キャプテン翼if武蔵の10番〜三杉淳の意志を継ぐ者〜 作:ロンゲスト・ロード
習実との練習試合から一週間。武蔵野のグラウンドを包む空気はすっかり冬の冷たさを帯びていた。
今日が年内最後の練習日。新監督の兵藤とフィジカルコーチの浅田ユリが着任してから数ヶ月、欧州仕込みの戦術と科学的なコンディショニングは、着実に武蔵イレブンの肉体と意識を変革させていた。
「よし、今年の練習はこれで終わりだ。冬休みはしっかり体を休めるように」
パイプ椅子から立ち上がった兵藤の言葉に、汗を拭う部員たちがホッとした表情を見せる。だが、隣に立つ浅田がすぐさまクリアファイルから刷り立ての用紙を取り出した。
「でも、適度に体を動かすのは大事よ? 休み明けの練習で急激な負荷をかけると故障の原因になるからね。これは休みの間でも無理なくできる自主トレのメニューよ」
一人ひとりに丁寧に配られていくトレーニングシート。
「なるほど……これなら家でも分かりやすく続けられそうだな」
手元の紙を見つめ、副主将の本間が感心したように頷く。
「よし! 年明けにはさらにレベルアップした姿を見せてやるぜ!」
丸刈り頭を威勢よく撫でながら、真田がニッと笑った。
部員たちが口々に来年への意気込みを語り合い、活気に満ちるグラウンド。その光景を、マネージャーの弥生は感慨深そうに見つめていた。
「本当、みんな変わったわ……。1年前の時とは、まるで違う」
三杉を失った深い哀しみから立ち直れず、下を向いていたかつての部員たち。その背中に、浅田が優しく視線を重送る。
「そうね。みんなをここまでやる気にさせたのは……あの子ね」
ふたりの視線の先には、仲間たちと楽しそうにボールを片付けている大空翼の姿があった。
「翼君がいるだけで、周りがパッと明るくなります。……実は私自身も、翼君に救われているんです」
ぽつりと呟いた弥生の言葉に、浅田はどこか愛おしそうな、それでいて少しだけ心配そうな眼差しを翼へ向けた。
「そうね。確かにあの子には、自然と周りを惹きつける特別な魅力があるわ。……でも、あの子自身はどうなのかしら? 自分が本当につらい時に『つらい』って弱音を吐いたり、気を許せたりする人が、あの子の側にいるのかしら」
「……」
思いがけない浅田の問いかけに、弥生は言葉を詰まらせる。
「もちろん、あの子がすべてを背負い込みすぎないようにするのは、私たち周りの大人の責任よ。でもね……大人だけじゃカバーしきれない心の間隙(すきま)もあるの。そういう場所をそっと埋めてくれる同世代の子がいるといいんだけどね」
浅田はくすりと微笑むと、チラリと弥生の手元に視線を落とした。
「それに……今日はクリスマスでしょ? 弥生ちゃん、それどうするの?」
「えっ……!?」
浅田の指さす先にあったのは、弥生が大事そうに抱えていた小さな紙袋だった。慌てて背中に隠そうとする弥生の頬が、一瞬で朱に染まる。
「フフフ、弥生ちゃんたら、本当にわかりやすいわね。……弥生ちゃんの想い、ちゃんと通じるといいわね。お姉さんも応援してるわよ」
「せ、先生……っ」
恥ずかしさに俯く弥生を、浅田は温かい笑顔で見守っていた。
練習が終わり、部室から冬着に着替えた部員たちが次々と出てくる。
「おーい、翼! 帰るぞー!」
校門の近くで翼を待つ真田、本間、一ノ瀬の武蔵トリオ。そこへ、浅田が通りかかった。
「翼君、監督が年明けのスケジュールについて話があるそうよ。職員室に行ってきて」
「あ、はい! ……ごめんみんな、先に帰ってて!」
申し訳なさそうに手を挙げる翼に、真田がガリガリと頭を掻いた。
「ったく、しゃーねーな! 本間、一ノ瀬、おれたちは先に帰るぞ!」
「わかった。じゃあな、翼!」
「新年もよろしく頼むよ、キャプテン」
手を振りながら去っていく仲間たちを見送り、翼は職員室へと向かった。
兵藤と来年以降のチームの方針や遠征の予定について話し合いを終え、すっかり陽が傾いた頃。下足場でシューズを履き替え、今度こそ帰ろうとした翼を呼び止める声があった。
「翼君」
「弥生ちゃん? 弥生ちゃんも今帰り?」
驚いて振り返る翼に、弥生は抱えていたノートを胸にぎゅっと抱きしめた。
「うん。浅田先生からテーピングの仕方を教えてもらっていたの。これからは試合も増えそうだからって」
「そうだったんだ……! すごいや、弥生ちゃん。俺も監督と来年の予定を話していて今終わったところなんだ。もう夕方だし、よかったら一緒に帰らない?」
「えっ……。……うん!」
ふたり並んで校門を出る。
近道をしようと、黄昏時に包まれた近所の公園へと足を踏み入れかけたふたりだったが、翼の口から出てくるのはやはりサッカーとチームのことばかりだった。
「兵藤監督のゾーンプレス、もっと精度を上げれば絶対に全国でも通用すると思うんだ。真田くんのCBのコンバートもすごくハマってるし……」
「うん、翼君の言う通りだね」
嫌がる素振りどころか、心底嬉しそうに耳を傾ける弥生。
しかし、公園の街灯がぽつぽつと灯り始めた頃、ふたりは周囲の異様な雰囲気にふと足を止めた。
今日は12月25日、クリスマス。
ベンチや木陰には、思い思いに寄り添い、語り合うカップルたちの姿があった。普段の公園とは明らかに違うロマンチックな空気に、鈍感な翼もさすがに気まずさを察して動揺し始める。
「……」
「……」
訪れた一瞬の静寂。その緊張を破ったのは、意を決した弥生の声だった。
「今日は……クリスマスだったね」
「……うん」
どこか落ち着かない様子の翼の前で、弥生は意を決してカバンから小さな紙袋を取り出し、まっすぐに差し出した。
「翼君……メリークリスマス」
丁寧にラッピングされた袋から顔を覗かせていたのは、温かな手編みのマフラーだった。
「弥生ちゃん、これ……?」
「ちょっとずつ、時間をかけて編んでいたんだけど……気に入らなかった?」
不安そうに上目遣いでお伺いを立てる弥生に、翼はパッと目を輝かせた。
「そんなことないよ! すごく嬉しいよ、ありがとう弥生ちゃん! ……だけど、俺、弥生ちゃんに何も用意してなくて……ごめん」
申し訳なさそうに頭を下げる翼に、弥生は首を静かに横に振った。
「ううん、いいの。……2年前の夏、私、翼君にあんな酷いことを言ってしまって……もう二度と、こうして普通に話すことなんてできないと思ってた。だから……またこうして翼君と笑って話せることが、何よりのプレゼントなの。ありがとう、翼君」
申し訳なさそうに微笑む弥生の言葉に、翼の瞳が揺れた。
「それは……俺も同じだよ」
「え……?」
翼は弥生の目をまっすぐに見つめ返した。
「俺がブラジルから日本に帰ってくるとき、南葛じゃなくて武蔵を選んだのは……三杉君のこともあったけど。弥生ちゃん……君ともう一度会うためでもあったんだ」
「翼君……」
「あの時のこと、弥生ちゃんにずっと謝りたくて……」
「……もういいよ、翼君。翼君の優しさは、私に十分届いているから」
「弥生ちゃん……」
優しく微笑み合うふたり。夕闇の公園で、見つめ合うふたりの距離がほんの少し縮まった——その時だった。
「おーーい! 翼ーー!! 今帰りかー!?」
場違いなほど元気で無邪気な声が、静かな公園に響き渡った。
「ナ、ナトゥレーザ……!?」
驚いて振り向く翼。そこには、どこで遊んできたのか、落ち葉を頭につけたナトゥレーザが走ってくるところだった。
「なんだ、弥生姉ちゃんもいたのか!……それより翼、なんか急に寒くなってこないか?」
ナトゥレーザが首をすくめた瞬間、薄暗い空から、ひらひらと白い結晶が舞い降りてきた。
「あ……雪だ」
「これが雪かー! キラキラしてて綺麗だなあ!」
初めて見る雪に目を輝かせてはしゃぐナトゥレーザだったが、すぐにブルッと身震いをした。
「でもやっぱり寒いぞ! 早く家に帰ろう! 翼、家まで競争だぞー!」
言うや否や、脱兎の如く駆け出していくナトゥレーザ。
その背中を見送り、翼は手渡されたばかりの手編みのマフラーを大切に握りしめると、満面の笑みを弥生に向けた。
「弥生ちゃん……ホワイトクリスマスだね!」
「……ええ!」
「俺もね、今、こうして弥生ちゃんと普通に話し合えることができて……とっても嬉しいんだ。メリークリスマス、弥生ちゃん!」
そう言うと、翼はごく自然に弥生の手をギュッと握りしめた。
「行こう、弥生ちゃん! ナトゥレーザが待ってる!」
「あっ……!」
手を引かれて走り出す翼の背中を見つめながら、弥生は顔が火が出るほど熱くなるのを感じていた。繋がれた手から伝わる、温かな体温。当の翼は、自分が握った手の意味にも、弥生の頬が真っ赤に染まっていることにも全く気づいていない様子で、前だけを見て走っている。
粉雪が舞い散る冬の帰り道。
これが、大空翼と青葉弥生の、14歳の甘酸っぱいクリスマスの思い出だった。
翼の日常回が描かれていないので、描いてみました。
今後の2人の仲の進展を描く予定は今のところないです。
次回幕間をもう1本入れます。