キャプテン翼if武蔵の10番〜三杉淳の意志を継ぐ者〜 作:ロンゲスト・ロード
翼が武蔵中に転入して2日目、武蔵中学校の放課後。
チャイムが鳴り響いてから1時間経った頃、グラウンドに集まっていた部員たちは早々とボールを片付け始めていた。
「ハぁ……もう終わりにするか。明日もどうせ試合ねえしな」
「監督もいねえのに、ダラダラ走ってたって意味ねえよ」
やる気のない声が飛び交う中、本間と真田もスパイクの土を払い落としながら、ため息をついていた。
かつて三杉淳の下、都内屈指の運動量と組織力を誇っていた武蔵の面影はどこにもない。グラウンドに残っているのは、惰性と諦めだけだった。
そんな部員たちの冷めた視線の先で、一人だけ猛然とグラウンドを走り込んでいる人影があった。
大空翼だった。
翼は全身から汗を吹き出させながら、一人でコーンを並べ、ブラジルで叩き込まれた苛烈なステップワークとフィジカルトレーニングを黙々とこなしていた。
「……あいつ、一人で何やってんだよ」
真田が不機嫌そうに呟く。
「南葛の天才様は違うね。俺たちみたいな抜け殻と一緒にされたくないってか」
「やめろよ真田」
本間が制するものの、その瞳にも深い疲弊が色濃く差していた。
「翼君は、俺たちに何かを押し付けようとしてるわけじゃない。ただ……自分のサッカーをやっているだけだ」
「それが鼻につくんだよ! 俺たちがどんな気持ちでこの2年過ごしてきたかも知らねえくせに……!」
真田が吐き捨てるように背を向け、部室へ向かおうとした、その時だった。
「翼ーっ! サッカーしようぜーっ!」
夕暮れの校庭に、甲高い少年の一声が響き渡った。
部員たちが一斉に校門の方を振り返る。そこには、背中に小さなランドセルを背負ったまま、グラウンドへ侵入してくる褐色の少年――ナトゥレーザの姿があった。
「な、なんだアイツ!? 小学生か……!?」
「おいおい、誰だ勝手に校内に入れてんのは!」
現代のような厳重な警備も防犯カメラも存在しない80年代の中学校。それにしてもその少年が放つオーラはあまりにも異質だった。
ナトゥレーザは部員たちの制止など目に入らない様子で、翼のもとへ一直線に駆け寄ると、転がっていたボールを足元でピタリと止めた。
「翼! 小学校の授業なんて退屈で死にそうだったぞ! さあ、勝負だ!」
翼は汗を拭いながら、呆れたように苦笑した。
「ナトゥレーザ……お前、どうやってここに? 」
「翼の弟です。って言ったら入れてくれたぞ! 俺は翼とサッカーがしたいんだよ!」
ナトゥレーザは楽しそうに笑うと、目の前の真田に向かって悪気のない素朴な疑問を投げかけた。
「おい、そこのデカいの! なんでお前ら、そんな暗い顔してボール片付けてんだ? まだ日も暮れてないのに、サッカーやめちゃうのか?」
「……あ!?」
真田の額にピキリと青筋が浮かぶ。
「なんだとガキ……俺たちは部活が終わったから引き揚げるんだよ!」
「ふーん。つまんないの! サッカーって、倒れるまでやるから面白いのにさ!」
ナトゥレーザはそう言うなり、足元のボールを足の甲でフワリと浮かかすと、翼に向かって強烈なパスを送った。
「翼! 行くぞっ!」
「おうっ!」
次の瞬間、静まり返っていたグラウンドの空気が一変した。
ナトゥレーザが野性味あふれる俊敏な動きで翼に襲いかかる。翼は軽快なステップでそれをかわす。二人の間で行き交うボールのスピード、トラップの正確さ、そして目にも止まらぬフェイントの応酬。
それは、中学生の部員たちがこれまで見たこともないような、圧倒的な次元の「1on1」だった。
「な……なんだあいつら……!?」
部室へ向かおうとしていた真田の足が完全に止まった。
本間も、他の部員たちも、息を呑んで二人のプレイに見入っていた。
ナトゥレーザのプレイには、戦術もセオリーもない。ただただ「ボールを蹴ることが楽しくてたまらない」という純粋な歓喜と情熱が全身から溢れ出していた。そして翼もまた、その凄まじい熱量に応えるように、瞳に輝きを宿らせてボールを追いかけている。
夕闇が迫るグラウンドで、二人だけの空間に溢れる異次元の「熱」。
ナトゥレーザはニッと白い歯を見せて笑うと、鮮やかなヒールリフトで翼の頭上を抜き、ボールを抱え込んだ。
「ハァ……ハァ……! やっぱり翼とやるサッカーは最高だ! ブラジルにいた時と同じ匂いがするぞ!」
翼も荒い息を吐きながら、充実感に満ちた笑顔を見せた。
「ハァ……ハァ……ナトゥレーザ、お前やっぱりすごいよ」
ナトゥレーザは満足そうに頷くと、呆然と立ち尽くしている真田や本間たちをくるりと振り返り、不思議そうに首をかしげた。
「なあ翼。お前の学校の奴ら、なんであんなに暗そうにしてんだ? サッカーやってるのに、ちっとも楽しそうじゃないぞ」
悪気のない、純粋ゆえに苛烈な一言。
それが、冷え切っていた武蔵中サッカー部の部員たちの胸に、深く、深く突き刺さった。
真田は拳を強く握りしめ、言葉を失ったままナトゥレーザを睨みつけることしかできなかった。本間もまた、自分たちが失ってしまった「何か」を突きつけられたような衝撃に、じっと自分の足元を見つめていた。
翼とナトゥレーザが放つ規格外の風が、止まっていた武蔵中学校の時間を、確実に揺さぶり始めていた。
あまりも無惨な武蔵中サッカー部の現状に翼は打つ手があるのだろうか?
※今では、家族といえどもなかなか学校の中に入るのも厳しい学校体制ではありますが、80年代はわりとおおらかな時代でありました。
原作が発表された時期の80年代中頃から後半の時代に舞台を設定していますので現代のように規制が強くかかっていないことをご容赦ください。