学校一のアイドルを絶望から連れ戻したら、愛が重すぎて手が離せません 〜曇らせヒロインたちを救済したら、激重感情の圧で平穏な高校生活が終わりました〜   作:沢田美

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第9話 嫌われる覚悟

 翌朝。

 

 校門の前で美琴を見つけた。

 長袖のジャージに身を包み、俯きながら歩いている。

 

「美琴、おはよう」

 

 声をかけると、彼女の足が一瞬止まった。

 

「……おはよう、成瀬くん」

 

 苗字で呼ばれたのは、知り合ったばかりの頃以来だった。

 

「昨日のことだけど――」

 

「ごめん。先生に呼ばれてるから」

 

 俺の横を通り過ぎる。

 その背中を追うことはできなかった。

 

 昨日、美琴と奏太くんのことを高橋先生へ伝えた。

 学校は養護教諭や管理職と情報を共有し、専門機関への相談を始めている。

 

 間違ったことをしたとは思っていない。

 

 それでも、美琴の信頼を裏切ったという痛みは、胸の奥に重く残っていた。

 

※ ※ ※

 

 昼休み。

 いつもの中庭には、俺と蓮、そして美琴を除く五人の少女が集まっていた。

 

「ミコ、今日は一緒に食べないって」

 

 莉愛がスマートフォンを握りしめる。

 

「一人になりたいからって。それ以上は、なにも教えてくれなかった」

 

「朝から養護教諭とお話ししていたようです」

 

 玲奈の表情も険しい。

 

「蒼真。美琴に、なにがあったの?」

 

「本人の許可なく、詳しくは話せない。ただ、先生たちが動いてる」

 

「そっか。なら、あたしたちはミコが戻ってこられる場所を守ろう」

 

 莉愛はそれ以上聞かなかった。

 

「美琴さんのお席は、明日も空けておきましょう」

 

 詩乃が静かに言う。

 

「明日来なくても、明後日もです!」

 

 結月が力強く頷いた。

 

 美琴がいなくても、彼女の居場所は消えない。

 そのことを伝えるため、五人は普段どおりの昼休みを続けようとしていた。

 

 やがて予鈴が鳴り、莉愛たちは教室へ戻っていく。

 天城だけが、俺の隣に残った。

 

「蒼真くん。美琴ちゃんに、嫌われた?」

 

「たぶんな」

 

「そっか」

 

 天城は俺の手へ、自分の手を重ねた。

 

「私も、いじめのことを隠していたときに先生へ相談されたら、その人を嫌いになっていたかもしれない」

 

「……天城でも?」

 

「うん。助けてほしい気持ちより、状況が変わる怖さのほうが大きかったから」

 

 天城の指に、わずかに力が込められる。

 

「でも歩道橋にいた私が本当に必要としていたのは、嫌われても手を離さない人だった」

 

「俺がしたことは、間違ってなかったと思うか?」

 

「正しかったかどうかを決めるのは、全部が終わってからでいいと思う」

 

 天城はまっすぐに俺を見る。

 

「今は美琴ちゃんが、明日も生きて笑えることを優先しよう。美琴ちゃんに嫌われるなら、私も一緒に嫌われるよ」

 

「それは心強いな」

 

「その代わり、蒼真くんに好かれる役は私一人で引き受けるね」

 

「どんな交換条件だよ」

 

「お取り込み中、悪いな」

 

 蓮が二本の飲み物を持って戻ってきた。

 

「先生が蒼真を呼んでる。それと天城、さりげなく独占しようとするな」

 

「さりげなかったかな?」

 

「堂々としすぎて、逆に注意しづらかった」

 

 短いやり取りに、張り詰めていた胸が少しだけ軽くなった。

 

※ ※ ※

 

 高橋先生によれば、学校は児童相談所と奏太くんの小学校へ連絡を入れたという。

 

 父親へ不用意に確認すれば、家庭内で暴力が激しくなる可能性がある。まず姉弟の安全を確保し、専門家と相談しながら対応を進める方針だった。

 

「橘さんは、家庭での暴力を否定しました」

 

 同席していた養護教諭が言う。

 

「成瀬くんへ話した内容も、勘違いだったと主張しています」

 

「俺が嘘をついたことになっても構いません。美琴と奏太くんをお願いします」

 

「分かっています。あなた一人へ責任を負わせることはありません」

 

「美琴は、弟と引き離されることを怖がっています」

 

「保護されたからといって、姉弟が必ず別々になるわけではありません」

 

 養護教諭は落ち着いた声で答えた。

 

「二人の安全と意思を確認し、できる限り安心できる環境を探します。父親を今も大切に思っている気持ちも、否定はしません」

 

「昔は優しい父親だったと言っていました」

 

「その思い出が本物でも、現在の暴力を我慢する理由にはなりません。橘さんがそれを理解するには、時間と支えてくれる人が必要です」

 

 支えることは、無理やり答えを選ばせることではない。

 美琴が安全な場所で、自分の望みを考えられる時間を取り戻すことなのだ。

 

 大人たちが動いてくれている。

 今の俺にできるのは、焦って状況を壊さないことだった。

 

※ ※ ※

 

 放課後、女子バスケ部の練習へ向かうと、体育館の前に美琴と父親が立っていた。

 

 高橋先生が差し出された紙を見て、険しい表情を浮かべている。

 

「大会直前です。退部については、本人の意思も改めて確認させてください」

 

「娘は辞めると言っています。家族の決定へ口を挟まないでいただきたい」

 

「美琴、本当に辞めるのか?」

 

 俺が尋ねると、美琴はゆっくり振り返った。

 

「うん。バスケ、もう楽しくないから」

 

「昨日まで、大会で絶対に勝つって言ってただろ」

 

「気が変わったの」

 

「俺の目を見て言ってくれ」

 

 美琴が唇を噛む。

 

 父親の手が、彼女の肩へ置かれた。

 

「しつこいよ、成瀬くん」

 

 美琴は顔を上げ、俺を睨む。

 

「勝手に先生へ話して、正義の味方みたいな顔して。あたしの家族を壊そうとする蒼真なんて、大嫌い」

 

「美琴……」

 

「もう友達でもない。二度と話しかけないで」

 

 胸を抉るような言葉だった。

 

 それでも彼女の握った拳が震え、掌から血が滲むほど爪を立てていることに気づいてしまった。

 

「話は終わりだ」

 

 父親が美琴を連れて歩き出す。

 

 追いかけようとした俺の肩を、駆けつけた蓮が掴んだ。

 

「今は追うな。先生たちが動いてる」

 

「でも、このまま帰したら――」

 

「高橋先生が連絡してる。俺たちが刺激したら、美琴の家でなにが起きるか分からない」

 

 歯を食いしばり、足を止める。

 

 校門へ向かう直前、美琴が一度だけ振り返った。

 

 父親から見えない位置で、唇が小さく動く。

 

 ――ごめん。

 

 声にはならなかった。

 

 けれど確かに、そう言った。

 

 嫌われても構わないと思っていた。

 

 それでも俺は、美琴の嘘が今までで一番痛かった。

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