キャプテン翼if武蔵の10番〜三杉淳の意志を継ぐ者〜 作:ロンゲスト・ロード
武蔵中への転入初日の朝。大空家の玄関先では、朝からちょっとした騒動が起きていた。
「俺も翼と同じ学校に行くーっ!」
制服に袖を通した翼の横で、ナトゥレーザが腕を組んでジタバタと地足踏みをしている。
「ナトゥレーザ、君はまだ小学生の年齢だから中学には入れないんだよ」
カリオが呆れ顔で宥め、ロベルトも苦笑いしながらナトゥレーザの頭を撫でた。
「学校までの送り届けるのは僕とカリオがやるからさ。ナトゥレーザ、諦めなさい」
「ちぇっ、つまんないの。翼、早く帰ってきてよ! 帰ってきたら速攻でサッカーするんだからな!」
不満そうに頬を膨らませるナトゥレーザに、翼は苦笑いを返した。
「わかったよ。ナトゥレーザもちゃんと小学校に行くんだぞ」
こうして、ナトゥレーザの小学校へはロベルトとカリオが同行し、武蔵中学校へは翼と母の奈津子が向かうこととなった。
校門をくぐり、奈津子が事務手続きのために職員室へ向かうと、翼は案内された2年3組の教室へと足を向けた。
朝のホームルーム。担任の教師に促されて教室に入ると、ざわついていた室内が一瞬で静まり返った。
「今日からみんなの仲間になる、大空翼君だ。ブラジルからの帰国子女だぞ」
黒板に大きく自分の名前を書いた翼が、まっすぐな目で教壇からおじぎをする。
「大空翼です。ブラジルのサンパウロから帰ってきました。よろしくお願いします!」
日焼けした肌、引き締まった体躯、そしてどこか大人びた端正な顔立ち。女子生徒たちの間から「かっこいい……」「ブラジル帰りだって」と小さく歓声が上がった。
そして教室の中ほど、窓際の席には、昨日お彼岸の参道で笑顔を交わした青葉弥生の姿もあった。弥生は優しく微笑み、翼へ小さく頷いて見せた。
休み時間になり、女子生徒や男子生徒が翼の席の周りに集まりかけたその時、人垣を割って一人の男子生徒が歩み寄ってきた。
「南葛の大空翼……だよな?」
翼はその顔を見上げ、記憶の糸を手繰り寄せた。
「君は……確か武蔵の10番だった、本間君?」
「そうさ。俺みたいな奴のことまで覚えていてくれて嬉しいよ」
本間実。かつて三杉の脇を固め、武蔵の組織サッカーを支えていたMFだった。本間は少し乾いた笑みを浮かべると、翼の目を見つめた。
「ブラジルから帰ってきたってことは……ここでもサッカーを?」
「うん、そのつもりだけど……」
翼が答えると、本間はふっと笑みを消し、静かに首を振った。
「翼君……サッカー部に入るのは、お勧めできないな」
「えっ……?」
「今のサッカー部は皆、抜け殻の集まりさ。まあ……そういう俺もだけどね。だから、もし君が本気でサッカーをしたいなら、この辺の部活じゃなくて、クラブチームに入った方が絶対に良い」
本間の声には、怒りや嫉妬ではなく、底知れない冷めきった諦めが漂っていた。そこへ、教室の引き戸がガラリと開き、廊下から強い声が掛かった。
「おい、本間! ちょっと来いよ」
真田だった。かつて三杉の横で前線を張っていたFWの真田が、険しい表情で本間を呼んでいた。
「ごめん翼君、行くよ」
本間は翼に短く告げると、真田の後を追って廊下へと出て行った。
残された翼の元へ、ゆっくりと弥生が歩み寄ってきた。二人は廊下の窓際に移動し、誰もいない校庭を見下ろしながら言葉を交わした。
「……キャプテンがいなくなってから、皆、バラバラになっちゃったの」
弥生は寂しげに視線を落とした。
「戦績も振るわず、今年の新人戦もブロック予選で早々に敗退したわ。本間君が何とかチームをまとめようと必死に頑張っているけれど……指導してくれる監督もいなくなって、もうチームとしての形をなしていないの」
言葉を失う翼。
あの日、全国大会のピッチで自分たちをギリギリまで追い詰めた、あの美しい組織を誇った「武蔵」の影はどこにもなかった。三杉淳という絶対的な司令塔であり精神的支柱を失った反動は、中学生の少年たちが背負うにはあまりにも大きすぎたのだ。
「……情報を教えてくれてありがとう、弥生ちゃん」
翼は深く息を吐き出すと、校庭を見つめる瞳に力強い光を宿らせた。
「でも、俺……決めたんだ。三杉君が命を懸けて愛したここで、サッカーをするんだって」
弥生は驚いたように翼の横顔を見つめ、やがてふっと胸を撫で下ろすように笑った。
「……ふふっ、そうね。どんな逆境でも諦めず、絶対に手を抜かないのが翼君だったよね。私も応援するわ。困ったことがあれば、何でも聞いて」
「ありがとう、弥生ちゃん」
放課後。
夕日が茜色に染め上げるグラウンドに、体操服に着替えた翼が立った。
しかし、広いグラウンドに集まっていた部員の姿は、片手と両足を合わせても足りないほど――11人を完全に切っていた。
ボールを蹴る音も低く、声も出ていない。
「翼君。ごらんの通りさ」
パイロンを片付けていた本間が、翼に気づいて歩み寄ってきた。
「本来なら30人以上いた部員も、練習に来るのはほんの一握り。監督もおらず、みんな惰性でボールを蹴っているだけなのさ」
そこへ、スパイクの紐を固く結び直した真田が、吐き捨てるように言った。
「本間の言う通りだぜ。お前が全国で対戦した時の武蔵の姿なんて、もうどこにもないんだ。悪いことは言わないから、自分のためにクラブチームへ行った方がいい」
真田の言葉は刺々しかったが、その裏には、かつて輝いていた自分たちの無惨な姿を、あの「大空翼」に見られたくないという惨めなプライドが透けて見えた。
翼は二人の顔を交互に見つめ、ゆっくりと首を横に振った。
「心配してくれてありがとう。……でも俺、この部でサッカーをするよ。そのために、ブラジルから日本に帰ってきたんだから」
まっすぐでブレない翼の瞳に射抜かれ、真田は言葉を詰まらせた。
「……けっ、勝手にしろ!」
真田は不機嫌そうに背を向け、ボールを強く蹴り飛ばした。
誰も声を出さない静かなグラウンド。ボールの転がる乾いた音だけが夕闇に響いていた。
三杉淳亡き後、崩壊し、情熱を失ったチームメイトたちの無惨な姿。
この冷めきった現実の中で、大空翼の新たな戦いが静かに幕を開けようとしていた。
翼が目にした姿は、かつて2年前に対戦した武蔵ではなく、変わり果てたチームの惨状でした。
もし1年早く帰国していたらもう少しチームとしての形を成していたかもしれませんが、三杉淳という大きな太陽を失い、なおかつ結果を出せないのであればチームとして崩壊するのは必然かなと思いました。最悪の環境の中、翼はどうするのでしょうか?