もちろん。そこは重要だね。
両親からすれば「軍を不名誉除隊した」までは知っていても、その後に魔族の国へ逃げ込んだことや、そこでリリスを拾って探偵事務所を始めたことまでは知らない。だから、母親との会話でリリスが説明する形に直す。
あと、母親の呼び方も「この子」ではなく「あの子」で統一するね。
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第七十三話 鬼嶺家のドラ息子
鬼嶺国の街を抜け。
竹林に囲まれた坂道を上り。
二人はようやく、所長の実家へ辿り着いた。
巨大な門。
黒く塗られた木製の門扉には、鬼嶺家の家紋が刻まれている。
その向こうには、手入れの行き届いた広い庭があった。
松の木。
石灯籠。
静かな池。
そして、その奥。
竹林に囲まれるようにして、大きな屋敷が建っている。
「……」
所長は門の前で立ち止まった。
「ここですか?」
「ああ」
「立派ですね」
「嫌いだ」
「即答ですか」
「昔から嫌いなんだよ」
所長は煙草を咥えた。
しばらく門を眺めたあと、面倒そうに息を吐く。
「行くぞ」
「はい」
ギィィ……。
重たい音を立てて門が開く。
二人は敷地へ入った。
玄関まで続く石畳。
その両脇には綺麗に整えられた庭木が並んでいる。
所長はそれらを眺めながら、いかにも嫌そうな顔をして歩いていた。
「何年ぶりなんです?」
「……かなりだ」
「十年くらいですか?」
「そのくらいじゃねえか」
「ご家族は心配していたでしょうね」
「知らん」
「連絡は?」
「してねえ」
「……」
「面倒だった」
「でしょうね」
やがて玄関へ辿り着く。
巨大な木製の扉。
所長はその前に立った。
「じゃあ」
煙草を灰皿へ押しつける。
「乗り込むぞ」
「実家ですよ?」
「俺にとっちゃ敵地みたいなもんだ」
「そんな……」
所長が扉へ手をかける。
ギィ……。
扉が開く。
「ただい――」
「国綱ァァァ!!」
「――ッ!?」
怒鳴り声が屋敷中に響き渡った。
次の瞬間。
廊下の奥から、一人の巨大なオーガが飛び出してきた。
白髪交じりの髪。
分厚い肩。
全身に刻まれた古傷。
そして、所長とよく似た鋭い目。
「親父――」
ドゴォッ!!
「ぐおっ!?」
拳が所長の頬へ直撃した。
あまりの勢いに、所長の巨体が宙へ浮く。
「所長!?」
リリスが目を見開く。
所長はそのまま吹き飛び。
玄関を横切り。
リリスの横を通過して。
ドォンッ!!
壁へ叩きつけられた。
「……」
リリスは呆然とする。
壁際で所長がゆっくりと立ち上がった。
「……痛え」
頬を押さえる。
そして父親を見る。
「親父……」
だが。
次の瞬間。
所長の顔から怒りが一気に滲み出した。
「……クソジジイ」
「このドラ息子が!!」
父親が怒鳴る。
「ロクに連絡もよこさんと思えば!」
額に青筋が浮かぶ。
「気づいたら軍を不名誉除隊しおって!!」
「……」
「一体何を考えとるんじゃ!!」
所長は頬を擦った。
「いきなり殴るな」
「殴られて当然じゃ!!」
「うるせえ」
「何じゃと!?」
「こっちは何年ぶりだと思ってんだ」
「それが帰ってきた息子の態度か!!」
「帰ってきた瞬間に殴る親の態度は何なんだよ!!」
「貴様が連絡をよこさんからじゃ!!」
「だからって殴るな!!」
「殴らんと分からん奴だから殴ったんじゃ!!」
所長のこめかみに青筋が浮かぶ。
「……クソジジイ」
「なんじゃ!!」
「死ね」
所長が懐へ手を入れる。
「所長!?」
リリスが慌てて声を上げる。
だが遅い。
所長は拳銃を抜いた。
「死ねクソジジイ!!」
パンッ!
パンパンッ!
「馬鹿者!!」
父親が横へ飛ぶ。
弾丸が玄関の壁へ突き刺さる。
「家の中で撃つ奴がおるか!!」
「先に殴ったのはお前だろ!!」
「親に銃を向ける奴がおるか!!」
「殴る親がどこにいる!!」
「ここにおるわ!!」
「じゃあ死ね!!」
「貴様ァ!!」
父親が再び突っ込む。
所長は拳銃をしまい、拳を繰り出した。
父親がそれを受け止める。
「この――!」
「クソジジイが!」
ガシッ!!
二人の巨大なオーガが互いの服を掴む。
そのまま取っ組み合いになった。
「国綱ァ!」
「クソジジイ!!」
「何年家に帰っとらん!!」
「帰りたくなかったんだよ!」
「親不孝者が!」
「うるせえ!」
ドォン!!
二人が壁へぶつかる。
玄関の床が軋む。
飾られていた花瓶が落ち、派手な音を立てて割れた。
「……」
リリスは完全に固まっていた。
その時。
「あなた、危ないわ」
「え?」
いつの間にか、リリスの隣に一人の女性が立っていた。
所長の母親だった。
父親と同じオーガだが、雰囲気はまるで違う。
美しい顔立ち。
柔らかな目。
落ち着いた物腰。
目の前で夫と息子が暴れているというのに、妙に冷静だった。
「こちらへいらっしゃい」
「ですが……」
リリスは取っ組み合いをしている二人を見る。
「所長が……」
「大丈夫よ」
「本当に?」
「ええ」
母親は少しだけ苦笑した。
「あの二人は昔からああなの」
「……」
「巻き込まれる前に、こちらへ」
母親はリリスを玄関から少し離れた廊下へ連れていく。
それでも背後から怒鳴り声が聞こえてくる。
「クソジジイ!!」
「国綱ァ!!」
「うるせえ!!」
「貴様がうるさいわ!!」
リリスは困惑したまま歩く。
母親が客間の扉を開けた。
「ここなら少し静かでしょう」
「ありがとうございます……」
二人が部屋へ入る。
母親が湯呑みを用意しながら、リリスを見る。
「改めて聞かせてもらえるかしら」
「はい」
「あなたは?」
「リリスです」
「そう」
母親が微笑む。
「それで、あの子とはどういう関係なの?」
「所長の助手をしています」
「助手?」
「はい。アランスミシー探偵事務所で働いています」
母親の手が止まった。
「探偵事務所……?」
「はい」
「軍を辞めたあと、あの子が?」
「はい」
リリスは少し迷った。
どこまで話していいのか。
だが、隠す理由もなかった。
「所長は軍を不名誉除隊になったあと、軍事裁判から逃げて……魔族の国へ行ったんです」
「……」
母親の表情が固まった。
「魔族の国へ?」
「はい」
「それから?」
「そこで、私を拾いました」
「あなたを?」
「戦争の混乱で両親と離れてしまって……その頃の私は、行く場所もありませんでした」
リリスは静かに続ける。
「所長に拾われて、それから一緒に暮らしていました」
「……」
「その後、人間の国へ戻ってきて」
少しだけ笑う。
「アランスミシー探偵事務所を開いたんです」
母親は黙って聞いていた。
「そう……」
やがて小さく息を吐く。
「あの子が……そんなことを」
「はい」
「何も知らなかったわ」
「連絡をしなかったそうですから」
「……本当に、あの子らしいわね」
母親は困ったように笑った。
そして、湯呑みをリリスへ差し出す。
「それで」
「はい」
「あなたは今も、あの子と一緒に仕事をしているのね?」
「はい」
「大変でしょう?」
リリスは少し考えた。
「……慣れています」
母親が微笑む。
「そう」
その時。
玄関から再び轟音が響いた。
「クソジジイ!!」
「国綱ァ!!」
「いい加減にしろ!!」
「そっちこそじゃ!!」
リリスがびくりと肩を震わせる。
「……本当に大丈夫なんでしょうか」
「ええ」
母親は平然とお茶を飲む。
「あの二人なら、いつものことよ」
「……」
リリスは何とも言えない顔で玄関の方を見る。
そして。
母親がふと微笑んだ。
「でも」
「はい?」
「帰ってきてくれたのね」
その声だけは。
先ほどまでとは違っていた。
嬉しさと、少しだけ寂しさが混じっている。
「……はい」
リリスは静かに頷いた。
その頃、玄関では。
「クソジジイ!!」
「国綱ァ!!」
まだ親子喧嘩が続いていた。
鬼嶺家の里帰りは。
実に騒がしく。
そして、ようやく家族の再会らしい一日として始まった。