キャプテン翼if武蔵の10番〜三杉淳の意志を継ぐ者〜 作:ロンゲスト・ロード
武蔵中学校への転校2日目の夜。
大空家の食卓には、湯気を立てる夕食とともに、どこか温かくも賑やかな空気が流れていた。
だが、話題が今日の武蔵中での部活に及ぶと、真っ先に身を乗り出したのはナトゥレーザだった。
「本当、ひどいんだぜ! あれじゃ翼がかわいそうだよ。そうだろ、翼?」
ナトゥレーザが大きな口にご飯を頬張りながら不満そうに声を上げる。
翼は苦笑いを浮かべながら、静かに首を振った。
「あの人たちも、三杉君という大きな太陽を失って自分たちの行き場を見失っているだけで……決して悪い人たちじゃないよ、ナトゥレーザ」
「そうかな……。でも、何かすごく苦しそうにサッカーをしていたぜ。楽しくないのかな、サッカー?」
純粋ゆえのナトゥレーザの言葉に、食卓の傍らで話を聞いていたロベルト・本郷がゆっくりと顎を引いた。
「なるほどな……。指導する監督もいなくて、部員たちも目標を見失ったチームか……」
翼はロベルトの顔を見つめ、期待を込めて尋ねた。
「ロベルト、南葛の時のように監督になってはくれないの?」
「あの時はな、俺自身もリハビリを兼ねて日本に来ていて、大空家にお世話になっていたから時間に余裕があったんだ」
ロベルトは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「だが今回は、日本サッカー協会の依頼でサッカー教室の講師として全国を回らなきゃならない。合間にはテレビ局のサッカー解説の仕事も入っていてね。常時一つのチームを見るのは難しいんだ……」
「そう……」
翼の落胆を察したロベルトは、表情を引き締め、力強い眼差しで言葉を続けた。
「だが、今の部の状況を考えると、翼、お前の成長が止まってしまう。もしお前にそんなことがあれば、俺はサンパウロのクラブをクビになるだけじゃ済まなくなってしまうからな」
ロベルトはクスリと笑うと、翼の肩を叩いた。
「だから、少人数でも効果的に追い込めるトレーニングメニューを作る。それを見て自主練習を進めておいてくれ。監督の件も、片桐さんに俺から相談しておこう」
「ありがとう、ロベルト!」
「ロベルト! 翼だけずるいぞ!」
ナトゥレーザが羨ましそうに声を上げると、隣に座っていたカリオが呆れ顔で制した。
「ナトゥレーザ、わがままを言うんじゃない。大体、お前は小学校の方はどうなんだ? 友達はできたのか?」
「大丈夫だよ! 明日の朝、一緒に学校に行ってサッカーやろうって誘われているからね!」
ナトゥレーザが胸を張ると、カリオは降参したようにため息をついた。
「やれやれ……日本に来ても誰とでもすぐに仲良くなるのは相変わらずだな」
「だって、ボールは友達だろ! なあ、翼!」
ナトゥレーザが満面の笑みで翼に同意を求めると、翼もつられて笑みをこぼした。
「そうだね」
重く苦い部活動の出来事を自然と忘れさせてくれるような、温かい大空家の夜が過ぎていった。
翌朝――まだ街が朝モヤに包まれる早朝。
武蔵中学校のグラウンドには、ロベルトが書き上げたトレーニングメニューを手に、黙々と汗を流す翼の姿があった。
フィジカルを極限まで追い込む激しいステップワーク。正確無比な壁当て。
登校してきた真田と本間が、校門の脇からその様子を目に留めた。
「けっ……ブラジル帰りは朝から精が出るな。こんなとこにいないで、他のチームに行けばいいのによ。なあ、本間」
真田が苛立ちを隠さずに吐き捨てる。しかし、本間は真田の問いかけに答えることなく、ただじっと翼の真っ直ぐな瞳と、全身から溢れ出る汗を見つめていた。
「……おい、行くぞ本間!」
真田は不機嫌そうに本間の肩を叩き、部室へと歩み去っていった。
放課後になり、部員たちが早々と練習を切り上げて帰路についた後も、翼は一人グラウンドに残り、自主練に励んでいた。
その姿を、校舎の陰から本間が静かに見つめ続けていた。
そんな状態が数日続いた、ある日の放課後。
相変わらずグラウンドで翼とナトゥレーザがパスを交わしていたが、ナトゥレーザの蹴ったボールが大きくそれ、グラウンドの端へと転がっていった。
「翼、ボール取ってきてよー!」
「了解!」
翼がボールを追って駆け寄ると、フェンスの脇に一人の少女が立っていた。
「……弥生ちゃん?」
そこには、深々と頭を下げ、真剣な眼差しで翼を見つめる青葉弥生の姿があった。
「翼君……私、翼君がキャプテンの夢を叶えようとしていることに参加させてくれない?」
「弥生ちゃん……」
弥生は強く拳を握りしめ、胸に溜め込んでいた想いを吐露した。
「日本に来て、武蔵に来てからの翼君をずっと見てた。翼君は必死に……キャプテンの死を乗り越えようと努力してきたわ。本来、キャプテンの一番近くにいた私たちが乗り越えなきゃいけなかったことを、翼君がその背中で教えてくれたの……。だから私も、もうキャプテンの死から逃げない。一緒に翼君……いいえ、キャプテンが願ったことの手伝いをさせて!」
翼は弥生の言葉を受け止め、温かい目を向けた。
「弥生ちゃん……ありがとう。でも、マネージャーの加入もチームのことも、俺一人じゃ決められないよ」
「――少なくとも、キャプテンは賛成するはずだ」
不意に背後から聞こえた声に、翼と弥生が振り返った。そこには、いつの間にか練習着に着替えた本間が立っていた。
「本間君……?」
本間は自嘲気味に目を伏せると、噛み締めるように言った。
「翼君……本当はわかっていたんだ。だけど、怖かったんだよ。キャプテンを失ったという事実が……! 俺たちはずっとその現実から目を背けて逃げてきた。でも、翼君……君が教えてくれたんだ。どんなに辛くても、現実から目をそらしちゃいけないって」
本間は真っ直ぐに翼の目を見つめ返し、差し出すように手を伸ばした。
「君の夢……そしてキャプテンの夢を叶えるために、俺も協力させてくれ」
翼の顔に、今日一番の笑顔が広がった。その手を力強く握り返す。
「ありがとう、本間君!」
その感動的な光景の横から、空気を読まない明るい大声が響き渡った。
「おーい! 翼ー、早く早く! そこにいるお兄ちゃんも一緒にサッカーしようぜ!」
ナトゥレーザがグラウンドの中央で無邪気にボールをポンポンと跳ねさせている。
本間は思わず吹き出し、優しく微笑んだ。
「行こう、翼君」
「はい!」
夕陽が赤く染める武蔵中学校のグラウンド。
止まっていた時間が動き出し、ここに本当の意味で「仲間」が生まれた瞬間だった。
ついに武蔵で翼に仲間ができました。この後の展開をお楽しみください。