キャプテン翼if武蔵の10番〜三杉淳の意志を継ぐ者〜 作:ロンゲスト・ロード
東邦学園スカウト部のフロアで、スカウト部長の大沢正美は自席に深く腰掛け、一人思案を巡らせていた。
いかにして明和FCの日向小次郎にアプローチするのが、最も適切で確実なスカウティングとなるのか。
(……前任の松本の報告書を見る限り、スカウティングは日向本人のみ。明和FC監督の吉良耕三や、日向の母親への直接の接触はしていない、か……)
大沢は手元の資料に視線を落とし、日向小次郎の個人的な背景を読み込んでいく。
(なるほど……父親が亡くなり、幼い弟や妹を抱え、経済的にはかなり苦しい。……母親も東邦系列の学校に事務職としてねじ込む等の手配は可能だが、それは本当の意味で生活が立ち行かなくなった時の最終手段でいい。ここで生活支援をちらつかせ、足元を見るような交渉をするのは絶対に悪手だ)
大沢は腕を組み、しばらくの間考え込んだ。元日本代表DFとして培った鋭い読みと洞察力が、頭の中でひとつの完璧な勝利の方程式(ロジック)を構築していく。
「……よし、これでいくか」
決断した大沢の口元に、うっすらと笑みが浮かんだ。
◇
翌日。明和FCが普段練習に使用しているグラウンドに、大沢の姿があった。
その手には、とびきり上等な銘酒の木箱が抱えられている。
練習場に一人佇んでいた吉良耕三監督の元へ歩み寄ると、大沢は胸ポケットから名刺を取り出し、恭しく差し出した。
吉良は受け取った名刺を一瞥し、鼻で笑った。
「ふん、東邦のスカウトが何の用だ?」
「日向小次郎君を、ぜひ特待生として我が校にお迎えしたいと考えております」
「小次郎は今、練習には来てねえぞ。大会が終わって引退したからな。今は家計を助けるためにアルバイト三昧の生活だ。……それに、あんたらんとこには、既に断りの連絡を入れたと小次郎本人も言っとったぞ」
冷淡に吐き捨てる吉良に対し、大沢は深々と頭を下げた。
「はっ……それは前任のスカウトが大変非礼な振る舞いをしたと聞いております。そもそも、スカウトという大事な話を指導者である吉良さんにも通さず勝手に進めてしまったこと、重ね重ねの非礼……返す言葉もございません。これはほんのお詫びの標(しるし)でございます」
大沢は抱えていた上等な酒を吉良に差し出した。
吉良は眼光を鋭くしたが、酒の銘柄を見るとフンと鼻を鳴らした。
「ふん、物で釣ろうとしたってそうはいかねえぞ。……だが、あんたは前の奴と違って、多少なりとも礼儀というものが分かっているようだ」
「お口に合えば幸いです。……我々が日向君にした仕打ちは、いくら謝罪しても許されるものではございません。ですが……それでも、東邦学園は日向君という選手が欲しいのです」
「ほう……小次郎のどこにそこまでの魅力を感じる?」
大沢は吉良の目を真っ直ぐに見つめ返し、力強く答えた。
「強烈なシュート力も魅力ですが、何よりどんな場面でも泥臭くゴールを狙い続ける『圧倒的な闘争心』です。ストライカーの真の資質とは、まさにそれだ。日向君こそが我が東邦学園をさらなる高みへと引き上げる唯一無二の逸材と考えております。だから吉良監督……日向君がふらりとここを訪れた際、もう一度だけ我が東邦学園の話に耳を傾けるよう、口添えをしていただくだけで結構なのです」
吉良は大沢から受け取った酒の瓶を眺め、少し口角を上げた。
「あんたのくれた酒、結構いけるじゃねえか。……一言伝えるだけでいいんだな?」
「はい、それだけで十分でございます」
「……明日、引退した連中の卒団式がある。そこにはキャプテンの小次郎も顔を出すはずだ。その時に伝えておいてやる。だが、伝えるのは一度だけだぞ!」
「ありがとうございます。重ねて御礼申し上げます」
◇
翌日の夜。
卒団式を終えた日向小次郎が帰宅すると、狭い玄関に見慣れない大人の大きな靴が並んでいた。
「ただいま……」
怪訝に思いながら居間へ入ると、母親が笑顔で出迎えた。
「あっ、小次郎。東邦学園の方が、お前の帰りをずっと待っていたんだよ」
スーツを着た体格の良い男――大沢が静かに立ち上がった。
「はじめまして、日向君。東邦学園スカウト部長の大沢です」
日向は一瞬で表情を強張らせ、警戒感を露わにした。
「……今日の卒団式で、吉良監督から『話だけは聞くように』と言われたので……話だけなら聞きます」
日向が居間に座ると同時に、大沢は意表を突く行動に出た。
巨体を折り曲げ、畳に深く額をこすりつける――完全なる土下座謝罪であった。
「……っ!?」
「まず、前任者の非礼、そして君に対して過剰なまでの干渉をし、心を乱してしまったことを深くお詫びする。……お母さん、あなたの大事な息子さんに取り返しのつかない傷をつけてしまい、本当に申し訳ありませんでした!」
この大沢の“奇襲”とも言える全力の謝罪に、日向も母親もすっかり毒気を抜かれ、拍子抜けしてしまった。
「そ、そんな……俺はそこまで気にしてませんよ!」
日向が慌てて手を伸ばすと、母親も苦笑いを浮かべて頷いた。
「そうですよ。うちの子は、それくらいで落ち込むようなヤワな子じゃありません。どうか顔を上げてください」
(よし……これで話を聞く体勢(土俵)は作った)
大沢は内心でほくそ笑みながら、ゆっくりと頭を上げた。
「ありがとうございます。……今日伺ったのは他でもありません。日向君、君を我が東邦学園の『特待生』としてお迎えしたい。これは前任の松本の独断ではなく、東邦学園サッカー部、そして学校側の総意だ」
大沢は間髪を容れず、持参していた東邦学園のパンフレットを母親の手元へと滑らせた。
「本当に……東邦学園が俺のことを……? ですが俺は、準決勝で自分の感情を抑えることができず退場になり、自滅した身です……」
自信なさげに視線を落とす日向に、大沢は優しく、しかし確信に満ちた声で語りかけた。
「確かに、それは反省すべき点だ。しかし君は既に自分でその欠点に気づき、克服しようと前を向いているじゃないか。人間は誰でも失敗する。大事なのは、その失敗という経験を次に生かせるかどうかだ」
「……っ」
「ただ勝ち続けることも素晴らしいが、一度も負けたことがない勝利者に、私は魅力を感じない。人は負けたことがあるからこそ、本当の意味で強く、優しくなれるんだ。……その強くなった姿を、我が東邦学園で『ゴール』という結果で証明してほしい。……お母さん、ぜひ、息子さんを東邦学園でお預かりさせてください」
「大沢さん……」
大沢の誠実で熱のこもった言葉に、日向の胸の奥で燻っていた火が再び燃え上がる。
母親は傍らのパンフレットと息子の顔を交互に見つめ、優しく微笑んだ。
「小次郎……お母さんはね、お前が家計を支えるために一生懸命アルバイトをしてくれていることに、ずっと感謝しているよ。でもね、お前はまだ十二歳の小学生なんだ。家族のために自分の夢を諦めることなんてないんだよ。東邦学園で、お前の大好きなサッカーを思う存分やっておいで」
「母さん……!」
日向は深く息を吐き出すと、拳を固く握り締め、意を決して大沢と向き合った。
「大沢さん。色々と言い違いや行き違いはありましたが……今はそんなこと、どうでもいい! あなたの言葉を信じて、俺は東邦学園でお世話になります!」
大沢の顔に、勝利を確信した笑みが広がった。
「ありがとう、日向君! 君が来てくれれば、東邦学園はもっと強くなる! ……お母さん、ご自慢の息子さんを責任を持ってお預かりいたします!」
「よろしくお願いします!」
大沢と日向は、固く熱い握手を交わした。
こうして、明和の猛虎・日向小次郎の東邦学園入学が正式に決定したのだった。
◇
東邦学園スカウト部長・大沢正美。
かつて日本代表のDFとして、鋭い状況判断と的確なポジショニングで相手攻撃陣を封じ込めてきた男。
日向邸からの帰り道。
大沢は夜の静けさの中、タバコに火をつけ、紫煙を夜空へと燻らせた。
「……ふう。日向はこれでOK。……あとは『岬』か」
策士の目は、既に次なるターゲットへと向けられていた――。
いかがでしたか?大沢スカウト部長、強豪東邦学園を束ねるスカウト部長としての凄腕スカウトの実力を見せてくれました。次のターゲットは岬、田中スカウトはどのようにして攻略するのでしょうか?