

 

「お前は?」

 

「俺は別に用事がある」

 

「また何か企んでるのか?」

 

「企んでない」

 

「信用できないな」

 

「ひどい」

 

 二人はまた笑った。

 

 その夜。

 

 二人は酒がなくなるまで飲み続けた。

 

     *

 

 翌朝。

 

「……」

 

 所長は目を覚ました。

 

「…………」

 

 頭が痛い。

 

 ひどく痛い。

 

「……飲みすぎた」

 

 頭を押さえる。

 

 横を見る。

 

 昔馴染みはまだ寝ている。

 

 所長はゆっくり起き上がる。

 

 水を飲む。

 

 そして。

 

 しばらく椅子に座っていた。

 

「……」

 

 昨夜のことを思い出す。

 

 軍。

 

 カルテル。

 

 魔導鎧。

 

 盗んだ金。

 

 大量の武器。

 

 そして。

 

 リリス。

 

「……」

 

 所長の表情が少し変わった。

 

「リリス、か」

 

 今まで。

 

 あまり深く考えたことはなかった。

 

 リリスは強い。

 

 頭もいい。

 

 銃も扱える。

 

 魔族としての身体能力もある。

 

 何より。

 

 所長の隣にいることに慣れている。

 

 だから。

 

 危険な仕事に連れていくことに、疑問を持たなかった。

 

 だが。

 

「……俺なら」

 

 所長は自分の手を見る。

 

「弾が当たっても、そう簡単には死なねえ」

 

 オーガの身体。

 

 分厚い筋肉。

 

 頑丈な骨格。

 

 銃弾程度なら耐えられることも多い。

 

 だからこそ。

 

 自分にとっての危険と。

 

 リリスにとっての危険を。

 

 同じものだと思っていた。

 

「でも、あいつは違う」

 

 所長は呟く。

 

 リリスに弾が当たれば。

 

 普通に死ぬ。

 

 魔法でも。

 

 銃でも。

 

 刃物でも。

 

 致命傷になり得る。

 

 今回だってそうだった。

 

 カルテルの基地。

 

 魔導鎧。

 

 対オーガ用の大型銃器。

 

 あんな戦場に。

 

 リリスがいたら。

 

「……死んでたかもしれねえな」

 

 その言葉を口にした瞬間。

 

 所長の顔から酔いが一気に抜けた。

 

「……」

 

 椅子に深く腰掛ける。

 

「だったら」

 

 しばらく考える。

 

「辞めさせた方がいいのか?」

 

 リリスを。

 

 この仕事から。

 

 探偵事務所から。

 

 危険な荒事から。

 

 所長は煙草を取り出した。

 

 だが。

 

 火をつける前に止まる。

 

「……」

 

 そして。

 

「実家に戻る」

 

 そんな考えが浮かんだ。

 

 両親の元へ。

 

 あの醸造所へ。

 

 リリスなら。

 

 きっと立派に跡を継げる。

 

 酒造りの知識もある。

 

 両親も喜ぶだろう。

 

 何より。

 

「……安全だ」

 

 少なくとも。

 

 銃弾が飛び交う場所よりは。

 

 そして。

 

「婿でも取ればいい」

 

 所長は呟いた。

 

 普通の男と結婚して。

 

 両親の仕事を継いで。

 

 酒を作って。

 

 穏やかに暮らす。

 

 それが。

 

 自分の隣にいるより。

 

 ずっと幸せなのではないか。

 

「……」

 

 所長は黙り込んだ。

 

 それが正しい。

 

 頭では。

 

 そう分かっている。

 

 リリスが自分と一緒にいる限り。

 

 いつか。

 

 自分のせいで死ぬかもしれない。

 

「……俺の仕事は」

 

 所長は小さく呟く。

 

「人を守る仕事じゃねえ」

 

 むしろ。

 

 危険へ突っ込んでいく仕事だ。

 

 敵を作る。

 

 恨まれる。

 

 撃たれる。

 

 殺されかける。

 

 そして。

 

 それを面白がっている自分がいる。

 

「……」

 

 所長は煙草を咥える。

 

 今度こそ火をつける。

 

「だったら」

 

 煙を吐く。

 

「リリスは……」

 

 その先を。

 

 口にすることができなかった。

 

 隣の部屋から。

 

「……うぅ」

 

 昔馴染みの寝言が聞こえる。

 

 所長はそちらを見る。

 

「……うるせえな」

 

 そう呟いて。

 

 再び考える。

 

 リリスの人生を。

 

 自分の知らない。

 

 もっと安全な人生を。

 

 そして。

 

 自分がそれを選んでやるべきなのかを。

 

 珍しく。

 

 所長は酒ではなく。

 

 真面目に悩んでいた。

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