アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case89 お清め

第八十六話 清めの酒

 

 龍神の貫手が。

 

 国綱の腹部を貫いた。

 

 ズブリ。

 

「……」

 

 龍神は勝ち誇ったように国綱を見上げる。

 

「どうだ、人の身で我に逆らった報い――」

 

 だが。

 

「……?」

 

 国綱は。

 

 平然としていた。

 

 腹を貫かれているというのに。

 

 煙草を咥えたまま。

 

 ぷかり。

 

 煙を吐いている。

 

「……」

 

 龍神の表情が固まった。

 

「……なぜだ」

 

「何が?」

 

「なぜ、動ける……?」

 

「いや」

 

 国綱は自分の腹を見る。

 

「刺さってんな」

 

「それだけか!?」

 

「痛くねぇからな」

 

「……!」

 

 龍神は腕を引き抜こうとした。

 

 だが。

 

「……っ!」

 

 抜けない。

 

「な……」

 

 龍神が力を込める。

 

「抜け……!」

 

 ズズッ。

 

 ほんの僅かに動く。

 

 だが。

 

 国綱の腹筋が。

 

 異常なまでの力で龍神の腕を締め付けていた。

 

「な、なんだ……この肉体は……!」

 

 龍神の腕に圧力がかかる。

 

 骨が軋む。

 

 ミシ……。

 

「ぐっ……!」

 

 龍神の顔が歪む。

 

「腕が……!」

 

 国綱は煙草を吸いながら、龍神を見る。

 

「抜きてぇのか?」

 

「当然だ!」

 

「じゃあ抜けよ」

 

「貴様……!」

 

 龍神は必死に腕を引く。

 

 しかし。

 

 抜けない。

 

 むしろ。

 

 腕の骨が折れそうなほど締め付けられていく。

 

「ぐ……っ!」

 

 額に汗が浮かぶ。

 

「なぜ……人間どころかオーガが……これほど……!」

 

「オーガだからだろ」

 

「そんな理由で済ませるな!」

 

「知らねぇよ」

 

 国綱はため息を吐いた。

 

 そして。

 

 空いている手を伸ばす。

 

「じゃあ」

 

「……?」

 

 龍神の頭を。

 

 鷲掴みにした。

 

「今度は俺の番だな」

 

「なっ――」

 

 ぐっ。

 

 指が頭部へ食い込む。

 

「……っ!」

 

 龍神の顔が歪む。

 

 国綱はゆっくりと力を込めていく。

 

「……!」

 

 ミシ。

 

 ミシミシ。

 

 頭蓋骨が軋む音が響く。

 

「ぐ、あ……!」

 

 龍神が苦悶の声を漏らす。

 

「や……め……!」

 

「なんだ?」

 

「頭が……!」

 

「そうか」

 

 さらに力を込める。

 

 ミシミシミシ。

 

「ぐあああああっ!」

 

 とんでもない激痛が龍神を襲う。

 

 龍神は反射的に身体を反らした。

 

 そして。

 

「――離れろ!」

 

 口を大きく開く。

 

 その奥から。

 

 凄まじい光が溢れた。

 

「……?」

 

 国綱が眉をひそめる。

 

 次の瞬間。

 

 ゴオオオオオオッ!

 

「うおっ!?」

 

 凄まじい炎の奔流が国綱の顔面へ叩き込まれた。

 

「……!」

 

 国綱が思わず目を閉じる。

 

「熱っ!」

 

 その瞬間。

 

 腹筋の力が緩んだ。

 

 龍神の腕が抜ける。

 

 同時に国綱の手も頭から離れる。

 

「はぁ……!」

 

 龍神は咄嗟に後退した。

 

 数メートル。

 

 いや。

 

 十メートル以上。

 

 一気に距離を取る。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 頭を押さえながら、龍神は国綱を睨む。

 

 対する国綱は。

 

 腹から血を流しながら。

 

 自分の顔を手で拭っていた。

 

「……」

 

 そして。

 

「おぉ」

 

 目を丸くする。

 

「口から火を吹くなんぞ」

 

 国綱はへらへら笑った。

 

「大道芸人かと思ったぞ」

 

「……貴様……!」

 

 龍神の顔が怒りで歪む。

 

「我を……大道芸人だと……?」

 

「似たようなもんだろ」

 

「違う!」

 

「そうか?」

 

「我は龍神だ!」

 

「はいはい」

 

 国綱は興味なさそうに手を振った。

 

「それよりよ」

 

 煙草を吸いながら。

 

 何かを思い出したように国綱が言う。

 

「確か、あれだろ?」

 

「……何がだ」

 

「邪なもんをぶち殺す時ってよ」

 

 国綱は考え込む。

 

「酒で清めるとか、そういうのやるんだろ?」

 

「……」

 

 龍神は嫌な予感を覚えた。

 

「貴様、何をする気だ?」

 

「まあ見てろ」

 

 国綱は尻のポケットへ手を突っ込む。

 

 そして。

 

「これだ」

 

 取り出したのは。

 

 小さなスキレットだった。

 

「…………」

 

 龍神が固まる。

 

「なぜそんなものを持っている」

 

「酒飲むためだ」

 

「スキレットで?」

 

「便利なんだよ」

 

「そういう問題ではない!」

 

 国綱はスキレットを傾ける。

 

 中に入っていた酒を。

 

「……」

 

 ぐび。

 

 ぐびぐび。

 

「……」

 

 さらに飲む。

 

 度数九十パーセント。

 

 普通の人間なら、一口で喉を焼くような酒だった。

 

 だが。

 

 国綱は平然としている。

 

「ぷはぁ」

 

 そして。

 

「うめぇ」

 

「……」

 

 龍神は呆然としていた。

 

 周囲一帯に。

 

 猛烈な酒の臭いが漂っていく。

 

「……臭い」

 

「そうか?」

 

「何を飲んでいる……」

 

「酒」

 

「見れば分かる!」

 

「九十度」

 

「……?」

 

「強い酒だ」

 

「そんなものを飲んで平然としているのか……」

 

「酒は強い方がいいだろ」

 

「知らん……」

 

 龍神は頭を抱えた。

 

 その間にも。

 

 国綱はさらに酒を飲む。

 

 そして。

 

「……」

 

 ふと。

 

 何かを思い出した。

 

「あぁ」

 

「?」

 

「清めなきゃいけねぇんだった」

 

「……」

 

 国綱はスキレットを持つ。

 

 酒を口いっぱいに含む。

 

「……?」

 

 龍神が警戒する。

 

 国綱はそのまま拳を前へ突き出し。

 

「ふっ!」

 

 拳へ酒を吹き付けた。

 

 シュッ!

 

 ――瞬間。

 

 酒が。

 

 ほぼ一瞬で蒸発した。

 

 拳から白い蒸気が立ち上る。

 

「……」

 

 だが。

 

 国綱は気づかない。

 

「よし」

 

「…………」

 

 龍神は唖然としていた。

 

「……今のは何だ」

 

「清めた」

 

「何を?」

 

「拳」

 

「なぜ?」

 

「邪なもんを殴るからだ」

 

「……」

 

 龍神は頭が痛くなってきた。

 

 国綱はすでに酒を飲み過ぎている。

 

「……」

 

 頬が赤い。

 

 目が少し座っている。

 

 足元も。

 

 ほんの僅かにふらついている。

 

 だが。

 

 本人は絶好調のつもりだった。

 

「よし」

 

 拳を握る。

 

「覚悟しろ」

 

「……」

 

「トカゲばばぁ」

 

「……」

 

 龍神のこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「貴様……」

 

 国綱はへべれけになりながら。

 

 にやりと笑った。

 

「今からぶちのめしてやる」

 

「……」

 

 龍神は拳を握る。

 

 数千年生きた龍神と。

 

 オーガの中でも化け物と呼ぶべき男。

 

 二人の戦いは。

 

 まだ始まったばかりだった。

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