ある世界線では、ピュラーという少女はいない。
戦神「アレス」に娘はおらず、マリウスは更に神に振り回され、ラキア国王は「愚王」と呼ばれていた。しかし、ある少女に出会ったことで、その運命は大きく変わる。
少女がオラリオを訪れる、何百年前。
深い森の中。下界に降り立った戦神「アレス」は溢れんばかりの自信を持っていた。
「ふむ、ここが俺のスタート地点か。ま、これから偉大なる神と呼ばれる俺には、相応しい場所だな」
前向きにニコっと笑い、辺りを見渡す。確かにその森は、衣食住の揃う完璧なスタート地点であった。瑞々しい木の実が実り、澄んだ川には魚が泳ぎ、小動物たちが駆け回っている。生活するには十分すぎるほどの豊かな自然であった。
そして、神は迷った。
「…おかしい。進んでも緑しかない」
森だからである。
一日が過ぎ、三日が経ち、数週間が経った。下界に来てからどれほどの時が経ったのだろう。ただひたすらに、鬱蒼とした緑の中を彷徨い続けた。幸い、飢え死にすることなく、凶悪なモンスターや悪党の類に出くわさなかったのは、運がよかったのだろう。だが、どれだけ歩いても下界の奇跡である「人」の気配がない。
「うぅ、誰かいないのか…?」
かつての威勢はどこへやら、戦神はすっかり気落ちしてとぼとぼと力なく歩いていた。人の気配を探して、視界が明けた方へと足を動かす。そうして、ひときわ大きな木がそびえ立つ、なだらかな丘へとたどり着いた。
その時だった。
(やー、んー?)
風に交じって、そんな微かな声が聞こえてきた。
か細く、けれどたまらなく幼い、小さい命の鳴き声。
戦神の顔が、一瞬でパッと輝きを取り戻す。
「だ、第一村人発見か!?」
わくわくと胸を躍らせ、足取りも軽く大木の下へと向かう。
優しくあたたかな風が吹く。
黄金色の太陽が辺りを眩しく照らす。
大木の周囲を、かすかな光の玉がほよほよと、楽しげに浮かび始めた。
赤、青、黄色ーー鮮やかな光の粒子が宙を舞って、きらきらと輝く。
それはまるで、この場に立つ神と、その目の前にいる存在との出会いを祝福するかのような。
「戦」を司る神には似合わないはずの、幻想的な光景だった。
神は見た。そして、出会ってしまった。
「……」
神は言葉を失い、その光景に釘付けになった。
木漏れ日の中、無邪気な笑顔できゃっきゃと手足をばたつかせ、ソレの上に乗る赤ん坊。
幼い赤ん坊を守るために必死で神をぷるぷると震わせながら、威嚇する、まだ弱きソレ。
ソレは馬の形をした、艶やかな蒼い毛並みが美しい、黄金色の鋭い瞳を持つ精霊。
そんなことは露知らず、
神の視界には、真っ直ぐに己を見つめる瞳を持つ赤ん坊しか映っていない。
ズキュゥゥゥーン!!!
神は、その胸を、言葉にできない衝撃に激しく撃ち抜かれていた。
「はわわ……」
天界でも見たことがない、この愛くるしさ。
威嚇する精霊から、容赦なくシュバッと、赤ん坊を抱きあげる。
首が据わっている命を大切に抱え込む。
己の力で、壊さないように、ゆっくりと優しく。
当の赤ん坊は、急に自分を包み込んだ大きな温もりに、ちっとも怖がる様子はなく。
むしろ、獅子を彷彿とさせる金髪を引っ張ってきゃっきゃと喜んでいる。
下界に降りて、初めて触れた温もり。
あの「戦神」である己を全く恐れない、無垢な信頼の証。
「あう…?」
神の腕の中で、赤ん坊が小さな声を漏らす。
その黄金色の大きな瞳が、戦神をじっと見つめる。
ほにゃとお花が舞っているように、微笑む赤ん坊は神の顔を触ろうと小さくてか弱い腕を伸ばす。
神は、そっと自身の人差し指を差し出した。
それを、赤ん坊はぎゅっと小さな手で、握りしめる。
「……!」
あたたかい。すぐに消えてしまいそうな命。
天界での退屈な日々も、この森で迷子になっていた不安も、全てがその温もりにより消えていく。
そして、神は何を思ったのか。
俺は一度この子を産んだ記憶がある。
俺の子だな。
記憶が改竄された。
自分の都合の良い記憶が、勝手に脳内に刻み込まれる。
存在しない記憶であった。
こうして、金すら持たぬ一柱の迷子神は、一人の赤ん坊とその子に付き添う精霊と出会い、「父親」になった。
勝手に赤ん坊を抱きあげたせいで、精霊にガブッとかまれながらも、
赤ん坊とこの生意気な精霊を養うことにした。
父親として、家族の大黒柱として、戦神はまず木の下に家を建てることにした。
「今からお前たちは俺の家族だ。しっかり守ってやるからな」と赤ん坊と精霊の頭をよしよしする。
時が経ち、数々の困難を乗り越えて最終的に戦神は精霊に「この子を託せる」存在と認められた。
後に、下界を揺るがす「軍事国家ラキア」の建国。その一歩は、親バカが「娘と
戦神は脳筋であり、性格は極めて好戦的で自分勝手、自信過剰、傲岸不遜という言葉が似合う存在であったはずだった。しかし、この世で最も大切な愛娘と容赦がない友との出会いにより、脳筋で好戦的な部分以外は、比較的改善した。
子は親を見て育つ。
愛娘にカッコよく見られたい。
パパに憧れてほしい。
元々その才能はあったのだ。
愛娘たちとの出会いをきっかけに目覚めたのである。
親バカな思いが芽生えたおかげで、
元々学習能力が低いはずの戦神は下界で異常なまでの成長をした。
コツコツと努力を積み重ね、自身の培った知識を活かす。
1人、数人、数十、数百、と、だんだんと部下や民が増えていく。
本来ならば、嫌われるはずの精霊たちに好かれるようになった。
なんだかんだ言って、お馬鹿で優しい神を気に入ったのだ。
こうして、本来ならば簡単に倒されるはずの戦神は、
次々と現れる敵を吹き飛ばし、大切なものを守る力を長年かけて手に入れた。
オラリオ以外に戦争をしかけ、徐々に領地を広げていった。
政治、経済、農業、漁業、工業、防衛など、
全てにおいて人々が主軸になるように助言を与え、見守る。
自身が神の恩恵を与えたものに、厳しい壁を与え、鍛えまくる。
己の判断で、生き抜くことができる人に。
いずれ娘が生き残るための術を教えるために
潜在的な能力を開花させ、その様々な経験を積んでいく。
こうして、ツンデレ属性の民に信頼される「神」となる。
戦神は子育てもしっかりこなした。
「初めての子育て」と言う本を読み、眷属の奥さんたちに教えを請う。
時には夜泣きに悩まされながらも、
イヤイヤ期に入った愛娘の気持ちをしっかり受け止めながらも、
精霊たちから呆れられながらも、
ポンコツを発動した際に眷属たちから叱られて反省しながらも、
一生懸命に頑張る、不器用な新米パパ。
「やっぱり、アレスだな」と呆れるぐらいの、ポンコツさは残っているが、天界の神々が「お前、本当にアレス?」と目を疑うほどに、成長した。きっと、負けず嫌いでナルシスト気味なところも起因していたのだろう。
戦神の娘は成長が非常に遅かった。
彼女の時間が、しっかり動き出したのは将来の天才苦労人が生まれた時である。
そして、可愛い娘が旅立った時にはすでに、何百年も経っていた。
ちなみに、戦神は神レベルを超えるほどの育児スキルを獲得している。
民衆の新米ママとパパに定期的に「アレスによる子育て講習」なるものが開催されている。
他にも、子育ての支えとなる政策、国のための未来の人材育成、芸術・科学の発展など、
「戦」ではなく「平和」を司った方が良いのでは?と言えるほどに主神として頑張っている。
そのおかげか、頭の可笑しい勧誘熱心な信者も現れているが。
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極東に武者修行に出かけていた愛娘が、帰省して半年。
俺の反対を押し切り、マリウスと結託してオラリオに旅立った愛娘。
これもピュラーの見識を広げるために必要ではあるが……
やはり、反抗期か。反抗期だな!!!
うぅ、いずれ来ると分かっていたが、親としては寂しいものがある。
極東の件と同様のものだと思うが、反抗期が数年以上続くとかあるのか?
「んー!ん、んんー!」と言って定期的に手紙の交換と帰省することを約束はした。
けど、寂しい。
どうやらマリウス達に密偵役の仕事を頼まれたらしい娘。
ピュラーならば期待以上の成果を出す。見る目があるぞ、我が眷属たちよ。
世界最後の希望である、英雄の都「オラリオ」。
俺も最初はそこに行こうとしたが、当時「
あの二柱は、ピュラーの教育に悪い。非常に悪い。
ダンジョンという、人材育成の最高教育機関があるから何度も戦争を仕掛けているが、何故かうまくいかない。数十年前に、ある人材を引き抜いたおかげで、今はダンジョンを狙う必要もない。
が、戦争はしたい。俺のライバルはオラリオしかいない。
闇派閥が蔓延っているオラリオに、娘を行かせたくない。
俺の教えをしっかり学び、誰かを守る力を持つ娘が寿命以外で死ぬことはない。
しかし、親としては、大変心配である。
けど、娘が夢を叶え、成長するためのきっかけになると、俺の勘が言っている。
これは、必然なる運命だったのだろう。
それに、娘には伝えていないことはある。
いつかあの子が一人前になり、俺ではない、俺が信頼できるものに出会えるまで、
アレは内緒にしておこう。
そして、結婚相手を連れてきた日には、そいつを絶対見極める。
最初の関門は、きっとカリオンだろうが、
俺の目に叶うといいな。娘が認めた、未来の息子候補よ。
「ふははははははっははっ、ケホ。唾が気管に入った、ケホッ」
「突然、笑い出して何やってるんですか、アンタ」
「何でもない。ただ、少し考え事をしていただけだ」
「それより、この書類を確認してください。再来月に開催される「精霊感謝祭」の計画書です。来月には精霊の住処にご挨拶しないといけないのですから」
「わかっているぞ、マリウス」
ラキア王国の城。その最上階には「戦神用の執務室」が存在する。
ピュラーが「看板娘の嫉妬深いストーカー予備軍」の中でも厄介な女の子に、昼間から追っかけられている頃。戦神と幼馴染はいつも通りであり、一般人に変装した信者な王も今はラキアの都市外で視察を行っていた。
ピュラーはどのファミリアに所属するか
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ヘスティアファミリア
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フレイヤファミリア