【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが 作:あいどりゅ
『可愛すぎて、三十歳とは思えません!』
『ほれぼれする歌唱力に感動しました』
『ババア結婚してくれ!!』
その動画のコメント欄は、なかなかに阿鼻叫喚だった。
三十歳を超えた一児の母に、壮絶なファンコメがたくさんついていた。
『オリジナル楽曲だけではなく、カバー歌って欲しいです!』
『貴女の歌声で、有名曲を聞いてみたい』
母さんの動画を見て絶句した。我が母ながら、アイドル顔負けの歌唱力だ。
歌声が妙に耳に残る。こりゃあ伸びてしかるべきだ。
『この曲もすごくイイ! ノスタルジックで、乗れるテンポ』
『古臭さがちょうどいい。こういうのでいいんだよ』
『楽曲提供者のイオって誰かの別名義? 曲が古臭すぎるし、新人じゃないでしょ』
そのコメントの中に、いくつか曲にも言及があった。
おおむね好意的な意見だったけど、共通して語られていたのは、
『この曲、昭和を思い出すなぁ』
『一周回って、この古さがいいよね』
やはり僕の曲は古臭いという、厳しい評価。
まぁ仕方ない。僕なりに、現代風味を取り入れたつもりだったけど……。
これが令和における、僕の音楽家としての実力だ。
「ほら、イオちゃんの曲はこんなに評価されてるのよ」
「……」
「だから、音楽教室に……」
母さんの動画がプチバズったのを受けて、僕は困っていた。
僕の曲のMVが伸びたのは、確かにうれしいけど。
「ど、どうしたの、イオちゃん。そんな険しい顔でコメントを見て」
「……違う」
たくさん感想コメントが貰えたのも、嬉しかった。
動画にしてくれた母親に、感謝したいと思っている。
だけど、
「評価されているのは、母さんだよ」
「……え?」
「ぼくじゃ、ない……」
数十個付いたコメントの殆どが、母さんへのファンコメントだった。
曲に言及しているコメントは、数個にすぎない。
何より、動画を視聴した僕自身もそう感じた。
この動画の見所は曲じゃなく、母さんの歌唱力であると。
「な、なんで落ち込んでるの? イオちゃん、一万再生ってすごいのよ」
「……」
「何で泣きそうになるのよぉ!」
前世でプロ作曲家だった僕が、素人の歌唱力にコンテンツ負けしたのだ。
母さんの歌がうますぎたのも一因だが、他にも何か理由があるはず。
考えろ、僕の曲には何が足りない?
どうして僕の曲は、こんなにも拙い?
「……うん。やっぱり付け焼刃だからか」
「イオちゃん?」
一つは単純に、アップテンポな曲を作る練度が不足していたと思う。
曲のテンポが、僕のクリエイター性に合致していないのだ。
そしてもう一つの要因は、
「そもそもこの曲、母さんの声質には合ってない……」
「ええ!?」
あの曲は、母さんに歌ってもらうつもりじゃなかった。
僕が思い描いていた歌い手は、十和田ヒカリだ。
「がーん、他の娘に歌って欲しかったってこと……?」
「ううん、そうじゃなくて」
いかに母さんが見た目若くて歌が上手かろうと、すでに(33)。
声質もどちらかというと、艶のあるセクシーな低音。
若々しい歌詞と昭和臭い曲風も相まってキツさを感じた。
「母さんにはもっと合う曲があるよ」
「……え?」
あの曲は失敗作だ。とても聞けたもんじゃない。
MVが伸びたのはひとえに母さんの実力であって、僕の曲の力じゃない。
クリエイターが自作を客観的に評価できなくなったらおしまいだ。
「次も母さんが歌ってくれる?」
「え、うん。それは、もちろん」
「じゃ、最初からそのイメージで作る」
僕は仮にも昭和時代に、ミリオンヒットを飛ばした作曲家。
時代遅れの遺物なりに、小さな意地がある。
次は母さんに合うような曲を作って、もっと伸ばす。
「いや、その、そうじゃなくてさ。音楽教室に……」
「ストップ。母さん、動かないで」
「……えぇ?」
僕は台所に立つ母さんを睨み、パケ写をイメージする。
うん。母は低音ではあるが、楽観的で明るい歌詞が似合いそうだ。
母さんには、ゆっくりとした曲が相性がいい。
「……母さん、台所に立って」
「こ、こうかしら?」
「料理をしながら歌うとしたら……こんな歌詞になって……」
「イオちゃん、イオちゃーん?」
令和チックのアップテンポで、派手な歌はあわない。
明るくゆっくりとした、僕の得意なバラードがいい。
せっかく一児の母なのだ、母性をアピールする形にしよう。
「ねえ母さん。エプロンつけて、包丁を手に持って……?」
「え、あ、はい」
「……うむ」
「え、何で黙るの? イオちゃん、イオちゃーん?」
浮かんでくるイメージを、歌詞を、乱雑に紙に書き散らす。
母さんを輝かせるにはどうしたら良いか。
どうスポットライトを当てれば、魅力的に見えるか。
そのイメージ案がいくつも脳裏に浮かびあがっていく。
「イオちゃん? そろそろ幼稚園の時間よ?」
「……」
「それとあの、ママそろそろお買い物に行かないと」
「…………」
イメージが浮かべば、そこからは吹き出す泉のように。
気づけば僕の色鉛筆は、折り紙に楽譜を書きだしていた。
「イオちゃん? イオちゃんってば!?」
「ねぇ、パパ相談なんだけど」
「……おう」
同日、深夜0時。
ノートパソコンをカタカタと打ち込む父親に、母親は話しかけていた。
「あの子、やっぱりちょっとおかしいわ」
「イオのことか」
「普通じゃないというか。天才肌というか」
「また、何かあったのか」
明るい彼女にしては珍しく、疲れ切った顔だ。
まるでアイドル時代、夜までレッスンを受けた時のような顔だった。
「イオの曲が評価されたと、昨日はあんなに喜んでいたのに」
「それがあの動画を見せても、イオちゃん喜ばなかったのよ」
「ふうん?」
昨晩の
作曲者が娘で、しかもまだ五歳であることは開示していない。
イオの曲のMVがバズったのは実力だと、母親は飛び跳ねた。
なのに、
「動画を見たイオちゃんは、悔しそうにこう言ったわ」
「何を言ったんだ?」
「これは母さんがバズっただけだ、僕の実力じゃないと」
「……」
五歳の幼児が曲を作るだけでも、天才的だ。
ましてやバズ曲を生んだなど、末恐ろしい才能である。
しかしこの結果を見てイオは、むしろ悔しがった。
動画コメントを見て、諦めたような表情をしていた。
それはまるで、自分には才能がないんだと言いたげな表情。
「曲が良くなかったら、こんなに伸びないっていうの!」
「一万回も再生されたことの価値を分かってないんだろうさ」
このイオの反応は、母親にとって肩透かしだった。
イオのためにお金をかけてスタジオを借り、一万再生まで達成したのだ。
手放しで喜ぶ
「悔しそうに、新しい曲を作りはじめたわ」
「ほう、すぐ新曲に取り掛かったのか」
「まだ出来てないみたいだけど」
母親はそう言って、ダンボールにしまった折り紙の山を指さした。
そこには、書きかけの楽譜が何枚も重ねられていた。
「そのせいで、また幼稚園を休んだわ」
「……」
「ここまで没頭するなら逆に、音楽を学ばせないほうが良いのかしら」
才能は間違いなく、あると思う。しかし伸ばしてしまっていいのか。
それは母親としての苦悩であり、気難しい
「私はイオちゃんに、どうしてあげるべきかしら」
「……そうだな」
そんな母親の悩みを聞いて、父親はむしろ……。
─────あのMVが伸びたのは、
イオが何気なくはなったこの発言。
実はプロデューサーをしている父親も、まったく同じ意見だった。
「確かに音楽を学ばせないほうが良いかもな」
「え~、パパもそう思う?」
イオの曲は聞きやすいが、別に名曲と言えるほどではない。
プロ作曲家として活動するなら、下限ギリギリの実力だ。
五歳の女児が、プロとして下限レベルの作曲が出来ることは異常である。
しかしあの曲だけでは、大した評価は得られなかったと思う。
「幼稚園に行かせる方が大事よね。イオちゃんの才能はもったいないけど……」
「いや、そうじゃない」
それを覆したのは間違いなく母親、
トップアイドルになる才能を秘めた母親が、親バカ全開で歌ったのだ。
それで、伸びないはずがない。
「イオには、プロデューサーの方が向いてるかもしれない」
「え?」
自作曲のMVが伸びたのだ、普通は喜ぶ。
自分には才能があるのだと、自惚れてしかるべき。
その客観性、俯瞰性はプロデューサーとしての明確な資質。
「俺もイオと同じ意見だ。あのMVが伸びたのは君の実力だろう、
「え、えぇ……? パパまでそう言うの?」
「あの年でそれを客観視できるなら、プロデューサーになるべきだ」
そう言って父親は、作りかけの娘の楽曲に手を伸ばした。
古臭い歌詞に、昭和じみたメロディ。
イオが昭和のアイドル『十和田ヒカリ』が好きなことが影響しているのだろう。
「イオは音楽家として天才になれるが、プロデューサーなら怪物になるかもしれん」
「イオちゃんはそっちの才能もあるのねぇ」
イオに音楽の才能がないとは言わない。天才の部類に入る。
ただ彼女の真価は、MVの伸びを冷静に分析できるその聡明さ。
イオの天職は、彼女の希望した通りプロデューサー業にある。
……父親が、そう考えた矢先。
「……」
イオの残した楽譜を見て、父親
「母さん、この曲をイオが……?」
「うん。今日イオちゃんが作った曲よ」
「もう、この曲聞いたか?」
「いえ、まだだけど」
それは一曲目とはまったく違う、おだやかなバラード。
歌詞はどこか心温まるもので、曲調は歌いやすく覚えやすい。
サビはまだ未完成みたいだが、これは─────
「……前言撤回だ、母さん」
「はい?」
一曲目は、無理にアップテンポにしたような不自然さを感じた。
もう少しゆっくり歌えばいいのに、という箇所がいくつかあった。
「いや、これは……」
「パパ?」
「このまま、売れるぞ……?」
だけど二曲目は違う。熟練のバラード作家が書いたような、穏やかで温かい楽譜と歌詞。
明らかに、一曲目とはクオリティが段違いに高い。
「……奏はこれも歌うのか?」
「ええ、イオにお願いされたから。私のために作った曲だ、って」
何よりこの曲は、
まだ奏をプロデュースしていたなら、こういう曲を当てるだろう。
あの娘は五歳にして、アイドルのイメージに合わせて作曲できている。
「この曲は伸びる。前の動画など、比べ物にならないほど」
「え、本当に?」
「……俺も、イオに音楽を習わせたくなった」
そう言うと父親は、カタカタとパソコンで作業を始め。
まもなく、画面を奏の方に向けた。
「曲が出来たら言ってくれ、ちゃんとしたスタジオを借りる」
「ちゃんとしたスタジオ? お金大丈夫?」
「俺の口座から出す」
それはプロ御用達の、本物のレコードスタジオだ。
一日の料金は数十万円、素人が動画投稿するために借りる場所ではない。
「その代わり、イオもレコーディングに連れて行ってやりなさい」
「イオちゃんを収録に?」
「収録現場を見せたら、音楽に興味がわくかも」
「なるほど、さすがはプロデューサーさんね」
どうせなら、幼少期からトップクラスの経験をさせてやりたい。
それはプロデューサーとしてではなく、一人の親としての気持ち。
「タイミングを見て、俺も顔を出すよ」
「え、良いの?」
「ウチの事務所のすぐ近くだからな、昼休みに寄れたら寄る」
また
かつて『稀有な才能』を持っていた担当アイドルに、十年越しにオリジナル楽曲があてがわれたのだ。
「……ふふ、楽しみだわ!」
「カラオケとかでボイトレしておけよ」
「はーい」
現役時代、歌も踊りも投げやりでやる気が感じられなかった。
そんな彼女が全力で歌い始めたのは、愛娘イオが生まれたから。
「昔、奏がその顔できてたらテッペン取れたんだがなぁ」
「ふんふんふーん♪」
十年越しの、
そんな妻のご機嫌な顔を、父親は何とも言えぬ顔で見つめた。