キャプテン翼if武蔵の10番〜三杉淳の意志を継ぐ者〜 作:ロンゲスト・ロード
関東大会が終了した翌日。武蔵中学校の周辺は、早朝から尋常ではない異様な熱気に包まれていた。
「武蔵、全国決定!」「亡き天才・三杉淳の悲願を継ぐ者たち」――。スポーツ紙や夕刊紙が書き立てたドラマチックな見出しは、サッカーファンのみならず、野次馬やゴシップ好きな一般層の関心まで一気に引き寄せた。月曜日のグラウンドを大勢のギャラリーが囲み、学校周辺にはカメラを抱えたマスコミの姿がちらつき始めていた。
そんな喧騒のなか、武蔵中学サッカー部顧問の部屋で、兵藤は受話器を耳に押し当てていた。
「……ええ……そちらも似たような状況なんですね。共同合宿の件はよく分かりました。ですが、いまのこの状況を何とかしないことには、合宿どころか練習の目途すら立ちません。落ち着いたら、こちらからまた連絡させていただきます。……失礼します」
兵藤が重い息を吐きながら受話器を置く間もなく、再びベルが激しく鳴り響いた。
「はい、武蔵中学……あ、三杉さんのご自宅ですか……! はい、ええ……。……そんなことが……。大変なお騒がせをしてしまい、本当に申し訳ありません。……お気遣い、ありがとうございます」
兵藤が頭を下げて電話を切ると、隣のデスクで別の電話に対応していた顧問の中田も、青ざめた顔で受話器を置いた。
「……はい、大変申し訳ありませんでした。二度とこのようなことがないよう対処いたしますので……失礼いたします」
受話器を置いた中田は、額の汗を拭いながら兵藤を見た。兵藤の眼光は怒りで鋭く尖っていた。
「浅田ちゃん、中田先生、少し話がある。それから、できたら校長先生たちにも話に参加してほしい」
武蔵中学校・校長室。
重苦しい空気のなか、兵藤はソファの前に座り、校長と教頭を見下ろしながら単刀直入に切り出した。
「結論から先に言います。全国大会に向けて、この学校で調整を続けるのは極めて困難です。静岡県内のどこか静かな場所へ移動し、そこで大会直前までの調整を行いたい」
コーチの浅田も真剣な面持ちで頷く。
「ええ。今日の校門前のギャラリーの数を見ただけでも、とてもじゃないですがここで戦術トレーニングや実戦形式の練習を公開するわけにはいきません」
兵藤は腕を組み、渋い表情で言葉を重ねた。
「……それに、この騒ぎを聞きつけたマスコミが暴走し始めています。今日は三杉淳の命日でした。にもかかわらず、どこぞのテレビクルーが勝手に三杉家に押しかけ、ご両親に対して土足で踏み込むような無神経な取材を行ったそうです。さっきの電話はその件です」
「私が対応した電話もそうです」と中田が苦々しく付け加える。「どうやらその取材班は三杉家のお墓にまで回り込み、一般の参拝客の通行を遮ってカメラを回していたらしく、お寺や霊園の方から強いお叱りを受けました」
「なんてことだ……」教頭が眉をひそめ、頭を抱えた。「学校の外での出来事とはいえ、野放しにはできんな。夏休み中とはいえ一般生徒も登校する。これ以上、一般生徒や近隣住民に迷惑をかけるわけにはいかない。校長先生、やはりサッカー部はどこか別の場所へ隔離したほうが……」
「……そうだな。止むを得まい」
校長は眼鏡の縁を触りながら、思案顔で頷いた。
「サッカー部の対応で他の教職員に電話番や警備をさせるわけにもいかん。別の場所での調整については、前向きに検討しよう」
だが、その「前向きに」という言葉に、兵藤の眉間が深く寄った。
「校長先生! ありがとうございます。ですが全国大会はもう目の前なんです! 前向きなんて言っていたら、あっという間に大会が終わってしまう! 明日、明後日は無理でも、3日後には動けるよう手配していただきたい!」
「兵藤監督、そうは言ってもね……」校長は困惑したように手をかざした。「理事長に報告して、理事会に諮って、予算と施設の手配を……となると、手続き的にどうやったって数日はかかるよ」
兵藤の瞳に、静かな、しかし揺るぎない決意の火が宿った。
「……分かりました。ですが、少しでも早く動いてください。それと、マスコミの取材申請は絶対に許可しないでください! あいつらはようやく、“三杉淳の死”という過去に向き合い、それを乗り越えようとし始めたんです。大人の商業主義や数字稼ぎのために潰されるわけにはいきません!」
一気に言い切った兵藤に、浅田が優しく問いかけた。
「監督、さっきの瀧本先生からの電話は何だったんですか?」
「ああ。江ノ島中学も似たような状況らしい。荒れた学校からサッカーを通して不良たちが更生していく……マスコミからすれば、格好の『感動ドラマ』のネタだからな。向こうにも遠慮を知らないマスコミが押し寄せていて、対応に苦慮しているそうだ」
兵藤は溜息を吐いた。
「江ノ島は他の部活も全国行きを決めている。サッカー部のゴタゴタに学校全体が巻き込まれ、一部の教職員から不満の声が出ていて瀧本先生も相当肩身が狭いらしい。それで、うちと合同合宿を張れないかという相談だった。うちも似たような惨状だと伝えたんだがね」
「なるほど……。もし江ノ島と合同合宿が実現すれば、お互いにこれ以上ないスパーリングパートナーになりますね」
「そういうことだ。校長先生、後処理はよろしくお願いしますよ」
そう言って立ち上がった兵藤に、浅田が問いかけた。
「監督、どちらへ?」
「片桐に相談だ。それと……久しぶりに実家へ帰ってくる」
「実家……?」
浅田が不思議そうに首をかしげるのを後に、兵藤は校長室を後にした。
数時間後。都内の静かな喫茶店。
日本サッカー協会のオフィスから駆けつけた片桐宗正は、兵藤から渡された報告書とメモに目を通し、険しい顔でコーヒーカップを置いた。
「……なるほど、事情はよく分かった。確かに武蔵の『三杉淳の悲劇』と、江ノ島の『不良たちの更生』というバックボーンは、いまの過熱するメディアにとって絶好の獲物だ。日本サッカー協会として、育成年代への過剰な取材自粛を求める要請文を出せばいいんだな?」
「そうだ。できそうか?」
「それ自体は問題ない。過度な報道が選手に与える悪影響は俺も危惧していた。周りにもてはやされて自分を見失いやすい年頃だしな。これから世界へ羽ばたこうとしている世代を、マスコミの都合で潰させるわけにはいかない」
片桐は力強く頷いたが、兵藤は首を横に振った。
「頼む。……だが、商売の匂いを嗅ぎつけたマスコミの執念深さが、協会からのペラ紙一枚の注意書きで大人しくなるとは思えん。片桐、すまんが……お前の実家の力を利用させてほしい」
片桐の表情がピキリと固まった。
「実家……? 片桐コンツェルンの力を使って圧力をかけるというのか? ……親父に頭を下げろと?」
「頼む、片桐。あいつらを過酷な大人のエゴから守るには、もうこの手しかないんだ。俺もこのあと、その足で実家に帰るつもりだ」
片桐は言葉を失い、兵藤の硬質な眼差しを見つめ返した。お互いに、自分を縛り付けていた「巨大な実家」という存在に反発し、己の力だけでスポーツの世界を生きてきた男たちだ。その背景を自ら使いに行くことが、どれほどの苦渋の決断か、片桐には痛いほど理解できた。
「……兵藤、分かったよ」
片桐は深く息を吐き出し、力強い笑みを浮かべた。
「片桐コンツェルンと兵藤グループが手を組み、キー局の最大手スポンサーとして『番組提供枠の撤退』をチラつかせれば……マスコミの醜い雑音は一瞬で鎮火する」
「フッ……お互い嫌っていた実家の力が、こんな形で役に立つとはな」
「……良識ある大人の義務さ。まったく、皮肉なもんだ」
二人は静かに立ち上がり、固い握手を交わした。
その夜、片桐宗正は片桐コンツェルンの総帥である実父と、兵藤は兵藤グループを率いる実父と、それぞれ長年の沈黙を破って対峙していた。
あいつらのフットボールを守るためなら、悪魔にでも頭をかける――。
大人たちの静かな政治と経済の歯車が、暗闇の中で動き始めていた。
3日後、早朝。武蔵中学校・正門前。
朝靄が立ち込める校門前に、大型の観光バスが一台、静かにエンジン音を響かせて停車していた。そこへ、スポーツバッグを抱えた部員たちが集まってくる。
「ふぁ~あ、3日も休みがあって、ずいぶん身体が休まったぜ」
真田が欠伸噛み混じりに背伸びをした。
「バカ、休みすぎて逆に身体が鈍っちまうよ」
一ノ瀬がボールを足元で転がしながら苦笑する。
そこへ、兵藤と浅田、そしていつもと違う大型の荷物を抱えたキャプテンの大空翼が姿を見せた。
「よし、みんな揃っているな」兵藤が部員たちを見渡す。「学校で全国大会に向けた最終調整を行う予定だったが、事情が変わった。今から静岡に向かう! そこに用意した合宿所を拠点に、全国大会を戦うことになる」
井川が驚いたように目を丸くした。
「なるほど、早めに現地入りして気候に身体を慣らすってことですね」
「なあ翼! それより早くサッカーやろうぜ! ウズウズしてんだ!」
ナトゥレーザがボールを弾ませながらニコリと笑う。
「よし! みんな、全国大会の開催地・静岡に向けて出発だ!」
「オーッ!」
翼の弾んだ声に全員が応え、胸を躍らせながらバスのステップを駆け上がっていく。
外の狂騒も、大人たちが裏で繰り広げた壮絶な防衛戦のことも、子どもたちは何一つ知らない。ただ純粋に、目の前のフットボールと全国制覇の夢だけを胸に抱いて。
バスは朝日が差し込む富士の山麓を目指し、ゆっくりと発進した――。
片桐が片桐コンツェルンの御曹司であるのは原作設定です。兵藤の兵藤グループの御曹司設定ですが、兵藤のキャラクター設定の1人(複数のモデルがいます)としてみやたけし先生の原作の“風のフィールド”という作品のキャラクターとして日本代表監督の兵頭という登場人物の実家が兵藤グループの御曹司という設定であったのでそれを活かした設定にしました。
※次の投稿は18時頃です。