「彩葉も月に行こうよ! 二人ならきっと楽しいよ!」

次の満月の夜、月へ帰らなければならないことを告げたかぐや。

離れたくない――ただその想いだけで、酒寄彩葉はかぐやと共に月へ行くことを選んだ。

帝アキラ、綾袖芦花、諫山真実、そしてブラックオニキスの仲間たちは二人を引き留めようと月の使者へ立ち向かう。しかし、『竹取物語』で語られた運命を覆すことはできなかった。

かぐやは月へ帰り、彩葉もまた地上から姿を消す。

残されたのは、誰もいなくなった部屋と二着の服だけだった。

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第1話

【花火大会】

 

夜空いっぱいに花火が咲く。

 

私は、かぐやに聞かなければならないことがあった。

 

でも――言い出せない。

 

聞いてしまえば、確定してしまう。

 

もう逃げられなくなってしまう。

 

どうしようかと悩んでいる私を見かねたのか、先にかぐやが口を開いた。

 

かぐや「かぐやは、かぐや姫だったみたい。次の満月の日に迎えが来る」

 

彩葉「……また、逃げればいいじゃん」

 

かぐや「え?」

 

彩葉「かぐやは、かぐや姫じゃないよ」

 

かぐや「そういうわけにもいかなくってさー。仕事放り出して来たわけだし、戻らなきゃ……!」

 

かぐやは、いつものように笑う。

 

かぐや「これが私のエンディング! はちゃめちゃかぐや姫は毎日楽しく過ごしましたとさー! そういうのが良いじゃん!」

 

彩葉「……良くない」

 

かぐや「彩葉?」

 

彩葉「私、かぐやと出会えてやっと……」

 

かぐや「……いっこ聞いていい?」

 

彩葉「何?」

 

かぐや「彩葉って、お母さんのこと好き?」

 

彩葉「好き……? 好きかぁ……どうだろうね」

 

次に出そうになった言葉は――

 

『嫌いになれたらな』

 

そんな曖昧な言葉だった。

 

だったら。

 

私は、もっとはっきり言ってしまおうと思った。

 

彩葉「……嫌いかな」

 

かぐや「そっか……」

 

少しだけ考えたあと、かぐやは何かを思いついたように笑った。

 

かぐや「それじゃ、月の使者に話してみるね!」

 

彩葉「……何を?」

 

かぐや「彩葉も月に行こうよ!」

 

彩葉「……え?」

 

かぐや「二人なら、きっと楽しいよ!」

 

その言葉を、私は拒否できなかった。

 

月へ行きたいからじゃない。

 

この世界が嫌いだからでもない。

 

ただ――

 

かぐやと一緒にいたい。

 

その気持ちでいっぱいだったから。

 

私は――酒寄彩葉は。

 

かぐやと共に、月へ向かうことを決めた。

 

【満月の夜】

 

かぐや姫の運命とは。

 

『竹取物語』では、かぐや姫を守るべく武士たちが果敢に月の使者へ立ち向かう。

 

しかし、その圧倒的な力の前では平伏すしかなく――

 

最後には、かぐや姫は月へ帰っていく。

 

それが基本である。

 

そして。

 

私たちの物語も――同じだった。

 

帝アキラ「かぐやを行かせるな!!」

 

芦花「彩葉! かぐやちゃん!」

 

真実「まだ終わってない! 絶対に何か方法がある!」

 

ブラックオニキスの面々。

 

私の兄である帝アキラ。

 

そして、私の友達である芦花や真実。

 

みんなが果敢に月の使者へ立ち向かった。

 

ブラックオニキスたちは、自分たちのゲーマーとしての選手生命すら賭けた。

 

本来なら絶対に許されないチート行為にまで手を出して。

 

それでも――

 

月の使者には勝てなかった。

 

彩葉(心の声)「……ああ」

 

彩葉(心の声)「無理だったか……」

 

そして。

 

かぐやが月へ帰る時が来た。

 

【ツクヨミ】

 

かぐや「じゃ、彩葉。行こうか」

 

彩葉「……うん」

 

かぐや「本当に未練はないよね?」

 

私は少しだけ目を閉じる。

 

そして答えた。

 

彩葉「うん」

 

彩葉「かぐやとなら、どこにでも」

 

かぐや「……そっか!」

 

かぐやは嬉しそうに笑った。

 

かぐや「じゃ! ちょっくら話してくるね〜!」

 

かぐやは菩薩のような姿をした月の使者のもとへ走っていく。

 

何かを話して。

 

しばらくすると戻ってきた。

 

かぐや「良いみたいだよー!」

 

彩葉「……本当に?」

 

かぐや「うん! 後で迎えに行くってさ!」

 

そして。

 

かぐやはツクヨミに集まった観客たちへ別れを告げる。

 

やがて。

 

その姿が光に包まれていく。

 

彩葉「かぐや……」

 

かぐやは消えた。

 

ツクヨミからも。

 

そして――

 

現実からも。

 

私は一人、その場に残された。

 

観客たちがざわめいている。

 

何か言わなきゃ。

 

最後に。

 

何か。

 

彩葉「……みなさん」

 

彩葉「ありがとうございました」

 

声が震える。

 

彩葉「ごめん……ちょっと無理かも」

 

一瞬、言葉に詰まる。

 

彩葉「……さよなら」

 

私はツクヨミからログアウトした。

 

【現実・彩葉とかぐやの部屋】

 

意識が現実へ戻る。

 

目を開ける。

 

彩葉「かぐや……?」

 

返事はない。

 

足元を見る。

 

そこには――

 

さっきまでかぐやが着ていた服だけが落ちていた。

 

彩葉「本当に……行っちゃったんだ……」

 

泣きそうになる。

 

その時。

 

周囲に何者かの気配。

 

顔を上げる。

 

提灯のような頭を持つ月の使者たちが、私を取り囲んでいた。

 

その中央には。

 

あの、菩薩のような月の使者。

 

彩葉「……迎えに来たんだ」

 

私は最後に部屋を見渡した。

 

机。

 

ソファ。

 

撮影機材。

 

食べ物。

 

パンケーキの材料。

 

かぐやと暮らした場所。

 

彩葉「……待ってて、かぐや」

 

月の使者に導かれ。

 

私もまた。

 

地上から姿を消した。

 

【一週間後・タワーマンション】

 

真実「……彩葉、バ先にも行ってないのかー」

 

芦花「うん……」

 

真実「今日でもう一週間かぁ……まだ立ち直れないのかね?」

 

芦花「……たぶん」

 

真実「?」

 

芦花「きっと、そう……だといいね」

 

真実「……どゆこと?」

 

芦花が黙る。

 

真実「いや、確かにあの時の彩葉の発言、ちょっと違和感あったけどさ。単純に気分悪くなって現実に帰っただけでしょー。流石に」

 

芦花「……うん」

 

そうだったらいい。

 

でも。

 

胸騒ぎがする。

 

この手のタワーマンションでは、友人だからという理由だけで部屋まで通してはもらえない。

 

管理会社に連絡するしか――。

 

???「そういう時は、身内を頼った方が早い!」

 

二人が振り返る。

 

???「そうだろう!」

 

黒髪の男。

 

真実「み、み、み、みかど様ぁぉぉぉ!?」

 

帝アキラ「お、おう……」

 

芦花「帝さん……なぜここに?」

 

帝アキラ「彩葉に連絡しても既読すら付かないからさ」

 

いつもの余裕は少し薄れていた。

 

帝アキラ「どうしたのかと思って来てみたわけよ」

 

アキラは鍵を取り出す。

 

帝アキラ「彩葉、未成年だろ? 万が一に備えて俺が保証人になってるし……そもそも俺、鍵持ってるわけよ」

 

真実「そりゃそうか……」

 

【誰もいない部屋】

 

ガチャ。

 

扉が開く。

 

熱気が押し寄せる。

 

芦花「うわっ……中、暑っ!」

 

真実「まさか……ずっと締め切ったまま?」

 

人が一週間生活していたとは思えない空気。

 

帝アキラ「彩葉ー?」

 

返事はない。

 

帝アキラ「おーい! 兄ちゃん来たぞー!」

 

静寂。

 

机には。

 

菓子パン。

 

食パン。

 

芦花「……消費期限、切れてる」

 

真実「こっちも」

 

さらに。

 

使われなかったパンケーキの材料。

 

芦花「……まさか」

 

帝アキラ「まだ決めつけるな」

 

帝アキラ「寝てるだけかもしれない」

 

芦花「一週間も!?」

 

帝アキラ「いいから探すぞ!」

 

寝室。

 

浴室。

 

リビング。

 

誰もいない。

 

最後に撮影部屋。

 

真実「そういえば……ここでツクヨミに入るとか言ってたよね」

 

その時。

 

芦花が床を見る。

 

芦花「……服?」

 

二着。

 

脱ぎ散らかしたようには見えない。

 

まるで。

 

そこにいた人間だけが突然消えたように。

 

一着は、かぐや。

 

そして。

 

真実「……二着ある」

 

芦花「…………彩葉の」

 

三人が黙る。

 

芦花の脳裏に。

 

一週間前の声。

 

――みなさん、ありがとうございました。

 

――ごめん、ちょっと無理かも。

 

――さよなら。

 

芦花「…………」

 

あれは。

 

普通のログアウトだったのか?

 

それとも。

 

芦花「……彩葉」

 

考えたくない。

 

でも。

 

目の前に服がある。

 

芦花「彩葉……何処に行ったの……?」

 

しばらくして。

 

アキラがスマートフォンを取り出した。

 

アキラ「……警察」

 

真実「え?」

 

アキラ「呼ぶぞ」

 

アキラ「一週間だ。連絡つかない。学校にもバイトにも行ってない。家にもいない」

 

画面を操作する。

 

しかし。

 

指が止まる。

 

アキラ「…………」

 

真実「帝さん?」

 

アキラ「……なんて言う?」

 

真実「え?」

 

アキラ「警察に」

 

アキラは二人を見る。

 

アキラ「『妹が一週間前から行方不明です』」

 

そして。

 

アキラ「『行き先に心当たりはありますか?』」

 

一拍。

 

アキラ「……『はい、月です』」

 

沈黙。

 

真実「…………」

 

芦花「…………」

 

アキラ「信じると思うか?」

 

真実「……まあ」

 

真実「普通は信じないですよね……」

 

アキラ「だろ?」

 

アキラが頭を抱える。

 

アキラ「俺だって何も知らなかったら絶対信じねえよ!」

 

アキラ「『月の使者が迎えに来て、かぐやと一緒に妹も月へ行きました』って何だよ!」

 

真実「文字にすると、とんでもないですね……」

 

アキラ「文字にしなくてもとんでもねえよ!」

 

芦花「……でも」

 

二人が見る。

 

芦花「たぶん……本当に月なんだと思う」

 

芦花「かぐやちゃんが消えた後にログアウトして、それから一週間誰も彩葉を見てない」

 

二着の服を見る。

 

芦花「だったら……彩葉も月の使者に連れて行ってもらったんじゃないかな」

 

否定できない。

 

むしろ。

 

それなら全て辻褄が合う。

 

しかし。

 

彩葉が月へ向かう瞬間を、この三人は見ていない。

 

アキラ「……せめて、本当に月にいるって確証があれば……」

 

その時。

 

スマートフォンが鳴った。

 

表示。

 

《月見ヤチヨ》

 

アキラ「……ヤチヨ?」

 

電話に出る。

 

ヤチヨ『やっほー』

 

アキラ「ヤチヨ……?」

 

ヤチヨ『久しぶりだねぇ』

 

アキラ「お前、今まで何して――」

 

ヤチヨ『それより』

 

声が少し変わる。

 

ヤチヨ『彩葉のことで困ってるんでしょ?』

 

三人が固まる。

 

アキラ「……なんで知ってる」

 

ヤチヨ『まあまあ。先に一番知りたいことから』

 

一拍。

 

ヤチヨ『かぐや姫は月へ帰りました』

 

沈黙。

 

ヤチヨ『そして彩葉も、かぐや姫と一緒に月へ行ってしまうのでした』

 

さらに。

 

ヤチヨ『めでたし、めでたし』

 

アキラ「めでたくねぇ!!」

 

ヤチヨ『それはそう』

 

アキラ「自分で言っといて認めるの早ぇな!」

 

芦花が近づく。

 

芦花「ヤチヨさん」

 

芦花「本当に……彩葉はかぐやちゃんと一緒なんですか?」

 

ヤチヨ『うん』

 

即答。

 

ヤチヨ『いるよ』

 

真実「……良かった」

 

少なくとも。

 

事件ではない。

 

事故でもない。

 

生きている。

 

かぐやと一緒に。

 

しかし。

 

ヤチヨ『でも安心するのはまだ早いかな』

 

芦花「え?」

 

ヤチヨ『二人とも連れ戻さないと』

 

アキラ「できるのか!?」

 

ヤチヨ『だから電話したんだよ』

 

真実「じゃあすぐ――」

 

ヤチヨ『ただし』

 

三人が黙る。

 

ヤチヨ『あんまり時間はない』

 

芦花「時間?」

 

ヤチヨ『時間が経てば色んな人が動くからね』

 

彩葉は女子高校生。

 

学校。

 

バイト先。

 

友達。

 

家族。

 

いつまでも誰にも気づかれないわけがない。

 

ヤチヨ『残ってる時間は――あと一週間ってところかな』

 

真実「そんな……」

 

アキラの顔が変わる。

 

アキラ「学校が本格的に動いたら……母さんにも連絡が行く」

 

沈黙。

 

真実「娘が行方不明って知ったら、普通は心配して……」

 

アキラ。

 

芦花。

 

無言。

 

真実「……しない?」

 

アキラ「心配はするだろうけど……」

 

少し想像する。

 

アキラ「狼狽えるというより……」

 

芦花「……鬼?」

 

真実「……般若?」

 

アキラ「たぶん両方」

 

ヤチヨ『あはは……』

 

アキラ「笑い事じゃねえ!」

 

ヤチヨの声が真剣になる。

 

ヤチヨ『だから急ごうって話』

 

ヤチヨ『彩葉が自分の意思で月へ行ったとしても』

 

ヤチヨ『地球では、女子高校生が突然消えたという事実だけが残る』

 

警察。

 

学校。

 

家族。

 

全てが動けば。

 

アキラ「……帰ってきても、今まで通りじゃ済まない」

 

ヤチヨ『そういうこと』

 

アキラ「連れ戻せるんだな?」

 

ヤチヨ『そのために電話してる』

 

アキラ「方法は?」

 

ヤチヨが笑う。

 

ヤチヨ『それじゃ――』

 

ヤチヨ『かぐや姫奪還作戦、始めよっか』

 

アキラ「いや待て」

 

ヤチヨ『なに?』

 

アキラ「今回、奪還する奴が二人いるぞ」

 

真実「確かに」

 

芦花「彩葉はかぐや姫じゃないけど……」

 

ヤチヨ『じゃ――』

 

一拍。

 

ヤチヨ『超・かぐや姫奪還作戦!』

 

アキラ「名前の問題じゃねえ!!」

 

【その頃・月の都】

 

地球でそんな騒ぎが起こっている頃。

 

当の二人は。

 

地球のことを忘れていた。

 

かぐやは月の姫。

 

そして彩葉は。

 

かぐやに仕える専属の楽官――月奏官。

 

月の宮殿。

 

政務殿。

 

月の官人「姫。こちらに御印を」

 

かぐや「はーい」

 

ぽん。

 

月の官人「次はこちら」

 

ぽん。

 

月の官人「続いて――」

 

ぽん。

 

少し離れた場所。

 

彩葉が琴を奏でている。

 

ずっと同じ曲。

 

ずっと同じ仕事。

 

そして。

 

かぐや「んもぉぉぉ!!」

 

琴が止まる。

 

彩葉「……姫?」

 

かぐや「いっつも同じ仕事! 同じ曲! つまんなーい!」

 

彩葉「無理難題を言わないでください、姫」

 

かぐや「またそれ!」

 

彩葉「姫は姫です」

 

かぐや「かぐやでいいじゃん!」

 

彩葉「公務中です」

 

かぐや「じゃあ終わったら?」

 

彩葉「かぐや」

 

かぐや「ほら!」

 

なぜだろう。

 

その呼び方だけが。

 

少し懐かしい。

 

理由は分からない。

 

かぐや「その曲、今日何回目?」

 

彩葉「十二回目です」

 

かぐや「多っ!」

 

彩葉「姫が同じ種類の政務を十二回なさったので」

 

かぐや「絶対おかしいって!」

 

月の官人「曲は古来より『月宮調・第三』と定められております」

 

かぐや「誰が決めたのそれ!」

 

月の官人「千二百六十七年前の――」

 

かぐや「古すぎ!」

 

彩葉が小さく笑う。

 

かぐや「今笑った!」

 

彩葉「笑ってません」

 

かぐや「絶対笑った!」

 

彩葉「気のせいです」

 

かぐや「気のせい多い!」

 

やがて。

 

かぐやは立ち上がる。

 

かぐや「休憩!」

 

彩葉「まだです」

 

かぐや「姫命令!」

 

彩葉「便利に使わないでください」

 

かぐや「外行こ!」

 

彩葉「急ですね」

 

かぐや「彩葉も!」

 

彩葉「私も?」

 

かぐや「当たり前!」

 

手を取る。

 

一瞬。

 

彩葉の胸に。

 

強い既視感。

 

でも。

 

すぐに消える。

 

かぐや「しゅっぱーつ!」

 

月の官人「姫ぇぇぇ!!」

 

月の宮殿の回廊。

 

窓の外には。

 

青い星。

 

かぐやが足を止める。

 

かぐや「……あれ」

 

彩葉「何?」

 

かぐや「あの星……なんだっけ?」

 

彩葉も見る。

 

知っているような。

 

でも。

 

名前が出てこない。

 

彩葉「なんだっけ……」

 

かぐや「まあいっか!」

 

二人は。

 

その星に背を向ける。

 

忘れてしまった地球。

 

その地球では。

 

二人を忘れていない者たちが動いていた。

 

【月見ヤチヨ SPECIAL LIVE】

 

突然。

 

ツクヨミ全域へ告知が流れた。

 

《緊急告知》

 

《月見ヤチヨ SPECIAL LIVE》

 

《一週間後・緊急開催》

 

《SPECIAL SURPRISE あり!》

 

そして。

 

一週間後。

 

ツクヨミ最大級のライブ会場。

 

満員の観客。

 

ステージ。

 

月見ヤチヨ。

 

ヤチヨ「ヤオヨロー! みんなー! 久しぶりー!」

 

大歓声。

 

観客席。

 

アキラ。

 

芦花。

 

真実。

 

ブラックオニキス。

 

真実「……本当にこれで届くの?」

 

芦花「ヤチヨさんは『届く』って」

 

アキラ「月までライブ配信ってどういう技術なんだよ……」

 

ステージ。

 

ヤチヨ「それじゃ!」

 

ヤチヨ「最初のサプライズ、いっちゃおっか!」

 

暗転。

 

《SURPRISE #1》

 

そして。

 

《remember》

 

観客がどよめく。

 

ヤチヨのデビュー曲。

 

それまでライブでは決して歌われなかった曲。

 

そのイントロが。

 

初めて。

 

ツクヨミに響いた。

 

【同時刻・月】

 

夜。

 

本来なら。

 

かぐやと彩葉はもう眠る時間。

 

彩葉「かぐや、もう寝る時間」

 

かぐや「分かってるってー」

 

その時。

 

♪――――。

 

かぐや「……ん?」

 

彩葉「何?」

 

かぐや「音楽」

 

窓を開ける。

 

遥か向こう。

 

青い星から。

 

音が届いている。

 

かぐや「なんか地球から面白い音楽がー!」

 

彩葉「地球……?」

 

二人とも。

 

今、自分たちがあの星の名前を思い出したことに気づいていない。

 

かぐや「聴こ聴こ!」

 

彩葉「もう寝る時間なんだけど……」

 

それでも。

 

彩葉も隣に座る。

 

《remember》。

 

かぐや「いい曲じゃん!」

 

彩葉「…………」

 

かぐや「彩葉?」

 

彩葉「この曲……」

 

胸の奥がざわつく。

 

彩葉「どこかで……」

 

かぐや「かぐやも」

 

一瞬。

 

映像。

 

ステージ。

 

観客。

 

笑顔。

 

声。

 

けれど。

 

まだ掴めない。

 

《remember》が終わる。

 

かぐや「……変な感じ」

 

彩葉「うん……」

 

それでも。

 

二人は窓から離れなかった。

 

【reply】

 

ツクヨミ。

 

ヤチヨが再びマイクを握る。

 

ヤチヨ「さて!」

 

ヤチヨ「次は今日一番のサプライズかもね」

 

《SURPRISE #2》

 

ヤチヨ「この曲を知ってる人はたくさんいると思う」

 

ヤチヨ「でも、このバージョンを知ってる人は――」

 

空を見上げる。

 

ヤチヨ「たぶん、誰もいない」

 

巨大スクリーン。

 

《reply ― Full Version ―》

 

月。

 

イントロ。

 

かぐやの表情が止まる。

 

かぐや「…………あれ?」

 

知っている。

 

自分が。

 

最後のライブで歌った曲。

 

かぐや「これ……」

 

かぐや「かぐやが、あの時歌った……」

 

彩葉「……うん」

 

でも。

 

かぐやは。

 

その曲の名前を知らなかった。

 

地球から。

 

曲名が届く。

 

《reply》

 

かぐや「…………reply?」

 

ぽつり。

 

かぐや「りぷらい……」

 

少し考えて。

 

かぐや「……返事?」

 

その瞬間。

 

胸の奥。

 

何かが弾ける。

 

かぐや「…………え」

 

あの日。

 

最後に歌った歌。

 

曲名は知らなかった。

 

ただ。

 

伝えたくて歌った。

 

でも。

 

今。

 

初めて知った。

 

reply。

 

返事。

 

かぐや「……返事だったの?」

 

声が震える。

 

かぐや「あの曲……」

 

かぐや「かぐやが歌ったの……」

 

涙。

 

一滴。

 

かぐや「……返事だったんだ」

 

頬に触れる。

 

もう一滴。

 

かぐや「あれ……?」

 

かぐや「なんで……」

 

涙が止まらない。

 

かぐや「かぐや……泣いてる?」

 

彩葉は何も言わない。

 

歌は。

 

あの日には存在しなかったところへ進んでいく。

 

彩葉の表情が変わる。

 

彩葉「……待って」

 

かぐや「?」

 

彩葉「ここから先……私も知らない」

 

かぐや「え?」

 

彩葉「あの曲、完成してなかったはず」

 

地球から。

 

未知の続き。

 

彩葉「なんで……」

 

彩葉が地球を見る。

 

彩葉「なんでヤチヨがフルバージョンを知ってるの!?」

 

かぐやは。

 

歌を聴き続ける。

 

かぐや「……reply」

 

かぐや「返事……」

 

その言葉が。

 

記憶の扉を開く。

 

花火。

 

パンケーキ。

 

ツクヨミ。

 

芦花。

 

真実。

 

アキラ。

 

ヤチヨ。

 

そして。

 

彩葉。

 

かぐや「…………!」

 

かぐや「彩葉!!」

 

彩葉「かぐや!」

 

彩葉も。

 

記憶が戻る。

 

彩葉「私……」

 

彩葉「酒寄……彩葉……!」

 

二人が。

 

窓を見る。

 

青い星。

 

今度は。

 

分かる。

 

かぐや「地球……!」

 

涙が溢れる。

 

かぐや「あそこ……」

 

かぐや「かぐやたちがいたところ……!」

 

彩葉「うん」

 

かぐや「みんながいる……!」

 

その時。

 

???「やっと思い出したか、お前ら」

 

二人が振り返る。

 

犬ドージー。

 

かぐや「犬ドージー!?」

 

だが。

 

声は。

 

かぐや「……なんでFUSHIの声で喋ってるの?」

 

FUSHI「そこは今どうでもいい!」

 

彩葉「いや結構大事だけど!?」

 

FUSHI「帰るぞ!」

 

FUSHIが地球を指す。

 

FUSHI「地球に!」

 

【月姫】

 

廊下の奥。

 

静かな声。

 

月姫「……やっぱり」

 

月の都を統べる姫。

 

月姫。

 

彼女もまた。

 

《reply》を聞いている。

 

懐かしそうに。

 

愛おしそうに。

 

月姫「その名前になったのね」

 

かぐや「……名前?」

 

月姫「reply」

 

かぐや「…………」

 

月姫「返事」

 

かぐやの目から。

 

また涙。

 

月姫は胸元へ手を置く。

 

月姫「あの人に送った愛の歌に……」

 

月姫「愛の曲ね」

 

彩葉「……え?」

 

かぐや「愛の……曲?」

 

月姫は地球を見る。

 

月姫「そして今度は」

 

月姫「あなたたちに届いた」

 

月姫「帰ってきなさい、と」

 

かぐやは。

 

涙を拭う。

 

そして。

 

かぐや「……帰ろう」

 

彩葉「うん」

 

FUSHI「決まりだな」

 

その時。

 

地球からの光が。

 

月の宮殿へ届く。

 

光の中。

 

一本の。

 

竹。

 

彩葉「……竹?」

 

かぐや「これ……」

 

もと光る竹。

 

かつて。

 

かぐやを地球へ運んだもの。

 

そして。

 

今度は。

 

二人を地球へ戻すもの。

 

【もと光る竹・船内】

 

二人が乗り込む。

 

光が収束。

 

目を開ける。

 

そこは。

 

竹の内部。

 

だが。

 

ただの竹ではない。

 

淡い緑の光。

 

星図。

 

航路。

 

時間座標。

 

《航宙船――もと光る竹》

 

かぐや「…………」

 

彩葉「…………」

 

かぐや「竹じゃないじゃん!!」

 

彩葉「今!?」

 

かぐや「もっとこう! 竹の中に座ってビューン! みたいなの想像してた!」

 

彩葉「十分ビューンとはしてると思うけど……」

 

かぐや「宇宙船だったんだ……」

 

彩葉「昔の人から見たら、光る竹にしか見えなかったんじゃない?」

 

かぐや「夢がない!」

 

彩葉「現実ってそういうものです」

 

FUSHIから通信。

 

FUSHI『聞こえるか』

 

かぐや「聞こえるー!」

 

前方。

 

地球時間。

 

彩葉が表示を見る。

 

顔色が変わる。

 

彩葉「……嘘」

 

かぐや「何?」

 

彩葉「そのまま地球に戻ったら……」

 

彩葉「ライブ、もう終わってる」

 

かぐや「ええええ!?」

 

FUSHI『月と地球で同じ時間が流れていると思うな』

 

かぐや「先に言ってよー!!」

 

FUSHI『だから、その船には時間遡行機能がある』

 

表示。

 

《TARGET:月見ヤチヨ SPECIAL LIVE》

 

《TIME COORDINATE:reply演奏中》

 

かぐや「ライブまで戻れるってこと!?」

 

FUSHI『ああ』

 

そして。

 

《TARGET:TSUKUYOMI》

 

もと光る竹そのものを。

 

情報空間へ接続する。

 

かぐや「それじゃ!」

 

かぐや「ヤチヨのライブまで――」

 

かぐや「しゅっぱーつ!!」

 

【時間遡行航路】

 

宇宙空間。

 

一本の光が走る。

 

周囲の星が。

 

逆方向へ流れる。

 

時間が。

 

巻き戻っていく。

 

もうすぐ。

 

ライブへ。

 

その時。

 

警報。

 

巨大な影。

 

彩葉「前方!」

 

地球へ向かう。

 

巨大隕石。

 

表示。

 

《PLANETARY EXTINCTION》

 

もし。

 

このまま通り過ぎれば。

 

二人は帰れる。

 

ライブにも間に合う。

 

でも。

 

地球は滅ぶ。

 

かぐや「……彩葉」

 

彩葉「うん」

 

二人とも。

 

同じ答えだった。

 

かぐや「この船で……ぶつかれば」

 

彩葉「軌道を変えられるかもしれない」

 

かぐや「でも」

 

彩葉「多分、私たちは帰れない」

 

遠くから。

 

まだ《reply》が聞こえている。

 

帰ってきなさい。

 

そう呼んでいる。

 

かぐや「せっかく帰れると思ったのになぁ」

 

彩葉「……うん」

 

かぐや「みんなに会いたかった」

 

彩葉「私も」

 

かぐや「パンケーキ食べたかった」

 

彩葉「そこ?」

 

かぐや「大事!」

 

少しだけ。

 

二人は笑う。

 

そして。

 

彩葉が地球を見る。

 

彩葉「でも」

 

彩葉「あそこにみんないるんだよね」

 

かぐや「うん」

 

彩葉「だったら」

 

彩葉「帰る場所をなくすわけにはいかない」

 

航路変更。

 

《COLLISION COURSE》

 

《搭乗者生存率 0.00%》

 

かぐや「……ゼロだって」

 

彩葉「見なかったことにしよ」

 

かぐや「賛成!」

 

FUSHI『待て!』

 

かぐや「時間ないよ」

 

かぐやが彩葉を見る。

 

かぐや「月について来てくれてありがと」

 

彩葉「……今それ言う?」

 

かぐや「今だから!」

 

彩葉も。

 

笑う。

 

彩葉「こっちこそ」

 

彩葉「連れてってくれてありがと」

 

二人が手を握る。

 

かぐや「じゃあ――」

 

彩葉「うん」

 

二人「行こう!」

 

最大加速。

 

衝突まで。

 

10。

 

9。

 

8。

 

7。

 

6。

 

5。

 

その時。

 

別の光。

 

もう一本の。

 

もと光る竹。

 

二人の船を。

 

猛烈な速度で追い抜く。

 

かぐや「……え?」

 

窓越し。

 

そこには。

 

月姫。

 

かぐや「…………月姫様?」

 

月姫は。

 

二人へ。

 

微笑んだ。

 

そして。

 

そのまま。

 

巨大隕石へ。

 

激突。

 

白い閃光。

 

宇宙を埋め尽くす光。

 

隕石が砕け。

 

軌道が逸れていく。

 

かぐや「月姫様ぁぁぁ!!」

 

通信。

 

ノイズ。

 

月姫『……聞こえる?』

 

かぐや「月姫様!」

 

彩葉「無事なんですか!?」

 

月姫『無事では……ないかしら』

 

かぐや「なんで……!」

 

涙。

 

かぐや「なんでこんなことしたの!?」

 

月姫『あなたたちと同じ理由よ』

 

かぐや「……え?」

 

月姫『地球を守りたかった』

 

少し間。

 

月姫『昔も』

 

月姫『今も』

 

彩葉「……昔?」

 

月姫が。

 

静かに笑う。

 

月姫『最後くらい、本当のことを話しておこうかしら』

 

遥か昔。

 

山。

 

森。

 

竹林。

 

月姫『私は、あそこにいた』

 

月姫『光る竹の中で見つけられて』

 

月姫『地上の人に育てられて』

 

月姫『たくさんの人に愛されて』

 

そして。

 

月姫『月へ帰った』

 

彩葉が息を呑む。

 

彩葉「まさか……」

 

月姫が微笑む。

 

月姫『そう』

 

月姫『私は――先代のかぐや姫』

 

沈黙。

 

月姫『後の時代に』

 

月姫『“竹取物語”と呼ばれる話の』

 

月姫『あの、かぐや姫よ』

 

かぐや「…………」

 

そして。

 

かぐや「ええええええええ!?」

 

泣いていたのに。

 

叫ぶ。

 

かぐや「本物!?」

 

月姫『本物って言い方も変ね』

 

かぐや「無理難題出した!?」

 

月姫『そこ強調する?』

 

彩葉が。

 

静かに問う。

 

彩葉「……帝から求婚された?」

 

一瞬。

 

月姫の表情が変わる。

 

《reply》が。

 

まだ遠くで響いている。

 

月姫『あの人に送った愛の歌』

 

かぐやが気づく。

 

かぐや「……まさか」

 

月姫は。

 

答えない。

 

ただ。

 

微笑む。

 

月姫『何百年』

 

月姫『何千年経っても』

 

月姫『返事って、届くものなのね』

 

月姫の船。

 

崩壊が進む。

 

かぐや「月姫様……」

 

月姫『かぐや』

 

かぐや「……はい」

 

月姫『地球は楽しかった?』

 

かぐやは。

 

泣きながら。

 

笑う。

 

かぐや「……うん!」

 

かぐや「めちゃくちゃ!」

 

月姫も笑う。

 

月姫『そう』

 

月姫『良かった』

 

そして。

 

彩葉を見る。

 

月姫『彩葉』

 

彩葉「……はい」

 

月姫『この子をお願いね』

 

彩葉は。

 

強く頷く。

 

彩葉「……任せてください」

 

かぐや「ちょっと! かぐや子供じゃない!」

 

月姫が笑う。

 

通信に。

 

ノイズ。

 

月姫『じゃあ』

 

一瞬。

 

その姿が。

 

遥か昔。

 

十二単を纏った少女に見える。

 

竹林。

 

月。

 

涙。

 

月姫『今度こそ――』

 

月姫『行ってらっしゃい』

 

通信。

 

途絶。

 

地球は。

 

救われた。

 

月姫のもと光る竹は。

 

光の粒になり。

 

宇宙へ消えた。

 

【帰還】

 

長い沈黙。

 

かぐやが。

 

涙を拭う。

 

かぐや「……帰ろ」

 

彩葉を見る。

 

かぐや「今度こそ」

 

彩葉「うん」

 

表示。

 

《TARGET:TSUKUYOMI》

 

《TIME COORDINATE:reply ― Full Version》

 

《DIRECT CONNECTION READY》

 

かぐや「じゃあ彩葉!」

 

彩葉「うん!」

 

かぐや「今度こそ!」

 

二人で。

 

二人「地球へ!!」

 

もと光る竹が。

 

光になる。

 

時間を越え。

 

宇宙を越え。

 

現実と情報世界の境界を越え。

 

ツクヨミへ。

 

《reply》は。

 

まだ。

 

二人を待っていた。

 

【後日談――竹取物語の時代に遡る《reply》】

 

全てが終わってから。

 

しばらく後。

 

ツクヨミ。

 

ヤチヨの配信ルーム。

 

かぐや。

 

彩葉。

 

ヤチヨ。

 

コメント欄。

 

《結局replyフル版何だったの?》

 

《彩葉本人も知らなかったよね?》

 

《なんでヤチヨだけ知ってた?》

 

彩葉も。

 

コメントを見る。

 

彩葉「……そういえば」

 

かぐや「ん?」

 

彩葉「これ、私もまだちゃんと聞いてない」

 

ヤチヨを見る。

 

彩葉「なんでヤチヨ、《reply》のフルバージョン知ってたの?」

 

かぐや「あ、それ!」

 

かぐや「かぐやも気になる!」

 

彩葉「私が作った時点では、あそこまでしかなかった」

 

かぐや「なのにヤチヨが続きを歌った!」

 

ヤチヨ。

 

きょとん。

 

ヤチヨ「《reply》を私が知ってた理由?」

 

彩葉「うん」

 

ヤチヨ「それは……」

 

考える。

 

ヤチヨ「うーんとね?」

 

一拍。

 

ヤチヨ「私が8000年くらい生きてる間に、いろんな音楽聞いてたからかな」

 

かぐや「雑ぅ!!」

 

ヤチヨ「あれ?」

 

彩葉「絶対それだけじゃないでしょ」

 

かぐや「8000年“くらい”って誤魔化し方がもう長寿のそれなんよ!」

 

ヤチヨ「細かいこと気にすると老けるよ?」

 

かぐや「老けるのは時間のせいだよ!」

 

コメント欄。

 

《8000年“くらい”で済ませるな》

 

《寿命バグってる》

 

《真面目に説明しろ》

 

ヤチヨが笑う。

 

ヤチヨ「はいはい」

 

少し。

 

真面目な顔。

 

ヤチヨ「元々ね」

 

ヤチヨ「あの歌は――」

 

ヤチヨ「すごく昔から、形を変えて残ってた歌なの」

 

かぐや「昔から?」

 

ヤチヨ「うん」

 

ヤチヨは。

 

遠くを見る。

 

ヤチヨ「今から、およそ8000年前」

 

ヤチヨ「一人のかぐや姫が、地上から月へ帰った」

 

かぐやの表情が変わる。

 

かぐや「……月姫様」

 

ヤチヨ「そう」

 

ヤチヨ「その人は地上にいた時、一つの歌を残した」

 

ヤチヨ「愛した人たちへ」

 

ヤチヨ「自分を愛してくれた人たちへ」

 

ヤチヨ「そして」

 

ヤチヨ「地上そのものへ」

 

彩葉「……それが《reply》?」

 

ヤチヨ「まだ違う」

 

ヤチヨ「当時は別の歌」

 

ヤチヨ「言葉も違う」

 

ヤチヨ「楽器も違う」

 

ヤチヨ「でも」

 

トン。

 

トン。

 

トン。

 

ヤチヨが指先で。

 

リズムを刻む。

 

彩葉が反応する。

 

《reply》の中にある。

 

聞き覚えのあるリズム。

 

ヤチヨ「その核だけは残った」

 

彩葉「……残った?」

 

ヤチヨ「誰かが覚えた」

 

ヤチヨ「その人が誰かへ伝えた」

 

ヤチヨ「またその人が、次へ」

 

何千年も。

 

歌詞は変わった。

 

旋律も変わった。

 

子守歌になったかもしれない。

 

祭りの音になったかもしれない。

 

ただの鼻歌になった時代も。

 

それでも。

 

完全には消えなかった。

 

ヤチヨ「人の口を渡って」

 

ヤチヨ「家族から家族へ」

 

ヤチヨ「形を変えながら」

 

そして。

 

彩葉を見る。

 

ヤチヨ「彩葉のところまで来た」

 

彩葉「……私?」

 

ヤチヨ「うん」

 

彩葉「でも、そんな曲知らないよ」

 

ヤチヨ「知らなくていいんだよ」

 

ヤチヨ「直接教わったわけじゃないかもしれない」

 

ヤチヨ「お父さんが何気なく口ずさんでいた音」

 

ヤチヨ「そのまた親」

 

ヤチヨ「もっと前」

 

彩葉の表情が変わる。

 

彩葉「……引き継いだって」

 

一拍。

 

彩葉「私のご先祖ってこと?」

 

ヤチヨ。

 

笑顔。

 

ヤチヨ「御名答!」

 

彩葉「ええ!?」

 

かぐや「じゃあ彩葉のご先祖様、月姫様と同じ時代にいたかもしれないんだ!」

 

ヤチヨ「可能性はあるね」

 

少し間を置いて。

 

ヤチヨが言う。

 

ヤチヨ「彩葉のお父さんの家系はね、“音を残す側”だったらしいよ」

 

彩葉「音を残す?」

 

ヤチヨ「新しい曲を作る人っていうより」

 

ヤチヨ「消えそうな音を拾って」

 

ヤチヨ「次へ渡す人たち」

 

誰かの癖。

 

途切れた旋律。

 

名前のない音。

 

そういうものを。

 

残す。

 

彩葉「……そんな話、聞いたことない」

 

ヤチヨ「正式な職業じゃないし、記録もほとんどないからね」

 

彩葉は。

 

少しずつ。

 

何かを思い出す。

 

彩葉「……お父さん」

 

彩葉「施設で育って、養子になって……」

 

かぐやが見る。

 

彩葉「お母さんが昔」

 

彩葉「『作曲家の家系かもしれない』って言ってたの思い出した」

 

声が。

 

少し震える。

 

彩葉「でも」

 

彩葉「ちゃんと聞いたことなくて」

 

彩葉「ただの噂だと思ってた」

 

涙。

 

彩葉「もし本当なら……」

 

彩葉「お父さんも、音を残そうとしてたのかな……」

 

沈黙。

 

ヤチヨが。

 

静かに。

 

ヤチヨ「たぶんね」

 

そして。

 

少しだけ。

 

遠くを見る。

 

ヤチヨ「彩葉のお父さん」

 

ヤチヨ「竹取物語の誰かの末裔なのかもね」

 

かぐや「え!?」

 

ヤチヨは続ける。

 

ヤチヨ「かぐや姫を見送った人たちの中に」

 

ヤチヨ「“音を残そうとした人”がいた」

 

ヤチヨ「その誰かの系譜が」

 

ヤチヨ「ずっと続いていたとしたら」

 

ヤチヨ「彩葉のお父さんは、その末裔かもしれない」

 

かぐやの目が。

 

輝く。

 

かぐや「物語の人かも!? 夢あるー!」

 

彩葉は。

 

涙を拭う。

 

彩葉「お父さん……」

 

ヤチヨ「作る人じゃなくてもいい」

 

ヤチヨ「受け取る人でも」

 

ヤチヨ「残す人でも」

 

ヤチヨ「音は繋がる」

 

かぐやが。

 

呟く。

 

かぐや「《reply》みたいに?」

 

ヤチヨ「そう」

 

彩葉は。

 

涙のまま。

 

少し笑う。

 

彩葉「じゃあ」

 

彩葉「私が作った《reply》って……」

 

ヤチヨが。

 

頷く。

 

ヤチヨ「8000年前から続いてきた歌に」

 

ヤチヨ「彩葉が現代の音で返事したものなのかもしれない」

 

かぐや「だから」

 

かぐや「reply」

 

ヤチヨ「うん」

 

月姫から。

 

地上へ。

 

地上から。

 

次の世代へ。

 

また。

 

次の世代へ。

 

何千年も。

 

彩葉へ。

 

彩葉から。

 

かぐやへ。

 

ヤチヨから。

 

月にいた二人へ。

 

そして。

 

また。

 

次の誰かへ。

 

ヤチヨ「すごいねぇ」

 

ヤチヨ「歌って」

 

ヤチヨ「しぶといね」

 

彩葉「8000年も?」

 

ヤチヨ「8000年も」

 

かぐや「長っ!」

 

三人が笑う。

 

ヤチヨは。

 

二人を見る。

 

ヤチヨ「でも」

 

ヤチヨ「ちゃんと届いたでしょ?」

 

かぐやは。

 

あの日。

 

月で《reply》を聞いたことを思い出す。

 

曲名の意味を知って。

 

涙を流したことを。

 

地球を思い出したことを。

 

そして。

 

帰ろうと決めたことを。

 

少しだけ。

 

涙ぐむ。

 

それでも。

 

笑う。

 

かぐや「……うん!」

 

かぐや「届いた!」

 

彩葉も。

 

頷く。

 

彩葉「私にも」

 

コメント欄。

 

《おかえり》

 

《8000年越しのreply》

 

《歌ってすげえ》

 

《かぐやおかえり》

 

《彩葉おかえり》

 

かぐやは。

 

コメントを見る。

 

そして。

 

大きく笑った。

 

かぐや「ただいまー!」

 

彩葉も。

 

少し照れながら。

 

彩葉「……ただいま」

 

ヤチヨが。

 

二人を見る。

 

ヤチヨ「おかえり」

 

長い長い時間。

 

一人のかぐや姫が残した歌は。

 

人から人へ。

 

時代から時代へ。

 

姿を変えながら。

 

消えずに。

 

ここまで届いた。

 

そして。

 

受け取った者が。

 

また。

 

次の誰かへ返していく。

 

それは。

 

8000年前から続いている。

 

長い長い――

 

《reply》。

 

――END

 


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