【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが   作:あいどりゅ

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エピソード4「才能、開花」

 

『可愛すぎて、三十歳とは思えません!』

『ほれぼれする歌唱力に感動しました』

『ババア結婚してくれ!!』

 

 その動画のコメント欄は、なかなかに阿鼻叫喚だった。

 

 三十歳を超えた一児の母に、壮絶なファンコメがたくさんついていた。

 

『オリジナル楽曲だけではなく、カバー歌って欲しいです!』

『貴女の歌声で、有名曲を聞いてみたい』

 

 母さんの動画を見て絶句した。我が母ながら、アイドル顔負けの歌唱力だ。

 

 歌声が妙に耳に残る。こりゃあ伸びてしかるべきだ。

 

『この曲もすごくイイ! ノスタルジックで、乗れるテンポ』

『古臭さがちょうどいい。こういうのでいいんだよ』

『楽曲提供者のイオって誰かの別名義? 曲が古臭すぎるし、新人じゃないでしょ』

 

 そのコメントの中に、いくつか曲にも言及があった。

 

 おおむね好意的な意見だったけど、共通して語られていたのは、

 

『この曲、昭和を思い出すなぁ』

『一周回って、この古さがいいよね』

 

 やはり僕の曲は古臭いという、厳しい評価。

 

 まぁ仕方ない。僕なりに、現代風味を取り入れたつもりだったけど……。

 

 これが令和における、僕の音楽家としての実力だ。

 

 

 

 

「ほら、イオちゃんの曲はこんなに評価されてるのよ」

「……」

「だから、音楽教室に……」

 

 母さんの動画がプチバズったのを受けて、僕は困っていた。

 

 僕の曲のMVが伸びたのは、確かにうれしいけど。

 

「ど、どうしたの、イオちゃん。そんな険しい顔でコメントを見て」

「……違う」

 

 たくさん感想コメントが貰えたのも、嬉しかった。

 

 動画にしてくれた母親に、感謝したいと思っている。

 

 だけど、

 

「評価されているのは、母さんだよ」

「……え?」

「ぼくじゃ、ない……」

 

 数十個付いたコメントの殆どが、母さんへのファンコメントだった。

 

 曲に言及しているコメントは、数個にすぎない。

 

 何より、動画を視聴した僕自身もそう感じた。

 

 この動画の見所は曲じゃなく、母さんの歌唱力であると。

 

「な、なんで落ち込んでるの? イオちゃん、一万再生ってすごいのよ」

「……」

「何で泣きそうになるのよぉ!」

 

 前世でプロ作曲家だった僕が、素人の歌唱力にコンテンツ負けしたのだ。

 

 母さんの歌がうますぎたのも一因だが、他にも何か理由があるはず。

 

 考えろ、僕の曲には何が足りない?

 

 どうして僕の曲は、こんなにも拙い?

 

「……うん。やっぱり付け焼刃だからか」

「イオちゃん?」

 

 一つは単純に、アップテンポな曲を作る練度が不足していたと思う。

 

 曲のテンポが、僕のクリエイター性に合致していないのだ。

 

 そしてもう一つの要因は、

 

「そもそもこの曲、母さんの声質には合ってない……」

「ええ!?」

 

 あの曲は、母さんに歌ってもらうつもりじゃなかった。

 

 僕が思い描いていた歌い手は、十和田ヒカリだ。

 

「がーん、他の娘に歌って欲しかったってこと……?」

「ううん、そうじゃなくて」

 

 いかに母さんが見た目若くて歌が上手かろうと、すでに(33)。

 

 声質もどちらかというと、艶のあるセクシーな低音。

 

 若々しい歌詞と昭和臭い曲風も相まってキツさを感じた。

 

「母さんにはもっと合う曲があるよ」

「……え?」

 

 あの曲は失敗作だ。とても聞けたもんじゃない。

 

 MVが伸びたのはひとえに母さんの実力であって、僕の曲の力じゃない。

 

 クリエイターが自作を客観的に評価できなくなったらおしまいだ。

 

「次も母さんが歌ってくれる?」

「え、うん。それは、もちろん」

「じゃ、最初からそのイメージで作る」

 

 僕は仮にも昭和時代に、ミリオンヒットを飛ばした作曲家。

 

 時代遅れの遺物なりに、小さな意地がある。

 

 次は母さんに合うような曲を作って、もっと伸ばす。

 

「いや、その、そうじゃなくてさ。音楽教室に……」

「ストップ。母さん、動かないで」

「……えぇ?」

 

 僕は台所に立つ母さんを睨み、パケ写をイメージする。

 

 うん。母は低音ではあるが、楽観的で明るい歌詞が似合いそうだ。

 

 母さんには、ゆっくりとした曲が相性がいい。

 

「……母さん、台所に立って」

「こ、こうかしら?」

「料理をしながら歌うとしたら……こんな歌詞になって……」

「イオちゃん、イオちゃーん?」

 

 令和チックのアップテンポで、派手な歌はあわない。

 

 明るくゆっくりとした、僕の得意なバラードがいい。

 

 せっかく一児の母なのだ、母性をアピールする形にしよう。

 

「ねえ母さん。エプロンつけて、包丁を手に持って……?」

「え、あ、はい」

「……うむ」

「え、何で黙るの? イオちゃん、イオちゃーん?」

 

 浮かんでくるイメージを、歌詞を、乱雑に紙に書き散らす。

 

 母さんを輝かせるにはどうしたら良いか。

 

 どうスポットライトを当てれば、魅力的に見えるか。

 

 そのイメージ案がいくつも脳裏に浮かびあがっていく。

 

「イオちゃん? そろそろ幼稚園の時間よ?」

「……」

「それとあの、ママそろそろお買い物に行かないと」

「…………」

 

 イメージが浮かべば、そこからは吹き出す泉のように。

 

 気づけば僕の色鉛筆は、折り紙に楽譜を書きだしていた。

 

「イオちゃん? イオちゃんってば!?」

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、パパ相談なんだけど」

「……おう」

 

 同日、深夜0時。

 

 ノートパソコンをカタカタと打ち込む父親に、母親は話しかけていた。

 

「あの子、やっぱりちょっとおかしいわ」

「イオのことか」

「普通じゃないというか。天才肌というか」

「また、何かあったのか」

 

 明るい彼女にしては珍しく、疲れ切った顔だ。

 

 まるでアイドル時代、夜までレッスンを受けた時のような顔だった。

 

「イオの曲が評価されたと、昨日はあんなに喜んでいたのに」

「それがあの動画を見せても、イオちゃん喜ばなかったのよ」

「ふうん?」

 

 昨晩の母親(カナデ)はイオの曲が伸びて、大喜びだった。

 

 作曲者が娘で、しかもまだ五歳であることは開示していない。

 

 イオの曲のMVがバズったのは実力だと、母親は飛び跳ねた。

 

 なのに、

 

「動画を見たイオちゃんは、悔しそうにこう言ったわ」

「何を言ったんだ?」

「これは母さんがバズっただけだ、僕の実力じゃないと」

「……」

 

 五歳の幼児が曲を作るだけでも、天才的だ。

 

 ましてやバズ曲を生んだなど、末恐ろしい才能である。

 

 しかしこの結果を見てイオは、むしろ悔しがった。

 

 動画コメントを見て、諦めたような表情をしていた。

 

 それはまるで、自分には才能がないんだと言いたげな表情。

 

「曲が良くなかったら、こんなに伸びないっていうの!」

「一万回も再生されたことの価値を分かってないんだろうさ」

 

 このイオの反応は、母親にとって肩透かしだった。

 

 イオのためにお金をかけてスタジオを借り、一万再生まで達成したのだ。

 

 手放しで喜ぶ娘(イオ)の顔を、期待していたのである。

 

「悔しそうに、新しい曲を作りはじめたわ」

「ほう、すぐ新曲に取り掛かったのか」

「まだ出来てないみたいだけど」

 

 母親はそう言って、ダンボールにしまった折り紙の山を指さした。

 

 そこには、書きかけの楽譜が何枚も重ねられていた。

 

「そのせいで、また幼稚園を休んだわ」

「……」

「ここまで没頭するなら逆に、音楽を学ばせないほうが良いのかしら」

 

 才能は間違いなく、あると思う。しかし伸ばしてしまっていいのか。

 

 それは母親としての苦悩であり、気難しい芸術家(アーティスト)に対する愚痴でもあった。

 

「私はイオちゃんに、どうしてあげるべきかしら」

「……そうだな」

 

 そんな母親の悩みを聞いて、父親はむしろ……。

 

 娘(イオ)の評価を、大きく改めていた。

 

 

 ─────あのMVが伸びたのは、歌沖(かおき)奏(かなで)の実力である。

 

 イオが何気なくはなったこの発言。

 

 実はプロデューサーをしている父親も、まったく同じ意見だった。

 

「確かに音楽を学ばせないほうが良いかもな」

「え~、パパもそう思う?」

 

 イオの曲は聞きやすいが、別に名曲と言えるほどではない。

 

 プロ作曲家として活動するなら、下限ギリギリの実力だ。

 

 五歳の女児が、プロとして下限レベルの作曲が出来ることは異常である。

 

 しかしあの曲だけでは、大した評価は得られなかったと思う。

 

「幼稚園に行かせる方が大事よね。イオちゃんの才能はもったいないけど……」

「いや、そうじゃない」

 

 それを覆したのは間違いなく母親、歌沖(かおき)奏(かなで)の才能(タレント)だ。

 

 トップアイドルになる才能を秘めた母親が、親バカ全開で歌ったのだ。

 

 それで、伸びないはずがない。

 

「イオには、プロデューサーの方が向いてるかもしれない」

「え?」

 

 娘(イオ)の特異性はむしろ、『母親のおかげで伸びた』と客観視できた点だ。

 

 自作曲のMVが伸びたのだ、普通は喜ぶ。

 

 自分には才能があるのだと、自惚れてしかるべき。

 

 その客観性、俯瞰性はプロデューサーとしての明確な資質。

 

「俺もイオと同じ意見だ。あのMVが伸びたのは君の実力だろう、奏(かなで)」

「え、えぇ……? パパまでそう言うの?」

「あの年でそれを客観視できるなら、プロデューサーになるべきだ」

 

 そう言って父親は、作りかけの娘の楽曲に手を伸ばした。

 

 古臭い歌詞に、昭和じみたメロディ。

 

 イオが昭和のアイドル『十和田ヒカリ』が好きなことが影響しているのだろう。

 

「イオは音楽家として天才になれるが、プロデューサーなら怪物になるかもしれん」

「イオちゃんはそっちの才能もあるのねぇ」

 

 イオに音楽の才能がないとは言わない。天才の部類に入る。

 

 ただ彼女の真価は、MVの伸びを冷静に分析できるその聡明さ。

 

 イオの天職は、彼女の希望した通りプロデューサー業にある。

 

 ……父親が、そう考えた矢先。

 

「……」

 

 イオの残した楽譜を見て、父親照玄(しょうげん)は固まった。

 

「母さん、この曲をイオが……?」

「うん。今日イオちゃんが作った曲よ」

「もう、この曲聞いたか?」

「いえ、まだだけど」

 

 それは一曲目とはまったく違う、おだやかなバラード。

 

 歌詞はどこか心温まるもので、曲調は歌いやすく覚えやすい。

 

 サビはまだ未完成みたいだが、これは─────

 

「……前言撤回だ、母さん」

「はい?」

 

 一曲目は、無理にアップテンポにしたような不自然さを感じた。

 

 もう少しゆっくり歌えばいいのに、という箇所がいくつかあった。

 

「いや、これは……」

「パパ?」

「このまま、売れるぞ……?」

 

 だけど二曲目は違う。熟練のバラード作家が書いたような、穏やかで温かい楽譜と歌詞。

 

 明らかに、一曲目とはクオリティが段違いに高い。

 

「……奏はこれも歌うのか?」

「ええ、イオにお願いされたから。私のために作った曲だ、って」

 

 何よりこの曲は、歌沖(かおき)奏(かなで)の雰囲気にピッタリだ。

 

 まだ奏をプロデュースしていたなら、こういう曲を当てるだろう。

 

 あの娘は五歳にして、アイドルのイメージに合わせて作曲できている。

 

「この曲は伸びる。前の動画など、比べ物にならないほど」

「え、本当に?」

「……俺も、イオに音楽を習わせたくなった」

 

 そう言うと父親は、カタカタとパソコンで作業を始め。

 

 まもなく、画面を奏の方に向けた。

 

「曲が出来たら言ってくれ、ちゃんとしたスタジオを借りる」

「ちゃんとしたスタジオ? お金大丈夫?」

「俺の口座から出す」

 

 それはプロ御用達の、本物のレコードスタジオだ。

 

 一日の料金は数十万円、素人が動画投稿するために借りる場所ではない。

 

「その代わり、イオもレコーディングに連れて行ってやりなさい」

「イオちゃんを収録に?」

「収録現場を見せたら、音楽に興味がわくかも」

「なるほど、さすがはプロデューサーさんね」

 

 どうせなら、幼少期からトップクラスの経験をさせてやりたい。

 

 それはプロデューサーとしてではなく、一人の親としての気持ち。

 

「タイミングを見て、俺も顔を出すよ」

「え、良いの?」

「ウチの事務所のすぐ近くだからな、昼休みに寄れたら寄る」

 

 また母親(カナデ)にとっても人生で初めての、本格的な楽曲収録である。

 

 かつて『稀有な才能』を持っていた担当アイドルに、十年越しにオリジナル楽曲があてがわれたのだ。

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)の元プロデューサーとしての、思い入れもあったのかもしれない。

 

「……ふふ、楽しみだわ!」

「カラオケとかでボイトレしておけよ」

「はーい」

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)は、アイドルになりたくなかった天才である。

 

 現役時代、歌も踊りも投げやりでやる気が感じられなかった。

 

 そんな彼女が全力で歌い始めたのは、愛娘イオが生まれたから。

 

「昔、奏がその顔できてたらテッペン取れたんだがなぁ」

「ふんふんふーん♪」

 

 十年越しの、怪物(かなで)の躍動。

 

 そんな妻のご機嫌な顔を、父親は何とも言えぬ顔で見つめた。

 

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