もちろん。今回はいったん直近の流れを整理して、既に描いた内容を繰り返さない・その時点で誰がどこにいるかを崩さないようにして作り直す。
特に以下を固定する。
* 国綱は朔夜との婚約を知らなかった。昔から家同士では話があったが、国綱本人には伝わっていなかった。
* 朔夜は幼い頃から国綱の存在を知っていたが、実際には家にほとんどいなかった国綱より、鬼嶺家を訪れた際に相手をしてくれた信綱との思い出が多い。
* 前話までで、信綱と朔夜がお互いを意識していることは十分描写済み。今回はそこを改めて「両思い」と説明しない。
* 国綱と宗綱だけが、国綱の勘当・家督放棄の話を進める。
* 千代、リリス、信綱、朔夜は鬼嶺家に残っている。
* 国綱は普段ぶっきらぼうだが、今回は自分の非を認めて、朔夜の両親にきちんと頭を下げる。
* その一方で、鬼嶺家では千代がリリスを根掘り葉掘り聞く、という対比。
では、この形で。
第八十三話 頭を下げる
鬼嶺家の屋敷を出て。
二人のオーガは竹林の中を歩いていた。
宗綱と国綱。
親子二人だけだった。
国綱は煙草を咥え、面倒そうに前を向いて歩いている。
「……遠いな」
「昔から変わらんな、お前は」
「何がだ?」
「自分の国なのに、文句ばかりだ」
「仕方ねぇだろ」
国綱は煙を吐いた。
「車ならもっと早い」
「ここまで車で来られる場所ではない」
「だから嫌なんだよ」
「お前は昔から便利なものに慣れすぎだ」
「便利なもんは使うだろ」
宗綱は呆れたように息を吐いた。
竹林の奥へ進んでいく。
やがて。
国綱が口を開いた。
「親父」
「なんだ?」
「さっきの話だが」
「ああ」
「俺が頭下げる必要、本当にあるのか?」
「ある」
「……面倒だな」
「お前が何年も連絡をよこさなかったせいで、朔夜は婚約者として待たされていたんだぞ」
「だから、それは知らなかったって言ってるだろ」
「知らなかったから責任がなくなるわけではない」
「……」
国綱は黙った。
しばらく歩く。
そして。
「まあ」
小さく呟く。
「そこは悪かったと思ってる」
宗綱が足を止めかけた。
「……今、謝ったのか?」
「聞こえてただろ」
「お前が素直に謝るとはな」
「うるせぇ」
「珍しいものを見た」
「だからうるせぇって」
宗綱は小さく笑った。
「なら、その言葉を朔夜の両親にも言え」
「ああ」
「頭も下げろ」
「分かってる」
国綱は煙草を口から外した。
「俺だって、それくらいはする」
*
一方。
鬼嶺家の客間では。
国綱たちが出ていったことにも気づかず、会話が続いていた。
「それでね、リリスさん」
「はい」
千代が身を乗り出す。
「国綱とは、いつから一緒に暮らしているの?」
「……」
リリスは少しだけ目を瞬かせた。
「魔族の国で出会った時からです」
「まあ」
千代の表情が柔らかくなる。
「そんなに長いのね」
「はい」
「それじゃあ、あの子のことをよく知っているでしょう?」
「そうですね」
「昔の国綱はどんな子だったの?」
「私が知っているのは、戦争が終わった後の所長ですから」
「そうだったわね」
千代は少し寂しそうに笑う。
「私が知らない国綱を、あなたは知っているのね」
「……」
リリスは少し考える。
「所長は、昔からあまり変わっていないと思います」
「そう?」
「乱暴で」
「ええ」
「お酒が好きで」
「ええ」
「煙草ばかり吸って」
「それも知ってるわ」
「お金にがめつくて」
「そこまでなの?」
「はい」
リリスは真顔で頷く。
「ただ……」
「ただ?」
「困っている人間を放っておけないところがあります」
千代が少し驚いた顔をした。
「そうなの?」
「本人は絶対に認めませんけど」
リリスは淡々と続ける。
「自分が損をしてでも手を出すことがあります」
「……」
「その後で、損した分を別のところから取り返そうとしますが」
「ふふっ」
千代が笑った。
「なんだか、国綱らしいわ」
リリスも僅かに口元を緩める。
「はい」
「それで」
千代がまた身を乗り出した。
「あなたは?」
「私ですか?」
「国綱と一緒にいる理由」
「……」
「助手だから、だけではないでしょう?」
リリスの指が膝の上で僅かに動いた。
「……拾ってもらった恩があります」
「それだけ?」
「それに」
リリスは少し視線を落とす。
「長く一緒にいましたから」
「そう」
千代はそれ以上追及しなかった。
ただ。
どこか嬉しそうに笑った。
*
その頃。
国綱と宗綱は、竹林を抜けていた。
その先に。
大きな屋敷が見える。
「着いたぞ」
宗綱が言う。
「……でけぇな」
「お前の実家も同じくらいだ」
「知らん」
「……」
宗綱は呆れた。
「本当に何も覚えていないな」
「必要なかったからな」
国綱は門を見上げる。
そして。
煙草を消した。
「行くか」
「ああ」
二人は門をくぐった。
使用人に宗綱が名乗る。
事情を説明すると、すぐに屋敷の中へ案内された。
やがて。
客間。
そこには朔夜の両親が座っていた。
「宗綱殿」
「久しいな」
「はい」
宗綱は一礼した。
そして。
隣に立つ国綱を見る。
「……」
国綱も前へ出た。
普段のような不遜な態度はない。
少しだけ姿勢を正している。
「初めまして」
朔夜の父親が国綱を見る。
「国綱殿ですな」
「ああ」
「お噂は聞いております」
「ろくでもねぇ噂だろ」
「……」
「まあ、否定はしねぇ」
宗綱が静かに口を挟む。
「本日は、朔夜との婚約について話がある」
朔夜の両親の表情が変わる。
「まず」
宗綱が深く頭を下げた。
「長きにわたり、娘さんを待たせてしまったことを謝罪したい」
そして。
国綱も頭を下げた。
「……すまなかった」
短い言葉だった。
だが。
その声には、いつもの投げやりな調子がなかった。
「俺は、この婚約を知らなかった」
国綱は頭を上げる。
「昔から家同士で話があったことは、今になって聞いた」
「……」
「だが、俺が軍に入ってからは家にほとんど連絡をしていなかった」
国綱は少し苦い顔をする。
「そのせいで、朔夜が俺との婚約を抱えたまま何年も過ごしていたことも知らなかった」
朔夜の父親は黙って聞いている。
「知らなかったとはいえ」
国綱は続ける。
「待たせたことについては、俺が悪かった」
そして。
もう一度、頭を下げる。
「悪かった」
宗綱は何も言わなかった。
ただ。
隣にいる息子を静かに見ていた。
*
「それで」
朔夜の父親が口を開く。
「婚約については?」
「破棄してほしい」
国綱は即答した。
「俺は鬼嶺家を継がない」
「……」
「家督継承権も放棄する」
宗綱が続ける。
「国綱は正式に家督継承権を放棄し、鬼嶺家から籍を外す予定です」
「そして」
国綱が言った。
「俺の代わりに、弟の信綱に家督を継がせる」
「……信綱殿に?」
「ああ」
「それは、鬼嶺家として決まったことなのですか?」
「これから正式に決める」
国綱は答える。
「俺が親父に頼んだ」
「なぜ?」
「俺には向いてねぇからだ」
あっさりした答えだった。
「家督なんて柄じゃねぇ」
国綱は苦笑する。
「俺は探偵やってる方が性に合ってる」
「……」
「それに」
少しだけ間を置く。
「信綱の方が、ずっとこの家には向いてる」
朔夜の父親は黙って国綱を見る。
「そして」
国綱が続けた。
「朔夜が信綱を選ぶなら、その方がいいと思ってる」
それだけだった。
余計な説明はしない。
誰が誰を好きなのか。
それを国綱が勝手に語ることもしない。
「ですから」
宗綱が頭を下げる。
「国綱との婚約を解消し、改めて信綱との縁談を検討していただきたい」
国綱も続ける。
「俺からも頼む」
そして。
深く頭を下げた。
「すまなかった」
*
静かな時間が流れた。
やがて。
朔夜の母親が口を開いた。
「国綱殿」
「なんだ?」
「あなたは、本当にそれでいいのですか?」
「ああ」
「鬼嶺家を離れることも?」
「ああ」
「勘当されることも?」
「……ああ」
国綱は少しだけ笑った。
「むしろ、その方が俺は気楽だ」
宗綱が横目で見る。
「本当にお前は……」
「なんだよ」
「いや」
宗綱はそれ以上言わなかった。
朔夜の父親が静かに頷く。
「分かりました」
「……」
「我々も、娘の人生を古い約束だけで縛るつもりはありません」
国綱の肩から、ほんの少し力が抜ける。
「ただし」
「なんだ?」
「信綱殿との話は、改めて正式に進めさせていただきたい」
「ああ」
「それと」
父親は国綱を見る。
「あなた自身のことについても、いずれ話をさせてください」
「俺の?」
「ええ」
「……分かった」
国綱は頷いた。
「好きにしてくれ」
そして。
最後にもう一度。
国綱は深く頭を下げた。
「朔夜には、本当に悪かったと思ってる」
「……」
「俺が知らなかったとはいえ、待たせたことには変わりねぇ」
顔を上げる。
「すまなかった」
今度は。
宗綱も並んで頭を下げた。
「鬼嶺家としても、謝罪いたします」
二人のオーガが。
揃って頭を下げる。
普段の国綱からは想像もつかない姿だった。
*
同じ頃。
鬼嶺家の客間では。
「それでね、リリスさん」
「はい」
「国綱は普段、家ではどんな感じなの?」
「……」
リリスは少し考える。
「怠そうにしています」
「それは想像できるわ」
「酒を飲んでいます」
「それも分かるわね」
「煙草を吸っています」
「……」
千代が苦笑する。
「昔から変わらないのね」
「はい」
リリスは頷いた。
「ただ」
「また何かあるの?」
「事務所の仕事になると、急に真面目になります」
「へえ」
「……本当に、普段からそうならいいのですが」
「ふふ」
千代が笑う。
「あなた、国綱のことをよく見ているのね」
「助手ですから」
リリスは即答した。
「仕事上、必要です」
「そういうことにしておきましょうか」
「……」
リリスは何も答えなかった。
隣では。
信綱と朔夜が、先ほどまでの会話を思い返しているのか、少し気まずそうに座っている。
千代はそんな二人とリリスを眺めながら、楽しそうに笑った。
その頃。
竹林の向こうでは。
国綱の人生を左右する話が、静かに動き始めていた。
鬼嶺家の長男としてではなく。
一人の男として。
国綱は初めて、自分自身の未来を選ぼうとしていた。