そうだね。そこは完全に場面の位置関係を整理した方が自然。
婚約者が来た時点で客間には千代・リリス・信綱がいる → 使用人が婚約者を客間まで案内 → 挨拶 → 信綱が「お茶を」と席を外す → その間に婚約者とリリスが話す、という流れだね。
その形で一話として組み直すとこんな感じ。
第七十九話 婚約者
鬼嶺家の客間。
千代とリリス、そして信綱の三人が座っていた。
庭からは相変わらず、男二人の怒鳴り声が響いている。
「クソジジイ!!」
「国綱!!」
ドォン!!
また何かが壊れる音。
信綱は額を押さえた。
「……本当に、いつまでやるんだろう」
「さあ」
千代は慣れた様子でお茶を飲んでいる。
「二人とも昔からああいうところは変わらないもの」
「兄さんが帰ってきたと思ったら、これだもんなぁ……」
リリスも困ったように庭の方を見る。
「所長のお父様も、かなりお元気ですね」
「ええ」
千代が苦笑する。
「元気すぎるくらいね」
その時だった。
廊下から使用人の声が聞こえてきた。
「失礼いたします」
襖が開く。
「お客様がお見えになりました」
「ありがとう」
千代が頷く。
「こちらへ通してちょうだい」
「はい」
使用人が一礼して下がる。
やがて。
廊下から足音が近づいてくる。
襖が再び開いた。
「失礼いたします」
そこに立っていた女性を見て。
リリスは、思わず目を見張った。
背が高い。
所長ほどではない。
しかし、女性としてはかなりの長身だった。
身体はしっかりと引き締まっている。
細身ではあるが華奢ではなく、鍛えられた肉体を思わせる力強さがある。
それでいて女性らしい大きな胸もあり、姿勢の良さも相まって堂々とした雰囲気を漂わせていた。
そして。
何より目を引くのが、その目元。
きりりとした鋭い目。
少し目つきが悪いようにも見える。
だが、それが彼女の凛々しさを際立たせていた。
美人。
ただし、リリスとはまったく違う種類の美しさだった。
「お久しぶりです、お義母様」
女性は千代へ向かって、深々と頭を下げた。
「ええ。久しぶりね」
千代は穏やかに微笑む。
「元気そうで何よりだわ」
「ありがとうございます」
女性は顔を上げる。
その表情には、僅かな緊張があった。
「長い間、ご無沙汰してしまい申し訳ありません」
「気にしなくていいのよ」
千代は優しく首を振る。
「あなたが悪いわけじゃないもの」
「……はい」
女性は小さく頷いた。
そして。
隣にいるリリスへ目を向ける。
「……」
互いに視線が合う。
「初めまして」
女性が丁寧に頭を下げた。
「リリスと申します」
リリスも頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
女性は微笑む。
その視線が、リリスの眼鏡や服装、そして落ち着いた雰囲気を静かに見ている。
そして。
何かを察したように、ほんの少し目を細めた。
「……国綱さんは?」
女性が尋ねる。
リリスが少し困った顔をする。
「庭にいます」
「庭?」
「お父様と喧嘩をしていて……」
その瞬間。
「クソジジイ!!」
「国綱!!」
ドォン!!
屋敷全体が僅かに揺れる。
「……」
女性は無言で庭の方を見る。
数秒後。
「……相変わらずですね」
千代が苦笑した。
「ええ」
「昔からですか?」
「昔からよ」
女性は小さく息を吐いた。
そして。
改めてリリスを見る。
国綱が連れて帰ってきた女性。
わざわざ実家まで連れてきた。
その雰囲気。
距離感。
何となく事情を察したようだった。
「……そういうことなのですね」
「え?」
リリスが首を傾げる。
「いえ」
女性は少し笑った。
「それより、せっかく来ていただいたのにお茶も出していませんね」
信綱が立ち上がった。
「そういえば」
「信綱?」
「僕がお茶を淹れてきます」
千代が微笑む。
「お願いできる?」
「もちろん」
信綱は女性へ向かって軽く頭を下げる。
「少しお待ちください」
「は、はい」
女性の頬がほんの少し赤くなる。
「お願いします……」
信綱はそのまま客間を出ていった。
襖が閉まる。
その瞬間。
女性は、ほっとしたように小さく息を吐いた。
リリスはそれを見逃さなかった。
「……」
そして。
女性の視線が、閉じた襖へ向いている。
頬が赤い。
その表情は。
先ほどまでの凛々しい雰囲気とは、まるで違っていた。
「……もしかして」
リリスが小さく呟く。
「はい?」
女性が振り返る。
「いえ……」
リリスは少しだけ微笑んだ。
何となく分かってしまった。
――この人。
信綱さんのことが好きなんだ。
千代も。
そんな女性を静かに見つめていた。
もちろん。
千代はとっくに気づいている。
昔からだった。
この女性が国綱ではなく、信綱へ向ける視線。
信綱が話しかけた時だけ少し赤くなる頬。
幼い頃から、それを千代は知っていた。
だからこそ。
ずっとヤキモキしていた。
家同士の都合で決められた婚約。
けれど。
本当にこの子が想っている相手は、別の息子だった。
しかし国綱は帰ってこなかった。
軍へ行き。
消息を絶ち。
どこで何をしているのかも分からない。
そんな状態では、千代もどうすることもできなかった。
だから。
今こうして。
目の前に二人が揃っていることが、少し嬉しかった。
「……」
女性が、ぽつりと口を開く。
「私も……実は親に勝手に決められた婚約だったんです」
リリスが顔を上げる。
「そうなんですか?」
「はい」
女性は苦笑する。
「ですから、国綱さんのことは気にしないでください」
「……」
「私自身も、無理に結婚したいとは思っていません」
そう言って。
女性はリリスへ頭を下げた。
「むしろ、こちらこそ申し訳ありません」
「いえ、そんな……!」
リリスは慌てて首を振る。
「私も、その……」
言葉に詰まる。
所長が突然、自分を嫁だと言い出したこと。
その理由。
そして。
その言葉を聞いた時、自分が少し嬉しかったこと。
まだ誰にも説明できない。
千代はそんな二人を見ながら、静かに微笑んだ。
そして。
庭から再び。
「クソジジイ!!」
「国綱!!」
ドォン!!
という轟音が響く。
女性は遠い目をした。
「……まずは」
「はい?」
「国綱さんに、あの喧嘩をやめてもらわないといけませんね」
リリスは苦笑した。
「それが一番難しいと思います」
千代も小さく笑う。
「そうね」
そして三人は。
庭で続いている、鬼嶺家恒例の親子喧嘩へ目を向けた。