うん、その方が自然だね。
信綱が来た理由を「戦闘の気配を察知した」ではなく、外から見て異常事態だったから駆けつけたにすると、鬼嶺国側の描写としても筋が通る。
特に国綱が祠を壊した件を、信綱に突っ込まれても「地震だ」「祟りが怖い」と平然と誤魔化すのが、所長らしくてかなりいい。
その部分を組み込んで、前回の話をもう少し厚めに修正するとこんな感じ。
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第八十九話 守神様と、二人の鬼
龍神は、地面に横たわっていた。
「……」
指一本、動かせない。
腕を持ち上げようとしても、指先が僅かに震えるだけ。
脚に力を入れようとしても、まるで自分の身体ではないかのように動かなかった。
肺は焼けるように痛い。
呼吸をするたび、肋骨の奥まで鈍い痛みが走る。
全身から力が抜けている。
先ほどまで繰り広げていた戦いが、それほどまでに凄まじかった。
そして。
「……」
龍神はゆっくりと目を開けた。
目の前には国綱がいる。
服はボロボロ。
身体にはいくつもの傷。
腹部には一度、自分の腕を貫通させた痕まで残っている。
それでも。
国綱は平然と煙草を吸っていた。
「……化け物め」
「ん?」
「何でもない」
「そうか」
国綱は煙を吐く。
そして、ふと顔を上げた。
「……」
天井を見る。
洞窟のあちこちに大きな亀裂が走っている。
壁には巨大な拳の跡。
天井からは小石が落ちている。
ゴゴ……。
低い音が洞窟の奥から響く。
「……こりゃ駄目だな」
「……何がだ」
「ここ」
国綱は天井を指差した。
「もう崩れかけてる」
龍神も天井を見る。
「……」
パラッ。
また小さな石が落ちた。
「……」
「危ねぇな」
「貴様が壊したのだろう」
「まあな」
国綱はあっさり認める。
「だったらどうにかしろ」
「面倒くせぇ」
「……」
龍神は目を閉じた。
もう怒る気力もない。
「とりあえず外出るぞ」
「……我は動けぬ」
「知ってる」
「ならばどうする」
「運ぶ」
「……」
龍神の眉が僅かに動く。
「どうやって」
「こうだ」
国綱はしゃがみ込むと、龍神の着物の襟を掴んだ。
「待て」
「なんだ?」
「まさか……」
「そのまさまだ」
「やめろ」
「歩けねぇんだろ?」
「そうだが」
「じゃあ仕方ねぇ」
「もっと他に方法があるだろう!」
「知らん」
ズルッ。
「……!」
龍神の身体が床を擦る。
「おい!」
「なんだよ」
「もう少し丁寧に――」
「お前、俺を殺そうとしただろ」
「それはそうだが!」
「じゃあお互い様だ」
「何がだ!」
ズルズルズル。
国綱は龍神を引きずっていく。
その途中。
ゴゴゴゴ……。
洞窟が大きく揺れた。
「……!」
天井から大きな岩が落ちる。
ドォンッ!
「ほらな」
国綱は振り返った。
「やっぱ危ねぇ」
「……」
「ここにいたら二人とも生き埋めだ」
「……二人とも?」
「俺まで死んだら困る」
「そこは我を心配しろ!」
「お前は頑丈だろ」
「貴様ほどではない!」
「細けぇな」
龍神はもう何も言わなかった。
やがて。
洞窟の入口から光が差し込む。
国綱はそのまま龍神を外へ引きずり出した。
外に出る。
新鮮な空気が流れ込んでくる。
国綱は龍神の襟から手を離した。
「ほら」
ドサッ。
「……」
龍神は地面に転がった。
「……」
「ここなら洞窟が崩れても巻き込まれにくい」
「……」
「しかし」
国綱は後ろを振り返る。
洞窟の入口には大きな亀裂。
上部の岩も不安定になっている。
「いやぁ」
国綱は笑った。
「あの洞窟、立ち入り禁止にしろよ」
「……」
「次なんかあったら崩落するな」
「だから!」
龍神が疲れ切った声で叫ぶ。
「貴様が壊したのだろう!」
「まあまあ」
「何がまあまあだ!」
「細けぇな」
「細かくない!」
国綱は煙草を吸いながら笑っている。
「とりあえず」
「……」
「ここで話そうぜ」
龍神は大きく息を吐いた。
「……もう好きにしろ」
「そうする」
国綱は近くの岩に腰を下ろした。
「儀式だの奉納だの、面倒な話は全部ここで済ませる」
「……」
「俺は面倒なのが嫌いなんだ」
「知っている」
「なら話が早い」
龍神は空を見上げた。
「……疲れた」
「寝てろ」
「……」
龍神は目を閉じた。
その時だった。
遠くから。
「――龍神様!」
声が聞こえた。
国綱が振り返る。
「……?」
木々の向こう。
一人のオーガが走ってくる。
信綱だった。
息を切らし、明らかに焦っている。
「龍神様!」
信綱は二人のもとへ駆け寄る。
「……!」
龍神の姿を確認した瞬間。
信綱の顔色が変わった。
「龍神様!」
すぐに膝をつく。
「大丈夫ですか!?」
「……信綱」
「はい!」
「……なぜ来た」
龍神が問う。
信綱は息を整えながら答えた。
「それが……」
額の汗を拭う。
「先ほどから、鬼嶺国全体が地震のように何度も揺れていまして」
「……」
「最初は小さな揺れだったんです」
信綱は周囲を見る。
「ですが、途中からかなり大きくなって」
「……」
「それで、こちらを見たら……」
信綱は背後を振り返る。
木々の向こう。
龍神の洞窟がある山から。
もうもうと土煙が上がっている。
「……」
「さらに」
信綱は続ける。
「ここへ向かう途中で、いくつもの祠が壊れていました」
「……」
国綱の目が僅かに動く。
だが。
すぐに煙草を吸う。
「ほう」
「『ほう』じゃありません!」
信綱が国綱を見る。
「祠が壊れていたんですよ!」
「ああ」
「何かあったと思うでしょう!」
「そうだな」
「何か見ませんでしたか?」
信綱の視線が国綱へ向く。
「……」
国綱は煙草を吸った。
そして。
「恐ろしい」
「え?」
「おそらく地震だな」
「……」
「祠まで壊れるとは」
「……」
「たたりが怖ぇな」
「…………」
信綱はしばらく国綱を見つめた。
「兄さん」
「あ?」
「何か知っていますよね?」
「知らん」
「本当に?」
「ああ」
「……」
信綱は疑わしそうな顔をする。
国綱は平然と煙草を吸っている。
「俺はただ」
国綱は何でもないように言った。
「洞窟が危ねぇから龍神を外に出しただけだ」
「……」
信綱は龍神を見る。
「龍神様?」
「……」
龍神は目を閉じたまま。
「……何も言うな」
小さく呟いた。
「え?」
「今は……何も聞くな」
「……?」
信綱は困惑する。
だが。
龍神の身体を改めて見ると。
「……!」
「龍神様!」
信綱は慌てて傷を確認した。
「これは……!」
裂けた着物。
血。
全身に残った無数の傷。
ほとんど動かない身体。
「兄さん」
「あ?」
「守神様に何をしたんですか!」
「戦った」
「それは見れば分かります!」
「殴った」
「……」
「蹴った」
「……兄さん!」
「なんだよ」
「乱暴者!」
「うるせぇ石頭」
ゴンッ!
「痛っ!」
信綱が頭を押さえる。
「なぜ殴るんですか!」
「生意気だからだ」
「僕は心配しているんですよ!」
「知るか」
「もう……!」
信綱は怒りながらも。
すぐ龍神へ向き直った。
「龍神様」
「……」
「手当てをします」
「必要ない」
「必要です」
「我は龍神だ」
「存じています」
「この程度の傷――」
「それでもです」
信綱は穏やかに言った。
「今の龍神様は、傷ついています」
「……」
「ですから手当てをします」
信綱は懐から布を取り出す。
そして。
傷口へそっと当てた。
「……」
龍神は信綱を見る。
「なぜだ」
「はい?」
「なぜ我を手当てする」
「……」
「我はお前たちから奉納を受けている」
「はい」
「儀式もさせている」
「はい」
「民には負担だろう」
「……そうですね」
信綱は否定しなかった。
「確かに、儀式や捧げ物は大変です」
「ならば――」
「ですが」
信綱は龍神を見る。
「それと、龍神様が鬼嶺国を守ってくださったことは別です」
「……」
「川が氾濫した時」
傷口を丁寧に処置する。
「龍神様が流れを変えてくださった」
「……」
「大雨が続いた時も」
「……」
「山から土砂が流れ込まないよう守ってくださった」
龍神の目が僅かに動く。
「日照りが続いた年には雨を降らせてくださった」
「……」
「僕たちは、それを知っています」
信綱は静かに微笑む。
「ですから」
「……」
「いつもありがとうございます」
「……」
「この国を守ってくださって」
龍神は黙り込んだ。
「……」
長い沈黙。
やがて。
「……別に」
龍神は顔を逸らした。
「我は当然のことをしているだけだ」
「それでもです」
「……」
「ありがとうございます」
「……もういい」
龍神の頬が僅かに赤くなる。
「何度も言うな」
「すみません」
「……」
信綱は微笑みながら手当てを続けた。
国綱はその様子を煙草越しに眺めている。
「……」
「兄さん?」
「いや」
国綱は煙を吐いた。
「大概、邪神だろ」
「兄さん!」
信綱が怒る。
「なんてことを言うんですか!」
「だってよ」
国綱は龍神を見る。
「供物要求する」
「必要なものです!」
「儀式させる」
「国を守るためです!」
「それで?」
「……」
「祟りとか言われてんだろ?」
「……」
龍神が気まずそうに黙る。
「ほら」
「違う!」
龍神が反論する。
「我はそのようなことを望んで――」
「じゃあ全部やめりゃいい」
「……」
「簡単だろ」
「そう簡単な話ではない!」
「面倒くせぇな」
「貴様!」
「兄さん!」
「なんだ」
「龍神様に失礼です!」
「俺は事実を言ってるだけだ」
「全然違います!」
「そうか?」
「そうです!」
信綱がぷりぷり怒る。
国綱は鼻で笑う。
「相変わらず石頭だな」
「兄さんこそ乱暴者です!」
「知ってる」
「開き直らないでください!」
龍神は。
そんな二人のやり取りを黙って見ていた。
「……」
そして。
ほんの僅かに。
口元が緩んだ。
「……ふっ」
信綱が振り返る。
「龍神様?」
「何でもない」
「ですが、今――」
「何でもない」
「……はい」
龍神はそっぽを向いた。
頬はまだ少し赤い。
そして国綱は。
「……」
煙草を吸いながら。
そんな龍神を見ていた。
「まあ」
「はい?」
「邪神でも何でもいいけどよ」
国綱は立ち上がる。
「とりあえず生きてんだから、帰るぞ」
「帰る?」
「ああ」
「どこへ?」
「鬼嶺の屋敷」
「……」
龍神が眉をひそめる。
「なぜ我まで」
「お前、歩けねぇだろ」
「……」
「それに」
国綱は洞窟を見る。
また小さな岩が落ちた。
「ここはもう危ねぇ」
「……」
「しばらく近づかねぇ方がいい」
龍神はしばらく洞窟を見つめた。
そして。
「……好きにしろ」
「そうする」
国綱は煙草を咥え直す。
信綱は龍神の傷を確認する。
「では、ゆっくり戻りましょう」
「……信綱」
「はい?」
「……」
龍神は少し迷って。
「……手当て、感謝する」
「!」
信綱が笑う。
「いえ」
その笑顔を見て。
龍神はまた顔を逸らした。
「……」
国綱がそれを見て。
「照れてんのか?」
「うるさい!」
「図星だな」
「黙れ!」
「元気になったじゃねぇか」
「誰のせいだ!」
「俺だな」
「貴様ぁ!」
再び怒声が山中に響く。
その横で。
信綱だけが困ったように笑っていた。
そして。
壊れた祠。
土煙を上げる洞窟。
そして、その前で騒ぐ三人。
その光景は。
これから鬼嶺国の歴史を大きく変えることになる。
――だが、この時の三人は。
そんなことなど。
まだ知る由もなかった。