学校一のアイドルを絶望から連れ戻したら、愛が重すぎて手が離せません 〜曇らせヒロインたちを救済したら、激重感情の圧で平穏な高校生活が終わりました〜 作:沢田美
翌朝。
校門の前で美琴を見つけた。
長袖のジャージに身を包み、俯きながら歩いている。
「美琴、おはよう」
声をかけると、彼女の足が一瞬止まった。
「……おはよう、成瀬くん」
苗字で呼ばれたのは、知り合ったばかりの頃以来だった。
「昨日のことだけど――」
「ごめん。先生に呼ばれてるから」
俺の横を通り過ぎる。
その背中を追うことはできなかった。
昨日、美琴と奏太くんのことを高橋先生へ伝えた。
学校は養護教諭や管理職と情報を共有し、専門機関への相談を始めている。
間違ったことをしたとは思っていない。
それでも、美琴の信頼を裏切ったという痛みは、胸の奥に重く残っていた。
※ ※ ※
昼休み。
いつもの中庭には、俺と蓮、そして美琴を除く五人の少女が集まっていた。
「ミコ、今日は一緒に食べないって」
莉愛がスマートフォンを握りしめる。
「一人になりたいからって。それ以上は、なにも教えてくれなかった」
「朝から養護教諭とお話ししていたようです」
玲奈の表情も険しい。
「蒼真。美琴に、なにがあったの?」
「本人の許可なく、詳しくは話せない。ただ、先生たちが動いてる」
「そっか。なら、あたしたちはミコが戻ってこられる場所を守ろう」
莉愛はそれ以上聞かなかった。
「美琴さんのお席は、明日も空けておきましょう」
詩乃が静かに言う。
「明日来なくても、明後日もです!」
結月が力強く頷いた。
美琴がいなくても、彼女の居場所は消えない。
そのことを伝えるため、五人は普段どおりの昼休みを続けようとしていた。
やがて予鈴が鳴り、莉愛たちは教室へ戻っていく。
天城だけが、俺の隣に残った。
「蒼真くん。美琴ちゃんに、嫌われた?」
「たぶんな」
「そっか」
天城は俺の手へ、自分の手を重ねた。
「私も、いじめのことを隠していたときに先生へ相談されたら、その人を嫌いになっていたかもしれない」
「……天城でも?」
「うん。助けてほしい気持ちより、状況が変わる怖さのほうが大きかったから」
天城の指に、わずかに力が込められる。
「でも歩道橋にいた私が本当に必要としていたのは、嫌われても手を離さない人だった」
「俺がしたことは、間違ってなかったと思うか?」
「正しかったかどうかを決めるのは、全部が終わってからでいいと思う」
天城はまっすぐに俺を見る。
「今は美琴ちゃんが、明日も生きて笑えることを優先しよう。美琴ちゃんに嫌われるなら、私も一緒に嫌われるよ」
「それは心強いな」
「その代わり、蒼真くんに好かれる役は私一人で引き受けるね」
「どんな交換条件だよ」
「お取り込み中、悪いな」
蓮が二本の飲み物を持って戻ってきた。
「先生が蒼真を呼んでる。それと天城、さりげなく独占しようとするな」
「さりげなかったかな?」
「堂々としすぎて、逆に注意しづらかった」
短いやり取りに、張り詰めていた胸が少しだけ軽くなった。
※ ※ ※
高橋先生によれば、学校は児童相談所と奏太くんの小学校へ連絡を入れたという。
父親へ不用意に確認すれば、家庭内で暴力が激しくなる可能性がある。まず姉弟の安全を確保し、専門家と相談しながら対応を進める方針だった。
「橘さんは、家庭での暴力を否定しました」
同席していた養護教諭が言う。
「成瀬くんへ話した内容も、勘違いだったと主張しています」
「俺が嘘をついたことになっても構いません。美琴と奏太くんをお願いします」
「分かっています。あなた一人へ責任を負わせることはありません」
「美琴は、弟と引き離されることを怖がっています」
「保護されたからといって、姉弟が必ず別々になるわけではありません」
養護教諭は落ち着いた声で答えた。
「二人の安全と意思を確認し、できる限り安心できる環境を探します。父親を今も大切に思っている気持ちも、否定はしません」
「昔は優しい父親だったと言っていました」
「その思い出が本物でも、現在の暴力を我慢する理由にはなりません。橘さんがそれを理解するには、時間と支えてくれる人が必要です」
支えることは、無理やり答えを選ばせることではない。
美琴が安全な場所で、自分の望みを考えられる時間を取り戻すことなのだ。
大人たちが動いてくれている。
今の俺にできるのは、焦って状況を壊さないことだった。
※ ※ ※
放課後、女子バスケ部の練習へ向かうと、体育館の前に美琴と父親が立っていた。
高橋先生が差し出された紙を見て、険しい表情を浮かべている。
「大会直前です。退部については、本人の意思も改めて確認させてください」
「娘は辞めると言っています。家族の決定へ口を挟まないでいただきたい」
「美琴、本当に辞めるのか?」
俺が尋ねると、美琴はゆっくり振り返った。
「うん。バスケ、もう楽しくないから」
「昨日まで、大会で絶対に勝つって言ってただろ」
「気が変わったの」
「俺の目を見て言ってくれ」
美琴が唇を噛む。
父親の手が、彼女の肩へ置かれた。
「しつこいよ、成瀬くん」
美琴は顔を上げ、俺を睨む。
「勝手に先生へ話して、正義の味方みたいな顔して。あたしの家族を壊そうとする蒼真なんて、大嫌い」
「美琴……」
「もう友達でもない。二度と話しかけないで」
胸を抉るような言葉だった。
それでも彼女の握った拳が震え、掌から血が滲むほど爪を立てていることに気づいてしまった。
「話は終わりだ」
父親が美琴を連れて歩き出す。
追いかけようとした俺の肩を、駆けつけた蓮が掴んだ。
「今は追うな。先生たちが動いてる」
「でも、このまま帰したら――」
「高橋先生が連絡してる。俺たちが刺激したら、美琴の家でなにが起きるか分からない」
歯を食いしばり、足を止める。
校門へ向かう直前、美琴が一度だけ振り返った。
父親から見えない位置で、唇が小さく動く。
――ごめん。
声にはならなかった。
けれど確かに、そう言った。
嫌われても構わないと思っていた。
それでも俺は、美琴の嘘が今までで一番痛かった。