キャプテン翼if武蔵の10番〜三杉淳の意志を継ぐ者〜 作:ロンゲスト・ロード
兵藤が監督に就任してから数日が過ぎたある日の午前中。
武蔵中学校の理事長室に呼ばれたサッカー部顧問の中田の前に座っているのは、理事長をはじめ、校長、教頭といった学校の管理職たちである。
「中田先生、急に集まってもらったのは他でもない」
理事長がデスクの上の書類を軽く叩いた。
「このたび、我が武蔵中学校サッカー部が、日本サッカー協会(JFA)の『強化指定校』に正式決定した」
「えっ……JFAの強化指定校、ですか!?」
中田は思わず目を丸くした。
「そうだ。先の三杉君の痛ましい事故を受け、協会側も育成年代における過度な負担やメディカル管理を重く受け止めていてね。武蔵をその『先進的モデル校』としてバックアップしたいと申し出てきたのだ。学校としてもサッカー部への予算投資と環境整備を全面的に再開する。中田先生、顧問としてしっかり頼むぞ」
「は、はいっ! 責任を持って務めさせていただきます!」
背筋を伸ばす中田に対し、理事長は満足そうに頷くと、ドアの方を指差した。
「それと今日から、兵藤監督の他に、協会の推薦でフィジカルと医療面を専門にケアするコーチが着任する。挨拶してもらいなさい」
ドアが開き、グラウンドへと向かう中田の隣には、洗練されたスーツ姿の若い女性が歩いていた。
その日の放課後。
武蔵中のグラウンドには、翼と一緒にブラジルから帰国し、大空家に居候しながら練習に顔を出しているナトゥレーザの姿もあった。サッカーが楽しくてたまらないナトゥレーザは、準備運動もそこそこにボールを蹴り始めようとする。
「ちょっと! アップもおざなりにして何をしているの?」
凛とした女性の声がグラウンドに響いた。振り返る部員たちの前に立っていたのは、ポニーテールをなびかせた若い女性だった。
「おばさん誰?」
無邪気に首をかしげるナトゥレーザの言葉に、周囲の部員たちからプッと吹き出す声が漏れる。
「失礼ね! 私はまだ25歳よ! 今日からここでフィジカル兼トレーナーコーチを担当する、浅田ユリ(あさだ ゆり)です」
浅田は腰に手を当てて部員たちを見回すと、堂々とした口調で語り始めた。
「いい? 兵藤監督の求める高い戦術を体現するには、怪我をしない強靭な体作りと、正しい運動生理学が不可欠よ。というわけで、今日はまず全員の体力測定とデータ採取を行います!」
「ちょっと待て、浅田コーチ」
腕を組んだ兵藤が眉をひそめて割り込む。
「今日の練習スケジュールにはないぞ。戦術の落とし込みが先だ」
「監督、データもない状態で選手を限界まで走らせる気ですか? 筋肉の柔軟性や心拍数のベースを知らずに追い込むのは指導じゃなくて拷問です。今日は測定に切り替えます!」
「……やれやれ、押しが強いな」
苦笑いする兵藤を押し切り、この日のグラウンド練習は急遽、徹底的な体力測定へと変更されたのだった。
その日の夜、大空家。
夕食のテーブルで、ナトゥレーザは昼間の出来事を興奮気味にロベルト・本郷や翼に話していた。
「……でさ、ロベルト! 浅田ってコーチに『アップをサボるな』って怒られちゃったんだよ。でもあのおばさん、なんだか面白くてさ!」
食卓の向かいで話を聞いていたロベルトは、ワイングラスを傾けながら優しく目を細めた。
(卓越した戦術理論を持つ兵藤……そして、科学的なアプローチで選手を守るフィジカルコーチの浅田か。片桐の奴、素晴らしい人材を見つけてきたな……これなら翼もナトゥレーザも、怪我の心配なく最高の環境で成長できる)
「よかったな、二人とも。素晴らしい指導者に恵まれた環境だ。プロになるためにも、今はしっかり自分の体と向き合うんだぞ」
「うん!」
翌日から、浅田が作成した個別のトレーニングプログラムに基づくフィジカルメニューが開始された。
「体幹(コア)を意識して! 軸がぶれなければ、激しいコンタクトでも倒れないわ!」
科学的で根拠のある浅田の指導は、ハードながらも武蔵の部員たちに大好評だった。無駄に走り込まされるのではなく、自分の身体がどんどん軽くなっていく実感があったからだ。
そして、その指導を誰よりも熱い眼差しで見つめる人物がいた。マネージャーの弥生である。
「浅田コーチ! 私に……私にテーピングの技術や、選手のコンディショニング管理を教えてください! 弟子にしてください!」
練習後、ノートを抱えて頭を下げる弥生に、浅田は驚きつつもニッコリと微笑んだ。
「いいわよ、弥生ちゃん。二度とピッチ上で悲劇を生まないために……最高のメディカルスタッフになりましょう!」
こうして、武蔵中にどこか頼もしくも華やかな「女性同士の師弟関係」が誕生した。
数日後のグラウンド練習。
やる気を取り戻した顧問の中田先生が部員たちのアップを見守る中、兵藤はふと視線を離し、グラウンドの隅にある用具倉庫の陰へと歩いて行った。
物陰には、今日も私服姿で密かに練習を覗き込んでいた真田の姿があった。
「気になるのか?」
突如背後から声をかけられ、真田は肩を跳ねさせた。
「あ、あんたは……」
「監督に向かって『あんた』はないだろう。真田、お前なぜ練習に来ない?」
「……俺は部を辞めたんだよ」
吐き捨てる真田に、兵藤は呆れたように息を吐いた。
「辞めたという人間が、なぜ毎日こそこそ練習を覗いてやがる。本当に興味がないなら、堂々とギャラリーとして見ればいい。それができないのは……お前にまだサッカーに対する未練があるからだろ!」
「くっ……!」
図星を突かれ、真田は言い返せない。悔しさと情けなさで顔を歪めながら、絞り出すように声を張った。
「……ああそうだよ! 俺はやっぱりあいつらとサッカーがしたいんだよ! だけど……あんな形で部を飛び出しておいて、どの面下げて戻ればいいんだよ!」
「いつまでそんな小さなことにこだわっている、お前は」
兵藤の声は静かだが、力強かった。
「サッカーが本当にしたいなら、もう一度頭を下げて戻ってくればいい。それに……お前は『辞めた』と言っているが、監督の俺は一度もお前の退部を認めていない。お前はまだ、武蔵サッカー部の部員だ」
「え……!?」
真田が目を見開く。兵藤は時計に目をやると、ぽんと真田の肩を叩いた。
「おっと、長話をしてしまったな。俺の話はここまでだ。あとは……お前自身が決めろ」
背を向けて立ち去る兵藤の背中を、真田は溢れ出る熱いものを抑えつけながら、強く拳を握りしめて見つめていた。
翌日の放課後。
グラウンドでアップを行っていた部員たちの前に、一人の男子生徒が歩み寄ってきた。
頭を青々と丸刈りにした、真田だった。
真田は兵藤の前にまっすぐ立ち、深く頭を下げた。
「監督……今日から俺も、部に復帰させてください!」
兵藤は少し意地悪な笑みを浮かべ、腕を組んだ。
「遅いんだよ、来るのがお前は!」
その声を聞きつけ、翼やナトゥレーザをはじめとする部員たちが一斉に真田の元へ駆け寄ってきた。
「みんな……あんな身勝手な辞め方をしておいて、のこのこ来ちまって……。でも俺、やっぱりサッカーが好きだ! みんなと、もう一度サッカーがしたい!」
頭を下げたまま涙ぐむ真田の肩を、翼がポンと叩いた。
「誰もそんなこと気にしてないよ。真田くんのチームに対する熱い思いは、みんなよく知っているからさ!」
「そうだぞ! 気にしてるのはお前だけだ!」と本間が笑う。
「だけど、これで……武蔵トリオ復活だな!」と一ノ瀬が拳を突き出し、向井も「真田、またお前と一緒にやれて嬉しいぜ」と笑顔を見せた。
「お前たち……!」
涙ぐむ真田の元へすかさず寄ってきたナトゥレーザが、その青々とした丸刈り頭を撫でまわした。
「真田の兄ちゃんの頭、ツルツルして気持ちいいね!」
「ば、馬鹿やめろ!」
「はははっ!」
グラウンドに、弾けるような爆笑が響き渡った。
それを見守る兵藤、浅田コーチ、中田先生、そしてノートを抱えた弥生の顔にも、温かい笑みが浮かんでいた。
「さあ、話は終わりだ! 練習を始めるぞ!」
兵藤の力強い声が響く。
兵藤が赴任してから2週間——悲しみを乗り越え、最新の戦術と肉体、そして揺るぎない絆を手に入れた『新生武蔵中サッカー部』が、ここに完全に誕生した瞬間だった。
新コーチに浅田ユリ(オリキャラ)を迎えました。兵藤1人が戦術も見てフィジカル管理もできるというのは無理があるかなと思いました。これで戦術=兵藤、コンディション管理兼=浅田、雑務=中田と明確な役割ができた武蔵中首脳陣、こんけ、彼らが部員たちをどのように導くことになるのか!