後園寺刀屋はネットで小説を書くことが唯一の趣味である高校二年生である。
とある春、転校生の来瀬秋那に脅されて、久木山高校の七不思議の解決に手を貸すことになる。

やる気のない後園寺だが、来瀬に秘密を握られているため仕方なく七不思議を解明しようとするが───。

「逞しい妄想力には脱帽するわ。いっそ小説家にでもなった方がいいんじゃないかしら」
「なれるならとっくになってるっての」

まあこれも、小説のタネにはなるか。

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自分勝手な迷探偵

 

 私立久木山高校78期生の間には、とある一つの奇妙な七不思議が存在する。

 

 その七不思議が起こるのは決まって週明け月曜日の朝である。

 登校すると、机の上には必ず10枚程度の冊子が用意されている。表紙にはタイトルだけが中央揃えの明朝体で書かれており、作者は不明。中を開けばそれは小説の体裁を成している。大抵は僕が評価するのも変な話だが、駄作と言えるような内容である。過去に読んだ内容を並べれば、飼い犬に手を嚙まれただけの日常話、ゾンビが溢れる世界で飯を食うだけの話、テニスの市大会決勝で幼馴染に負けた話。どれもが恐らく書きたいワンシーンだけを描写しているだけの、素人短編小説以上に評価のしようがない内容だ。

 

 まあ内容に関してはひとまず置いて、ともかく、事実として、誰かが自作小説を書いてはクラス中に配布している。

 この事態が起きてすぐさま、そう思われるのは自然なことだった。

 

 学年中の関心を引き寄せたのは誰がやったのかという点である。

 普通に考えたら個人は考えにくい。部数もそうだし、手間もそうだ。個人で不可能な規模感ではなくとも、こうも一年弱も事態が継続しているとなると、何かの目的を前提とした複数人による犯行と考えるのが自然だった。

 まず疑われたのは文芸部と新聞部。前者は単純に小説作品を書いているという点から、後者は話題作りのマッチポンプをしているんじゃないかと嫌疑をかけられた。

 しかし結論だけ言えばどちらも白だった。

 まず文芸部についてはその実態が否定理由になった。文芸部とは名ばかりで、その活動実態は年一回生成AIに出力させて適当な部誌を出版するだけ。普段は部室でゲーム大会をするだけのちゃらんぽらんな部活動が、わざわざ小説を書いて印刷して配布するだなんて考えにくい。新聞部に関しては現部長が強く否定した。新聞部の犯行であったならば廃部にするとまで現部長が口にしたことで、新聞部への嫌疑は一旦収まったのだった。

 

 とまあ、すったもんだもあったことで、現在は個人による犯行であると仮定されている。

 その場合、同級生であるという線が非常に濃厚だろう。

 これは状況証拠からの推測によるものだ。小説は週替わりで別々のクラスに置かれていることから、犯人が身元特定されたくないのは明確で、更に特定要素として現時点までで78期生のクラスにしか小説が置かれてない。他学年には一度も配布されていないのだ。

 この妙な小説配布は一年の頃から続いていて、二年になってた今でも続いている。つまるところ今年の新入生や、去年卒業していった三年生に犯人がいないのは明確な事実であり、同級生の犯行と推定されるのは自然な帰結だった。

 

 以上が久木山高校で蔓延る七不思議の概要なのだが、結論から言って、僕はこの話にあまり関心がない。

 第一に話題の焦点たる小説自体が面白くないのが興味をそそらない。

 バンクシーの如く才覚を発揮して書かれた小説であれば同業者として興味を持っただろうけども、あの出来で興味を持てというのが些か厳しい。他の生徒も同じだろう。作品的価値は無いに等しく、関心を寄せる一部の生徒もただその奇怪な現象を面白がって犯人を追ってるに過ぎない。

 第二にそもそもだからなんだ? というのがある。小説がバラ撒かれた。それは良い。でもそれは僕の生活には何ら影響しない。言わば僕の日常の範囲外の出来事だ。

 

 だからこそ僕は犯人探しに勤しむ一部の奇特な同級生たちから距離を置き、静かに暮らしてきた。

 この話だって今日になって記憶の奥底から引きずり出したものだ。

 

 そこで、本題である。

 放課後、西校舎。副教科の教室が軒を連ねる校舎棟は、夕方となると一部の教室を覗いて閑古鳥が鳴いている。

 4月1週目の水曜日、僕はとある女子生徒に呼びされて四階の数学室にいた。

 

「貴方が作者なの?」

 

 作者、という単語は校内では七不思議の犯人を指し示す。

 つまり目の前で立っている、目を細くして悠々と穿った態度でいる女子生徒は、一連の七不思議の犯行を僕だと思ってこんな辺鄙な場所に呼び出したのだ。それで僕は七不思議の話を思い出した。先程までの話はそういう類のモノローグである。以上、回想終了して粛々と現実へ戻る。

 

 人気のない場所に異性から呼び出されたという状況を鑑みて、無いとは思うけども念のため確認しておくか。

 

「一応聞いておくけど……僕に告白するとかじゃないんだね?」

「そんなんじゃないわ。自惚れは妄想だけにして」

「手厳しいね」

 

 見知らぬ女子生徒の発言に思わず後ろ髪が痒くなる。

 敵意すら伝わってくる釣り目、皴一つなく感情がすとんと抜けた表情筋、抑揚という概念が存在しない声音。

 冷厳さを漂わせる風貌がそうさせているかもしれないと思ったけども、この一往復の会話でこれが彼女の自然体なのだと何となく理解した。女子にしても小柄な背丈も相まって、手負いの小動物みたいな剥き出しの排他主義をひしひしと肌で感じる。正直、クラスで隣人だったなら嫌なタイプだなとか思う。プリントとか後ろに回す時に一々息が詰まりそうだ。

 

「単調直入に君の出した結論に回答すると誤答だ。僕は小説を書いていないし、クラス中に配るだなんて目立つ上に愉快な行動はしないよ」

「そう」

 

 一言そんな感嘆詞を挟んで、女子生徒は言う。

 

「信じられないわ。だって一つは嘘だもの」

「嘘?」

後寺園刀屋(こうじえんとうや)、貴方が小説を書いていることを私は知っているの」

「…………マジか」

 

 何で知ってるんだよ。……いやカマかけか?

 狼狽えそうになって、その素振りを抑えようとして無駄だった。動揺が言葉に出てしまう。

 まずったな。折角これまで隠して通してきたのに、表に出したら自白に等しいじゃないか。

 

「いや、マジかっていうのは事実無根な妄想をする人間がこの世にいるんだなって哀れみのことだから。僕は小説なんて書いてない」

「私は何も言ってないのだけれど頭おかしくなった? 薬で気を保ったらどうかしら?」

「人を精神病患者みたいに言うのは止めてくれるかな。僕は普通だ」

「見下げた倫理観ね。軽率にそういうことを口にするなんて下賤にも程があるわ。ゴミカス野郎」

「ゴミカス野郎って……そっちが薬なんて言い出すから思わず連想しただけだろ」

「具体的に補足したのはそっちでしょう。ゴミクズ野郎。品性を疑うわ」

 

 口が悪いぞこの女子生徒。ああもう分かった。カスでもクズでもこの際もうどっちでも良いよ。

 そこで、女子生徒は不機嫌そうな無表情のまま髪を掻き上げる。

 

「そんなことはどうでもいいのよ。否定するなら証拠として小説のタイトルを言ってもいいわよ」

「言えばいいじゃないか。僕は小説なんて書いて」

「アルテミスの悲哀。現代ファンタジーが舞台の恋愛小説ね」

 

 正解だ。間違いなく僕がネット連載してる小説だった。

 ブラフじゃなかったのかよ。白を切るにもピンポイント過ぎて流石に厳しい。

 認めざるを得ない。僕が高校生ネット小説家として電子世界に駄作を放流していることに。

 ……あーもう気恥ずかしい。

 この上なく気恥ずかしいな!

 クラスメイトにも当然、誰にも知られたくなっかったのに!

 顔とかめっちゃ熱くなってきた!

 

「なに赤くなってるの気持ち悪い。その顔で恋愛小説書いてると思うとより気色悪い」

「言葉で嬲るなよ……つか何で分かったんだ」

「言わないわ。尋問をしているのはこっちよ」

「尋問……?」

 

 僕の疑問符を聞くや否や、女子生徒の態度が急変した。

 口元の角度が上がり、明確に、笑った。

 冷酷な女王みたいな無表情が歪み、白く端正な顔に残忍な感情が刻まれる。

 

「言い方を変えるわ。本当のことを言わなかったら貴方の小説をバラす。一番最悪な形で校内に広めるから。これは事情聴取じゃないの。私はどちらでも構わないけども、後悔しない選択が出来ると良いわね」

 

 ……なんだこの変な女子生徒は。

 端的に、容姿端麗ながら本能的に関わりたくないと思える理由を理解してしまった。

 なんというか、嫌な奴だ。嫌だし、ちょっと中二病が入ってるからタチが悪い。

 

 ───これが来瀬秋那(くるせあきな)という女子生徒との出会いであり、今後の災難の始まりを告げるゴングでもあった。

 

 

 

 

 

 

 女子生徒、2年B組の来瀬秋那と名乗った彼女に僕は知っていることを洗い浚い話した。

 校内に流布されたら困るし、今後の僕の生活にも恐らく支障をきたす。それはいただけない。

 ついでに言えば僕は犯人じゃないし特にこの七不思議に関心も持っていないから大した情報も持っていない。書いている小説とペンネームを知られているのは痛いが、この件に関してのみ言えば保身のために斬っても痛む腹は存在しないということだ。あとは彼女が約束を守ってくれるかどうか次第……理由があれば即座に僕の情報なんて売り払いそうだよなあ。なんとも分の悪い賭けだよ、全くもう。

 

 ともあれ、こうして事態は幕を閉じ、僕は元の生活に戻れる───と思っていたのだが。

 

「なんで付いてくるんだよ」

「貴方の言葉に嘘偽りがないと判断できない。今後は暫く近くから監視するからそのつもりで」

「はあ?」

 

 意味不明な供述をしながら来瀬は下校する僕を追ってきた。

 まあ僕の言葉を全面的に信用できないっていうのは分かる。初対面の他人だしな。でも監視は行き過ぎ、というかやり過ぎているだろ。

 

「勘弁してくれよ。大体、七不思議なんてしょうもない話じゃないか。朝にどこかのクラスに小説を置く、それだけの事件に何でそこまで肩入れするのさ」

「趣味と実益を兼ねてかしら」

「どういうこと?」

「私、他人が隠しているものを暴くのが好きなの。隠しているものを暴くってことは、その人の底を知るってことでしょう」

「……それ、楽しいのか?」

「滅茶苦茶楽しいわよ。その代わり人間関係は都度都度無くなっていくけども」

 

 やっぱり関わってはいけない女子だ。同級生の中でもワースト1位で関わっちゃいけない相手な気すらする。

 

「半分冗談よ」

 

 大変面倒な女子生徒だと認識したので以後は距離を置こうとか考えていたら、真顔のまま来瀬は言い放った。信じられるか。

 

「その言い分を信じるわけじゃないけど、なら一応聞いておこう。もう半分は何なんだ」

「探偵になりたいのよ。漫画に出てくるみたいな名探偵に」

「め、名探偵?」

 

 この時代……というかこの現実社会で?

 なんて言いそうになったものの口にしなかった。ただ代わりにその先の言葉が漏れる。

 

「名探偵になりたいって現実じゃ探偵の仕事って浮気調査とかペット探しとか、地味な仕事ばっかとか聞くけど……良くなりたいだなんて思うね」

「良くご存知ね。警察から捜査協力を求められる探偵は現実だと存在しないわ。でもそれって憧れるのを辞める理由にはならないでしょ」

「そりゃ、僕たちは若いし、何者でもなれる万能感もある。甘い可能性に酔いしれるのも若さの特権だ。でも流石に実現可能性が低すぎやしないか?」

「耄碌した老害みたいなことを言うじゃない。貴方、若さを否定するしか取り柄のない爺の才能に溢れてるわよ。素晴らしい可能性を持ってるわね」

「そろそろ名誉毀損罪とかで訴えたら勝てそうな気がするんだけど」

「事実陳列罪って知ってる?」

「無いよその罪状!」

 

 あと僕が老害である事実はどこにも存在しない!

 これでも僕は若さが取り柄の高校二年生だ!

   

「普段は放課後何してるの」

 

 憤慨してる間にも話題転換。来瀬は早歩きになると、僕の隣に並んだ。

 言い返したいことは山々あるが、その概ねを僕はぐっと飲み込んで返答する。

 

「これといったことは何も。帰って勉強とバイトの毎日だよ」

「あと小説も書いてるのでしょ」

「頼むからあまり大声で言ってくれるなよ。まだ学校の近くなんだからさ」

 

 来瀬にはバレてしまったけども、僕も色々白状した訳だしそんな言い触らしてくれるなよ。小説書いてるだなんて、学校生活をプラスにする材料になりやしない、それどころか陰気だイメージ通りだとかでマイナスに作用する可能性の方が大きい。

 

「というか、小説を書いてるから犯人って決めるのは安直すぎやしないか? 他にも色々候補はいるだろうに」

 

 ふと思って言ってみる。

 来瀬さんは僕の言葉を受けて子供に説明するかの如く指を立てた。

 

「それこそ単純よ。私が思うに犯人───作者を導出するには3つの条件がある。それは時間、金、動機。時間は意味そのまま、作者は小説を書く時間が取れる。金はコピー代ね。クラス中に毎週ばら撒くのはそこそこ金銭が掛かるんじゃないかしら。動機は言うまでもないわね。その3つのベン図の中心にいるのが貴方だったのよ」

「なんだろう。色々と安直すぎやしないか」

「いいのよ。間違ったら謝って次へ行けばいいのだから。最終的に当たれば良い」

 

 当たって砕いたら次の被疑者へというスタンスらしい。彼女には名探偵になる素質は存在しないように思えてきた。

 

「なら僕にも謝罪の言葉があって然るべきじゃないかな。間違っていたじゃないか」

「まだ貴方が作者じゃないとは決まってない。だから納得するまでは貴方に沢山迷惑をかけるわ」

「そんな宣言されてもな……」

 

 迷惑と分かってるなら非常にやめて欲しい。

 まあやめる気はないんだろうけども。

 どうもこの来瀬という女子生徒は自己本位主義で、コマンドにはガンガン行こうぜしか存在しない人種みたいだし。

 ただ、来瀬の思考は名探偵志望の割に非常に短絡的でお粗末だ。ざっとツッコミどころが3つすべてにある。

 

「自己弁護も兼ねて一応、その見解に対する浅薄な部分だけしておく」

「自信ありげね。聞いてあげる」

「そう大した指摘じゃないよ。少し考えれば分かることだ」

 

 上から目線な態度への意趣返しでそう言えば、来瀬の口元がピシリと歪む。少しは効いたかもしれない。

 カウンターを決めれたことに溜飲を下げつつ話を続ける。

 

「1つ目の時間については、そもそも小説を書くのはそんな時間がかかるものじゃない。過去に僕もその小説を見たことはあるけども、大体5000文字から10000文字程度だった。確かに短編にしては多いとはいえ、1日あれば十分書ける量だろう」

「そうかしら。プロットを作って完成まで持っていくにはそれなりに掛かると思うわ」

「ちゃんとやるならそうね。しかし例の小説の出来を見るにそうは見えない、そこは共通認識のはずだ」

「文才は誰にしも与えられるわけじゃないわ。貴方と同じようにね」

 

 僕の文才まで揶揄された気がする。大変心外だ。

 鼻を鳴らして来瀬はつまらなそうな顔をする。

 

「アレは推敲された文章だと言われてるわ。証拠に誤字脱字の類は今までなかったそうじゃない」

 

 なんで伝聞系なんだろう。この学校にいる同学年なら一度は読んだことあるだろうに。

 

「でも文章力はどう見積っても素人だ。推敲はAIサービスを利用して整形してるだけかもね。今時の生成AIなら1万文字の推敲くらい訳がないと僕は思う」

 

 そう言えば押し黙る。その間に僕は二の矢三の矢を射った。

 

「二つ目の金も実際に計算すれば実に大したことがない。毎週一クラス分の生徒に冊子を配る。一クラス約40人だから、月曜日が月4回あると仮定して合算160人分の冊子が必要だ。恐らく冊子自体の印刷はコンビニの複合機とかでやってるんだろうね、よって印刷1枚につき10円なら1600円。これが一ヶ月に必要な金額となる。まあ高校生でも払える金額だよね。それに家にプリンターがあるなら用紙代とインク代はかかるけど事実上は無料だ。以上の簡単な計算からこれも君の言う作者の条件に当てはまらない」

 

 高校生ならお小遣いとして何千円かもらってておかしくない。バイトをしてるんならばより無問題だ。

 

「最後に動機に関しては、今の時点では作者の真意は分からない。ただ、一人の物書きとして言うけど、自分の作品を読んでもらいたい、世に出したいと考えるならクラスメイトには配らないな。今時はネットもあるし、そうじゃなくとも出版社とかが開催してる小説大賞に応募すれば良い。この行動は小説家として何のメリットがないんだ」

 

 これは言うまでもないことではある。来瀬だって作者が真っ当に小説を読んでもらいたいと思って毎週月曜朝に配布してるとは思っていないだろう。

 

 そこで僕は来瀬がジッとガラスレンズを覗くような眼差しでこちらを見遣っていることに気づく。

 まるで何か、僕の内側を測るような嫌な視線。

 

 そして一言。

 

「続けて」

 

 ……それだけ?

 続けて、と言われてもなあ……。

 とはいえ、このまま見られ続けるのも心地が悪い。困りつつも言われた通りにする。

 

「僕は探偵じゃないから大した結論は導けないよ。言えることは犯人はおおよそ同級生。小遣い事情には人並みの余裕があって、恐らく週7で拘束される体育会系ではない。そして小説とは別の何らかの目的があって小説を執筆しては適当なクラスに配ってる。分かるのはそれくらいだな」

「なぜ小説とは別に目的があると思うの?」

「小説を本当に書こうとしてるなら、あんなオムニバスな内容で起承転結も無い感じにはならないな。即ち作者は小説に重点を置いてない。よって小説を配る、これ自体が手段と見るべきだ。小説を配って何の便益を図れるのかは全く分からないけど、少なくとも去年から続けている以上相当な執念には思える」

 

 僕ならそんな真似は出来ないね。

 僕にとって小説は目的だ。手段じゃない。突き詰めて、極める対象である。そういう意味ではきっと僕と作者の相性は最悪に違いない。ま、想像するだけ無駄だろうけども。

 

 それにしても色々と喋らせておいて自分は黙っているとはどんな了見だ。そう思って文句を言おうとしたその瞬間、来瀬は立ち止まって軽く頭を振った。

 

「随分と頭が回るのね。そこまで辿り着くとは思わなかったわ」

「君に褒められるとは思わなかったな」

「ええ。その逞しい妄想力には脱帽するわ。いっそ小説家にでもなった方がいいんじゃないかしら」

 

 やはり皮肉だった。なれるならとっくになってるっての。

 まあ、分かってはいた。この短時間で来瀬秋那が毒舌冷血冷笑系女子学生であることは理解出来ている。今更受けるダメージは無い。

 

「監視って言ってたけど、まさか家まで付いてくる気じゃないよね?」

「行かないわ。私の家、あっちだから」

 

 丁度十字路に差し掛かったところで、来瀬は駅方面を指し示した。一方で僕の家は線路を挟んで国道方面。ひとまずストーキングする意志がないことにほっとした。

 別れの挨拶を言うこともせず来瀬は背を向けて駅へと歩き始める。一瞬呆気に取られるけども、友人でも知人でもクラスメイトでもないし妥当かな。

 僕を彼女に倣って別れの言葉を口にせず、無言で踏切へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、彼女は有言実行を体現した。

 

「随分早いじゃない」

「監視って本気だったのか」

 

 来瀬は校門前に生えた桜並木の一つに身を預ける形で悠然と立っていた。

 突然声を掛けられたから割とビックリした。平然と返答できたのは我ながら天晴と自画自賛せざるを得ない。

 

 微かな風と共に桜の花びらが宙を揺蕩う。ゆらりと空を舞い降りてきた花弁は来瀬の長い黒髪に付いて、それを大型犬の如く髪を揺らして地面へと落とした。絶対零度の令嬢みたいな風貌の癖して、妙に野生児みたいな仕草をする。

 

「本気よ。貴方みたいに中途半端にネットで投稿しているだけの人間とは違うもの」

 

 これでも投稿サイトの日間ランキングに乗ったことはあるんだけど……それを言うとより馬鹿にされそうな気がする。やめておこう。

 僕のペースに追いつくと、来瀬も肩を並べる。

 

「まあ……付いてくるのは構わないけどさ。それでまだ僕を作者だと疑ってるのかな」

「ええ」

「昨日言ったよね。僕以外にも作者候補は沢山いる上に、僕には動機が無いと」

 

 来瀬だって僕が犯人である可能性はそう高く見ていないだろう。

 昨日、僕は大雑把ながら推理をして見せた。的を射てるとも思えないけども、完全に外しているわけでもないはずだ。来瀬の中で僕が犯人である可能性は幾何かは下がっている……と良いけども。

 数拍を置いて、返事はやってきた。

 

「名探偵には優秀な助手が必要なのよ」

「急に何さ」

「打算よ。貴方にはワトソンの資質があるわ。作者の疑いが晴れた後は、是非私の情報源として活躍してもらいたいの」

「……意味が分からない。それに僕が頷く理由があると思うか」

「頷かないなら首を縦に振るまでお願いするだけよ」

「それはお願いと書いて脅迫と読むんじゃないだろうね?」

 

 来瀬の答えは沈黙だった。無表情のまま校舎内へと入っていく。

 下駄箱は違うクラスなので一瞬僕と来瀬に距離が開く。いつも通りゆっくり上履きへと履き替える僕と異なり、来瀬はテキパキとした動作で履物の換装を終えるとすぐさま僕との距離を戻してきた。

 

「脅迫とは被害者面も甚だしい。私は同級生の後園寺くんに選択肢を上げているだけよ」

「選択肢?」

「バラされるか、受け入れるか。後悔しない選択が出来るといいわね」

 

 気に入ってるのかな、その台詞。

 あと世間的にはそれを脅迫という。今度国語辞典か広辞苑でも貸してあげた方がいいかもしれない。

 

 来瀬はその後も言葉通り僕に引っ付いて来た。朝、昼休み、放課後は必ずと言って良いほど僕の姿が見える場所に陣取って張り込みをしていたし、それ以外の時間も教室の外でそれとなく観察している様子で正直引いた。名探偵というか、やってること昭和の刑事じゃないか。

 

 勿論、疚しいことは何一つない僕はいつも通り生活を続けた。

 小説のしょの字も出すことなく、ただただ平穏で埋没した高校生活を享受して、迎えた次の月曜日のこと。

 先週から引き続き監視を続ける来瀬と共に登校をすると、今日は僕のクラスの番だったようだ。

 席の上には手作り感のあるホチキス止めの小冊子が置かれている。例の七不思議の主犯、作者の仕業だ。既に登校していた生徒たちは小冊子を手に取って中身を読んだり、或いは机の中に入れたり、ゴミ箱に捨てている人もいた。

 

 勝手に僕のクラスへ入ってきていた来瀬は、珍妙なものを見る目で僕の机上に置かれた小冊子を手に取った。

 

「これが例の小説なのね」

「見たことがないの?」

「ええ。転校してきたばかりだもの」

 

 思わず僕は来瀬の顔を見る。来瀬は白魚のような指で次々とページを捲っていく。

 ……なるほど、転校生だったのか。

 道理で名探偵とか名乗る割にはこの件における知識が浅いなとか感じたわけだ。

 

「そうだったんだ。転校は今年度から?」

「4月5日よ。貴方と初めて会った週の月曜日ね」

「よくそんな大変な時期に七不思議なんて追おうと思ったね」

「貴方に感心されると目眩がするから今後は控えてくれるかしら」

 

 これは感心じゃなくて奇特な奴だなって意味の嫌味だったんだけども。

 来瀬はパラパラと簡単に読み終えると、小冊子を机へ軽く投げた。

 

「読み物として落第点ね。起承転結の起承しか存在しない小説に存在価値を見出すのは難しいわ。まだ貴方の小説の方がマシよ」

「言い過ぎてるとは思うけども僕も同じ感想だよ……え、僕の小説読んでるの?」

「読んでないわ」

「今僕の小説の方がマシって」

「ゴミの背比べの比喩で言っただけよ」

 

 なんて酷い比喩だ。

 まあ彼女が僕の小説を読む姿をまるで想像できないし、馬鹿にするためだけに言ったのだろう。

 

「僕たちは一緒に登校した。でも登校する前から冊子が置かれていた。僕の無罪は証明されたと思っていいんだね?」

「そうね……認めるわ。貴方は作者じゃない」

「……意外だな。もっと疑われるかと思った」

 

 杜撰な自己弁護のつもりで口にしたつもりが、本気でその言葉を受け入れた様子だから驚いた。状況証拠の捏造なんていくらでも出来るのに。例えば朝早く来るとか、前日教室忍び込むとかして、予め小冊子を置くことは可能だ。

 

 そんな僕の思考を見透かした目で来瀬は腰を僕の机上に落とす。

 

「私、日曜日に登校して一度全クラスを見回ってるのよ。少なくとも16時時点ではどのクラスにも小冊子は置かれていなかった。今日も朝6時から校門で見張っていたけれど、貴方の姿は登校してくる午前7時50分まで見えなかった。要するに貴方の犯行は難しい」

「そこまでしてるのか……」

「当たり前じゃない。5W1Hは探偵の基本よ」

 

 5W1H、学生的に言えば英語の疑問詞だけどこの場合はミステリーの推理の型だろう。

 What、Where、Who、When、Why、How。その後にdone itと続く。

 そして来瀬のWhenの面から僕の犯行が不可であると確信しているらしい。

 

「僕が日曜夜に忍び込んだ可能性は?」

「可能性としては否定はしないけども、貴方みたいな皮肉家のことで頭一杯になるのは嫌なのよ、私」

 

 誰が皮肉家だ。

 無視して来瀬はため息を吐いた。

 

「毎週日曜日夕方以降にリスクを背負って教室へ忍び込ぶ動機が貴方には認められず、想定する 犯人像とも重ならないから、一旦捜査線上から弾く。それだけよ。分かったら私に協力することね」

 

 そう言って来瀬は偉そうに胸を張って、女王様のような瞳で僕を見遣った。何様のつもりなんだろうこの女。

 しかし、ほとんど言いがかりに近い冤罪の疑いが晴れるや否やすぐに協力要請とはね……どうせ断ったら脅迫してくるのも目に見えてるし。

 

「君さ、友達いないでしょ」

「いないわよ。また放課後来るわ。逃げたら貴方の想像通りの事をするからそのつもりで」

 

 堂々と言い放つと席から下りて、教室から出ていく。後ろ姿だけ見ると女子特有の柔らかさや艶々しいセミロングの黒髪も相俟って清楚な雰囲気があるのに、実態は天上天下唯我独尊と言って過言じゃない。名探偵を目指してるという話も含めて、いまいち良く分からない女子生徒だ。

 面倒事が早く終わればいいなとぼんやり考えつつ、バックから教科書を取り出して今日の授業の準備を進める。今日は主要五教科が満面無く時間割表に並んだ憂鬱な月曜日だった。お陰様でバックを持つと僕の貧弱な帰宅部アームはぷるぷると震える有様で、気分も重ければ身体も重い。

 

 しみじみとブルーに浸っていると、唐突に肩に手を回された。

 ぎちぎちと力を込められて微妙に痛い。

 

「今の誰だよ、刀屋。まさか彼女……な訳ないよな!? そうだよな!?」

「ああ違うよ。必死だな」

「だって干物同盟だろ、俺たち!」

 

 クラスメイトの関岡陽(せきおかはる)である。青とも藍色とも呼べないくすんだ空色の髪。Yシャツは三段目までボタンを開き、そこから覗かせる胸元とシルバーネックレスは遊び人のような雰囲気を醸し出している。そんなんだから他のクラスメイトたちも忌避して彼には友達がいない。悪い奴ではないんだけどな。ただちょっと彼女が欲しすぎて距離感が空回りしているだけで。

 

 関岡は手を放すと、尻を机上に置いた。最近の若者は机に座るのがお好きらしい。

 

「干物同盟、なんて訳の分からない同盟を結んだ覚えはないよ」

「去年から一年間彼女も出来ず寂しく、同じ教室で学んだ仲だろ。つまり一蓮托生ってやつじゃねえか」

 

 一蓮托生っていうほど関岡とは仲が良いとは思ってないんだけどな。

 僕としては一方的に絡まれてるだけだ。前のクラスでだってペアを組まされると僕と関岡が余るから仕方なく組んで面識が合っただけで、断言できる。特段仲良くはない。

 

「それが何だってあんな可愛い子と知り合うことになったんだよ!」

「それは僕が聞きたいよ」

「俺のほうが聞きてえよ!!」

「声が大きいよ」

「どう勾引かした!? 何をやればあんな子と仲良くになれる! 俺たち親友で戦友で心の友だろ!」

 

 全部違う。

 

「あの子は転校生でさ、ただ聞かれただけだよ」

「見覚えない髪質と思ったが転校生だったのか……」

 

 後ろ髪を幻視するかのように関岡は来瀬が去って行った先を見る。

 てか、まさか髪質で女子生徒を識別できるのかこの男。正直ドン引きだ。こういう気持ち悪い部分を表にしなければ彼女の一人くらい出来そうなものを。

 

「それで、そんな転校生がお前なんかに何の用で」

「ただ彼女は七不思議に関心があるみたいでね、それで僕に話を聞きに来たんだよ」

「七不思議ねえ……確かにずっと妙だとは思ってはいるが」

 

 関岡は僕の机に置かれた小冊子に視線を送る。

 

「毎週月曜朝、小説を配る謎の人物。ここ一年、物好きが探しているが正体不明、理由も分からねえと来てる。ちょっとしたミステリーっちゃそうだが、転校生から見れば面白いのかねえ……?」

「さあね。結構調べてるみたいだけども、どうだろう」

 

 名探偵を目指しているという話は言わないでおいた。一応、言い触らすものじゃない気もするし……来瀬自身は気にしない気もするけども。

 そこで関岡は小冊子を手に取って僕に見せた。

 

「ほ~ん、そりゃ随分面白い転校生なんだな。ところで刀屋、気付かないか?」

「なんだよ関岡。わざわざ小説を見せたりして」

「この小説、中身は駄文だが、よく読めば去年の6月から少し内容が変わってるんだぜ」

「まさか毎回読んでるのか」

「そりゃ2年E組の関岡陽といえば読書家のインテリで名前が通ってるんだ、当然読破してるに決まってるだろ」

 

 読者家のインテリ……。

 ホスト崩れのチャラ男の間違いだろ……。

 

 そんな僕の思考を覗き見たかのように、関岡は肩を竦める。

 

「ま、いいさ。俺はいつだって寛容だからな」

「僕が女子と関わりを持っただけで怒ってなかったか?」

「同盟違反だからな」

「だから同盟を結んだ記憶はないって」

「んで、気にならないか? 小説のこと」

「……まあ否定すると嘘になるけども」

「気になるよな。そうだろう、気になるに決まっている!」

 

 なんでそんなしたり顔なんだ。

 関岡は僕の顔を見て頷いた。

 

「俺にあの女の子、紹介しろ。そうすれば教えてやってもいいぜ」

 

 …………あー。

 そういう腹積もりだったのか。

 僕としては知ろうが知らまいがどちらでも良いんだけど、来瀬は知りたがるだろうなあ。

 

「いいよ。放課後もどうせ来るし、その時に話してあげなよ」

「……お前、本当にその辺執着とかないよな」

「なにが?」

「なんでもねえよ。俺としては好都合だしな」

 

 呆れた顔でニヤリと笑みを浮かべて、僕に背を向けた。

 僕は淡々と見送って、一限の古文の教科書を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「誰かしら、その売れないホストの残りカスみたいな男は」

「ひ、酷い言い方すんなよ。俺はホストじゃないし刀屋のクラスメイトだ」

 

 放課後早々、僕を逃さないとばかりに教室へずかずか入って来た来瀬に関岡を紹介した。関岡は早速鋭い目つきで睨まれて若干怯んでいる様子。うわ、怖っ。関岡のやつ、僕と来瀬の仲が良いと踏んで気安く行ったから完全に面食らってる。

 そんな事を考えていると、来瀬はその勢いのまま僕まで睨んできた。

 

「貴方、これは説明してくれるものと思って良いのね」

 

 純度100%の飛び火である。なんで僕が関岡がここにいることの説明をしなくちゃならないんだ。

 全く……えーと。

 端的に言えば……。

 

「君が可愛いからお近づきになりたいチャラ男、以上」

「おい刀屋! なんでそんな悪い感じで紹介する!」

「すまない、口が滑って事実を言ってしまった」

「より余計な一言を付け足すんじゃねえよ!」

 

 すまない。仄かに腹が立っていた。その腹いせだ。

 そんな会話をしている間にも来瀬は無言のまま、より鋭く睥睨して僕へ話の先を促してきた。目尻からピシりと氷が軋む錯覚すら見える。ああもう、おっかないな。

 

「渋々ながら紹介するよ。クラスメイトの関岡陽だ。どうも七不思議の件、情報を持っているらしい」

「インテリ文学少年、関岡陽を宜しくぅ! んで、そちらの可愛い子の名前は」

「あー……そう言えば知らなかったか。僕から紹介したほうが良いかな?」

「必要ないわ」

 

 来瀬はピシャリと言い放つ。

 まあそうだよね。来瀬は自己紹介を他人に委ねるタイプじゃない。

 

「氏名は個人情報よ。その男に個人情報を話す義理はないわ」

「あ、そっちの意味?」

「だから貴方も私の名前を言ったら殺すわよ。社会的に」

「物騒なのは勘弁してくれ」

「なら貴方の弁慶の泣き所を握っているのはこちらだということをよくよく理解しておくことね」

 

 一々脅迫しないと気が済まないんだろうか。

 ホントにおっかない。

 

「まあそういうわけだ。申し訳ないが関岡、ここは一つ情報を落とすだけ落として消えてくれ」

「酷くね!? 思ってても言わなかったけど、さっきから俺の扱い酷くね!?」

「うるさいわね。黙っててくれるかしら。息が詰まる。空気が濁る。耳が障る。不愉快よ」

「いや君まで酷いんだな! なんつー言われようだよ! 俺、めっちゃ可哀想じゃん!」

「うるさいわ。二回も言わせないでクズ野郎」

 

 言葉を失ったようだった。

 嗾けた僕も悪いとは思うけど同情はするよ。すまない。

 

「言い過ぎだ。黙らせちゃったら情報を言えないだろ」

「ふん。嘘は可能な限りつきたくないもの」

 

 抜き身の包丁みたいな女子生徒である。

 今にも舌打ちを鳴らしそうな目付きで、来瀬は不機嫌そうに視線を背ける。

 しかし、はてさて、これ以上ヘソを曲げられると僕としても困る。面倒くさいことこの上ない女子生徒だなあ。

 

「関岡、悪い。喋ってくれないかな。彼女が更に機嫌を損ねると気分で僕の社会的死が確定しそうだ」

「おま、そりゃないだろ! 少しは柔い青少年の心を気遣ってくれよ!」

「そっか。すまない。頼んだ」

「淡白! 鶏のささみくらい淡白過ぎる! クラスメイトに寄り添う義の心とかないのか刀屋!?」

「言い出しっぺはそっちだろ。少なくとも僕は約束を履行した。次はそっちの番じゃないか」

 

 歯噛みするように関岡は呻く。

 こいつは前提として自分勝手で女日照りの酷い男ではあるが、こういった社会的通義が通用しない相手じゃない。

 だから待っていれば頭を痒そうにしながらも口を開いてくれた。

 

「……小説の舞台だよ」

「舞台?」

「ああそうだ。作品は大まかに去年と今年で分類できる。去年までは学校が舞台の小説が、記憶ベースながら8割弱を占めていた。それが今年に入ってから3割だ。明確な差だよ。舞台設定に変化があったんだ。察するに学校というシチュエーションで小説を書くことに飽きたのか……或いは心境の変化があったのか」

「いつから変化が起きたのか、具体的な日付は分かるか?」

「小説が置かれるの週一だぞ。分かるかんなもん。ただ、俺が何となく気付いたのは今年の2月だ。気付いた時に思い返してみれば、12月までは学校が舞台なことが多い気がした。今年1月以降は殆どが学外だ」

「12月ね……」

 

 それが何を示すかは不明ながらも、大きな手掛かりだ。もしかしたら、12月に周囲の変化があったのかもしれない。

 12月……仮にイベントがあるとするなら、クリスマスとか学期末試験が思いつくところだけども……果たして関係あるだろうか。

 そんな推測をしていると来瀬が口を開く。

 

「学校が舞台って言っていたけれど、具体的に登場するのはどこが多かったのかしら」

「どこって……色々だよ。数えてるわけじゃねえけど、屋上が一番多かったんじゃねえのかな。次に校舎裏、運動場、西校舎の何処かの教室、プール……その他色々だ」

「法則性はなさそうね。作品内で描写される時間帯は何時が多かったの? あの文字数じゃ時間帯が変わることはないでしょ。昼? それとも放課後?」

「放課後だな。夕暮れ時の深い時間だ。茜空の描写が大抵出てくるからな。次に朝と昼休みが多くて、それ以外の時間は然程多くない」

「ふーん。やはり作者は学生の可能性が高いと」

「お、良く分かるなー。俺も気づいたのは最近だってのに」

 

 関心するように関岡が徐に近づくと来瀬の頭をぽふぽふと叩こうとして、来瀬がパチンと手を払った。流れるようにローキックを関岡の踝を狙う。

 お、当たった。鞭がしなるようなパチンという音が鳴る。軽快ながら中々に内部に響く感じの音に聞こえた。

 

「痛っ!? なにするんだよ!」

「気安く触らないでくれるかしらクズ。今度は柔かい場所を強く蹴るわカス」

「柔らかい場所って何だよ!? いや、言わなくていいです! 視線でよく理解しました! 金輪際御身体に触りませんから足先で狙いを定めないでくださいますか!?」

「御身体って言い方気持ち悪いのだけれど死んでくれないかしら」

「手厳しすぎやしませんかね!?」

 

 なんか敬語になってるし。どうも今のやりとり一つで序列が確定したみたいだ。

 

「で、そこで黙っている木偶の坊はなにをしているの?」

「それは僕の事を言ってるのかな?」

「後園寺刀屋以外の誰がいるのかしら。もしかして頭、悪い?」

「悪いと思ったことはないな、成績も良い方だしね」

「なら何で私が作者を学生と考えたか、説明してみて」

「答えを求められるほど大した話じゃないと思うけども……」

 

 睨まれた。早く答えろということらしい。

 感覚的に導いた結論だったので、2秒ほど考えて答える。

 

「朝、放課後、休み時間。どれも学生の自由時間だ。安直に考えて学生の可能性が高い。大穴で教員の可能性もあるけども、低いだろうね。その場合、仮定作者である教員Aは学生による犯行を装って小説を書いていることになる。動機があればやらなくはないだろうけども、それなりに強い動機が必要だ。バレれば教員会議に掛けられて停職すらあり得る。そこを考慮すればやっぱり学生の線が濃くなる」

「ふん」

「なんで不機嫌になるんだよ……」

「勘違いしないことね。先に犯人を見つけられた方が勝ちだから」

「いつから勝負になったんだよ」

 

 僕は名探偵になる気はないぞ。小説家にはなりたいけども。

 しかし今の会話で一つ気づきを得た。

 この事件、さっさと片付けた方が得かもしれない。僕は良く分からない物事に時間を浪費している。七不思議を解決したって僕の学生生活にもアマチュア小説生活にも何ら得は無い。ならさっさとこんな執筆時間を邪魔する面倒事は片付けて、来瀬みたいな横暴な人間とも手を切って、早いところいつもの日常に戻るのが得策か。

 対抗心を燃やすような目で僕に視線を送る来瀬を無視して話を続ける。

 ミステリーとは即ち思考パズルだ。

 ストーリーは幾つかのパーツが組み合わさって構築されている。ストーリーを組み立てるには全てのパーツが必要だけども、既に組み上がったストーリーであれば、パーツが全て揃ってなくともある程度の全貌の把握はできる。

 

「シナリオを進めよう。ここからは学生が犯人と仮定して推理していく」

「勝手に話を進めないで」

「なら君が話を進めればいい。出来なければそこでオーケストラの観客みたいに黙って聞いててくれないかな」

「ワトソン候補が上から偉そうに……」

「まあまあ、そういうわけで最後に情報が欲しい。来瀬、君、実は朝早くに学校に来て一度2年生の教室全部見回っていたりはしないか」

「なんで分かったの」

「簡単な人物プロットだ。犯行の時間帯を絞り込もうと早朝から張っていた君が確かめない訳がないだろ」

「……朝7時よ。私が確かめた時には小冊子は机の上に置かれていた」

「なるほど。それなら僕でも書けるシナリオだ」

「シナリオ?」

 

 敵対心を一旦潜め、問いかけるような口調を来瀬は投げ掛ける。

 

「纏めると、作者による犯行時刻は毎週日曜日の夕方から月曜早朝だ。小説の作者は学生の可能性が高い。恐らく時間は夜だろう。そして学生がその時間帯に、通常の方法で仕込むのは難しい」

「なんで夜だって思うのかしら」

「夕方だったら部活で登校してる生徒に目撃されてるはずなんだ。何せ一年間ずっと続けてきた犯行だ。誰か生徒がいる時間帯なら一度くらい目撃されたっておかしくない。作者は間違いなく、人が全くいない時間帯に教室へ侵入している。そしてそれは日曜夜から明朝にかけてだ」

「貴方、作者は学生だと言ってたわよね? それでその推理はおかしいわよ。閉校時間じゃない。敷地内ならともかく、校舎内に入れる生徒なんて……」

「この学校には教員以外にも校舎に入れる方法がある。いや、正確には、校舎以外から廊下を通じて校舎にアクセスすることが出来る」

 

 これはまだ転校してきて間もない来瀬が気付かなくて仕方がない。

 その点、一年以上この校舎で過ごしてきた関岡は分かったようで、思わずと言った様子で呟く。

 

「体育館か」

「そうだね。この学校の体育館は本校舎と内廊下で繋がっている。つまり体育館の鍵を持っていれば侵入は容易なんだ。当然体育館の鍵を盗み出す、だなんて荒事をしていないはずだ。よって、作者は日曜日にも体育館で部活がある鍵番の生徒の確率が高い。ここまで来れば自ずと犯人の絞り込みも出来てくる」

「……体育館を使う部活といえばバスケ部、バレー部、バドミントン部あたりか。まぁその三つには友達もいねえし活動日は分からねえが、一番ありそうなのは全国入ったバレー部だろうな」

「三つどころか何処にも友達いないだろ関岡は。冗談が上手いな」

「お前、大人しそうな面して実は口悪いタイプだよな」

 

 だから友達いねえんだお前は、と悪態混じりで呟かれる。

 喧嘩か。喧嘩をしようかこの野郎。

 その意気上等、望むところだけども生憎と僕は貧弱だ。見逃してやろう。

 

「関岡の言う通り、体育館で日曜も活動しているのはバレー部くらいだろう。全国出場実績もあるから体育館の鍵を一日貸し出すくらい、学校も認めてておかしくはない。バレー部の鍵番が何か知っているはずだ。作者本人か、或いは作者を手引きしているかは分からないけど、事件解決の糸はそこに繋がっている」

 

 と言ってみたものの、生徒が作者ならば、恐らくバレー部の鍵番が作者なのだろうと思う。

 同じバレー部に作者がいて手引きをしているのなら既にバレている可能性が高い。一年っていうのは短くない。2人でこの事件を引き起こしていたとするなら、どこかしらで綻びが出ているはずだ。

 

 来瀬は粛々と聞き終える。聞いている姿だけは深窓の令嬢みたいで見目が良い。少しばかり冷酷な気配が漏れ出している気もするけど目を瞑ろう。

 文句を言おうとして一瞬口元が歪むが、それを耐えて口を開く。

 

「……調べてみるわ。貴方も付き合いなさい」

「僕に断る権利は?」

「権利はあるわ。しかし権利には責任が付随するの。分かるわね」

 

 それ、やっぱり僕に断る権利なんてないじゃないか。

 怪訝な顔で見てくる関岡を無視して、僕は溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 閉幕だ。来瀬の調査によって七不思議は呆気なく明らかになった。

 

 バレー部への聞き込み調査を行い鍵番を特定し、本人に事情聴取をすると作者はあっさりと白状した。

 作者の名前は2年F組の行川成美(ゆきかわなるみ)。一年生の頃からバレー部でマネージャーをしている女子生徒だった。

 一年生の夏前頃から体育館の鍵を管理する役割を任せられた行川は、ある恋をしていた。それは数学教師の前田先生との禁断の恋。前田先生も行川を気に入って、恋人となった。それで二人は密会を繰り返していたとか。その連絡手段が手紙、それもクラスに配られていた小説。そこに記載されている時間と場所が密会の場になっていたらしい。生活主任も兼ねていた前田先生の手には小説は必ず渡る。

 小説と言う迂遠な連絡手段に頼っていたのは行川の特殊な事情によるものだった。行川のスマホは親によって厳重管理されている。通信履歴なんかも逐次確認されてるみたいだ。当然先生と教え子の恋愛のやりとりなんて表沙汰に出来ない。だからスマホは使えなかった。アナログな手段として次に出てくる手紙は前田先生の方が嫌った。自分宛のものが出てくるのは良くないと判断したようだった。それに毎週拾う以上、一通しかない手紙を間違って他人に拾われれば関係性が露見するリスクになる。結果として二人は小説を不特定多数に配るという手段を考案した。

 

 小説という連絡手段は、意外にも上手く行った。誰も連絡するためだけに毎週小説を書いているだなんて思い付くはずもないからだ。

 だけども、時間が進むにつれて関係性が変化した。

 去年の12月末、行川は前田先生に別れを切り出された。前田先生は教え子との関係性に怖くなったのだ。やることやって怖くなるとかとんだ淫行教師だよ。

 それでも、会わなくなった後も行川は前田先生を想っていた。

 そういや彼女はこう言っていた。

 

「惚れた弱みは毒にも近いんだよ。後園寺くんは……その様子じゃ知らないみたいだね」

 

 余計なお世話である。

 ともかく、それで行川は別れた後も変に勘繰られないように今まで通り小説を書いていた。ただ密会場所の指定は無いから、学校を舞台にした小説の執筆を止めて、今年始まって以降は自由気ままにテーマを決めるようになったと、それが七不思議と呼ばれていた話の顛末である。

 

 行川は僕らにバレたことで小説を書くのは辞めるらしい。いい加減、その想いに決着を付けなくてはならないと前々から思っていた様子だった。来週月曜日からは何処の教室にも小説が置かれることはないだろう。

 そして、僕たちがこの一件をバラすこともしない。元々僕にとっては大した目的もなく暴いた七不思議だ。来瀬からしても名誉や好奇心ではなく、探偵(あくまで自認だが)という矜持から解き明かしたに過ぎない。七不思議は七不思議として永久に埋没することだろう。

 

 ともあれ、だ。

 これで一件落着。僕の日常は斯くして姿を取り戻す。

 

 そうして平和な日々を数日過ごした。

 今後はもう来瀬に付けられることもないだろう、と思っていた翌週放課後。

 いつものように下校しようと校門を潜り過ぎた辺りで、冷たく身体を縛るような声が身体を貫く。

 

「こんにちわ。ご一緒しても?」

「君に殊勝な言葉を言われると背筋が冷えるな。2月に戻った気分だ……って痛いな!?」

「殊勝に足を踏むわよ」

「足を踏んでから言うなよ!」

 

 殊勝に踏むって何だよ!

 全く、見た目に似合わず暴力的な女だ。

 振り向いてみれば青い双眸、ちんまりとした身長、飾り気のない清廉な前髪、ぷくりと大福みたく膨らんだ両頬。その清楚と評価して問題無い全体と、不釣り合いなほどに尖った視線。

 来瀬秋那、身間違えもしないその人である。

 

「それで何の用かな。七不思議は解かれ消えた。僕らの関係性はあの一件で終わりだろう」

「確かに謎は貴方に解かれてしまったわ。不愉快なことにね。だけれど私が貴方の弱みを握っていること、忘れていないかしら?」

「ちょっと待ってくれ。これ以上まだ何かあるって言うのか?」

「いいえ、無いわ」

「じゃあ何で」

 

 来瀬は空を仰いだ。桜色の花弁がひらひらと舞い降りて、それを思い切りパシリと腕を振って捕らえる。

 

「解くべき謎はこの世に腐るほどあるもの。私は探偵として、近いうちに挑むべき謎を見つける」

「そうか。頑張ってくれ」

「貴方のことを初めはワトソンかと思った。でも違う。貴方はライバル。私が叩き潰すべき敵よ」

 

 ふむ……。

 何を言っているんだろう彼女は。一考しても分からない。当事者の僕が分からないのだから誰に聞いても分からないだろう。

 来瀬の顔を見れば、鋭い眼光のまま、口元を上げる。

 

「貴方は私の想像以上に頭が回る。何より立てた仮説の精度が高い。ふふふ……それで解くべき謎を横取りとは馬鹿にしてくれるじゃない」

「邪魔なんてしてない。そっちが手伝えと言ったんじゃないか」

「いずれ探偵として雌雄を決する時が来るわ。来るべきが来たらまた会いましょう、後園寺刀屋」

 

 言いたいことは全て言い終えたらしく、来瀬は僕を追い越して校門を潜り抜けた。

 なんというか……僕は呆れて言葉が出てこなかった。

 ワトソンと言ったりライバルと言ったり、一体全体なんなんだ。僕はネットで小説を投稿しているだけのしがいない物書きでしかないのに。

 あの様子、出会った時から少し思っていたけども、ちょっと中二病も入っているし。それがまたややこしいというか、変人さを際立たせているというか。

 

 僕は来瀬の背中を眺めながら帰路とは逆方向に進路を取ることにした。有り体に言って遠回りの帰り道になってしまうが、来瀬の背後を歩くのも気まずいので弥縫策である。

 謎だの何だの知らないけど、僕が居ないところで勝手に解き明かして名探偵にでもシャーロックホームズにでもなっていてもらいたい。

 

 高校2年、春の出来事である。

 


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