軍の車両が遠ざかっていく。
それを確認してから。
所長は、昔馴染みの家へ向かった。
もちろん。
その途中で、軍に回収されることになった魔導鎧の輸送を邪魔しないよう、適当に道を変えている。
しばらくして。
見慣れた家が見えてきた。
「着いたぞ」
「おう」
昔馴染みが車を降りる。
「いやぁ……」
所長も降りる。
「今回は大成功だったな」
「大成功?」
「ああ」
「基地を半壊させて?」
「そうだ」
「軍に追いかけられて?」
「そうだ」
「魔導鎧三機をぶっ壊して?」
「そうだ」
「そのうち一機は頭を潰して?」
「そうだ」
昔馴染みは呆れた顔をする。
「お前の言う大成功って、俺の知ってる大成功と違うんだが」
「最後に生きてる」
「それだけで大成功なのか?」
「重要だろ」
「まあな」
昔馴染みは笑った。
「で?」
「何だ?」
「飲むんだろ?」
「もちろんだ」
二人は家へ入った。
そして。
その夜。
二人は盛大に酒を飲んだ。
「乾杯!」
「乾杯!」
グラスがぶつかる。
「今回は本当に助かった」
「そう言うなら最初からもう少し大人しくしてくれ」
「無理だ」
「即答かよ」
「俺だからな」
「それもそうか」
二人は笑う。
所長は酒を飲みながら、懐から袋を取り出した。
そして。
机の上へ放り投げる。
「何だこれ?」
「礼だ」
「……」
昔馴染みが袋を開く。
「おい」
中には大量の金貨が入っていた。
「こんなに?」
「今回、お前にはかなり世話になったからな」
「でもこれ、かなりあるぞ」
「盗んだ金の一部だ」
「堂々と言うなよ」
「お前なら問題ないだろ」
「まあ……」
昔馴染みは苦笑する。
「ありがたくもらっておく」
「ああ」
二人は再び酒を飲む。
しばらくして。
「そういや」
昔馴染みが何気なく聞いた。
「一応聞くけどよ」
「ん?」
「武器」
「嫌だ」
「まだ何も言ってないぞ」
「売らん」
「即答かよ」
「俺のだ」
「少しくらい売ってくれても――」
「嫌だ」
「……ケチだな」
「俺は銃が好きなんだ」
「知ってる」
「だから売らん」
「はいはい」
昔馴染みは諦めたように酒を飲む。
「じゃあ、せめて頼まれてた倉庫まで運んでおけばいいんだな?」
「ああ」
所長は頷く。
「密輸で指定した倉庫だ」
「分かった」
「そこまで運んでおいてくれ」
「お前は?」
「俺は別に用事がある」
「また何か企んでるのか?」
「企んでない」
「信用できないな」
「ひどい」
二人はまた笑った。
その夜。
二人は酒がなくなるまで飲み続けた。
*
翌朝。
「……」
所長は目を覚ました。
「…………」
頭が痛い。
ひどく痛い。
「……飲みすぎた」
頭を押さえる。
横を見る。
昔馴染みはまだ寝ている。
所長はゆっくり起き上がる。
水を飲む。
そして。
しばらく椅子に座っていた。
「……」
昨夜のことを思い出す。
軍。
カルテル。
魔導鎧。
盗んだ金。
大量の武器。
そして。
リリス。
「……」
所長の表情が少し変わった。
「リリス、か」
今まで。
あまり深く考えたことはなかった。
リリスは強い。
頭もいい。
銃も扱える。
魔族としての身体能力もある。
何より。
所長の隣にいることに慣れている。
だから。
危険な仕事に連れていくことに、疑問を持たなかった。
だが。
「……俺なら」
所長は自分の手を見る。
「弾が当たっても、そう簡単には死なねえ」
オーガの身体。
分厚い筋肉。
頑丈な骨格。
銃弾程度なら耐えられることも多い。
だからこそ。
自分にとっての危険と。
リリスにとっての危険を。
同じものだと思っていた。
「でも、あいつは違う」
所長は呟く。
リリスに弾が当たれば。
普通に死ぬ。
魔法でも。
銃でも。
刃物でも。
致命傷になり得る。
今回だってそうだった。
カルテルの基地。
魔導鎧。
対オーガ用の大型銃器。
あんな戦場に。
リリスがいたら。
「……死んでたかもしれねえな」
その言葉を口にした瞬間。
所長の顔から酔いが一気に抜けた。
「……」
椅子に深く腰掛ける。
「だったら」
しばらく考える。
「辞めさせた方がいいのか?」
リリスを。
この仕事から。
探偵事務所から。
危険な荒事から。
所長は煙草を取り出した。
だが。
火をつける前に止まる。
「……」
そして。
「実家に戻る」
そんな考えが浮かんだ。
両親の元へ。
あの醸造所へ。
リリスなら。
きっと立派に跡を継げる。
酒造りの知識もある。
両親も喜ぶだろう。
何より。
「……安全だ」
少なくとも。
銃弾が飛び交う場所よりは。
そして。
「婿でも取ればいい」
所長は呟いた。
普通の男と結婚して。
両親の仕事を継いで。
酒を作って。
穏やかに暮らす。
それが。
自分の隣にいるより。
ずっと幸せなのではないか。
「……」
所長は黙り込んだ。
それが正しい。
頭では。
そう分かっている。
リリスが自分と一緒にいる限り。
いつか。
自分のせいで死ぬかもしれない。
「……俺の仕事は」
所長は小さく呟く。
「人を守る仕事じゃねえ」
むしろ。
危険へ突っ込んでいく仕事だ。
敵を作る。
恨まれる。
撃たれる。
殺されかける。
そして。
それを面白がっている自分がいる。
「……」
所長は煙草を咥える。
今度こそ火をつける。
「だったら」
煙を吐く。
「リリスは……」
その先を。
口にすることができなかった。
隣の部屋から。
「……うぅ」
昔馴染みの寝言が聞こえる。
所長はそちらを見る。
「……うるせえな」
そう呟いて。
再び考える。
リリスの人生を。
自分の知らない。
もっと安全な人生を。
そして。
自分がそれを選んでやるべきなのかを。
珍しく。
所長は酒ではなく。
真面目に悩んでいた。