俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~ 作:パラレル・ゲーマー
目の前で、二十メートル級の巨大な《蛇神》の全身を、強烈な青白い雷光が覆い尽くそうとしていた。
直哉は、白峰レイジの姿で法剣を正眼に構えたまま、視界の左端に表示されているステータスを素早く確認した。
『HP:4,180 / 4,930』
『《判例》:毒性事象』
直哉の内心が、少しだけ焦りを見せる。
(さっきの毒で、750ダメージ。そして次は雷か)
(……これ、初見の攻撃を一発ずつバカ正直に食らってたら、適応が完了する前に普通にHPなくなって死ぬからな!?)
だが、外側に見えるレイジの表情は、どこまでも冷徹で厳格な執行官のままだった。
蛇神が、天を仰いで咆哮した。
全身の鱗の隙間から迸っていた青白い雷光が、巨大な口の周囲へと収束していく。
次の瞬間。
『バァァァァァァンッ!!』
巨大な蛇神の顎から、極太の雷撃が一直線にレイジへと向けて放たれた。
避雷針に落ちる落雷のような、圧倒的な電気エネルギー。
直哉は、それを避けなかった。
雷撃が、レイジの身体に直撃する。
周囲のアスファルトが熱で弾け飛び、近くに散らばっていた車両の金属片からパチパチと二次的な放電が走った。
「ぐっ――!!」
直哉は、内心で悲鳴を上げた。
雷が全身を貫き、筋肉が強制的に硬直する。神経を直接焼かれるような、焼け付く痛みが走る。
視界のHPゲージが減少した。
『HP:4,180 → 3,830』
350ダメージ。
先ほどの猛毒の霧よりは軽い。だが、それでもまともに雷撃を受けたのだ。十分に痛い。
だが、その直後だった。
『《判例》登録:電気事象』
直哉の視界に、二枚目の判例がシステムに記録された通知が点灯した。
直哉は、痺れる身体の奥で小さく笑った。
(よし!)
当然、蛇神は一発の雷で終わらせるつもりはなかった。
人間が倒れないのを見て、さらに連続で雷撃を放ってくる。
今度は一本ではない。複数の雷の槍が、雨のようにレイジへと降り注ぐ。
『バンッ! バンッ! バンッ!』
次々と、レイジの法服に雷撃が直撃し、青白い閃光が弾ける。
だが。
直哉にしか見えないHPゲージは、『3,830』から一ミリも動かなかった。
レイジは、降り注ぐ雷光の嵐の中を、何事もなかったかのように静かに歩き出した。
後方の臨時指揮所でモニターを見ていた八咫烏の職員たちが、驚愕の声を上げた。
「二発目以降、追加の損傷反応なし!」
「身体状態にも、大きな変化は確認できません!」
別の職員が、信じられないというように呟いた。
「……本当に、たった一回受けただけで?」
レイジは、ただ無敵のバリアを張って歩いているわけではない。
このまま蛇神がこちらを無視して、後方の撤退部隊や市街地へ向かってしまえば大惨事になる。彼に意識を向け続けさせる必要がある。
レイジは、ゆっくりと歩みを進めながら、法剣を軽く横に振った。
《蒼律剣式》。
一歩、踏み込む。
「《瞬断》」
青白い、鋭い剣閃が空気を切り裂いた。
数十メートル離れた蛇神の巨大な身体。
その胴体の鱗に、目に見えない斬撃が直撃する。
『ザンッ!!』
数枚の分厚い鱗が、赤い液体と共に弾け飛んだ。
傷そのものは浅い。だが、確実に肉体へとダメージが通っている。
蛇神が、痛みに反応するように激しく咆哮した。
『ギャァァァァァ!!』
直哉は、確かな手応えを感じた。
(よし。ちゃんと攻撃は通るな)
ここで、直哉の中での本日の基本戦術が確定した。
(急いで殺しに行きすぎない。今は、相手の手札をできるだけ吐かせる)
(ただし、相手が逃げないように、定期的に斬って俺へ意識を向け続けさせる)
蛇神が別の攻撃を使う。
初撃のダメージを耐える。
判例化する。
次から無効になる。
また斬る。
極めてシンプルで、そして危険なゲームだった。
蛇神が、大きくその長い身体を捻った。
鱗の隙間から、今度は青白い雷ではなく、赤熱した光が漏れ出す。
巨大な口腔の奥。そこに渦巻いているのは、毒でも雷でもない。
赤橙色の、超高熱の炎だった。
直哉の内心が、少しだけ焦った。
(マジかよ、炎まで持ってんのかよ!)
蛇神が、首を大きく振って息を吐き出す。
『ゴォォォォォォォッ!!』
凄まじい業火が、道路一帯を完全に飲み込んだ。
レイジの身体に、炎が直撃する。
全身を包み込む灼熱。
皮膚を焼かれるような激痛。
HPが減少する。
『HP:3,830 → 3,520』
310ダメージ。
直哉は、炎の中で少しだけ冷静に分析した。
(思ったより減らないな)
最初の毒が750ダメージだったことを考えると、少なくとも今回受けた中では、あの毒霧がかなり重い攻撃だったらしい。
そして、システム通知が光る。
『《判例》登録:高熱事象』
直哉は、三枚目のカードを手に入れた。
蛇神は、炎の海の中で人間が倒れるのを待つように、さらに激しく火を吹き続けた。
しかし。
レイジは、その炎の渦の中を。
法剣を肩に軽く乗せるような、どこまでもリラックスした姿勢で、ゆっくりと歩いて出てきた。
HPの変化は、なし。
直哉は、内心で宣言した。
(はい、それも終わり)
レイジは、歩きながら法剣を軽く振った。
《瞬断》。
蛇神の頬のあたりに。
『ズバッ!』
と鋭い斬撃が走る。
赤い液体が宙を舞い、蛇神の咆哮がさらに荒くなった。
次に蛇神が展開したのは、周囲にずっとまとわりついていた『水気』だった。
それが一気に集束し、空中に大量の水が渦を巻き始める。
直哉は構えた。
(次は水か?)
蛇神が、身体を大きく振った。
圧縮された水が、まるで巨大なウォーターカッターのように、レイジへと向かって射出される。
『ドンッ!!』
レイジが法剣で受け流そうとするが、完全には防ぎきれない。
圧倒的な水量と水圧に押され、レイジの身体が道路を数メートル後方へと滑った。
『HP:3,520 → 3,180』
340ダメージ。
そして。
『《判例》登録:高圧水流事象』
直哉は、剣を地面に突き立てて立ち上がりながら、ニヤリと笑った。
(これで四枚目だ)
蛇神が、再度高圧水流を放つ。
レイジの正面に直撃する。
だが今度は、レイジは一歩も下がらなかった。
法服と髪が、水しぶきで大きく揺れただけ。
HPの変動は、全くない。
直哉は、自分の状態を客観的に考えて思った。
(いや、これ、外から見てたら完全にチート能力だな……)
後方の指揮所では、八咫烏の職員たちの間に、もはや戦慄にも似た空気が漂っていた。
「毒、雷、高熱、高圧水流……」
「全て、一度その身で受けた後は、同じ現象による損傷が確認できません」
別の担当者が、震える声で呟いた。
「あれ、相手はどうやって倒せばいいんですか……?」
現場担当者は、無言だった。
本人たちにも、あの執行官の倒し方が分からないのだ。
ただし、実際に戦っている直哉自身は、そこまで楽観視はしていなかった。
レイジのステータスを確認する。
『HP:3,180 / 4,930』
すでに、最大HPから1,750も削られている。約三分の一が消滅したのだ。
直哉の内心は冷静だった。
(強い。確かにクソ強いけど……HPは無限じゃない)
もし、この蛇神が、あと五種類も六種類も初見の未知の攻撃手段を持っていたら。
適応する前に、こちらのHPがゼロになって削り殺される可能性は十分にある。
そして、蛇神もまた、ただの知性のない獣ではなかった。
黄金の巨大な瞳が、目の前の小さな人間をじっと観察している。
毒を撃つ。
通らなくなる。
雷へ変える。
それも通らなくなる。
炎、水と次々に攻撃方法を変えている。
直哉は、その様子を見て察した。
(こいつも、気づき始めたな)
(俺が、『一度受けた攻撃には完全に適応する』ってことに)
ここから、敵も戦術を変えてくるはずだ。
蛇神の周囲に薄く漂っていた霧が。
急激に、その濃度を増し始めた。
あっという間に、視界が真っ白な濃霧に覆われる。
直哉は警戒した。
(これは――)
それは、単なる視界を奪うだけの煙幕ではなかった。
霧の内部にいると、急激に方向感覚が狂い始める。
音が不自然に反響し、蛇神の巨大な気配が、右からも左からも、上からも聞こえてくるように錯覚する。
さらに、霧そのものが肺に入り込み、微かな刺激を与えてくる。さっきの猛毒とは別の、神経に作用するような影響だ。
レイジは、一瞬だけ足を止めた。
HPが、小さく減少する。
『HP:3,180 → 3,090』
90ダメージ。
そして。
『《判例》登録:知覚撹乱事象』
二度目以降の呼吸。
霧は周囲に残っている。
視界も白いままだ。
だが、レイジの認識には、すでに位置の誤認や方向感覚の喪失といった有害な影響が成立しなくなっていた。
濃霧そのものが消えたわけではない。
それでも、直哉は自分の感覚を惑わされることなく、蛇神の位置を追うことができる。
直哉は、少しだけ恨めしそうに思った。
(これ、先週のノクターンの幻術の時に欲しかったな!!)
だが、《既判適応》は一度必ず食らわなければならないという弱点があるため、完全な初見殺しの怪盗には向かない。別物だ。
レイジは、白い濃霧の奥へ向かって、静かに法剣を振るった。
《瞬断》。
『ザンッ!!』
見事に命中。
蛇神の胴体に、新たな傷が刻まれる。
蛇神が、さらに荒々しい咆哮を上げた。
周囲の瓦礫がビリビリと震える。
ここまでで。
毒、電気、高熱、高圧水流、知覚撹乱。
五つの有害事象を、レイジは《判例》として登録した。
蛇神が、その巨大な身体を大きく持ち上げた。
黄金の瞳が、真っ直ぐにレイジを見下ろす。
突然。
周囲の空気が、ズンッと重く沈み込んだ。
物理的な重力の増加ではない。
「跪け」と、魂と存在そのものに対して強制的に命令されるような、圧倒的な『神の威圧』だった。
レイジの足が、その圧力に押されて、アスファルトの地面へと僅かに沈み込む。
膝が、ガクッと折れそうになる。
HPが、ごく僅かに減少した。
『HP:3,090 → 3,010』
80ダメージ。
肉体的なダメージよりも、行動を阻害する影響の方が大きい。
そして。
『《判例》登録:強制服従事象』
レイジは、片膝をつく寸前で動きを止め。
そして、何事もなかったかのように、ゆっくりと立ち上がった。
蛇神が、さらに圧を強める。
でも。
もう何も起きない。
レイジは、普通に歩き出した。
後方の隊員たちが、規制線の外でその余波だけでも身体を強張らせている中。
その威圧の中心で。
レイジただ一人だけが、涼しい顔で剣を持って歩いていく。
直哉は、内心でカウントした。
(これで六枚目)
現在のHP。
『3,010 / 4,930』
まだ六割以上残っている。
直哉は、少しだけ安堵した。
(思ってたより、全然余裕があるな)
レイジは、Lv20で4,930という高いHPを持っている。
一発目で即座にHPを削り切られるような攻撃でない限り、《既判適応》との噛み合わせは非常にいい。
直哉は、剣を構え直した。
「もう、主要な神術はかなり見せてもらった」
ここからは、攻勢に出る。
レイジが、法剣を両手で構えた。
剣身に、青白い光が激しく収束していく。
「《強制執行》」
レイジが、爆発的な踏み込みで蛇神の懐へと飛び込んだ。
巨大な胴体に向かって、全力の斬撃を振り抜く。
『ズガァァァァンッ!!!』
蛇神の分厚い鱗が完全に叩き割られ、肉に巨大な傷が走る。
その衝撃で、二十メートル級の蛇神の身体が、ドスーンと重い音を立てて地面へと叩きつけられた。
直哉は、確信した。
(よし。そろそろ行けるか?)
だが、ここで蛇神が初めて、明確にレイジから距離を取ろうとする動きを見せた。
建物の跡地から、工業地帯の奥の方向へと、身体を反転させて這いずっていく。
直哉は舌打ちをした。
(逃がすかよ。後ろは普通の一般地域だぞ)
もし逃げられれば、被害の範囲が拡大する。
それだけは防がなければならない。
レイジが、即座に剣を振るった。
《瞬断》。
蛇神の進行方向の道路に向かって。
『ザンッ!!!』
巨大な青白い剣閃が走り、アスファルトの地面に深く長い斬撃痕を刻み込んだ。
完全な牽制だ。
蛇神が、反射的に進路を止めて振り返る。
直哉の内心は、(逃げるな。まだ終わってないぞ)と闘志に燃えていた。
だが、外見のレイジは無言のまま、静かに剣を構えているだけだ。非常に執行官らしかった。
蛇神の咆哮が、先ほどまでよりもさらに荒くなる。
神術を次々と放っても、この人間には二度目から通らない。
距離を取ろうとしても、斬撃で進路を塞がれる。
そして。
蛇神は、その巨大な身体を高く持ち上げた。
長大な尾が大きくしなり。
次の瞬間。
巨大な尻尾が、空を裂いてレイジへと迫った。
二十メートル級の巨体とは思えない、圧倒的な速度。
『バァァァンッ!!』
レイジが剣で受けようとするよりも早く。
巨大な尻尾が、レイジの身体にグルグルと巻き付いた。
完全な捕縛。
レイジの胸、腕、腰が、巨大な蛇の胴体によってギリギリと締め上げられる。
後方の指揮所から、「白峰さん!」という悲鳴のような声が飛ぶ。
これは、これまでの神術とは違う。
巨大な蛇身による、純粋な物理的圧迫。
だが。
それも、レイジにとって『有害な事象』であることに変わりはなかった。
全身を押し潰すような凄まじい圧力が、一度だけまともに成立する。
『HP:3,010 → 2,850』
160ダメージ。
そして。
『《判例》登録:圧迫事象』
蛇神の尾が、さらに締め付けを強める。
だが。
『HP:2,850 / 4,930』
もう減らない。
直哉の内心は。
(あー……なるほど)
痛みを伴う有害な圧力そのものは、もう通っていない。
ただし。
(ダメージなくなっても、捕まってんのは変わらないんだよな)
巨大な蛇身が物理的に消えたわけではない。
レイジの身体は、今も尻尾に巻き付かれたまま動きを制限されている。
蛇神が、黄金の瞳を至近距離まで近づけ、鋭い牙を剥き出しにする。
直哉には、ようやくこの厄介な人間を捕まえたつもりでいるように見えた。
だが、直哉の判断は違った。
(そろそろ、いいか)
主要な攻撃は、もう十分すぎるほど見た。
これ以上わざわざ未知の攻撃を待ち、HPを支払う必要はもうない。
レイジの右腕は、完全には封じられていない。
法剣は、まだしっかりと手の中にある。
レイジの右手が、ほんの僅かに動いた。
青白い閃光。
《瞬断》。
『ズバァァァァァァンッ!!!』
レイジを締め上げていた巨大な蛇の尻尾の先端部分が。
一瞬にして、両断された。
蛇神が、天を仰いで絶叫した。
『ギャァァァァァァァァァ!!!』
本日初めて聞く、明確な苦痛の叫びだった。
大量の赤い液体が噴き出し、切断された巨大な尾がドスーンと道路へ落ちる。
レイジは、拘束から解放され、フワリと地面に着地した。
片膝もつかない。
軽く剣を振り、付着した液体を払う。
直哉は、内心で感心していた。
(……やっぱ、こいつ自身の剣の腕も、普通にバケモノみたいに強いんだよな)
適応能力だけではない。
レイジ本人が、純粋な近接戦闘でも非常に強い。
蛇神の姿は、すでに満身創痍だった。
鱗は大量に剥離し、胴体には複数の深い斬撃。
尻尾を切断され、遠距離から放つ多彩な神術も、レイジへ二度目の有害な影響を与えられない。
蛇神が、再び大きく身体を持ち上げた。
その周囲で。
毒霧。
雷。
炎。
高圧水流。
濃霧。
神威。
これまで使ってきた現象が、ほとんど同時に膨れ上がっていく。
直哉は、その光景を見て目を細めた。
(……全部まとめて来る気か)
その全てを、自身の周囲一帯に一気に展開し、デタラメな破壊の嵐を巻き起こした。
後方の職員たちが絶望的な声を上げる。
「複数現象、同時発生!」
「あんなの、近づけません! 白峰さん!」
だが。
直哉の視界には、七つの《判例》が並んでいる。
『毒性事象』
『電気事象』
『高熱事象』
『高圧水流事象』
『知覚撹乱事象』
『強制服従事象』
『圧迫事象』
そして、蛇神が今まとめて叩きつけてきている六つの神術は。
全て、すでに一度受け終わっている。
レイジは、その神罰の嵐の中へと、躊躇なく足を踏み入れた。
猛毒の霧の中。
青白い雷が落ち。
灼熱の炎が吹き荒れ。
水流が渦を巻き。
知覚を惑わせる霧が覆い。
絶対の神威が空間を圧する。
その全てを、レイジは全身に浴びた。
だが。
HPのゲージは。
『2,850 / 4,930』
全く、一ミリも、減らなかった。
直哉の内心が、少しだけ憐れむように呟いた。
(残念)
(それ、全部もう対策終わってるんだわ)
一歩。
また一歩。
あらゆる神罰が吹き荒れる破壊の嵐の中で。
白峰レイジただ一人だけが、全く足を止めることなく、涼しい顔をして歩いていく。
それは、見ている者にとって、あまりにも異常で、そして圧倒的な光景だった。
蛇神の黄金の瞳孔が、ギュッと細く収縮した。
巨大な身体が。
初めて明確に、レイジから距離を取るように後退する。
直哉は、その様子を見て思った。
(……怖がってる?)
十メートル。
五メートル。
レイジが、蛇神の目前まで距離を詰めた。
青白い法剣を、静かに下段へと構える。
レイジが、蛇神の黄金の瞳を見上げた。
その声は、どこまでも静かで、冷徹だった。
「……そろそろ」
最後の一歩を踏み込む。
「終わりです」
直哉の視界の左下。
黄金色のゲージが、完全に満タンになっていた。
『EX:100%』
初実戦。
ここで初めて、レイジの最大火力のEXスキルを本格使用する。
レイジが、その名を冷ややかに宣言した。
「《終審・蒼天十二断》」
一撃目。
青白い剣閃が、蛇神の巨大な胸部を斜めに切り裂く。
二撃目。
逆袈裟。
分厚い鱗ごと、肉を深く切断する。
三、四、五。
剣の速度が、目にも止まらぬ速さへと跳ね上がる。
青白い光の軌跡が、巨大な蛇の身体に次々と法則的な斬撃を刻み込んでいく。
ただの連続攻撃ではない。
一撃ごとに、蛇神が逃げようとする四方、上下、前後の空間を塞ぐように配置された、冷徹な執行の剣。
相手が巨大だからこそ。
その全ての斬撃が、一発の漏れもなく直撃していく。
十一撃目。
蛇神の頭部。
黄金の瞳のすぐ横を深く切り裂く。
蛇神が、大きく頭を逸らして怯む。
そして。
十二撃目。
レイジは、蛇神の正面へと高く跳躍し。
両手で構えた法剣を、渾身の力で振り抜いた。
巨大な、青白い蒼天の斬光。
それが、蛇神の頭部から胴体にかけて、一気に真っ直ぐに走り抜けた。
一瞬。
時間が止まったように、何も起きなかった。
だが、次の瞬間。
蛇神の身体に刻み込まれた十二本の青白い斬線が、同時に強烈に発光した。
『ドォォォォォォォォォォンッ!!!』
蛇神の巨大な身体が、内部から弾けるように大きく崩れた。
巨体が、その形を保てなくなっていく。
鱗が。
身体が。
周囲に漂っていた霧が。
端から光の粒子へと変わり、次々と虚空へ消散していった。
直哉は、剣を構えたまま、その様子を最後まで見届ける。
(……倒した、よな?)
神格そのものを完全に殺したのか。
本体へどこまで影響があったのか。
そんなことは直哉には分からない。
だが。
少なくとも、今この場所へ顕現していた《蛇神》の降臨体は、跡形もなく消えていた。
強風が吹き荒れ、土煙が舞う。
砕け散ったアジトの瓦礫の中央。
そこには、青白い法剣を手にした白峰レイジが、ただ一人、静かに立っていた。
蛇神の降臨体が完全に消えてから、少しして。
直哉の視界の左側に並んでいた《既判適応》の七つの判例一覧が、フッと消え去った。
直哉は、それを見て小さく納得する。
(……これで『戦闘終了』扱いか)
今回、どこを境界としてシステムがそう判断したのかまでは分からない。
レイジの最終的なHP。
『2,850 / 4,930』
半分以上残っているとはいえ、かなり削られてはいる。
戦闘中に受けた痛みの余韻も、身体の感覚としてまだ残っていた。
だが、失われたのはあくまでレイジのキャラクターHPとして処理されたダメージだ。
直哉の内心は、
(あれだけ初見のヤバい攻撃を食らいまくって、まだこれだけ残ってんのか……。ほんとバケモノだな)
と感心していた。
後方の臨時指揮所は。
警察も、八咫烏も。
誰も、すぐには声を出すことができなかった。
あまりにも一方的すぎる、後半戦の光景だったからだ。
やがて、一人の職員が震える声で呟いた。
「……倒した?」
別の担当者が、モニターを見て叫んだ。
「神格反応、急速に低下しています!」
「降臨体の消失を確認!」
その報告を聞いて、現場の空気が一気に解けた。
安堵の息が漏れ、歓声が上がる。
救急班や警察の実働部隊も、すぐに再び動き始めた。
同時に、崩落した地下区画に残された被疑者たちについて、生存確認と確保の作業も再開される。
本来の強制捜査は、まだ終わっていないのだ。
八咫烏の現場担当者の男性が、瓦礫を避けながら小走りでレイジの元へと駆け寄ってきた。
彼は、蛇神が消えた跡地と、周囲の破壊された道路、そして何事もなかったかのように立っているレイジの姿を交互に見て、呆然としていた。
「……すごいですね」
レイジが、静かに振り返った。
「?」
担当者は、少しだけ興奮したような、だが真剣な声で言った。
「失礼ですが」
「正直、今のあの圧倒的な戦闘を見せられた後なら……白峰さんが『Tier1』だと言われても、私は全く驚かないと思います」
それは、八咫烏の正式な判定などではない。
現場を見た一人の人間の、純粋な個人的感想だった。
レイジ本人の登録Tierは、2のままだ。
直哉の内心は、
(いやいや、Tier1はもっと理不尽でヤバい奴らだろ)
と、霧島から聞いた魂の定数の話を思い出して、真に受けてはいなかった。
だが。
レイジの口からは、自動的にキャラクターのフィルターを通した、完璧な返答が出力された。
レイジは、ほんの少しだけ、口元を柔らかく緩めて微笑んだ。
「当然のことをしたまでです」
担当者は、完全に言葉を失っていた。
神格存在の降臨体を一人で倒した直後に、それを当然と言い切る男をどう受け止めればいいのか分からない、とでも言いたげな顔だった。
白峰レイジ。
冷静。厳格。
そして、法剣をカチンと音を立てて鞘へと収める。
その外面は、どこまでも完璧な執行官だった。
だが。
その瞬間。
直哉の内面。
視界の右上に、《因果集結クロニクル》からの小さな通知がポップアップした。
『因果変動を確認しました』
『報酬:因果晶 × 1,600』
直哉は、完全に動きを止めた。
「…………」
現在。
『因果晶:1,600』
十連分。
ぴったりだ。
外見のレイジは、ほんの少しだけ口角を上げて微笑んでいるだけだ。
担当者の目には、『神格の降臨体を倒しても決して傲ることのない、超然としたTier2能力者』にしか見えていないだろう。
だが、中身の三十四歳は。
(来たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!)
(十連分!!!)
(石!! ガチャ石!!)
(やったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!)
狂喜乱舞していた。
一瞬。
今朝、霧島からの電話を受けた時に「ガチャ石が出そうな仕事だな」と考えていた自分の思考を思い出した。
(いや、マジで神様と命懸けで殺し合う仕事だったぞ!?)
(十連分の石は死ぬほど嬉しいけど、これ、毎日やりたい仕事じゃ絶対ねえわ!!)
直哉の社会人としての理性は、まだかろうじて残っていた。
それでも。
嬉しいものは、嬉しい。
直哉の視界には、あの限定バナーの九条紫苑の姿が浮かんでいる。
天井まで、あと30連。
現在の手持ちの石、1,600。
つまり。
今すぐ、十連ガチャを回すことができる。
もし回せば、天井までの残りは20連になる。
直哉の指が、ピクッと動いた。
(帰ったら、絶対に回す)
当然だ。
ここはまだ、神格が降臨してアジトが崩壊したばかりの強制捜査の現場のド真ん中だ。
ここでガチャ画面を開いてテンションを上げているような能力者は、人として何かが終わっている。
担当者が、深く頭を下げた。
「白峰さん。本日は本当に、ありがとうございました」
レイジは、軽く振り返り、もう一度静かに微笑んだ。
「当然の職務を遂行したまでです」
堂々とした長身の背中。
腰に差した青白い法剣。
崩壊したアジト。
神格の降臨体を単騎で討ち果たした、圧倒的な執行官。
そして。
その頭の中。
(十連!)
(十連回せる!!)
(紫苑、待ってろよぉぉぉぉぉ!!)
直哉の足取りは、これから引くガチャへの期待で、どこまでも軽く弾んでいた。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!