キャプテン翼if武蔵の10番〜三杉淳の意志を継ぐ者〜 作:ロンゲスト・ロード
後半戦、ピッチに散ろうとする東邦イレブンのなかで、主将の松山はふと足を止め、前方を歩く若島津健を呼び止めた。
「若島津!」
振り返った若島津の黒い瞳に、松山の真剣な眼差しが映る。
「お前の飛び出しの初速は新田がスピードに乗る時の初速より速い! そしてフィールドプレイヤーとの駆け引きも空手を極めたお前なら勝てると思っている! だから自信を持て!」
その言葉に、若島津はわずかに息を呑み、力強く頷き返した。
「…松山…」
南葛のキックオフで後半が幕を開けた瞬間、東邦のエース・日向小次郎が猛然とボールホルダーの滝へと襲いかかる。突進してくる圧倒的なプレッシャーに滝は気圧され、来生へパスを送ろうと足を振るが、そのコースを東邦の反町が鋭く読み切って遮断した。
「滝、後ろに戻せ!」
井沢の必死の叫び声に反応し、滝が自陣へとバックパスを送る。しかし、そのボールが転がり出た瞬間、滝を置き去りにして加速した新田瞬がピッチを切り裂き、鮮やかにボールにタッチした。
すかさず南葛の浦辺が距離を詰めてケアに入るが、新田は深追いせずに横の岬へとボールを預ける。岬は右サイドへと開いた沢田へと正確なパスを送った。
「タケシ!」
パスを受けた沢田タケシが鋭いドリブルで南葛の左サイドバック・西尾をかわし、そのままゴール前へとクロスを放り込む。
「日向さん!」
高杉と中山の二人がマークに張り付く中、日向は空中戦で競り勝ち、強烈なヘディングシュートを放った。しかし、ボールはわずかにゴールバーの上へと外れていく。
森崎のゴールキックで試合がリスタート。
高く蹴り上げられたボールの下へ、南葛の井沢が素早く反応して競り勝った。
その一連の攻防をベンチから見つめていた東邦の北詰監督は、傍らの山本コーチへと静かに指示を飛ばす。
「山本コーチ、高島をいつでもいけるように頼む!」
「はっ!」
指示の意図を察した大沢が、隣で小さく呟く。
「松山を一列前に上げるんだな?」
「そうです。セカンドボールを拾えたらうちのチャンスが広がる!」
北詰の目は、すでに次の一手を見据えていた。
井沢が競り勝ったボールは南葛のミハエルの足元へと渡る。ミハエルは得意のドリブル突破を図ろうと加速するが、東邦は瞬時にポジションをチェンジし、左サイドから新田が、右サイドからは沢田が回り込んで包囲網を築く。新田がミハエルの真横にピタリとつき、低く身を構えた。
「スピードにはスピードだ!」
新田のマークに阻まれ、ミハエルはいつものキレを発揮しきれない。
「なかなかやりますねー」
ミハエルが足を止めたその背後から、沢田が忍び寄るように足を出してボールを奪い取る。沢田はすかさず岬にボールを託し、岬が優美なタッチのドリブルで南葛陣内を切り裂いていく。
日向へのスルーパスと見せかけ、岬が放ったシュートはゴールを襲うが、森崎が懸命に手を伸ばし、パンチングではじき返した。
こぼれ球に反応したのは、やはりあのスピードスターだった。新田がすかさず押し込もうと足を振るが、そのコースへ驚異的な戻りを見せたミハエルが滑り込み、身を挺してブロックする。
「やらせませんよー」
こぼれ球の混戦から、南葛の岸田が大きくクリアしてどうにかピンチを逃れた。
この局面で、東邦ベンチが動く。小池に代えて高島をピッチへと送り出したのだ。高島がセンターバックに入り、主将の松山が中盤のボランチへと一列ポジションを押し上げる。
直後、東邦のスローインから、ボランチに入った松山の足元へボールが収まった。松山はそのまま強引なドリブルで突破を図る。南葛の浦辺と石崎の二人がかりのプレスが襲いかかるが、松山は重心を落としてボールを渡さない。すかさずヘルプに入った沢田との鮮やかなワンツーで浦辺と石崎を置き去りにすると、松山は迷うことなく右足を振り抜いた。
放たれたイーグルショットが、鋭いグラウンダーの軌道を描いて南葛ゴールを襲う。高杉が身を挺してブロックに入り、シュートの威力を殺したおかげで、森崎が何とかパンチングで外へと弾き出した。
だが、弾かれたボールの落下点には、すでに背番号9が待ち構えていた。
「くらえ! タイガーショット!」
日向が身体を捻り、荒々しいまでのフォームでタイガーショットを叩きつける。放たれた砲弾のようなシュートは中山と岸田の壁を撃ち抜くが、その勢いは止まらない。さらにカバーに戻っていた井沢が身体ごとブロックし、こぼれ球を高杉が必死の大クリアでピッチの外へと掻き出した。
後半の立ち上がりは完全に東邦の猛攻であり、南葛が必死に耐え凌ぐ構図で試合が続いていた。
その激闘が繰り広げるピッチ脇を、大勢の観客を縫うようにして一団が通りかかり、スタンドへと上がってきた。
「おいおいマジか! 東邦が2点リードされているぜ!」
声を張り上げたのは、江ノ島中キャプテン・江口大翔だった。
観客席で見守っていた翼が、その声に気づいて振り返る。
「江口君!」
一ノ瀬も目を丸くして立ち上がる。
「お前ら、どうしてここに?」
「おいおいそりゃないぜ! 決まってるだろ! 明日の俺たちの相手の偵察だよ!」
「ということは準々決勝勝ちあがったんだね?」
「ああ、城星のパスワークと古川と風見のコンビプレイには手こずったが、振り切ったぜ!」
「そうなんだね、よかったら一緒に観ない?」
「へっ、ありがたいぜ!」
江口が翼の隣の席に腰を下ろそうとした瞬間、その体を押し退けるようにして、一人の影が素早く滑り込んだ。妹の江口翔子だった。
「こらっ翔子、そこは俺の場所だぞ!」
「うるせえな! まだ席が空いてるだろ!」
だが、翔子は隣に座るのが大空翼だと気づくやいなや、急に態度を和らげて上品に微笑んだ。
「お兄さん、明日の私たちの相手をじっくり観察するにはそこがいいと思うわ!」
一方、スタンドの別の列では、1年生の加藤と山村が周囲を見回し、自分たちのお目当ての人物がいないことに気づいてざわついていた。
「あれ? 陽子さんは?」
隣に座っていた青葉弥日が、静かに首を横に振る。
「私たち武蔵は、このまま残って観戦するグループと明日の対戦相手候補の試合を見に行くグループと2つに分かれたの! 陽子ちゃんは別のグループにいってるわ!」
「…そんなあ、俺もあっちの会場に残ればよかった…」
頭を抱えて肩を落とす加藤に、副主将の赤城が低く鋭い声を飛ばした。
「ええい、黙らんか! それより今はこの試合をしっかり見るんだ!」
赤城に怒鳴られ、山村と加藤はビクリと身体を震わせながらも、渋々ピッチへと視線を戻した。
スタンドの喧騒と対照的に、ピッチ上の力学は確実に変わりつつあった。
松山をボランチへと一列上げたことで、東邦が中盤のセカンドボールを完全に支配し始める。南葛陣内での時間が圧倒的に増え、南葛は前線に残された来生とミハエルを除き、イレブン全員が自陣深くまで引いて守備固めを余儀なくされていた。
再び東邦の攻撃。沢田が右サイドの深い位置からふわりとしたクロスをゴール前へ送る。
日向には高杉と中山のダブルチームが肉薄し、新田の裏への飛び出しには浦辺と岸田が警戒の目を光らせる。岬には井沢と石崎が二人がかりのタイトなマークがつく。
しかし、日向はその強靭な足腰で高杉と中山のダブルマークをものともせず、力任せの突破ではなく、あえて強引にシュートを打つと見せかけてのポストプレイを選択した。
その予測の裏を突かれた瞬間、南葛ディフェンス陣の統率された陣形にわずかな綻びが生じる。
日向が足裏でふわりと後ろへ落としたボールの先に、猛然と走り込んだのは、もう一人のFW・反町だった。
反町の身体が放物線を描き、ダイビングヘッドがボールを捉える。強烈な一撃がゴールネットを揺らした。
後半15分、東邦がついに1点を返す。スコアは 2-1。
スタンドで戦況を見つめていた兵藤が、感嘆の息を漏らす。
「再三、再四、自らシュートを放っておいてポストプレイはないと思わせておいてのポストプレイ、これは止められないな!」
そして、鋭い眼光をピッチに向ける。
「都大会決勝で見せた時は、ストライカーとしての自信を失いかけて迷いの中でのプレイだが、今回は違うぞ!」
翼もまた、日向の動きから目を離さずに呟いた。
「最初から狙っていたということですね…日向君もまた成長している…!」
その傍らで、火野が拳を握りしめて呟く。
「…日向のやつめ…」
北詰監督の的確な選手交代と戦術的布陣の変更が完璧に噛み合い、試合の流れを完全に引き戻した東邦学園。
王者の反撃はここから始まるのか。このまま同点、そして逆転へと突き進むのか──!
息もつかせぬ激闘は、さらに熱を帯びていく。
明日も3話予約投稿します。
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