キャプテン翼if武蔵の10番〜三杉淳の意志を継ぐ者〜 作:ロンゲスト・ロード
試合前日の夜。大空家のリビングでは、ナトゥレーザが不満そうに頬を膨らませていた。
「翼、明日、真田の兄ちゃんたちと試合するんだろ? 俺も翼のチームで出るよ!」
「ありがとう、ナトゥレーザ。でもね、これは武蔵中サッカー部の問題なんだ。だからナトゥレーザは出られないんだよ」
翼が優しく諭すも、納得のいかないナトゥレーザは食い下がる。
「なんでだよ! 俺も4月になれば武蔵に行くんだから、もうチームの一員じゃないか!」
見かねたカリオが、ナトゥレーザの首根っこを掴んで引っ張った。
「ナトゥレーザ、翼を困らせるんじゃない。それは4月からの話で、お前はまだ小学生だろうが!」
「ちぇ……早く4月にならないかな。そしたらブラジルの時みたいに、翼と同じチームになれるのに……」
その夜、自分の部屋で翼はデスクに向かい、一冊のノートを開いていた。『三杉ノート』――亡き三杉淳が、武蔵の仲間のために遺した記録だ。
ページをめくっていた翼の手が、ある場所でピタリと止まった。
「こ、これは……!」
そこに書かれた文字を見つめ、翼は強く拳を握りしめた。瞳に決意の光が宿る。
「三杉君、ごめん……もしかしたら明日、君の思いを踏みにじることになるかもしれない。でも、このチームが前に進むためには、絶対に……必要なことなんだ」
翌日の土曜日。4時間目の授業が終わると、武蔵中のグラウンドには異様な緊張感が漂っていた。「負けた方が退部」という壮絶な噂を聞きつけたギャラリーたちが、遠巻きに見守っている。
そこへ、真田を筆頭とする真田一派(真田、向井、小島、神田、木戸)と、翼率いる一派(翼、本間、一ノ瀬、田沢、山本)が姿を現した。
真田がせせら笑うように翼を睨みつける。
「ブラジル帰りの天才さん、逃げなかったんだな。……キャプテンが生きていたら、お前なんか絶対に認めなかったのに。俺が代わりに引きずり下ろしてやるよ!」
その言葉に、翼の目つきが変わった。
「俺のことは、どう悪く思われても構わない! だが……三杉君の意志を、勝手に自分の都合のいいように使うのはやめてくれ!」
「何だと……!? 言わせておけばっ!」
激昂した真田が翼の胸ぐらを掴もうとし、両チームの部員たちが一斉に入り乱れ、胸を押し付け合う乱闘寸前の事態となった。
「やめろ!! 決着はサッカーでつけるんだろ!」
割り込んだのは、普段は部に顔を出さない名ばかり顧問の中田だった。怒声に一瞬で静まり返り、我に返る部員たち。
「……フン、行くぞ!」
ハーフコートを使った「5対5」のミニマッチが始まった。
真田たちは鬼気迫る執念でボールを奪いに来る。激しいラフプレーギリギリの当たり。だが、翼は冷徹なまでに冷静だった。相手の突進を完璧に見極め、正確無比なパスを本間や一ノ瀬に通して翻弄する。
地力の差は歴然だった。ホイッスルが鳴り響いた時、スコアは圧倒的な大差。真田一派は地面に膝をつき、呆然と立ち尽くしていた。
中田顧問が、重い口を開く。
「……お前たち、どうするんだ。本当に退部するのか?」
俯いたまま、誰も答えることができない。その静寂を破ったのは、カバンから一冊のノートを取り出した翼だった。
「翼君、それは……?」本間が尋ねる。
「三杉君が日々の練習で気づいたことを、ずっと書き留めていたノートさ。ご両親から託されたんだ」
真田が弾かれたように顔を上げた。その瞳には、強い屈折と怒りが混ざり合っている。
「なんで……なんでお前なんだよ! それは……俺たちが受け取るべきものだろ……!」
「そうだ」
翼はまっすぐに真田を見つめ返した。
「これは、俺1人が抱え込むものじゃない。ここにいる武蔵のみんなで共有するべきものだ……! それが、三杉君の本当の意志だから!」
「翼君……」マネージャーの弥生が目頭を押さえる。
「お姉ちゃん、なんで泣いてるの?」と首を傾げるナトゥレーザに、カリオは静かに「ナトゥレーザ、いいんだ」と肩を叩いた。
翼からノートを受け取った本間が、ページをめくる。
「こ、これは……! キャプテンが……俺たち1人ひとりのことを……!」
ノートは部員たちの手から手へ渡り、やがて真田の手に握られた。震える指でページを開く真田。そこには、三杉の端正な文字で、泥臭く部を支える真田への熱い評価と、誰よりも強いチーム愛を信頼する言葉が綴られていた。
『真田の執着心と愚直さは、武蔵の強さの象徴だ――』
「キャプテン……! すみません……俺、キャプテンの本当の気持ちも知らずに……っ!」
真田の目から、大粒の涙が溢れ出した。膝を折り、地面に拳を叩きつけて号泣する。どれほど悔しかったか、どれほど三杉を失った孤独に耐えていたか。
しばらくして、真田は袖で涙を拭い、静かに立ち上がった。
「翼、本間、一ノ瀬……お前たちにひどいことを言って、本当にすまなかった。……約束通り、俺は部を去るよ」
「真田!」
「……だが! 向井たちは部に残してやってくれ! あいつらは俺が巻き込んだだけなんだ……これからの武蔵には、あいつらも絶対に必要なんだ!」
頭を下げ、背中を向けて立ち去ろうとする真田。残された向井たち4人は、翼と本間に向かって深く頭を下げた。
「翼、本間……身勝手なのは重々承知だ。だが俺たちも……キャプテンの思いを受け継いで、ここでサッカーをさせてくれ!」
翼はあたたかい笑みを浮かべ、しっかりと首を振った。
「もちろんさ! 三杉君が残してくれた一番大切なもの……それは、ここにいるみんななんだから!」
「……ありがとう、翼!」
重く垂れこめていた暗雲が立ち込め、武蔵中のグラウンドに爽やかな風が吹き抜けた。
「よし! 翼、今度は俺も入れてサッカーしようぜ!」ナトゥレーザが跳ね起きる。
「そうだな! よし、みんなでやろう!」
「おうっ!」
生き生きとボールを追い始める部員たち。その光景を、校舎の陰から見つめる二人の大人の姿があった。
「転入わずか一ヶ月で、死んでいたサッカー部員たちの心に火をつけるとはな。さすが大空翼だ……どうだ? このチーム、面白くないか?」
煙草の煙をくゆらせながら尋ねるのは、日本サッカー協会の片桐宗一だった。
その隣で、帽子を深くかぶった男が不敵に口元を緩める。
「……大空翼か。面白いね。いいだろう片桐、お前の話に乗ろうじゃないか。――ただし、俺の指導は甘くないぞ?」
片桐はフッと鼻で笑った。
「ついて来られない奴は淘汰されるだけさ。……武蔵には、まずあの東邦学園の対抗馬になってもらわなければ、日本サッカーの未来はないからな」
強い眼差しで新生・武蔵中サッカー部を見つめるこの男――片桐が連れてきた「新監督」とは、一体何者なのか。
部内の対立も解消しました。真田は本当にこのまま部から去るのか?また片桐の横にいた“新監督”とは一体。