アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case68 和解

第六十八話 あの時、手放した理由

 

「実はな――」

 

 所長はそこで言葉を止めた。

 

 煙草を咥えたまま、しばらく机の一点を見つめる。

 

 リリスは急かさなかった。

 

 ただ静かに待っている。

 

 やがて所長は、ゆっくりと口を開いた。

 

「……お前と別れた後の話だ」

 

「はい」

 

「お前が実家に戻っただろ」

 

「はい」

 

「俺は一人で動いた」

 

 所長は煙を吐き出した。

 

「その日の夜だ」

 

 少しだけ目を細める。

 

「泊まってたモーテルが吹き飛んだ」

 

「……」

 

「いきなり爆発した」

 

 リリスの表情が険しくなる。

 

「怪我は?」

 

「ねえよ」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「……」

 

「壁ごと吹っ飛んで、俺も外に転がり出ただけだ」

 

「それを無事と言うんですか?」

 

「俺にとってはな」

 

 所長は肩を竦める。

 

「調べたら、俺を狙ってる連中がいた」

 

「カルテルですね」

 

「そうだ」

 

「以前から追っていた?」

 

「ああ」

 

 所長は一度、煙草を灰皿へ押し付けた。

 

「ただな」

 

 少し間を置く。

 

「その中に、俺個人を殺したがってる奴らがいた」

 

「……」

 

「魔族だ」

 

 リリスが黙る。

 

「昔の俺を知ってる連中だった」

 

「軍にいた頃の?」

 

「ああ」

 

 所長は椅子へ深く腰を下ろした。

 

「俺は昔、人間の軍にいた」

 

「それは知っています」

 

「そこで捕虜を使った」

 

「……」

 

「爆弾にした」

 

 短い言葉だった。

 

 所長はそれ以上、詳しく説明しようとはしなかった。

 

 だが。

 

 その一言だけで十分だった。

 

「その結果、魔族側の基地を吹き飛ばした」

 

「……」

 

「俺は軍から追われた」

 

「そして、その時の生き残りや関係者が……」

 

「ああ」

 

 所長は頷いた。

 

「俺を殺したがってた」

 

「その人たちがカルテルに?」

 

「合流してた」

 

「……」

 

「だからモーテルを吹き飛ばしたのも、そいつらだ」

 

 リリスは静かに息を吐いた。

 

「それで、所長は?」

 

「探した」

 

「一人で?」

 

「一人で十分だった」

 

「……」

 

「昔馴染みを呼んだ」

 

 所長の口元が僅かに緩む。

 

「軍にいた頃からの付き合いの奴だ」

 

「以前、武器を用意してもらった?」

 

「ああ」

 

「その人ですね」

 

「そうだ」

 

 所長は続けた。

 

「そいつに車を出してもらって、魔族軍の管理区域まで行った」

 

「……」

 

「途中で気づいた」

 

「何をです?」

 

「武器を持ってねえ」

 

「……」

 

「だから昔馴染みに金を渡して、用意してもらった」

 

「何を?」

 

「俺好みのやつを」

 

 リリスは嫌な予感がした。

 

「……具体的には?」

 

「大型拳銃」

 

「はい」

 

「大型ライフル」

 

「はい」

 

「対物ライフル」

 

「……」

 

「あと細かいのをいくつか」

 

「所長らしいですね」

 

「そうだろ」

 

 所長は笑った。

 

「そこで昔馴染みとは別れた」

 

「一人で?」

 

「ああ」

 

 所長は少し楽しそうに話す。

 

「軍の地区統括司令部へ向かった」

 

「……」

 

「門を入ろうとしたら、当然銃を向けられた」

 

「当然ですね」

 

「何人も俺の顔を知ってたからな」

 

「指名手配されていたから?」

 

「ああ」

 

 所長は煙草を咥え直した。

 

「けど、俺はそのまま歩いた」

 

「銃を向けられて?」

 

「向けられて」

 

「……」

 

「司令官が来るまで、ちょっと暴れてやろうかと思ってな」

 

 リリスが眉をひそめる。

 

「何をしたんです?」

 

「煙草を吸おうとした」

 

「はい」

 

「ライターがなかった」

 

「……」

 

「近くの兵士にライターを寄越せって言った」

 

「所長……」

 

「そしたら魔法で火をつけやがった」

 

「……」

 

「便利だろ?」

 

「それで?」

 

「その魔法を教えろって詰め寄った」

 

 リリスは額を押さえた。

 

「何をしに軍司令部へ行ったんですか」

 

「ちゃんと仕事だ」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

 所長は笑った。

 

「そんなことしてたら、司令官が慌てて来た」

 

「それで?」

 

「別室へ連れていかれた」

 

「手錠は?」

 

「かけられた」

 

「……」

 

「一応な」

 

「一応……」

 

「司令官とカルテルの話をした」

 

 所長の表情が少し真面目になる。

 

「カルテルに土地を貸してるのは、この軍の中の誰かだろって聞いた」

 

「……」

 

「それと」

 

 所長は煙草を灰皿へ置いた。

 

「俺を殺したがってる奴らについても話した」

 

「司令官は何と?」

 

「気持ちは分かると言った」

 

「所長を殺したい気持ちが?」

 

「ああ」

 

 所長は苦笑した。

 

「ただ、カルテルに魂を売った時点で、そいつらはもう軍の仲間じゃない」

 

「犯罪者」

 

「そうだ」

 

「だから法で裁く?」

 

「ああ」

 

「所長は?」

 

「善処すると言った」

 

「……」

 

「面倒だからな」

 

 リリスはため息をついた。

 

「それで、魔導鎧の話になった」

 

「魔導鎧?」

 

「ああ」

 

 所長は少し首を傾げる。

 

「魔石を動力にした軍用のパワードスーツだ」

 

「所長が興味を?」

 

「ねえ」

 

「珍しいですね」

 

「俺は銃の方が好きだ」

 

「でしょうね」

 

「ただな」

 

 所長は笑う。

 

「昔馴染みが欲しがった」

 

「売れると思ったんですね」

 

「ああ」

 

「それで?」

 

「基地へ行った」

 

「……」

 

「魔導鎧を盗むためじゃねえ」

 

 所長は少しだけ口元を上げた。

 

「少なくとも司令官には、そう言ってねえ」

 

「……所長」

 

「まあ聞け」

 

「はい」

 

「夜中に忍び込んだ」

 

 そこから先は。

 

 所長にしては珍しく。

 

 少しだけ声が弾んでいた。

 

「見つからないように入って」

 

「はい」

 

「格納庫まで行った」

 

「……」

 

「六機分のハンガーがあった」

 

「六機?」

 

「ああ」

 

「全部あったんですか?」

 

「半分は空いてた」

 

「……」

 

「残ってたのが三機」

 

 リリスは嫌な予感がした。

 

「まさか」

 

「三機とも持って帰った」

 

「……」

 

「大型、中型、小型」

 

「……」

 

「コンテナに詰めた」

 

「……」

 

「コンテナごと運んだ」

 

「……」

 

「その時にサイレンが鳴った」

 

 リリスはしばらく無言だった。

 

「……本当に、所長ですね」

 

「褒めてるか?」

 

「呆れています」

 

「そうか」

 

 所長は気にせず続けた。

 

「昔馴染みの家まで持っていった」

 

「それで?」

 

「一機はそいつに売った」

 

「残りは?」

 

「一機は軍に返した」

 

「もう一機は?」

 

 所長が少しだけ黙る。

 

「……持って帰った」

 

「なぜです?」

 

「一番小さかった」

 

「はい」

 

「お前が乗れそうだったから」

 

「……」

 

 リリスの表情が少し変わった。

 

 だが。

 

 所長はその反応を見ないふりをして話を続ける。

 

「その後だ」

 

「カルテルの基地へ?」

 

「ああ」

 

「どうやって?」

 

「正面から」

 

「……」

 

「対物ライフルを持ってな」

 

「……」

 

「門を撃った」

 

「……」

 

「吹き飛んだ」

 

「……」

 

「気持ちよかったぞ」

 

「司令官に壊すなと言われていましたよね?」

 

「……言われてたな」

 

「忘れたんですか?」

 

「完全に」

 

 リリスは頭を抱えた。

 

「その後、監視塔も建物も撃ちまくった」

 

「……」

 

「カルテルも反撃してきた」

 

「対オーガ用の銃器を?」

 

「ああ」

 

「危なかったんですね」

 

「流石にな」

 

 所長は自分の身体を見下ろした。

 

「俺でも隠れた」

 

「……」

 

「大型ライフルで反撃してたら」

 

 少しだけ笑う。

 

「魔導鎧が三機、出てきた」

 

「……」

 

「大型、中型、小型」

 

「乗っていたのは?」

 

「大型と中型は男」

 

「小型は?」

 

「女だ」

 

「……」

 

「そいつらは俺を見て口々に罵ってきた」

 

「……」

 

「暴れるしか能のない馬鹿だとか」

 

「……」

 

「生きて帰れると思うなとか」

 

「……」

 

「息子を殺したな、とかな」

 

 所長の表情が変わる。

 

「だから」

 

 声が低くなる。

 

「俺も殺すことにした」

 

「……」

 

「最初は司令官に、なるべく殺すなと言われてた」

 

「はい」

 

「でも」

 

 所長は目を細める。

 

「そいつらは別だ」

 

 戦闘になった。

 

 魔導鎧は速かった。

 

 力も桁違いだった。

 

 魔力で作られた刃が装甲の隙間から伸び。

 

 所長の身体にも傷をつけた。

 

「……珍しく、俺も傷を負った」

 

「大丈夫だったんですか?」

 

「ああ」

 

「それで?」

 

「頭にきた」

 

 所長は短く答えた。

 

「大型の奴を対物ライフルで撃った」

 

「……」

 

「近距離だった」

 

 リリスは黙って聞いている。

 

「残った二人は怯えた」

 

「……」

 

「それでも中型の奴が突っ込んできた」

 

「……」

 

「だから殺した」

 

 所長は淡々と続けた。

 

「最後の女は降参した」

 

「殺さなかったんですね」

 

「ああ」

 

「なぜ?」

 

「自分から出頭すると言ったからな」

 

「……」

 

「その場で拘束した」

 

 所長は煙草を揉み消した。

 

「その後、カルテルの連中を片っ端から捕まえた」

 

「……」

 

「基地も壊した」

 

「……」

 

「ついでに、銃器も金も情報も回収した」

 

「所長……」

 

「必要な物だったからな」

 

「それは軍へ?」

 

 所長は一瞬だけ黙った。

 

「……昔馴染みに運ばせた」

 

「やっぱり」

 

「何だよ」

 

「何でもありません」

 

 そして。

 

 軍が来る直前。

 

 所長はすべてを済ませた。

 

 残された基地は。

 

 ほとんど廃墟だった。

 

 そこへ司令官がやってきた。

 

「司令官には?」

 

「地下に兵器工場があったと言った」

 

「……」

 

「そこで敵が抵抗した」

 

「……」

 

「魔導鎧まで出てきた」

 

「……」

 

「俺が何とか一人倒した」

 

「……」

 

「残りは工場の自爆装置を押した」

 

「……」

 

「地下が吹っ飛んで、上の建物まで崩れた」

 

「……」

 

 リリスは呆れた顔をする。

 

「それを信じたんですか?」

 

「たぶんな」

 

「……」

 

「最後に、捕まえたカルテルの連中について少し話した」

 

「何を?」

 

「俺を殺そうとしたことについては」

 

 所長は肩を竦めた。

 

「戦争の時の因縁だから仕方ねえ、と言った」

 

「……」

 

「ただ」

 

 少しだけ笑う。

 

「俺が勝手に慈悲を見せた」

 

「慈悲?」

 

「ああ」

 

「何を?」

 

「こいつらを減刑してやってくれって」

 

「どうして?」

 

「まあ」

 

 所長は目を逸らす。

 

「口止めだ」

 

「……」

 

「俺もいろいろ持って帰ってたからな」

 

 リリスは少しだけ目を細めた。

 

「……なるほど」

 

「司令官には言ってねえ」

 

「でしょうね」

 

「だから、あとは適当に話を合わせた」

 

 所長はそこで話を止めた。

 

 しばらく沈黙する。

 

 そして。

 

「全部終わった」

 

「はい」

 

「昔馴染みと別れた」

 

「はい」

 

「軍の奴らにも報告した」

 

「はい」

 

「俺は一人で帰った」

 

「……」

 

 所長は俯いた。

 

「その時にな」

 

 声が少しだけ小さくなる。

 

「お前のことを考えた」

 

「私を?」

 

「ああ」

 

 リリスは黙っている。

 

「俺は」

 

 所長は自分の手を見る。

 

「銃弾を受けても、爆発に巻き込まれても、まあ死なねえ」

 

「……」

 

「今回だってそうだった」

 

「はい」

 

「でも」

 

 所長はリリスを見る。

 

「お前は違う」

 

「……」

 

「弾が当たれば死ぬ」

 

「はい」

 

「爆発に巻き込まれれば死ぬ」

 

「……」

 

「俺が敵に囲まれてる横で、お前まで巻き込まれたら」

 

 そこで。

 

 所長の声が止まった。

 

「……嫌だった」

 

 リリスの目が少し見開かれる。

 

「だから」

 

 所長は視線を逸らした。

 

「突き放した」

 

「……」

 

「俺の隣にいなければ、お前は危険にならない」

 

「……」

 

「そう思った」

 

 リリスはしばらく黙っていた。

 

「それで」

 

 静かに尋ねる。

 

「私を首にしたんですね」

 

「ああ」

 

「私に相談もせず」

 

「……ああ」

 

「私がどう思うかも考えず」

 

「……」

 

 所長は苦笑する。

 

「そこは……悪かった」

 

「本当に馬鹿ですね」

 

「知ってる」

 

「大馬鹿です」

 

「そこまで言うか」

 

 リリスは少しだけ笑った。

 

 だが。

 

 所長はそこで終わらなかった。

 

「ただな」

 

「はい」

 

「一人になって分かった」

 

「何がです?」

 

「俺には」

 

 所長は少しだけ顔を赤くする。

 

「お前が必要だ」

 

「……」

 

「書類もそうだ」

 

「はい」

 

「事務所の掃除もそうだ」

 

「はい」

 

「コーヒーも」

 

「はい」

 

「飯も」

 

「……はい」

 

「でも」

 

 所長は照れくさそうに頭を掻く。

 

「そんな話じゃねえ」

 

「……」

 

「お前がいないと」

 

 少しだけ間を置く。

 

「静かすぎるんだよ」

 

「事務所が?」

 

「違う」

 

 所長は目を逸らす。

 

「俺がだ」

 

「……」

 

「お前がいると、うるせえ」

 

「酷いですね」

 

「でも、そのうるささがないと落ち着かねえ」

 

 リリスの口元が僅かに緩む。

 

「だから」

 

 所長は照れくさそうに続けた。

 

「もう一回、一人でやってみて分かった」

 

「……」

 

「俺には、お前が必要だ」

 

「所長」

 

「なんだ」

 

「それを言うために、あんなに私を心配させたんですか?」

 

「……」

 

「勝手に首にして」

 

「……」

 

「連絡も取らず」

 

「……」

 

「散々危険なことをして」

 

「……」

 

「最後には酒浸りになって」

 

「……」

 

 所長は黙り込む。

 

「……悪かった」

 

「はい」

 

「本当に」

 

「はい」

 

「だから」

 

 所長は少しだけ笑った。

 

「もう、首だとはいわねぇ勝手にどっか行くなよ」

 

 リリスは静かに答える。

 

「それは所長もです」

 

「……分かった」

 

「約束ですよ」

 

「ああ」

 

 リリスは微笑んだ。

 

「では」

 

「ん?」

 

「これからは、ちゃんと私を頼ってください」

 

 所長は少しだけ目を細める。

 

「……ああ」

 

 そして。

 

 照れくさそうに。

 

「頼むわ、リリス」

 

「はい」

 

 久しぶりに。

 

 二人の間に。

 

 以前と同じ空気が戻っていた。

 

 ただ一つ違うのは。

 

 もう二人とも。

 

 その関係が、単なる「所長と助手」だけではないことに。

 

 薄々気づき始めていたことだった。

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