キャプテン翼if武蔵の10番〜三杉淳の意志を継ぐ者〜   作:ロンゲスト・ロード

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三杉淳の墓参りの日の帰り道、翼は青葉弥生と再会する。自身のメンタル崩壊の引き金を引く原因となった少女との再会に心が揺れる翼であった。しかし弥生も翼に浴びせた言葉を後悔しつづけていた。その気持ちに触れ、翼のわだかまった心も氷解していくのであった。


第19話 現実

武蔵中への転入初日の朝。大空家の玄関先では、朝からちょっとした騒動が起きていた。

「俺も翼と同じ学校に行くーっ!」

制服に袖を通した翼の横で、ナトゥレーザが腕を組んでジタバタと地足踏みをしている。

「ナトゥレーザ、君はまだ小学生の年齢だから中学には入れないんだよ」

カリオが呆れ顔で宥め、ロベルトも苦笑いしながらナトゥレーザの頭を撫でた。

「学校までの送り届けるのは僕とカリオがやるからさ。ナトゥレーザ、諦めなさい」

「ちぇっ、つまんないの。翼、早く帰ってきてよ! 帰ってきたら速攻でサッカーするんだからな!」

不満そうに頬を膨らませるナトゥレーザに、翼は苦笑いを返した。

「わかったよ。ナトゥレーザもちゃんと小学校に行くんだぞ」

こうして、ナトゥレーザの小学校へはロベルトとカリオが同行し、武蔵中学校へは翼と母の奈津子が向かうこととなった。

校門をくぐり、奈津子が事務手続きのために職員室へ向かうと、翼は案内された2年3組の教室へと足を向けた。

朝のホームルーム。担任の教師に促されて教室に入ると、ざわついていた室内が一瞬で静まり返った。

「今日からみんなの仲間になる、大空翼君だ。ブラジルからの帰国子女だぞ」

黒板に大きく自分の名前を書いた翼が、まっすぐな目で教壇からおじぎをする。

「大空翼です。ブラジルのサンパウロから帰ってきました。よろしくお願いします!」

日焼けした肌、引き締まった体躯、そしてどこか大人びた端正な顔立ち。女子生徒たちの間から「かっこいい……」「ブラジル帰りだって」と小さく歓声が上がった。

そして教室の中ほど、窓際の席には、昨日お彼岸の参道で笑顔を交わした青葉弥生の姿もあった。弥生は優しく微笑み、翼へ小さく頷いて見せた。

休み時間になり、女子生徒や男子生徒が翼の席の周りに集まりかけたその時、人垣を割って一人の男子生徒が歩み寄ってきた。

「南葛の大空翼……だよな?」

翼はその顔を見上げ、記憶の糸を手繰り寄せた。

「君は……確か武蔵の10番だった、本間君?」

「そうさ。俺みたいな奴のことまで覚えていてくれて嬉しいよ」

本間実。かつて三杉の脇を固め、武蔵の組織サッカーを支えていたMFだった。本間は少し乾いた笑みを浮かべると、翼の目を見つめた。

「ブラジルから帰ってきたってことは……ここでもサッカーを?」

「うん、そのつもりだけど……」

翼が答えると、本間はふっと笑みを消し、静かに首を振った。

「翼君……サッカー部に入るのは、お勧めできないな」

「えっ……?」

「今のサッカー部は皆、抜け殻の集まりさ。まあ……そういう俺もだけどね。だから、もし君が本気でサッカーをしたいなら、この辺の部活じゃなくて、クラブチームに入った方が絶対に良い」

本間の声には、怒りや嫉妬ではなく、底知れない冷めきった諦めが漂っていた。そこへ、教室の引き戸がガラリと開き、廊下から強い声が掛かった。

「おい、本間! ちょっと来いよ」

真田だった。かつて三杉の横で前線を張っていたFWの真田が、険しい表情で本間を呼んでいた。

「ごめん翼君、行くよ」

本間は翼に短く告げると、真田の後を追って廊下へと出て行った。

残された翼の元へ、ゆっくりと弥生が歩み寄ってきた。二人は廊下の窓際に移動し、誰もいない校庭を見下ろしながら言葉を交わした。

「……キャプテンがいなくなってから、皆、バラバラになっちゃったの」

弥生は寂しげに視線を落とした。

「戦績も振るわず、今年の新人戦もブロック予選で早々に敗退したわ。本間君が何とかチームをまとめようと必死に頑張っているけれど……指導してくれる監督もいなくなって、もうチームとしての形をなしていないの」

言葉を失う翼。

あの日、全国大会のピッチで自分たちをギリギリまで追い詰めた、あの美しい組織を誇った「武蔵」の影はどこにもなかった。三杉淳という絶対的な司令塔であり精神的支柱を失った反動は、中学生の少年たちが背負うにはあまりにも大きすぎたのだ。

「……情報を教えてくれてありがとう、弥生ちゃん」

翼は深く息を吐き出すと、校庭を見つめる瞳に力強い光を宿らせた。

「でも、俺……決めたんだ。三杉君が命を懸けて愛したここで、サッカーをするんだって」

弥生は驚いたように翼の横顔を見つめ、やがてふっと胸を撫で下ろすように笑った。

「……ふふっ、そうね。どんな逆境でも諦めず、絶対に手を抜かないのが翼君だったよね。私も応援するわ。困ったことがあれば、何でも聞いて」

「ありがとう、弥生ちゃん」

放課後。

夕日が茜色に染め上げるグラウンドに、体操服に着替えた翼が立った。

しかし、広いグラウンドに集まっていた部員の姿は、片手と両足を合わせても足りないほど――11人を完全に切っていた。

ボールを蹴る音も低く、声も出ていない。

「翼君。ごらんの通りさ」

パイロンを片付けていた本間が、翼に気づいて歩み寄ってきた。

「本来なら30人以上いた部員も、練習に来るのはほんの一握り。監督もおらず、みんな惰性でボールを蹴っているだけなのさ」

そこへ、スパイクの紐を固く結び直した真田が、吐き捨てるように言った。

「本間の言う通りだぜ。お前が全国で対戦した時の武蔵の姿なんて、もうどこにもないんだ。悪いことは言わないから、自分のためにクラブチームへ行った方がいい」

真田の言葉は刺々しかったが、その裏には、かつて輝いていた自分たちの無惨な姿を、あの「大空翼」に見られたくないという惨めなプライドが透けて見えた。

翼は二人の顔を交互に見つめ、ゆっくりと首を横に振った。

「心配してくれてありがとう。……でも俺、この部でサッカーをするよ。そのために、ブラジルから日本に帰ってきたんだから」

まっすぐでブレない翼の瞳に射抜かれ、真田は言葉を詰まらせた。

「……けっ、勝手にしろ!」

真田は不機嫌そうに背を向け、ボールを強く蹴り飛ばした。

誰も声を出さない静かなグラウンド。ボールの転がる乾いた音だけが夕闇に響いていた。

三杉淳亡き後、崩壊し、情熱を失ったチームメイトたちの無惨な姿。

この冷めきった現実の中で、大空翼の新たな戦いが静かに幕を開けようとしていた。




翼が目にした姿は、かつて2年前に対戦した武蔵ではなく、変わり果てたチームの惨状でした。
もし1年早く帰国していたらもう少しチームとしての形を成していたかもしれませんが、三杉淳という大きな太陽を失い、なおかつ結果を出せないのであればチームとして崩壊するのは必然かなと思いました。最悪の環境の中、翼はどうするのでしょうか?
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