本丸の騒がしい空気に、蛍丸は目を覚ました。
「…なに?」
気が付いた明石国行が、目を開ける。
「ああ、なんかにっかりはんが、主がいるていいだしてなぁ」
だらりと寝そべり、興味なさげだ。でも、蛍丸は知っている。明石国行、愛染国俊、そして、自分を含む来派は、ずっと主の行方を気にしていたことを。
この本丸の主は少々特殊な経歴の持ち主だ。
人間の世界で溶け込んで暮らしていた座敷童が、とりついていた家族が歴史修正のあおりを受けていなくなったから、取り戻すために審神者になった。
人間の頃、その家の子供とよく似た姿だったという主は、あまり座敷童らしくはなかった。
蛍丸が顕現された頃には、短刀たちと本丸を駆け回って遊ぶ、元気な子供だった。
太陽みたいな笑顔が印象的で、遊ばないと本丸を維持するためのエネルギーが足りなくなるのだという。
「蛍丸、つっかまえたー!」
鬼ごっこをすると、主は相手を捕まえるのに抱き着いてくる。柔らかくて、温かい身体は人間そのものだった。
「捕まっちゃった」
蛍丸が抱きしめ返すと、ちがうよー、と能天気に返す。
「次は蛍丸が鬼だからね」
「うん」
愛染や、他の短刀も混じった鬼ごっこは、おそらく蛍丸が一番捕まえやすかったからに過ぎない。
それでも、蛍丸にとっては温かい主との思い出だ。
「蛍─っ!」
障子を開いて、愛染が駆け込んできた。
「にっかりが、主がいるって!」
「今聞いた」
「俺たちも探そうぜ!」
やっぱり、かくれんぼしてただけなんだ、と愛染が握り拳を握って、天を仰いだ。
主は家族を取り戻すために審神者になった。それは、本丸の全員が知っていた。
でも、まさか、とりもどしたらいなくなるなんて、誰も思わなかった。
こんのすけは、目的を果たしたから、本来の座敷童という側面が強くなってしまったと言った。
意味が分からなかった。
初期刀の蜂須賀虎徹なんて、それを聞いたら、憤慨していた。
「歴史修正主義者がいる限り、戦は終わっていないというのに! 何を勝手なことを!!」
顕現時から主に一番振り回されて、一番傍で助けてきた刀剣男士だ。だから、納得できなかったのだろう。
いろんな方法を試し、主を見つけようとした。でも、主は出てこなかった。
「…本当に、主はもう、出てこられないのか。もしかして、いなくなってしまったのか、本丸に同化してしまったのでは」
そんなことを言い出すものがいたのは、座敷童が家に憑く妖怪だったからだ。
愛染が蛍丸の手を引っ張る。
「蛍」
蛍丸が動き出すと、明石も気怠そうに起き上がり、ついてきた。
三振で大広間に行くと、全員があちこちを探している。
蛍丸は眠い目を開けて、首をかしげる。
「…何してんの?」
「主を探してるんだろ」
当たり前だろ、と愛染が強く言う。
わかるけど、蛍丸にはなんとなく違う気がした。
「国俊、主はさ、かくれんぼ、してる」
「だよな」
「だからさ、探すなら。こう」
愛染の手を放し、蛍丸は徐に自分の後ろに手を伸ばし、抱きしめる動作をする。
「主、つかまえた」
次の瞬間、蛍丸の腕にふわふわと光が蛍のように集いだす。
そうして、それが引いた後には、主の姿が出てきていた。
愛染と明石が固まる。
蛍丸の腕の中の主が、泣きそうな顔を驚きに変えて、叫んでいた。
「なんで!?」
叫んだ拍子に零れた涙に、蛍丸が口を寄せる。
「らぶぱわー」
「え!?」
大広間での出来事だから、周囲は大騒ぎだ。
「主!」「主君!」「大将!」
それぞれの呼び方で、主の出現に驚き、声を上げる。
中でも一番驚いているのが、主だった。
次が蜂須賀。
「主! あなたという人は!! どうして急に!!」
「いや、私にもわからない。ちょ、ま、待って、蛍丸!?」
「なに?」
主が呼んだのは、蛍丸が抱き着いたまま、主の首に口を寄せるからだ。
「いったん!いったん落ち着かせて!?」
「えー、俺が見つけたのに」
「それはそうなんだけど」
不満そうな蛍丸に、明石が息を吐く。
「蛍丸、自分らにも説明、欲しいですわぁ……。なんや、蚊帳の外ちゅうのも考えもんですし」
「そうだよ、蛍!」
同派の明石と愛染に言われて、蛍丸はようやく主から離れた。不満そうに。
「て、手は」
「だめ、このまま」
蛍丸がいうと、石切丸が寄ってきた。
「そうだね。このままがいいだろう」
「なんで?」
「蛍丸でなければ、私や太郎太刀、次郎太刀になるよ。でなければ、主はまた見えなくなってしまう」
「そうなの!?」
主本人が一番驚いていたので、他のものはそれを口に出すこともできなくなった。
とりあえず、大広間の中央に主を囲むようにして、皆で集う。
「正直、私にもよくわかんない」
「家族の歴史がちゃんと戻って、安心して本丸に帰ったら、皆が私を目の前で探すんだもん。吃驚したよ」
「はちは怒ってるし、皆困ってるし。でも、遊べてはいたんだよ? 粟田口に混ざるのは簡単だから」
短刀の藤四郎兄弟たちがハッとする。
「時々、誰かわからない短刀混じってた」
「あれ、大将だったのか!?」
主がいなくなって、短刀たちが相談して決めたのが、毎日の鬼ごっこやかくれんぼ。これまでの習慣だった。もしも主なら混じって出てくるかもしれないと。
「でも、最後には皆見つけられなくて…」
主は困り切った様子で、両眉を下げる。
「どうにもならないのかな、って思ったら、にっかりがいるよっていってくれて、すごく嬉しかった」
そこで、主がにっかり青江を見ると、にっかりはひらひらと手を振る。
「でも、それでも見つけてもらえなくて、悲しくなってたら、蛍丸が」
主が蛍丸に向き直る。
「どうして?」
「だから、らぶぱわーだって」
「蛍丸が私をって、聞いたことないんだけど」
その疑問に、蛍丸はけろりと返す。
「うん、いってなかった」
主からすれば、そんな素振りは一度も見たことがなかったからだろう。
「いつから?」
震える主に蛍丸はいつもの顔で笑う。
「最初のぎゅーかな」
ぎゅーというのは、主がよく遊びで捕まえる際に抱き着いてくることだ。
「最初って、あの遊びの?」
「そう。あれで、俺もね、ぎゅーってなった。でも、主が知ったら逃げるから」
「そっ」
蛍丸は主から目を離さずに告げる。
「もう見えないのはだめだよ。俺のだから」
「どういう理屈!?」
「だって、次捕まえたら、絶対逃さないって決めてたから」
何かを言おうとした主は数回口を開閉し、諦めたように肩を落とした。
「聞いてない」
「言ってないし」
ちらりと主が蛍丸を見る。その頬と耳が色を染めたように赤く色づいていた。
一部の男士がそれに目を瞠る。見たことがなかったからだろう。
だが、一部の男士は訳知り顔で頷いている。
「もー…仕方ないなあ」
主が恥ずかしさを隠した強がりで言うと、蛍丸は得意気に続けた。
「でも、主、俺のこと愛してるでしょ?」
「っ!!!」
「へへ、全部わかってるから。ね」
わなわなと赤い顔で震える姿が雄弁に語る。
まさかの主の恋の相手が蛍丸とは、誰も予想だにしていなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
鶴丸が声を上げる。
「俺もよく遊んでたよな?落とし穴作ったよな!?」
「鶴丸?」
「なんで俺じゃない!?」
「…なんで?」
必死な鶴丸に、主本人が怪訝そうだ。
まったく、意識されていなかったことが分かる様子に、広間が静まり返る。
通常、鶴丸といえば、伊達男で面白爺で有名で。落ちる審神者は数知れない。
それでも、主にとってはただの遊び相手に過ぎなかったらしい。
「ほんま、よう帰ってきましたねぇ。……で、その、あつあつな状況はいつまで続くんでっしゃろか?」
明石が気怠げにそう投げかけると、広間にはさらに苦笑が広がった。
「だめだって。主は俺のだから」
蛍丸が畳みかけ、主に抱き着く。
「もう、逃がさないから」
まったく説明をしようとしない蛍丸に見かねて、石切丸たち御神刀が説明するには。
妖怪により近くなってしまった主は、普通の方法では現出できなくなってしまったらしい。
方法は今まで通りに遊びだが、より強い想いを必要とする。
「強い想いがあれば、蛍丸以外でも?」
「できるでしょうね」
蛍丸が主を強く抱きしめた。
「だから、だめだって。主はもう俺の!」
「ほ、蛍丸」
強気な蛍丸と弱気な主という立場の逆転した二人に、本丸が慣れるのは、数日かかるかもしれない。
だが。
「…見つけてくれて、ありがとう、蛍丸。さすが、私の蛍丸だね」
こっそりと主が囁く。
蛍丸はふわりと笑って、さらに強く抱きしめた。
「言ったでしょ。お前は俺のだから」
誰にも見えない秘密の繋がりなんて、もういらない。
明日になれば、またこの本丸は賑やかな遊び場に戻るだろう。でも、主が明日もここにいてくれるのは、蛍丸が今夜、誰よりも強く彼女を世界に定義したからだ。
本丸の草木がさわさわと笑う。主を繋ぎ止めるための、永遠に続く鬼ごっこが、今夜も始まる。
(おしまい)