兄が愛を知ってしまった件 作:匿名みー
早いもので、4月も最終週に突入した。
ポイント0の惨劇を防ぐため、我がDクラスは真面目に授業を受けることに。また、今週末には小テストが行われるため、それに向けた勉強会を開くことが決定した!
「なんだよこのメンバーは」
月曜日の放課後。
俺は山内に苦言を呈していた。
話しているのは勉強会についてだ。
元々、俺は森さんから少人数で勉強しようと誘われていた。でも、できる人だけでやっても意味ないので、平田君にも相談して人を集めることに。
結果、ふたつのグループに分かれ、特にヤバそうな人は積極的を招集して教えることになった。俺が関与したのはそこまで。あとは平田君と森さんに丸投げしていたんだけど、これは明らかにおかしい。
「山内、コレ見て何も思わないの?」
「妥当じゃね……?」
「どこがよ」
きったねえ文字で書かれたメンバー表を、俺は折ったり開いたりした。特に意味はない。
『森の勉強会
参加者
雛見沢、山内、長谷部、松下、森、須藤、沖谷、(堀北)
平田の勉強会
参加者
平田、軽井沢、櫛田、みーちゃん、佐藤、池、篠原』
何度見直してもバランスが悪い。悪すぎる。
人数比は妥当だけど、勉強を教えることのできる人間が偏りすぎだ。
この勉強会の目的は、今週末に行われる小テスト。
そこに向けて不安な人の不安解消──ということになっている。
ちなみに成績に全く心配がないのは7人。俺、平田君、櫛田、みーちゃん、あと松下さんと森さんと篠原さん。ただし、教える役ができそうなのは森さん&松下さんを除いた5人だ。うち4人が平田君側に偏っている上、なんかこっちに
いやいや聞いてないぞ何事だこれは。
「メンバーは平田君と森さんで分けてくれって、俺はそう頼んだはずなんだけど……」
「もちろん俺も意見は言ったぜ? 俺だってクラスを良くしたいと思ってる一員、平田の仲間だからな!」
「ああ、そう……で、なんで堀北さんがこっちなの? みーちゃんとトレードしろ。こんなのおかしいだろ」
放課後の教室に、俺の低い声が落ちる。
誤解のないように言っておくと、別に俺は堀北鈴音に恨みがあるわけじゃない。負担を分散させる意味でも使い物になって欲しい(ポテンシャルを発揮するなら俺とは離れた場所で)とも思っているけど、それとこれとは話は別だ。
「なんでだよ。堀北の方が成績はいいだろ」
「テストの点数がよけりゃいいってわけじゃねーんだよ。それだったらもっとメンバー呼んでるわ。伊集院くんとか」
伊集院くんとはよくわからないぽっちゃり系男子だ。喋ったことないからキャラは不明。成績が良いこと以外、俺は彼について何も知らない。
「バカ、あいつが人にものを教えられるわけないだろ。あいつの説明、俺は全くわからなかったぞ」
山内は得意げにしているが、その場合はこいつの頭が足りなかっただけという場合もある。一概に伊集院くんの説明が悪かったとは決め付けられない。てか、何ひとつ教えられなさそうな人間が何を偉そうに言っているのか。
「ほんとなんで堀北さんがこっちなの? 俺とは会話にならないし、そもそもなんで勉強会に参加することになってんの? そういうの率先して近寄ってくるタイプじゃなくない?」
「なんでが多いぞ。質問は一回ずつにしろよな」
「悪かったから一個ずつ答えてくれる?」
俺の中で山内の評価が50下がった。カラオケでの会議以降、こいつは平田君達のグループに紛れ込んでいる。それはいいんだけど、何を上から目線になってんの。
「仕方ねーなー。まず、堀北については平田が呼びたいって言ったからだ。この機会に親交深めようとか思ってるみたいだぜ。バカだよなー」
「うんわかった。平田君らしい考え方だから、そこは何も言わない。でも、なんでこっちなんだよ。平田君が声かけたならそっちで面倒みろよ」
「堀北が嫌だって言い出したんだよ。参加するならそっちにするってよ。後で平田からも言われると思うけど、仕方ねーんだよこれは。堀北が嫌だって言ってんだから」
「なんでだよ」
ああ、そういえば櫛田のこと好きじゃなかったんだっけ。理由は完全にそれだな。迷惑な話だ。
「おい、雛見沢。まさか堀北が来るのかよ? 俺は嫌だぞ堀北は」
須藤が隣に腰を下ろし、心の底から嫌そうな顔でメンバー表に手を伸ばす。こら、女子の席に勝手に座るんじゃないよ。
波瑠加は本日は欠席だ。
熱が出たって連絡来たから、コンビニで差し入れを買っていってあげようと思う。
「あいつ、俺のことバカにしてるだろ? あんなのに教わりたくねえし、あいつが俺を教えようとするのも想像できねえ。きっと言わんでいいことほざいて、俺がブチギレる未来が待ってる」
「そこまでわかってるなら殴りかかろうとしないでね。暴力事件の仲裁とかしないからな」
「お前らなぁ……もう決まったことだからウダウダ言ってもダメだぞ。クラスのポイント死守のためだ。ちゃんと協力してくれよな。俺だって我慢するつもりなんだから、お前らも我慢しなきゃダメだぞ」
山内。
それはわかってるけど、君も教えられる側の一員だからね。自信を持つのは結構だけど、それならそれで自信に見合うだけの努力はしようか。結果までは求めないから努力は見せて欲しいところだ。
(今後を考えると、少しでもポイントが残るなら残していきたい。金はいくらでもあった方がいいし、波瑠加のお小遣いも増えるからなー)
Aクラスを目指す意志はそこまでじゃないけど、折角のスクールライフだから協力プレイ──青春な雰囲気は楽しんでおきたい。全力全開でクラスを引っ張ってどうこう、とかっていう気は全くないけど、数少ない友達のメリットになることなら協力くらいはするさ。
「協力、してくれよな! クラスのためなんだから!」
「わかってるから近くで叫ぶな。山内」
「ッ!? お、おいっ、なんで怒るんだよっ」
思わずドスの効いた声が出た。
彼がこうなった原因は間違いなく俺にあるわけだけど、だからって調子に乗ってると知らないぞ?
まあ、山内には恩がある。だから
それだけ気長に見守っていれば、きっと大丈夫だろう。人は成長する生き物だ。3年生になった頃には見られるかもね。平田君と双璧と言われるようになった、覚醒版の山内春樹が。
「こんなことで怒るんじゃねえよ……こええよ」
「怒ってないけど、耳元で叫ぶのはやめなさい……」
「俺は堀北は嫌だぞ……山内。こんなの反則だろ」
須藤からすると、堀北鈴音はもはや反則な存在のようだ。反則な存在ってなんだよ。
(教えなきゃいけないのは、須藤、
堀北鈴音は黙っていれば美人というよりは、黙れ美人という感じだからなぁ。
暴力事件が起こらないことを祈って、何かあったら平田君に責任を取ってもらおう。
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翌日の放課後。
空き教室に集まった『森グループ(仮称)』は、開始10分で不穏な空気に包まれた。
堀北鈴音が何か言ったわけではない。須藤と山内の学力がヤバすぎて、これどうすんだという不安が渦巻いているのである。
「連立方程式って……なんだよ」
「バカだな須藤、連立方程式ってのはエックスとワイを使うやつだろ。こんなの中学校の範囲だぞ」
試しに解かせた問題、君も間違ってるけどね山内君。イコールを通過したらプラスはマイナスになるんだよ。なんで変化が不規則なんだよ。所持金を求めろって問題なのに、答えマイナスになってるじゃんか。
「テメェ山内……思ってたんだが、ここんとこ調子乗りすぎだぞ」
「やめろよ須藤! 俺はみんなのためを思って、言うべきことを言おうって頑張ってるだけだって!」
「バカだなんだ言うのがみんなのためかよ!」
「須藤ストップ。やめさない君たち、せっかく女子と勉強できるんだから。憧れの女子との勉強会だろ。オラ喜べー!」
山内のノートの横にサイダーを、須藤のシャーペンの前にアクエリアスを設置する。とりあえずこれでも飲んで落ち着きなさい。
「おい、なんだよこれ。まさかくれるのか?」
「バスケ部だからアクエリアスね。山内は無職だからサイダー。みんなの分も後で配る」
「マジかよサンキュー! ちょっとやる気出たわ!」
「おいっ、無職ってなんだよ! 俺は高校生だぞ!」
二人はジュースを飲み始めた。少し機嫌が良くなったようだが、子供か。
「も、森さん……答えがマイナスになったんだけど」
「
そこそこ綺麗めな女子、森さんは辛辣だ。学力が低い男子にはあんまり優しくない。そんなんで教師役なんてできるか!
男子3人が悩んでいるのは、以下の問題だ。
『a、b、cの持っているお金の合計は2,150円で、aはbよりも100円多く持っています。また、cの持っているお金の1/2をbに渡すと、bはaよりも50円多く持つことになります。aが持っていた金額を求めよ』
山内と
須藤は連立方程式という単語がよくわからないとのこと。勉強とは無縁の生活を送ってきたのがよくわかる惨状だ。須藤はスポーツに命かけてきたから理解できるけど、山内と沖谷はどんな生き方をしてきたのかな?
「雛見沢くん。やっぱり無理があるよコレ。説明しても理解できないわけだし、中学の教科書を読ませた方が早いって」
森さんは早くもめんどくさくなっている。教科書だけ渡してもダメだろ。そもそも勉強に対して後ろ向きなわけだし、読んでるうちに眠り始めるんじゃないか?
「……
「堀北さんは黙って勉強しててね。それ以上は何も言わなくていいから」
「あら、なぜかしら?」
「不毛な時間が生まれるからだよ」
哀れなのはお前だと言いたいところだけど、ここはグッと我慢しておく。今ここで何を言ったところで響かなさそうだから。
まあ、派手にめちゃくちゃにしてもらってどん底まで落ちる、ってのも選択肢としてはありだけどね。俺は原作の兄さんみたいに彼女とタッグを組むつもりはないから。ここにいるメンバーの中なら堀北鈴音じゃなくて松下さんを選ぶわ。波瑠加は熱が下がらなくて今日もおやすみです。2日連続で
「堀北さんも教えてよ。私と雛見沢君だけじゃ無理だって。千秋も黙ってないで協力して」
「あら。聞こえなかったのかしら? 私は今、そこの男に静かにしていろと言われたのよ?」
そうだね。堀北鈴音の言う通りだから、森さんは余計なこと言わないで欲しいな。
「あのさ、ぶっちゃけなんでここにいるわけ?」
「どういう意味かしら」
「勉強できるのに教える気もないんなら、一人でやってればいいじゃない」
余計なことが止まらないな。これはキャットファイトの気配か?
「森さん、やめなって。雛見沢くんは教えようとしてくれてるのに、喧嘩はじめてどうするの?」
「でもさ、千秋はなんとも思わないわけ?」
「うーん……思うことはあるけど、それよりは喧嘩するなら別々に勉強した方がいいと思うな。ほら、殴り合いになって顔に傷とか残っても嫌じゃない?」
「いやいや、そんなことはしないよ……傷が残るほどの喧嘩なんてするわけないじゃん」
椅子で殴ったりするなよと祈っていると、松下さんがストップをかけてくれた。
森さんや軽井沢ちゃん、あとはギャルの佐藤さんとも一緒にいることの多い女子、松下
松下さんも垢抜けてはいるけど、ギャルギャルしい感じじゃないんだよな。育ちが良さそう、品がある。
あとは透明感があるっていうのかね、そんなに着飾らなくても素で綺麗なタイプだ。
「とりあえず、授業に出た問題だけでもできるようにしようよ。そうじゃないと集まった意味ないし」
「無理よ、松下さん。一日やそこらでどうこうできるレベルの頭の悪さではないわ」
「「堀北さん」」
なんと松下さんと台詞が被った。彼女はキョトンとしてこっちを見ている。
堀北鈴音はそれ以上は何も言わず、ため息を吐いてペンを握った。頭悪いって、このままだとブーメランになりかねないぞ? もうなってるかも。だから思ったことをすぐ口に出すんじゃないよ。
「あはは、ごめん被せちゃった」
「こっちこそなんかごめん。はぁ……とりあえずやるだけやってみようか。松下さん、悪いんだけど山内と沖谷の方を見てくれる? 森さんは俺と一緒に須藤をお願い」
二人で囲んでも勉強の効率は上がらないけど、須藤のモチベーションには多少は寄与するだろう。
森さんより松下さんの方が視野が広そうだから、山内と沖谷を同時に任せても大丈夫そうだし。
「雛見沢くんと? いいよ、わかった」
「ありがと。松下さん、ほんと悪いけど頼める?」
「うん、いいよ。大した教え方はできないけど、壊滅的な点数を回避することならできると思う」
壊滅的な点数を回避。
言われてるぞ山内君よ。ノーマークだった女子が意外に可愛くてテンション上げてる場合じゃないぞ。
松下千秋はぶっちゃけそんな目立たない。同じグループの佐藤、あとは軽井沢がイケイケなのもあって、存在感はそこまでという感じだ。……まあ、理由はそれだけでもなさそうだけど。
「堀北さんは、自分の勉強しながら見てて」
「私には黙れと言っておいて、自分はペラペラと喋るのね。ところで、見ろってなにをかしら?」
さて、ひとまず役割分担はオッケー。
最後に堀北鈴音に
「多分、この中で学力が一番高いのは堀北さんだろ? だから、効率良く勉強会できてるか、見てて。
「何を言っているの? 私に彼女から学べと? あなた、私の」
「はいストップそれ以上はいらない。学力が一番高いのはお前なんだから、相応の振る舞いをしてって。俺はそう言ってるの。よろしく」
「……」
黙ったよ美人。
めっちゃ睨んできてるけど、一応、黙ってはいるな。少し毒舌が減ってる気がするんだけど、これでも多少は堪えていたりするんだろうか。
堀北鈴音は山内の話に耳を貸さなかったそうだが、他の人間は彼女を軽くあしらったそうだ。プライドの高い堀北鈴音は屈辱だっただろうな。個人的にはもっとボコボコにされて欲しいけど、イジメ発生はまずいからね。ここは俺が追いつめ役になろう。すごくめんどくさいけど、放置すると何もいいことないから。
「じゃあ改めて始めよっか。森さんよろしく」
「あー……うん。いいけど、千秋と接点とかあったっけ?」
「ないよ? なんで?」
「いや、教え方上手いって言ったから、前から知ってるのかなって」
「ああ、上手そうだなって思っただけ。話し方の感じとか、言葉の選び方とかを聞いてね。ただの感想だから気にしないで」
これって俺の感想だから。この世界にもひろゆきはいたよ。何も嬉しくない。
「ふーん、そうなんだ……でも、千秋って控え目な子だし、2人相手は大変なんじゃないかな?」
森さんは急に声をひそめた。
唇の端が少し上がっただけの小さな笑み。困り顔にも見える表情からは、友達を心配する気持ちが読み取れないこともない。よく見ると他意があるようにも見えるから、女子ってめんどくさいなーと思った。
「んー……そうだね。悪いことしたかな」
考えていることとは別の言葉が口から出た。ここは適当に合わせておく。否定して森さんが不快感を抱いても嫌だからね。矛先が松下さんに向いたら困る。
「なあ、ほんとにこれやらなきゃダメか?」
「やらないと後が大変だからね。小テストは大丈夫でも、定期テストで赤点なんて取ってみろ。その時点で
須藤はマジでやりたくねえと顔を歪めていたが、退学の2文字を聞いて、観念したように項垂れた。
「だよなぁ……シャレになんねえって」
「だから赤点だけは回避するんだよ。ほら、シャキッとしてやるよ勉強」
退学。そう、この学校では定期考査で赤点を取った時点で即退学。
俺は山内に対して、ポイントの件だけでなく、この退学情報についても合わせて伝えておいた。時系列で言えば、カラオケで会議を行った日の夜のことだ。
そして翌日のクラス会議にて、この事実はクラス全員の知るところとなった。
「──まず、方程式自体はわかるよね? エックスとかワイを使うやつ。そこからざっくり話していくから、わからなかったら言って」
「お、おう……それはわかるが、『cの持っているお金の1/2をbに渡すと、bはaよりも50円多く持つことになります』ってなんだよ! んなややこしいことしねえで、いくらって言えよ!」
須藤が見ている問題文は以下の通り。
『a、b、cの持っているお金の合計は2,150円で、aはbよりも100円多く持っています。また、cの持っているお金の1/2をbに渡すと、bはaよりも50円多く持つことになります。aが持っていた金額を求めよ』
2分の1じゃくて半分って言えとか、須藤はよくわからんポイントに怒っている。
俺は苦笑いさせられてしまった。
それにしても、やっぱり人に教えるっていうのは勉強になる。自分だったら絶対そんなところに注目しないから面白い。ほんと、色んな目線に触れるのは生きていく上で重要なことだね。
「文句は問題文を作った人に言ってくれ。これさ、最初にすべきことは文章のまま……じゃないな。その前に連立方程式ってなんだよって話か。えっと、森さんならどう表現する?」
「表現……? 連立方程式は連立方程式だよね? 教科書通りに公式を覚えて、それをそのまま当てはめればいいんだよ」
森さんはノートに式を書き出した。
『a+b+c=2150
a=b+100
b+1/2c=a+50』
「これがこうなって」と言いながら、更に続ける。
うん、教科書通りの展開だ。こんなもの須藤に
『b+1/2c=b+150
1/2c=150
c=300』
須藤の目が点になる。次に、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で森さんの指を凝視した。
「どしたの、須藤さん……」
「雛見沢、aはどこに消えたんだ……。150はどこから来たんだよ……わけわかんねえ、この3つの式を使って何をしろって言うんだよ」
「まあ、そうなるよね……ちなみにこれ、組み合わせて使うやつじゃないから。続き物だから。森さん、手順だけ書いても無理だ。そもそも公式って何だ状態だから」
「えぇ……そんなもう手の施しようがないじゃん」
「俺はそんなにバカなのか……」
悲しいことに、そうなんだよ。
須藤が落ち込んでいる一方で、山内が「できたぜ!」と歓声をあげている。すぐに「合計が3150になってるよ? 1000円多い」と松下さんに指摘されていたけど、問題文くらいちゃんと読め。
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勉強会は金曜日まで毎日行う予定だ。
目指せ、小テストの壊滅的点数の回避!
そして何かに取り組む時は振り返りをすることが肝要だ。山内風に叫ぶとカンヨーだ! そんなわけで教え役だった人達は勉強会後に少し残って、意見交換──ほとんど雑談だけど──をすることに。
「私は……パズル感覚でとにかく手を動かしてもらったよ。なんか符号……アルファベットが消滅したりしてたけど、上手く当てはまるまでひたすら試行。数字と符号に慣れるためにも、今日はそれでいいかなって」
松下さんの教え方はゲーム感覚。パズルみたいな感じでっていうのは俺と同じだな。
『a+b+c=2150
a=b+100
b+1/2c=a+50』
3つ式が出来上がったのなら、後はうまいことあてはめてあげればいい。代入っていうと難しく聞こえるけど、やってることはパズルだ。
ちなみに、=を挟んで移動させるとプラスとマイナスが逆転するのが納得いかない──っていうのが須藤と山内の談。意味わかんねえと2人してわめいていたから、俺達は仕方なしに言い方を変えた。
「イコールじゃなくてチェンジコートね。松下さん」
「うんうん。チェンジコートしたらプラスとマイナスが逆転する。これ絶対。なんでこれでしっくり来たんだろうね、私にはよくわからないよ」
俺と松下さんは適当に言ったのだが、赤点候補達にはかなりよく響いたようだ。いちいちチェンジコートと叫ぶようになったからうるさいけど、イコールを跨ぐと符号が逆になる──というルールを忘れることはなくなった。
テスト中にチェンジコートと叫ばないことを祈るばかりでたる。
「まあ、身につけばいいんだ。過程はどうあれ。にしても意外だったな。松下さんって効率良くやりそうなのに、とりあえず自由に代入させてひたすら書かせるとか……問題解かせるだけなら、もっと時短できたんじゃない?」
基本的な代入の方法を教えて、後はひたすら試行錯誤させる。てっきり、手順を見せてそれを暗記させる──みたいな簡単なやり方をすると思ったのに。
「んー、それはまだいいかなと思って。ゲーム感覚で適当にやってもらって、まずは慣れるところから。って思ってやらせたら、めちゃくちゃな移項したりしてて面白かった。-a+b=-1/2とか」
「うわぁ……迷走感が伝わってるなー」
「でも、それも含めて
赤ちゃん。
松下さん、綺麗な笑顔で結構えげつないことを言うな。見下して罵倒したりはないから別にいいけど。
「正直、私はあんなことしなかったし、なるべく時間かけないで覚えたけどね。連立方程式の基本はそんな難しい内容でもないし。でも、質を求めるならまず量をこなさないと、ってのは間違いではないから」
まず量っていうのも大切。確かに。
量をこなすことで気づきが生まれて、それは質──コツを掴むための土台になる。要領良い人はその過程をすっとばしたり短縮したりできるけど、そもそも興味もなければ才能もない人にそれは無理だ。
「──でもさ、暗記させた方が早くない? 詰め込めばいいだけなんだし。同じ問題をひたすら解かせれば、同じパターンで他の問題も解けるよね」
と意見するのは森さん。
「森さん、それは森さんだからできるんであって、須藤達には苦行になるって。今回で終わりなわけでもないし、あんまり事務的にやって勉強嫌いが加速しても困るし」
「いや、ちがくて。雛見沢くんのやり方がダメだって言ってるわけじゃなくて、高校生なんだし中学レベルの話は自分で頑張るべきなんじゃないかって……」
森さんは指先で髪をいじりながら、歯切れの悪い言葉をこぼした。
なんだか支離滅裂になってきたな。
中学レベルであろうとなんであろうと、この試みの目的は底辺層の底上げだ。それなのに自分で何とかしろはないだろう。まあ、嫌になる気持ちはわかるけどね。高校生としてアレはあまりにも酷いし。
「千秋はそうは思わないの?」
「うーん、まぁ……仕方ないのかな? ほら、世の中には色々な人がいるし」
「もう、はっきりしなよ……千秋ってそういうとこあるわね」
松下さんは困り顔で笑っている。平和主義者なのか、あるいは面倒くさいから流してるだけか。どっちにしてもベストな対応だろうな。ここで何か言い返しても良いことはひとつもないと思う。
森さんは単純明快な人ではないみたいだし。ぶつかり合ってわかりあえる未来はないような気がする。
「あー、森さんは優秀だから、レベルが違いすぎて大変だよね」
「あ、ううん、自画自賛できるレベルじゃないよ? でも、レベルが違うと大変なのは本当だよねっ。学力が違いすぎるとさ、何考えてるのかわからないっていうか……雛見沢君も大変だよね。あんな人達を教えなきゃいけないなんて」
「結構楽しいけどね。奇想天外な答えが返ってきて、そう来るかってなる。それに松下さん」
「千秋がどうかした?」
一瞬、目線を感じた。みんなで会話してるんだから当たり前だけど、なんというかこう、冷たい感じの目線を感じた。松下さん、ほんの一瞬だけど目が据わってたような気がしたのは、俺の勘違いでしょうか?
「間違った。堀北さんも参加してくれたしね。次からは手伝って欲しいんだけど、何か気づいたこととかあった?」
俺は、心にもないことをほざいた。
だって多分、松下さんはこう思ってるんだもん。
私を賞賛するな主に森さんの前で、って。考えすぎではないと思うのが凄く嫌だ。
森さん、控え目な印象だったけど結構張り合ってる感があるから、余計なことは言わない方がいいな。
「そうね。向上心が出てきたのは悪いことではないから、手伝うこと自体は
おーぅ……どこぞのサッカー解説者みたいな声が出かけたよ。
適当に話を振っただけなのに、すかさず毒を吐きやがった。そんなことばっか言ってると、雰囲気破壊爆弾って呼んじゃうぞ。
「あなたは松下さんを褒めていたけど、彼女は厳しいことが言えないだけでしょう。だからああいう生ぬるいやり方になるのよ」
お前を破壊するぞ黙れ系美人。
よっぽどフラストレーション溜まってるのか? 原作より酷くないか、この攻撃性。見ろよ松下さん怒りもせずにドン引いてるぞ。
ほんとこの堀北鈴音は……そろそろ看過できないな。
「甘いも辛いも考えたことないけどね、堀北さんって人の気持ちわからないでしょ。もっと言うと自分みたいな人以外がどう感じるかとか、何を考えて生きてるとか。理解できないんじゃない?」
まあ、別にいいけどね。このメンバーなら殴り合いに発展することはないだろう。なんだか森さん達の空気も怪しいことだし、ここは利用させてもらおうかな。すぐ横で雰囲気ぶっ壊せば、少しの気まずさも吹き飛ぶだろう。多分。
「漠然と時間を無駄にしている人たちの気持ちなんて、私には何の関係もないわ。理解するなんて必要ない」
「いいや必要だね」
間髪入れずに言い返す。
森さんはおろおろしてるけど別にいいだろ。残念だけど、俺は性格があまり良くないんだ。
理解は必要だよ。共感して一緒に喜んだり心を痛めたり──とかではなくてね。俺が言いたいのは理解しなきゃ
「不要よ」
その自信はどこから来るんだ。できればでいいから、少し分けてくれないかな。ごめんやっぱいいや今のお前からは何も受け取りたくない。
「自信満々みたいだけど、堀北さんにとって他人の気持ちは知らないものだろ? 知らないものをなんで不要と言い切れる? はい説明求む」
「知ったところで意味なんてないからよ。どうせ相容れない人種なのよ? 同じ人間かすら疑わしい、自分に甘い愚かな人たちよ。彼らは」
「はぁ……俺は思ってたんだよね。堀北さんのそれは堀北さんなりの叱咤だって。だから、こう言おうと思ってた。他人に厳しくするにしても、人の気持ちがわからないでするのと、そうでないのとじゃ大きな違いがあるんだよ。よかれと思っていても、押しつけなんて迷惑なだけだって」
「いつ、誰が、何を押し付けたというの?」
「うん、だから違ったって言ったろ? 堀北さんのは押しつけですらない。ただ単に相手を見下して、頭に浮かんだことをそのまま喋ってるだけだ。そして、これはさっきも言ったけど、わからないことをわからないまま放置してる。だから得意の勉強ですら、わかりやすく伝えるってことができないんだよ」
喋ってると時間が経つのが早いね。気持ち良くお喋りさせてもらった俺は、割とガチでぶん殴られるかと思った。
堀北鈴音がめっちゃ睨んできてたからだ。
首でも絞めてきそうな剣幕で、無言でシャーペンを握り締めている。刺すなよ。もし襲ってきたら女子とか関係なし、問答無用で
「……」
「優しく寄り添えって言ってるわけじゃないし、そんなことしろとも思ってないよ。問題なのは、他人がわからないし知ろうともしてないってことだ。そんな人間が人の上に立ったとして、どんな大層なことができるんだろうね?」
バキって音がした。
やばい、シャーペンがくの字に……! 森さんがひえって悲鳴を発した。松下さんは無言で椅子を持ち上げ、胸の前で抱き抱えた。あれは、盾だ……!
「たとえば生徒会長。お兄さんは、わかった上で他人にも自分にも厳しいんだと思うよ。だから
堀北学は堀北鈴音の実の兄で、この学校の生徒会長だ。人望があって超優秀で、戦闘能力も高い。堀北学について俺が知ってるのはその程度のことだ。堀北鈴音は兄に複雑な想いを抱いている……はずだけど、詳しくは知らないし興味もない。
「知ったようなことを……言わないでくれる?」
「それはごめん。でも、つい口に出ちゃったんだよね。俺も一応、お兄ちゃんでもあるから。妹がこんなだったらと思うと、同情を禁じえなくて──どんな育ち方をしたら
「──ッ!」
堀北は折れたシャーペンを振り上げた。
やばい刺されると思って目を瞑った俺は、硬いものが顔に触れて瞼を上げた。
艶やかな茶髪ロング。椅子を装備した松下さんが強ばった顔で沈黙している。その椅子の脚がぴとっ、と俺の頬に触れていた。
そして、バギッ! とクソみたいな音を立ててドアが閉まる。堀北が出ていったようだ。
「さ、刺されるかと思った……」
「刺すかと思ったよ。流石にまずいから、椅子で弾き飛ばそうとしたんだけど……要らなかったね」
松下さん、意外にアクティブ。そして色白。しかも小顔の美形ときている。見れば見るほどほんと美人なんだけど、クラスでの存在感が薄すぎるな。量産型女子高生の雰囲気、もしかして意識して作ってる?
「あははっ……松下さん、はしたないよ。堀北さんも本当に指すわけないじゃん。二人ともびびりすぎ」
森さんは引きつった顔で笑っているけど、引きつってようが何であろうが笑い事ではない。
あの女はガチだ。原作では兄さんをコンパスで襲撃してたし、正気の沙汰じゃない。まあ、あの話は何者かから攻撃を受けた兄さんの近くに、堀北鈴音がコンパス持っていたってだけ。彼女が刺したという決定的瞬間は誰も見ていないわけだけど、普通はそんなタイミングでコンパス持ってたりしないからな。
「松下さん、椅子。いつまで持ってると筋肉痛なるよ。それ貸して」
「あ、うん。ありがと」
髪の後ろから手を回して、ひょいっと。
流れにまかせてバンザイする松下さんから、俺は椅子を受け取った。ひらひらの短い布が気になって膝カックンしかけたけど、それは我慢。やってたら軽蔑されて終わってただろうな。笑いながら最低なクソ男だと見切りをつけられてた可能性、あると思います。
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
突然だけど、女子の部屋っていいよね。
特に波瑠加の部屋は居心地がいい。綺麗だしいい匂いするし家主は可愛いしで、許されるなら引っ越してきたいくらいだ。いやそれはダメか。自分の部屋がなくなると凄く不便だ。まさか波瑠加の部屋に女子を連れてくるわけにもいかないし。
「波瑠加、生きてる?」
「見ればわかるでしょ……熱は下がって元気だよ」
「だったらなんで布団に潜ってるの?」
「なんとなく、顔みたくないから」
さて、お見舞いに来たけど、どうしたもんか。
ヨーグルトやらアイスやら買ってきてあげたのに、家主が布団から出てきません。全身ぐるぐる巻きになって顔すら見せてくれないんだけど、俺なんか悪いことでもした?
「なんでもいいから食べなよ。見た感じ何も食べてないだろ」
「まあ、食べるのはいいけど」
波瑠加はようやく顔を出した。顔だけ。緑の布団はぽっこりと盛り上がっており、亀みたいになっている。
表情は冴えない。まだ顔が少し赤いし、呼吸も早い。そんなとこに潜ってるからだ。
「昨日みたいに、変なことしないでね。私、撫でられるの、好きじゃないから」
波瑠加は布団から這い出てくると、そのままベッドに座り込む。低い声で圧をかけてきた。
「ていうか、嫌い。頭痛くなるから、やめてね」
「しないからこっち来な。とりあえず食べやすいもの食べなって」
「食べるけど、ほんとやめてね。撫でるのだけは禁止。そういうのは彼女にして」
「彼女はいないな残念ながら。ほら、こっち来い。早く」
対抗して、ちょっと低い声で圧をかける。
波瑠加は言うことを聞いた。