自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ―United States Route―   作:パラレル・ゲーマー

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第12話 《神の雫》の噂を聞いた中国政府が、本気になりました

 アメリカ政府が約束通り、テラ・ノヴァ由来の非機密科学データと最初の物理試料を世界へ公開し始めてから、数日が経過した。

 

 ただし、提供されたのは生きた未知生物や複雑な技術体系の産物ではない。あくまで安全性が確認された「第一陣」だ。

 滅菌処理済みの岩石試料、土壌の無機成分、密封採取された大気サンプル、熱処理によって不活化された植物組織の一部、そしてバイターの甲殻から削り取られた微小な不活化片。

 それに加えて、光学・分光データ、地質データ、気圧、重力、大気組成、恒星光スペクトル、地磁気の観測データなどである。

 

 だが、それだけでも世界中の研究機関を完全に狂乱させるには十分だった。

 中国科学院、欧州の各大学、日本の理化学研究所、英国、インド、オーストラリア。

 世界中の天才たちが、徹夜で顕微鏡と分析機器にかじりついた。

 

 中国科学院、高度物質分析室。

 

「……もう一度測れ」

「これで三回目です、教授」

「四回目をやれ! 機械のキャリブレーション(校正)を最初からやり直すんだ!」

 

 白衣を着た主任研究員が、血走った目でモニターのグラフを睨みつけていた。

 分析にかけられているのは、アメリカから提供された小さな岩石試料(テラ・ノヴァの石)だ。

 化学組成そのものは、理解できる。鉄、珪素、マグネシウムといった見慣れた元素で構成されている。

 

 だが、問題はその「同位体比」と「形成履歴」だった。

 

「……地球上の既知のどの岩石サンプルとも一致しません。隕石のデータとも異なります」

 若手の研究員が、震える声で報告する。

「地殻変動の熱履歴も、磁化のパターンも……我々の太陽系のモデルに当てはまらないんです」

 

 地球の偽造品(フェイク)では、物理的に説明がつかない。

 

「……本物だ」

 

 主任研究員は、へたり込むように椅子に座った。

 別室では、大気サンプルの分析チームが頭を抱えていた。地球人が呼吸可能な成分比率でありながら、微量成分が地球のそれとは決定的に異なっている。

 植物組織の分析チームに至っては、発狂寸前だった。地球の生物と同じ炭素ベースの化学を使用しているにも関わらず、既知の植物データベースには存在しない未知のタンパク質群が確認されたのだ。

 天文部門でも、公開された恒星光スペクトルを既知の恒星カタログと照合する作業が続けられていた。

 だが、現時点では確定的に対応する天体を特定できていない。

 

「何でこんなに似ているんだ?」

「分かりません」

「独立進化(収斂進化)の結果なのか?」

「分かりません」

「共通の祖先(パンスペルミア説)がいるとでも言うのか?」

「もっと分かりません!」

 

 論文を書くどころの話ではない。

 教科書を書き直す前に、彼らは「そもそも何を基準に測ればいいのか」から考え直さなければならなかった。

 

 この「本物」のデータの公開は、中国のネット社会(微博や百度)も大いに沸かせた。

 

『美国真的拿到了另一个世界?(アメリカは本当に別の世界を手に入れたのか?)』

『異世界の石が北京に来たぞ!』

『アメリカが独占するんじゃなかったのか?』

『石だけだぞ。ゲートは渡してないし、現地にも入れないんだから独占と同じだ』

『OFFWORLDER様、中国にも入場許可をください』

 

 だが。

 中国政府の上層部が、今最も血眼になって注目しているのは、石や植物のデータではなかった。

 

  ◆

 夜。北京、中南海。

 中国の最高権力が集うその場所で、極めて限られた人間だけが参加する最高機密会議が開かれていた。

 

 中国指導部のトップ層、国家安全部(MSS)の長官、中央軍事委員会の幹部、国家衛生健康委員会のトップ、中国科学院の院長。

 そして、強い発言力を持つ数名の長老たち。

 

 重厚な円卓の中央には、『最高機密』と印字された赤い表紙のファイルが置かれている。

 

「テラ・ノヴァそのものについては、もはや疑う余地はありません」

 

 国家安全部の長官が、静かな声で切り出した。

 

「科学院の報告の通り、アメリカから提供された試料は本物です。少なくとも、地球上で製造した偽造試料(フェイク)という可能性は、科学的には極めて低い」

 

「それは分かった」

 指導部の一人が、岩石の分析レポートをパタンと閉じた。

「問題は、こちらだ」

 

 彼が指差したのは、別のファイル。

 そこには、二枚の写真が並べられていた。

 

 一人目。

 ノア・マクドウェル。十七歳。

 アメリカの巨大軍産複合体、タイタン・グループ創業家アーサー・マクドウェルの孫。

 

 二人目。

 海道サクラ。八歳。

 日本の巨大企業、海道グループ総帥・海道龍之介の孫。

 

「……子供?」

 

 長老の一人が、怪訝な顔で写真を覗き込む。

 

「両名には、一つ奇妙な共通点があります」

 

 国家安全部の分析官が立ち上がり、スクリーンに詳細なデータを表示させた。

 

「まず、ノア・マクドウェル。

 彼は以前、重篤なALS(筋萎縮性側索硬化症)を患っており、人工呼吸器による管理下で、歩行不能の寝たきり状態でした。

 しかし現在……彼は自力で歩行し、完全な社会復帰を果たしています」

 

 スクリーンに映像が流れる。

 タイタン・グループの関連施設へ、自分の足で、力強く歩いて入っていくノアの姿だ。

 

「……治ったのか?」

「少なくとも、我々が確認できた範囲では、完治しているように見えます」

 

 分析官は次に、サクラの写真を拡大した。

 

「次に、海道サクラ。

 長年、重篤な先天性心疾患を患っており、複数回の手術を経ても重度の心機能不全に陥っていました。

 ところが数日前。日本の海道系列病院に、アメリカ政府専用機で医療団が極秘来日しました。厳重な警備の下で短時間の治療が行われ……」

 

 分析官は一拍置いた。

 

「現在、サクラは病院の庭を歩いています。

 さらに、病院の周辺職員や外部業者などから拾われた断片的な情報によれば、食事制限は解除され、酸素吸入器も不要となり、心機能は『正常化』したとのことです」

 

「……完全に?」

 指導部の一人が、信じられないという顔で尋ねる。

「その可能性が極めて高いと判断しています」

 

 当然の質問が飛ぶ。

 

「……何をしたんだ、アメリカは?」

 

 国家安全部長官は、その言葉の重みを噛み締めるように口を開いた。

 

「現時点で、アメリカ政府内部から『一つのコードネーム』が漏れ出てきているのを確認しました」

 

 スクリーンに、アルファベットが表示される。

 

【DIVINE DROP】

 

 中国語訳。神之滴。

 日本語なら、《神の雫》。

 

「ウォルター・リードの医療チームで使われ始めた内部通称が、その後、保健・国防・情報機関の極秘文書にも記載されるようになったものと見られます」

 

 部屋が、シンと静まり返った。

 

「……神?」

「はい」

 

「さらにもう一つ」

 分析官が続ける。

「米政府関係者から断片的に確認された、分類名称があります」

 

 スクリーンに新たな文字。

 

【GODTECH】

 

「DIVINE DROPは、アメリカ政府の内部ではこの《GODTECH(ゴッドテック)》カテゴリーに分類されている可能性があります。現場の医療・技術関係者が使い始めた『神のテクノロジー』という俗称が、そのまま内部分類へ取り込まれた形と見られます」

 

「GOD……神の技術?」

 長老が顔をしかめた。

 

 中国科学院の院長が、不快そうに鼻を鳴らす。

「科学的な分類名称とは思えませんね。ナンセンスだ」

 

「我々も同意します」

 国家安全部長官が応じる。

「ですが……四肢を失った兵士が再生し、末期の難病患者が歩き出したという情報まで含めて考えれば、なぜ米国人がそう呼んだのかは、理解できます」

 

「マクラーレンの件か」

 

 中国側は、さらにもう一件、別の症例らしき情報も掴んでいた。

 完全な医療記録ではないが、CIA周辺から漏れた断片的な噂。

「米軍の負傷兵への使用例が存在する可能性があります」

 

 スクリーンに画像が並ぶ。

 以前の軍人。IED爆発による四肢欠損。

 別の画像。現在。四肢が揃い、制服を着て歩いている男性。

 

「同一人物か?」

「顔認証では九十九%以上の確率で一致します」

「義肢の可能性は?」

「歩行パターンや筋肉の動きが、最新のバイオニクス義肢の挙動と一致しません。あまりにも自然すぎます」

「腕まで?」

「はい」

 

 ここで、中南海の最高機密会議室の空気が完全に変わった。

 ただの新薬開発の話ではない。

 人体そのものを再構築する、次元の違うテクノロジーが存在する。

 

  ◆

「情報を整理しろ」

 最高指導部からの短い命令に、分析官が背筋を伸ばす。

 

「我々の現在の作業仮説は、以下の通りです」

 

 スクリーンに箇条書きが表示される。

 

 仮説1:何らかの地球外存在、あるいは地球外文明に属する個体・組織が、TERRA NOVAへのアクセス権限を所有している。

 仮説2:その存在が、地球との安定したゲートを開いた。

 仮説3:アメリカ政府がそれを発見したか、あるいは相手側から接触を受けた。

 仮説4:米国はその存在と協力関係を確立した。

 仮説5:見返り、贈与、あるいは共同事業の一環として、地球文明を遥かに超えた『一部の技術』を入手した。

 

「先日の発表で確認された異常な装甲『ヘビーアーマー』。

 そしてこの『DIVINE DROP(神の雫)』。

 これらを総称して、アメリカ政府内部では《GODTECH》と呼んでいる可能性があります」

 

 部屋がざわついた。

 引退して久しい長老の一人が、ゆっくりと口を開く。

 

「つまり……宇宙人(エイリアン)の技術を、アメリカだけが独占的に受け取っていると?」

 

「現時点では、それが最も整合性の高い仮説です」

 国家安全部が答える。

 

 だが、ここで中国科学院院長が待ったをかけた。

 

「待ってください。《GODTECH》という名前だけで、地球外文明由来と断定するのは危険です。アメリカ人が勝手にそう呼んで大げさに騒いでいるだけかもしれない。極めて高度に発展した人類技術であるという可能性も残ります」

 

 それに対し、中央軍事委員会の幹部が鼻で笑った。

 

「百キロを超える装甲で時速四十キロ以上で走り」

「十二・七ミリ機関銃を歩きながら連射し」

「エイリアンの酸に耐えて自動修復し」

「挙げ句の果てに、失われた腕と脚を生やす薬まで作る」

 

 軍の幹部は、院長を鋭く睨みつけた。

 

「それが、アメリカの『人類技術』で可能か?」

 

 科学院の院長は黙り込んだ。

「……可能性は、極めて低いでしょう」

 

「なら、ヘビーアーマーも確保対象にすべきだ」

 中央軍事委員会の幹部が即座に続ける。

「一着でも実物があれば、材料、駆動系、自己修復機構を解析できる」

「既に別班を動かしています」

 国家安全部長官は淡々と答えた。

「ただし、本会議の最優先対象は《DIVINE DROP》です。装甲は兵器ですが、あの薬は国家指導者にも、その家族にも、軍人にも、民間人にも価値がある」

 

 その時、国家安全部の若い分析官が、少し言いにくそうに手を挙げた。

 

「一つ、ノイズがあります」

「何だ」

「ネット上で目撃された、『日本人男性』の噂です。現地の基地で、米軍が意見を求めている日本人が存在するという情報があります」

 

「それが《OFFWORLDER》の正体では?」

 長老の一人が指摘する。

 

「その可能性はあります」

 分析官が答えるが、彼の上司である長官がすぐに首を振った。

 

「だが、日本人が別惑星を所有しているというのか? しかもアメリカ軍に命令を下す立場で?」

 

 沈黙。

 あり得ない。地政学的にも、これまでの日本の技術開発動向から見ても、不自然極まりない。

 

「それよりは、《OFFWORLDER》側の地球人リエゾン(連絡係)、あるいは通訳、技術サポート担当の現地スタッフと考える方が自然です」

 

 全員が深く頷いた。

 正解を、自らの「常識的で合理的な推論」によって、目の前で見事に捨て去ったのだ。

 アメリカ政府とノア・マクドウェルが仕掛けたカバーストーリーは、地球の裏側にある大国の最高会議室でも、完璧に機能していた。

 

「……なるほど。完全に筋が通った」

 指導部の一人が結論づける。

 

「つまり、テラ・ノヴァを所有する地球外存在(オフワールダー)と、アメリカが最初に接触した。そしてアメリカは、そこから技術を得た」

 

「その可能性が高いと考えます」

 

  ◆

 会議の焦点は、その『技術』そのものへと移った。

 

 高齢の長老が、手元の資料を食い入るように見つめている。

 ノアの歩く姿。サクラの笑顔。マクラーレンの再生した腕。

 

「この薬を……我々が手に入れることはできないのか?」

 

 その一言には、国家の利益だけでなく、一人の老いゆく人間としての切実な響きが混じっていた。

 

「まず、性能が本当に噂通りなのか、我々の目で確認が必要です」

 衛生部門のトップが慎重に答える。

 

「仮に本当ならどうなる?」

 長老が急かす。

 

 医学者は少し躊躇してから、正直に言った。

「既存の医療体系を、根底から破壊する可能性があります」

 

「癌は?」

「治療対象になる可能性が極めて高いです」

「臓器不全は」

「可能性があります」

「神経変性疾患は」

「ノア・マクドウェルの情報が事実なら、完治します」

 

「老化は?」

 

 ここで、医学者は明確に線を引いた。

 

「不明です。若返りや寿命の大幅な延長について、信頼できる情報はまだありません」

 

 長老は少し残念そうに息を吐いた。

 だが、それでも十分すぎる。心疾患、癌、脳卒中の後遺症、臓器不全。それらが治るだけでも、富裕層や権力者にとっては夢のような話だ。

 

「なんということだ……」

 別の長老が、唸るように呟いた。

 

「量産できるのか?」

 最高指導部側は、あくまで冷静だった。

「問題はそこだ。これが、宇宙人が気まぐれにくれた一本しか存在しない奇物(アーティファクト)なのか。それとも工業製品なのか。地球上で量産できるのか」

 

「それについて、さらに未確認情報があります」

 国家安全部は、アメリカ国内の複数の人的情報源、医療・兵站関係者から拾われた断片、そして傍受記録を突き合わせた分析結果を開示した。

 

「《DIVINE DROP》は、現状では極めて希少です。アメリカ政府も在庫の確保に苦慮しています。……ただし、一品物ではない」

 

 全員の視線が集中する。

「製造可能なのか?」

「そのようです」

 

「最大のポイントは、その原料です」

 長官がスクリーンに、テラ・ノヴァの敵性生物の映像を映し出した。

「原料の一部は、テラ・ノヴァの敵性生物(バイター)から採取される特殊な生体試料だという情報があります」

 

「待ってください」

 科学院の院長が、鋭く顔を上げた。

「我々は既に、その生物の一部を保有しています。アメリカから提供された第一陣の試料に、バイターの不活化甲殻片が含まれている」

「なら、我々でも薬を作れるのか?」

 長老が身を乗り出す。

「いいえ」

 院長は即座に否定した。

「我々が持っているのは熱処理された甲殻組織です。米側情報で言及されている『特殊な生体試料』と同一物質である保証はありません。ただし、再分析する価値はあります」

「最優先でやれ」

「既に指示してあります」

 

「敵性生物?」

 軍の幹部が身を乗り出す。米軍が交戦したという、あの32体の化け物か。

 

「倒せば取れるのか?」

「そこまで単純な抽出プロセスかは不明です。ですが……」

 

 だが、再生可能資源であることは間違いない。

 部屋の人間全員が、この意味を瞬時に理解した。

 《DIVINE DROP》は、一度しか使えない聖遺物ではない。作れるのだ。

 

「……つまり」

 長老がゴクリと唾を飲み込む。

 

「あの怪物を殺せば、神の薬を増やせるのか?」

 

「非常に乱暴に表現すれば、その可能性があります」

 

「なら、なぜアメリカは公表しない!?」

 当然の疑問が飛ぶ。

「そんな夢のような薬を持っているなら、世界へ発表すればいい。人類史上最大の医学的成果として、アメリカの威信は頂点に達するはずだ」

 

 国家安全部長官が首を振った。

 

「逆でしょう。公表できないからこそ、隠しているのです」

 

「理由は?」

「数が足りないからです」

 

 長官は冷徹に説明した。

「仮に、現状で年間数十本しか作れないとしましょう。誰に使うんです?」

 

 中国には十四億人がいる。世界には八十億人がいる。

 癌患者、難病患者、戦傷者、苦しむ子供たち。そして、カネに糸目をつけない富豪や、権力に執着する政治家たち。

 

「公表した瞬間、世界中から『私を治せ』という要求が殺到します。そして一本使うたびに、『なぜ他の誰かではなく、その人だったのか』と血みどろの論争が起きる」

 長官は言った。

「アメリカは、そのパンドラの箱を開けるのを恐れている。だから、秘密裏に特定少数の人間にだけ使っているのです」

 

 部屋の全員が理解した。

「……なるほど」

 希少だからこそ隠す。非常に説得力がある。

 そして、実際の状況ともかなり近い推論だった。

 

  ◆

 最高指導部が、静かに問うた。

 

「アメリカ政府と、正式に取引することは可能だと思うか?」

 

 当然ながら、最初から「盗む」といった野蛮な選択肢は出ない。大国としての基本は外交だ。

 

 外交部門のトップが難しい顔をする。

「なんとも言えません」

「金なら?」

「いくら積んでも、金だけで売るとは思えません」

「資源?」

「彼らにはテラ・ノヴァがあります」

「市場へのアクセス権か?」

「彼らには既に巨大な国内市場と同盟国の市場があります」

 

「政治的譲歩ならどうだ?」

 可能性はある。台湾問題や貿易摩擦での大幅な譲歩をカードにすれば。

 だが、外交トップは首を振った。

 

「問題は、アメリカ政府がこの技術の『真の所有者』ではない可能性が高いということです」

「どういうことだ」

「《OFFWORLDER》の許可が必要なのでは?」

「……恐らく」

 

 それが最悪のシナリオだった。

 アメリカ政府を説得できても、背後にいる「惑星の所有者」が首を縦に振らなければ、薬は出てこない。

 

「我々中国が提示できるものを、その宇宙人が欲しがるのか?」

 長老の問いに、誰も即答できなかった。

 金。地球の資源。土地。工場。人材。

 相手が別の惑星を丸ごと所有し、異次元の技術を持っているなら、地球の富などどれも価値が怪しい。

 

「だからこそ、まず相手(オフワールダー)の真の目的を知らなければなりません」

 国家安全部が結論づける。

 

 その時。一人の幹部が声を上げた。

 

「待て。一つ引っかかる」

「何だ」

「海道グループだ。なぜ、日本の少女を治療対象に選んだ?」

 

 ここが極めて重要だった。

 ノア・マクドウェルの治療は理解できる。タイタン・グループはアメリカの軍産複合体そのものだ。

 だが、サクラは日本人だ。

 

「アメリカが、海道グループを自陣営に取り込むためでしょう」

 国家安全部が答える。

 海道グループの能力。重工業、造船、精密機械、物流、防衛。

「孫娘を救い、総帥に巨大な恩を売ることで、テラ・ノヴァ開発の下請けとして彼らを縛り付ける」

 

 中国指導部は、深く頷いた。

 

「……合理的だ」

 

 ここも、アメリカ政府の流したカバーストーリーに完全に騙されていた。

 だが、その勘違いが、中国の危機感をさらに煽ることになった。

 

「アメリカは、この薬を『外交兵器』として使い始めた」

 それが、中国側の最終的な結論だった。

 言うことを聞く同盟国や企業には神の薬を与え、反抗する国は見捨てる。最強の踏み絵だ。

 

  ◆

「これはすぐ、世界中に漏れるぞ」

 国家安全部が警告した。

 

「もう一つ問題があります。我々だけがこの噂を掴んでいるとは考えない方がいい」

 

 CIA、国務省、ウォルター・リードの医師団、タイタン、海道グループ、日本政府、そして輸送に関わったパイロットや警備員。

 関係者が増えすぎた。

 

「この情報は、遅かれ早かれ各国政府のインテリジェンスへ伝播します。ロシア、EU、英国、インド、イスラエル」

 

「各国が《DIVINE DROP》を求め始める?」

「はい。水面下で、凄まじい争奪戦になる可能性があります」

 

「なら、他国より先に確保すべきだ」

 軍側が前のめりになる。

 

「迂闊に動けば、アメリカにこちらが情報を掴んだと悟られます」

 外交側が牽制する。

 

「だから、まずは徹底的な『事実確認』です」

 国家安全部が具体的なアクションを提示した。

 

 第一目標:ノア・マクドウェル。

 本当にALSだったのか。現在本当に完治しているか。治療時期、米政府関係者の動線、ウォルター・リード病院との関係、タイタンの最近の異常な対政府協力姿勢、アーサー・マクドウェルの態度変化。

「彼が本当に完全回復しているなら、一つ目の証拠になります」

 

 第二目標:海道サクラ。

 過去の病歴。海外の専門医の診断記録。米医療団の極秘来日。政府専用機のフライトデータ。病院の閉鎖時間。現在の彼女の健康状態。そして、海道グループと米政府間の新規契約の有無。

「二人とも治っていれば、偶然では説明できません」

 

 第三目標:《DIVINE DROP》そのもの。

 現在の在庫数。製造能力。バイオマターとの関連性。保管場所。輸送方法。誰が使用許可を出しているのか。

 そして、《OFFWORLDER》との関係。

 

「まず、本当に存在するのか確認しろ」

 最高指導部が、重い口を開いた。

 全員が静かになる。

「噂だけで国家を動かすな。ノア・マクドウェルと海道サクラ、二人が本当に治ったのか、完全に裏を取れ」

 

「承知しました」

 

 最高指導部は一拍置き、さらに問うた。

 

「事実だった場合は?」

 

 長い沈黙。

 国家安全部長官が答える。

 

「正式な外交交渉から開始します。アメリカ政府へ、治療枠の提供を要求する」

「対価は?」

「必要なら、相応のものを提示します」

 

 だが、軍側が食い下がる。

「拒否された場合は?」

 

 長官は、表情を一切変えなかった。

「その時は、別の方法を検討します」

 

「曖昧な言い方をするな」

 長老が苛立つ。

 

 最高指導部が、静かに結論を下した。

 

「事実なら、何としてでも一つ確保する」

 

 部屋の空気が凍る。

 

「購入でも」

「交換でも」

「外交でも」

 

 一拍。

 

「それ以外でもだ」

 

「了解しました」

 

「一点だけ、進言します」

 国家安全部長官が言った。

 

「仮に《OFFWORLDER》が実在し、アメリカへ技術を提供しているのであれば。

 我々が本当に欲しいのは、《DIVINE DROP》一本ではありません」

 

 全員が長官を見る。

 

「提供者との関係です」

 

 これだ。

 一本盗んでも、使えば終わりだ。作り方を盗んでも、素材(バイオマター)がなければ意味がない。

 ならば。

 《OFFWORLDER》と直接交渉できる立場を、自らの手で作り出す。アメリカが独占している「異星文明との外交関係」へ、中国もプレイヤーとして参加する。

 それが、国家としての本来の戦略だ。

 

「……その通りだ」

 最高指導部が頷く。

 

「薬を追え」

「だが、薬だけを見るな」

 

 指導部の目が、野心にギラリと光った。

 

「神の雫を与えている、“神”を探せ」

 

  ◆

 中国の会議が終了したその頃。

 本当に、噂は世界へと広がり始めていた。

 

 モスクワ。

 クレムリンの一室で、極秘資料がデスクへと置かれる。

 表紙には『DIVINE DROP』の文字。

 

 ブリュッセル。

 EU側の安全保障部門で、指示が飛ぶ。

「タイタン・グループの少年について、健康状態の再確認を」

 

 ロンドン。

 MI6のオフィス。

「海道サクラの医療記録を、合法的に確認できるルートを探れ」

 

 ニューデリー。

「GODTECHとは何だ? 情報を集めろ」

 

 堰を切ったように、情報はもう止まらなかった。

 

 そして、ワシントンD.C.。

 CIA本部。エレノア・バーンズの机に、緊急の報告がもたらされた。

 

「長官。複数の外国情報機関が、ノア・マクドウェルと海道サクラの過去の医療記録を探り始めています」

 

 エレノアは、静かに目を閉じた。

「……早かったわね」

 

「『DIVINE DROP』という名称も、一部のダークウェブや暗号通信の中で検索され始めています」

「漏れたわね」

 

「どうしますか? 偽情報を流して撹乱しますか?」

 

 部下の問いに、エレノアは少し考えた。

 

「消さないでいいわ」

「……よろしいので?」

「もう遅い。火はついた」

 

 エレノアは目を開き、冷徹な指令を出した。

 

「誰が、どこまで知っているかを正確に把握しなさい。泳がせて」

 

 この時点でCIAが把握していたのは、各国が症例とコードネームを追い始めたという事実までだった。

 バイター由来の生体素材と追加製造の可能性まで、中国側が既に推測していることには、まだ気づいていない。

 

 そして。

 

「世界中が、神の雫を欲しがり始める」

 

 氷の女王の呟きは、来るべき世界規模の情報戦と暗闘の幕開けを告げていた。




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フリーランスのWebデザイナーとして、都心のマンションで静かな日々を送る橘栞(たちばな しおり)。彼女の趣味は、複雑なルールのゲームを解析し、最適解を導き出すこと。そんな彼女の日常は、ある日、目の前に現れた【スキル『賢者の石』を入手しました】というウィンドウによって、静かに終わりを告げる。▼万物を対価(コスト)に変え、新たな能力を獲得できるその力に、栞は恐怖…


総合評価:5455/評価:7.04/連載:280話/更新日時:2026年06月16日(火) 20:30 小説情報

銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル現代/冒険・バトル)

ブラック企業で心身をすり減らした元社畜は、並行世界の地球軌道上に浮かぶ完全ステルス要塞〈サイト・アオ〉で目を覚ました。▼彼の新たな肉体は、銀河帝国の最高権力者のスペアとして培養された完全無欠のクローン「ティアナ・レグリア」。神のごとき超能力と超絶テクノロジーを行使し、広大な銀河での大冒険すら早々に「クリア」してしまった彼は決意する。▼「宇宙の覇権とか面倒くさ…


総合評価:2389/評価:6.78/連載:184話/更新日時:2026年08月17日(月) 17:36 小説情報


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