キャプテン翼if武蔵の10番〜三杉淳の意志を継ぐ者〜 作:ロンゲスト・ロード
本編の幕間として入れました。
全国小学生サッカー大会。
ここはサッカー少年たちが己の腕を磨き、未来を切り拓く夢の舞台である。
そして同時に――彼らのような“金の卵”を品定めし、自校の栄光のために引きずり込もうとする大人たちにとっても、血で血を洗う戦場であった。
東邦学園スカウト部・関東および東海エリア担当の田中は、冷や汗を拭いながら観客席の特等席に座っていた。
バディを組むのは、上昇志向の塊のような女性スカウト・松本香。
ふたりが狙う「金の卵」は二名。
明和FCの絶対的パワーフォワード・日向小次郎。
そして、南葛SCのサッカーの申し子・大空翼。
この二大巨頭を同時に獲得し、東邦学園に絶対的王朝を築く――それこそがスカウト部に課された至高の命題であった。
しかし、田中は前々から松本のやり方に強い危惧を抱いていた。特に、日向に対するあの過剰なまでの煽り文句だ。
(『若林からペナルティエリア外からゴールを奪えばナンバーワンストライカーよ』とか……『家族の生活を考えれば優勝は当然』とか……いくら規格外の才能を持つと言っても、中身はたった12歳の小学生だぞ? ちょっとしたきっかけでメンタルが壊れたらどうするんだ……)
田中のその胸騒ぎは、最悪の形で現実のものとなる。
準決勝 第1試合:明和FC vs ふらの小
ふらの小のキャプテン・松山光は、この一戦にすべてを賭けていた。
徹底的に明和の映像を分析した松山が出した結論はひとつ。
「日向小次郎のワンマンチームであり、そのプレーは極めて荒い。審判の目はすでに厳しくなっている」
松山が授けた「ファウルトラブル誘発戦術」は、見事に結実した。
松本の煽りによって「俺が勝たせなきゃ家族が」と焦りと執着で精神的にガチガチになっていた日向は、松山の巧みな誘い出しにまんまと激高。
前半終了間際、松山への過剰なチャージが「非紳士的かつ極めて危険な判定」とみなされ――
ピピッ―――!!
主審の手から掲げられたのは、容赦のないレッドカードであった。
「な……ッ!? 嘘だろ小次郎―――!?」
核を失い、10人となった明和。チームワークを身上とするふらの小の緻密な連携を崩せるはずもなく、逆に逆転、追加点を許してしまう。
終盤、キーパーグローブを脱ぎ捨ててピッチに突如現れた**「謎のFW(若島津健)」**が意地の1点を叩き込むという執念を見せたものの、反撃もここまで。
試合終了の笛が鳴り響き、明和FCの準決勝敗退が決まった。
「……ハッ! 自分の感情すら抑えてプレーできない子は、東邦のエースストライカーとして失格ね。日向小次郎への特待生の話は、白紙に戻すわ!」
腕を組み、冷たく言い放つ松本。
田中は目を見開き、思わず立ち上がった。
「ま、待ってください松本さん! あんだけ日向を追い回して追い詰めておいて、今さらそれはないでしょう!? 第一、僕らはあの子以外のアタッカーをまともに追ってないんですよ!?」
「落ち着きなさい田中君。まだ大空翼がいるわ! 彼なら、あんな風に自分で自滅するような子じゃないわ」
(いや……そういう問題じゃなくて……ていうか日向をメンタル的に追い詰めたのアンタだろ……)
田中は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。何か重い嫌な予感が胃のあたりを締め付けたが、次の試合へ向けて気持ちを切り替えるしかなかった。
準決勝 第2試合:南葛SC vs 武蔵FC
激しい大雨の中、試合は波乱の展開を迎えていた。
武蔵FCの天才・三杉淳の圧倒的なプレーの前に、大空翼は完全に手も足も出ない状態に陥っていた。
後半途中、あまりの情けない戦いぶりに業を煮やしたゴールキーパー・若林源三の怒号のような激が飛ぶ。
それに応えるように覚醒した翼が同点ゴールを叩き込むが、ここからが三杉淳の真骨頂であった。
病魔に侵された身体を極限まで絞り出し、南葛DF陣を鮮やかな個人技で置き去りにして勝ち越しゴール!
焦る南葛。追いつこうと必死の翼が三杉を引きつけ、絶妙のタイミングで岬へラストパスを出す――誰もが「同点か!」と叫んだその時だった。
ベンチ脇から届いた青葉弥生の必死のコーチング。
その意図を瞬時に察知した三杉が、驚異的な反応でインターセプト!
そのまま自陣ゴール前から怒涛のドリブルを開始した三杉は、雨のピッチを切り裂き、なんと南葛11人全員を抜き去るという伝説の**「ゴール・トゥ・ゴール」**を叩き込んだ。
ゴォォォォール!!
叫び声のような歓声を切り裂いて、直後――三杉はその場に崩れ落ちた。
目の前で起きた凄絶すぎる光景に、反撃の牙を完全に折られた翼。
程なくして、試合終了のホイッスルが虚しく響き渡った。
南葛SC、準決勝敗退。
「…………え?」
観客席で、松本香が口を半開きのまま呆然と立ち尽くしていた。
完璧だったはずのスカウト戦略。日向と翼の二枚看板。東邦黄金時代の到来。そのすべてが、たった一日で、跡形もなく崩れ去ったのだ。
田中は静かにメガネを外し、ハンカチで拭いた。そして、死んだような目で隣の松本を見つめた。
「……松本さん。どうするんすか、これ」
試合が終わる頃には、あれほど激しく降っていた雨もすっかりあがっていた。
澄み渡った空には、七色の美しい虹が大きな弧を描いている。
しかし、田中の心の中には、虹など欠片もかかっていなかった。
東邦学園へ戻った後、スカウト会議で般若のような顔で怒り狂う大沢スカウト部長。
そして、氷のように冷たい眼光で自分たちを睨みつける北詰監督。
ふたりの顔が脳裏に浮かぶたび、田中の胃袋は雑巾のように絞り上げられた。
(日向もダメ、翼もダメ……『ふたりとも逃しました』なんて報告してみろ……首が飛ぶ……いや、どこかの地方へ飛ばされる……!)
ショックのあまりホテルの部屋で置物のように固まり、使い物にならなくなった松本。
田中は胃の痛みに耐えながら、一人ワープロの画面に向かっていた。
極限状態の頭をフル回転させた田中がたどり着いたのは、唯一の希望――**ふらの小の「松山光」**だった。
日向を退場に追い込んだ緻密な戦術眼、弱小チームを決勝の舞台まで引き上げた圧倒的な統率力とメンタル。
(松山だ……! 松山光なら『チームの組織力を劇的に向上させる主将候補』として部長たちにギリギリ言い訳が立つ……!!)
田中は半泣きになりながら、ワープロのキーを猛スピードで叩き、松山のプレースタイル、スタッツ、推薦理由をまとめた「特待生推薦書」を一晩かけて作成し続けた。
小型プリンターがジジジと音を立てて印字を吐き出し、田中の目の下に濃いクマが完成した頃、ようやくいびつな書類が刷り上がった。
「……でもなぁ……」
田中は力なく原稿用紙を手に取り、呟いた。
「北詰監督が求めてるのって『圧倒的な個の破壊力』なんだよな……『和を重んじる司令塔』を推薦したら、結局ブチ切れられるんじゃ……」
晴れ渡る朝の街並みを眺めながら、田中の心の中だけは、激しい雷鳴を伴った大暴風雨が吹き荒れ続けていたのだった。
(おわり)
日向と翼しかスカウト対象として考えておらず、2人が揃って準決勝で敗退してしまい、慌ててプランBを作成する田中の悲哀を描きました。
※この作品は原作が連載していた当時の80年代中頃から後半を舞台に描いています。時代背景もそれに準じています。