キャプテン翼if武蔵の10番〜三杉淳の意志を継ぐ者〜 作:ロンゲスト・ロード
関東大会準決勝・第1試合。武蔵中学は、東総学院との激戦の末に勝利を掴み取り、決勝進出を決めた。
続く第2試合、東邦学園対城星学園の火花散る一戦を控え、両チームの選手たちはピッチ上でのウォーミングアップを終了。運命のキックオフを静かに待つばかりとなっていた。
東邦学園のロッカールームには、ピンと張り詰めた緊張感が漂っていた。監督の北詰が選手たちへ冷徹かつ的確な指示を飛ばしている。そこへ、今大会臨時コーチを務める大沢が静かに歩み寄ってきた。大沢は北詰の耳元で短く言葉を交わす。
深く頷いた北詰は、全員に向き直り、力強い声で告げた。
「みんな、九十九里浜にいた日向が特訓を終え、いま合宿所に向かっているぞ!」
その言葉に、真っ先に反応したのは松山だった。
「監督、明日は日向を使うつもりですか?」
「当然だ!そのためにも、この試合絶対に負けられないぞ!」
北詰の断固たる言葉に、岬が柔らかく、しかし強い決意を込めて笑みを浮かべる。
「小次郎の復帰の試合が3位決定戦じゃ、かっこつかないよね」
「ああ、日向さんには決勝に出てもらわないとな!」
若島津が不敵にニヤリと笑うと、松山が全員を見回し、大声で発破をかけた。
「若島津の言う通りだ!この試合に勝ち、日向には決勝で存分に暴れてもらうぞ!」
「「「おう!!」」」
松山の号令の下、東邦イレブンは闘志を全身からみなぎらせ、一斉にロッカールームを飛び出してピッチへと駆け出していった。
——時間を少しばかり巻き戻す。
千葉県九十九里浜。押し寄せる荒波と激しい風音が打ちつける東邦学園の臨海施設。
日向小次郎と東邦学園コーチの山本は、都大会決勝で武蔵中学に白日の下に晒された致命的な弱点——左右の筋肉バランスのいびつさを克服するため、密着特訓を行っていた。山本が提示した科学的理論に基づくトレーニングメニューにより、数値上の筋肉バランスの修正はほぼ完了していた。
そして今、行われているのはその「仕上げ」であった。
「いいか、日向!科学的理論に基づいたトレーニングメニューはすべて終了した。理論と数値上、お前の左右バランスはだいぶ改善されたぞ!」
激しい波しぶきの中、山本は大声を張り上げた。
「そこで仕上げだ!足元の悪い砂浜から、押し寄せる波に向かってサッカーボールを叩き込め!見事左右の足で波を切り裂くことができたら、この特訓は終了だ!」
「山本コーチ、やってやります!!」
日向は鋭い眼光で波を睨みつけると、ボールをセットし激しく踏み込んだ。だが、すべる足元にわずかな迷いが生じ、放たれたシュートは波に呑み込まれて消える。
「日向!踏み込みが甘い!甘いからボールに力が伝わらないんだ!」
山本の厳しい檄が飛ぶ。
「そんなデタラメなフォームではダメだ!大地を踏みしめろ!」
自身のアプローチを修正し、山本のアドバイスを必死に噛み締める日向。少しずつ、足元に重心が乗り、打球の威力が跳ね上がっていく。
練習開始から20分後——。
「うおおおおああっ!!」
日向の右足から放たれた一撃は、爆風のような音を立てて目前の巨大な波を真っ二つに切り裂いた。
手元のストップウォッチを確認した山本が叫ぶ。
「よし!次は左だ!この波の高さはあと40分で終わるぞ!左右同じ威力で打てるようになるんだ!」
日向はすぐさま左足でのシュートに取りかかる。しかし、長年右足中心のフォームで戦ってきた身体にとって、左足での完璧なインパクトは容易ではない。波の力に押し戻され、ボールが伸びない。
「ダメだ日向!腰に力が入っていない!腰を入れて踏み込むんだ!」
右足の時とは比べものにならないほどの激しさで山本の怒号が響く。
絶え間ない打ち込みにより、日向の体力は限界に達しつつあった。息は荒く切れ、視界が歪む。そしてついに、日向は激しい吐息とともに砂浜の上に膝から崩れ落ちた。
「日向!」
駆け寄る山本は、苦渋の表情を浮かべて息を呑んだ。極限まで追い詰められた日向の身体を思いやり、静かに声をかける。
「……日向、あと10分くらいでこの波は消える。よく耐えたよ。あとはみんなが待つ決勝に行こう……」
「けっ……しょう……つ……ばさ……」
霞む視界の向こう、日向の脳裏にあの都大会決勝の屈辱が強烈に蘇る。
左右の筋肉バランスの偏りを見破られ、力で叩き伏せられ、無様に芝生へ何度も転がされた己の姿。そして、あの男——火野竜馬から浴びせられた冷酷な一言。
『井の中の蛙が』
「……っ!!」
日向の瞳に、恐ろしいほどの闘志の火が再燃した。すり減った筋力を気力で強引に駆動させ、ゆっくりと立ち上がる。
その瞬間、今日一番の巨大な波が牙をむいて日向へ襲いかかった。
日向は静かに助走を取る。すべる砂浜を意に介さず、腰を深く落とした力強いステップ。完璧に矯正された正しいフォームが、下半身のすべてのパワーをボールへと伝達させる。
「火ー野ー竜ー馬ーーーーッ!!」
宿敵の名を九十九里の海へ叩きつけるように叫び、放たれた左足のフルスイング。
ドォンッ!!
爆音とともに放たれた球筋は、咆哮する巨大な波を見事に一直線に切り裂き、そのままはるか沖合へと突き抜けていった。
息をのむ山本。
「……日向、やったな。これで左右まったく同じ威力のシュートを打てるぞ!」
荒い息を吐きながら、日向は九十九里浜の海の先をじっと見つめた。
(この先に太平洋が広がっている。その先には世界がある……。翼、火野、お前たちを倒して、この両足で世界に殴り込んでやる)
日向は山本に向き直り、深く頭を下げた。
「山本コーチ、ありがとうございました。コーチのおかげで、俺は新しい武器を手に入れることができました」
山本も満足そうに力強く頷いた。
「よし!明日の決勝に間に合わせるぞ。宿舎で着替えたら、すぐに都内に戻るぞ!」
「はい!」
覚醒を遂げた日向小次郎は九十九里浜を後にし、自分を待つ仲間たちのもとへ駆けつけるべく、東邦学園への帰路を急ぐのだった。
場面は再び関東大会・準決勝第2試合のピッチへと戻る。
観客席からは、東邦のウォーミングアップ風景を見てざわめく声が上がっていた。
「おい、日向がいないぞ!」
「1回戦は都大会決勝でレッドカードをもらったから出場停止は分かるが、この大会、一度も出てないじゃないか!」
「怪我か?怪我なら日向抜きで大丈夫なのか、東邦は……」
東総とのハイレベルな攻防を終えて着替えを完了し、スタンドの一角に陣取った武蔵中学のメンバーたちも、東邦の陣容を冷徹に分析していた。
「監督の予想通り、日向君は筋肉の左右バランス改善のためにこの試合も欠場か……」
翼が静かに呟くと、となりの火野が鼻で笑う。
「フン、今さらあがいたって結果は変わらないぜ」
「その代わり、岬君が得点を挙げているわ。そこに日向君が戻ってきたら、相当な脅威になるわよ」
フィジカルコーチの浅田が分析を口にすると、翼の瞳がかすかに揺れた。
「……岬君……」
その時、本間が対戦相手の城星学園のベンチへ視線を向けた。
「城星も古川がいないな?」
「ベンチ外ではなさそうだぜ」
井川が指さすベンチの奥には、ユニフォームを着ずにパイプ椅子に腰かける古川の姿があった。
「昨日の準々決勝で、明和東のアフターファウルを受けて負傷退場したっていうからな……やっぱり回復できなかったんだな」
本間が息を吐くと、真田が腕を組んで吐き捨てる。
「ふん、鍛え方がやわなんだよ!」
「何言ってんだお前は!アフターチャージは無防備なところへ入ってくるから防ぎようがないんだよ。俺だってようやく明日から出られそうなくらいなんだからな!」
一ノ瀬の抗議と選手たちのやり取りを黙って聞いていた監督の兵藤は、静かに思考を巡らせる。
(確かにアフターチャージは不可抗力な面もある……だが指導者としては、勝つために手段を選ばないやり方をこの年代で教えたくはないものだな)
武蔵イレブンも見守る中、運命の準決勝第2試合。
両チームがピッチに整列し、間もなくキックオフの笛が響き渡ろうとしていた。
日向のタイガーショット開発エピソードを取り入れました。原作は台風吹き荒れる嵐の中でしたが、いくら時代設定が80年代後半から90年代前半に設定しているとはいえ、台風下の特訓は危険極まりないので千葉の九十九里浜付近で波の高い明け方に設定しました。
本日も3話投稿です。次回は12時です。お付き合いいただけるとうれしいです。