「暑いね〜ほんと」
茹だるような暑さの中、五条悟はそう呟いた。廃墟の中を夕日が茜色に照らしている。
神奈川県のとある廃墟。地元では、幽霊が出る心霊スポットとして有名な場所だった。こういった呪いが発生しやすい場所は、高専関係者が定期的に巡回することになっている。
この廃墟も、その巡回の場所の一つだった。
「呪霊の減少ねぇ……」
ここ数年、この廃墟周辺の呪霊が急激に減っていた。高い等級のものはともかくとして、低級、果ては蠅頭すらも激減している。
誰かがこの辺りの呪霊を間引いているのか、あるいは呪霊が共食いを行っているのか。それとも別の何かが起こっているのか。
人的被害が報告されているわけではなかったので、危険度の高い他の任務が優先され、長らく放置されていたこの案件。繁忙期が落ち着き始めた今、ようやく重い腰を上げて、最近になってこの案件を片付けることが決まったのだ。
元々、この案件は別の術師が担当していたのだが、数日前の任務で死亡してしまった為、急遽この近くで別の案件を担当していた五条にこの任務が回されたのだ。
「ほ〜んと腐ったミカン共は……僕以外にも行ける人いたでしょうに。」
憎たらしい老いぼれどもを毒づきながら、食べ終わったキャンディーの棒を捨てる。どうあれ、ここまできてしまったのだ。さっさと終わらせよう。
「帰ったら報告書とか伊地知に全部やらせよ。」
何ら関係のない後輩が五条に
✾✾
芋虫の胴体に人間の手と顔を付け足したような、気色の悪い見た目の呪霊が廃墟の中を這いずり回っていた。
三級下位程度の強さしか持たなず、何の思考もなく廃墟徘徊する呪霊。意味もなく辺りを見回している呪霊の周りに突然、無数の黒い羽が現れた。
「ゴぃリよぅでぇぇす……」
知性など欠片もない呪霊が舞い散る羽の一つに手を伸ばした瞬間だった。
瞬きする間もなく羽が消え、変わりに少年が現れて呪霊を蹴り飛ばした。
「?!」
「少しくらい警戒しなよ。」
うわ、ばっちぃ。と吐き捨てた少年は靴裏について呪霊の血を床に擦り取ろうとする。
何が起きたか理解できずにいる呪霊は起き上がると、少年に報復する為に顔面目掛けて手を突き出した。が、少年との距離が縮まる前に腕が縦に裂かれた。
「オぉ゙おぁアァ"?!!」
真っ二つにされた腕を抑えのたうつ呪霊の視線の先では、少年が人差し指と中指を立てた状態で指先を呪霊に向けていた。
「もうちょい強いの出したいんだけどなぁ」
のんびりと呪霊の近くに行くとそのまま躊躇いなく頭を踏み潰す。
「やば、また足で………これ落ちるか?」
消えていく呪霊を横目に靴裏に付いた異形の血をティッシュでふき取っていると、後から声がかかった。
「やぁ、こんにちは」
声がする方を見れば男が一人立っていた。自身より遥かに高い身長に白髪と目に巻かれた白い包帯、そしめ黒ずくめの服という奇天烈な恰好が特徴の男だった。
消滅する呪霊と目の前少年の2人を交互に見ている、五条と、五条から向けられる視線に警戒を向ける少年。暫くして、足裏の呪霊の血を指差しながら口を開いた。
「……見えてるんですか?コレ。」
「バッチリね。ここじゃ何だし場所変えよっか。そこで詳しく話すよ。その前に名前、聞いてもいい?」
「………」
思案する少年。
危険は感じられないし、提案については純粋な善意ではなく何かしらの打算はあるが、悪意は感じない。何かしてくるつもりならすでにしている筈。それに先程、殺した怪物について知っているようだ。
数秒ほど逡巡した末に口を開いた。
「……
分からずにいたことを知れること、そしてこの男の提案に乗れば退屈が覆るかもしれないという期待。それらが薊に熱を宿らせていた。
「君がこの辺の呪霊を祓ってたのかな?」
廃墟から離れた位置にあるファミレス。目の前でドリアを食べる薊に五条は問いかけた。自身も特盛パフェとワッフルを食べている。
「あの化け物が呪霊?ってやつなら、この辺りの奴らはあらかた祓ってますね。」
「ふぅ〜ん。いつから?」
「小3の時からっすね。放課後にあそこに行って呪霊祓ってました。中学入ってからは部活とかあるから最近は深夜にやってましたよ。まぁ、偶に補導されそうになるんですけど。」
「中学生が深夜に出歩いてたらそりゃあね。」
悪びれた様子のない薊の返答にクソガキだねぇ〜と五条は笑う。
ひとまず、一連の事態が強力な呪霊や呪詛師の仕業でないことは把握できた。しかし、中学生が深夜にお遊び感覚でやるには危険であることに変わりはない。
「なんでこんなことしてんの?中学生の夜遊びにしちゃ、危なすぎるでしょ」
「誰も見てないからいいかなって。それにあいつら人に張り付いたりして害与えてるっぽいから駆除しといたほうがいいと思ったんでやってました。後、ストレス発散にもなるんで。」
「八つ当たりでやることじゃないんだけどね〜。まぁ、呪術について指導受けてなくて、そんだけ呪力と術式使えてるなら問題ないか。」
「術式?」
「君の身体に刻まれた呪術のことだよ。めちゃくちゃ雑に言えば生まれつき身体に刻まれてる超能力だよ。」
へぇ〜、と間の抜けた声をあげる薊の前に五条はメモ帳を取り出し薊の術式の名前を書き出す。
「君の術式は
「へぇ〜?」
自身の術式とその名前を聞いてもピンときていない薊が間の抜けた声を上げる。その様子に五条はえー、と呆れた表情を浮かべた。
「君から聞いてきた割に反応薄くな〜い?言っとくけどめちゃくちゃ当たりの術式なんだよ?わかってんのかな〜?」
「いや、呪術とかよく知らんし…」
ボヤく五条を無視してドリアを食べる。五条は暫く何か言っていたが、やがてパフェをパクつきはじめた。
暫くして、ドリアを完食した薊が再び口を開いた。
「呪術師ってどんな仕事なんですか?」
薊の問いに対して五条はへぇ、と興味あり気に笑みを浮かべた。
「呪術師は呪術を用いて呪いを祓う者のことだよ。呪いを見ることも、触れることもできない一般人の為に活動してるんだ」
「へぇ〜……俺もこのまま祓いまくればなれますかね?」
「呪術師になるならないは君次第だけど、君は中々に向いてると思うよ。本気で呪術師になりたいなら僕が教えてあげる」
「いいんですか?」
興味ありげに聞いてきた薊に五条はニヤリと笑った。
「教える前に僕の上司的な人達に報告とかしないとだから少し時間かかる。だから、少し待ってね。あと、君の保護者さんに話しといてくれる?教えるってなったらまず、僕の方から色々と説明しないとだから。」
「わかりました。」
薊が呪術師の道に進むことが決まった瞬間だった。