自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ―United States Route― 作:パラレル・ゲーマー
赤黒い菌苔(クリープ)が、まるで巨大な生物の臓物のように大地を覆い尽くしている。
惑星テラ・ノヴァの荒野、前線基地(FOB)から遠く離れたその地点には、無数のスポナー(巣穴)が脈動し、不気味な熱気を放っていた。
その周囲を埋め尽くすのは、通常の小型個体から、一回り以上大きな中型(ミディアム)、そして繁殖用の個体や、酸を吐き出すスピッターまで、文字通り「おぞましい大群」だ。
「全隊、前進(ムーブ・アウト)」
ハリントン中佐の号令が、無線のノイズを切り裂いた。
次の瞬間、アメリカ陸軍が誇る精鋭部隊が、一斉に荒野を踏み鳴らして動き出した。
彼らが纏っているのは、総重量100キロを超える鋼鉄の全身装甲——『ヘビーアーマー』。
だが、その進軍速度は重戦車のような鈍重なものではない。時速四十キロ級のスピードで、数十人の歩兵が土煙を上げて荒野を疾走する。
ナノアクチュエータによる完璧な姿勢制御とパワーアシストが、兵士たちの運動能力を常軌を逸したレベルへと引き上げているのだ。
工藤創一は、自分もヘビーアーマーを装着したまま、その光景を少し離れた岩場の上から眺めていた。
今回は、彼自身が最前線へ出ることはない。
『工藤さんは、絶対に第二線(後方)から出ないでください』と、作戦前にハリントンから念押しされていたからだ。
「了解です」
創一は素直に頷いていた。
以前なら「俺が全部倒す!」と突っ込んでいたかもしれない。だが、アメリカ政府(バックオフィス)から人員と物資の支援を受け始めた今、彼は「餅は餅屋」という言葉を実践する気になっていた。
軍隊の作戦行動に、素人の自分がしゃしゃり出て邪魔をするのは生産的ではない。
開戦の合図は、バイター側からの先制攻撃だった。
「スピッター、右前方!」
警戒の声が飛ぶ。
巣穴の奥から現れた不気味な個体が、緑色の強酸性の液体を放物線を描いて吐き出した。
狙われた兵士は、走りながら身体を傾けた。
通常なら、重装備のまま急な回避行動をとればバランスを崩して転倒する。だが、ヘビーアーマーのナノサーボが即座に重心を補正し、滑らかな軌道で酸の雨を躱す。
しかし、飛沫の一発が肩の装甲に直撃した。
ジュウウウッ!
装甲表面から白煙が上がり、金属が腐食する異臭が漂う。
「被害は!?」
仲間の兵士が無線で叫ぶ。
「表面腐食三ミリ! 自己修復開始している!」
被弾した兵士は、全く速度を落とさずに応じた。
「もう慣れた!」
「慣れるな!」
ハリントンの厳しい叱責が飛ぶ。
同時に、部隊は回避行動から即座に反撃へと移行した。
ドドドドドドッ!
兵士たちが小脇に構えた12.7ミリ重機関銃が、一斉に火を噴く。
信じられないことに、彼らは「走りながら」撃っていた。
凄まじい反動は、すべて全身のナノアクチュエータが吸収し、大地へと逃がしている。射撃姿勢はシステムによってリアルタイムで補正され、弾道はブレることなくバイターの群れへ吸い込まれていく。
甲殻が砕け、肉塊が弾け飛ぶ。
「ミディアム! 前方、三!」
兵士の報告。
通常個体より明らかに強靭な甲殻を持つ中型バイターが、重機関銃の弾幕を耐えながら距離を詰めてくる。
それに対し、後方で待機していた支援班が前に出た。
彼らが構えているのは、20ミリ携行機関砲。対物ライフルをさらに凶悪にした、人間が扱うには完全に間違っている代物だ。
ドドドンッ!
空気を叩き潰すような短い連射音。
ヘビーアーマーがその非常識な反動を強引に押さえ込み、放たれた20ミリの徹甲榴弾が、中型バイターの頭部へまとまって叩き込まれた。
硬質な甲殻を穿ち、そのまま頭部から上半身を粉砕する。
「……こいつ、本当に歩兵装備かよ!?」
トリガーを引いた兵士本人が、あまりの威力と無反動ぶりにドン引きする。
「今さら言うな! 前を見ろ!」
戦線はアメリカ軍の圧倒的な優位に進んでいるように見えた。
だが、今回は敵の数が違った。
前回の32体という小規模な群れではない。
数十体をミンチにしても、巨大な巣穴の奥から次々と新たな個体が溢れ出てくる。
『——マスター。地下移動反応を多数検知しました』
イヴの警告音が、創一の耳に響く。
「中佐! 追加来ます! 地下からです!」
創一が無線で叫んだ直後。
ズドォン!
兵士たちの足元の地面が盛り上がり、土を被ったバイターたちが直接戦列の真ん中へ出現した。
「第二班、左へ展開! 第三班はそのままスポナーを狙え!」
ハリントンが瞬時に指示を飛ばす。
ここで、事前の「百単位」という予測が崩れ去った。
偵察ドローンでは、地表にいる個体しか正確にカウントできなかったのだ。地下で待機していた伏兵が、想像以上に多かった。
『敵性移動個体数を再計算します』
イヴの表示する数字が跳ね上がる。
100。117。129。
『推定総数、百五十前後へ上方修正』
「増えた!?」
創一が後方で目を丸くする。
「喜ぶところじゃありません!」
ハリントンが怒鳴る。
「ですよね!」
戦場は混戦状態へと突入した。
ヘビーアーマーは圧倒的に強い。だが、無敵ではない。
数十体のスピッターが一斉に酸を吐きかけ、大型個体が凄まじい質量で体当たりを仕掛けてくる。
盾のように前衛に立つ兵士たちに、四方八方から攻撃が集中する。
一人の兵士が、中型バイターの突進をまともに受けた。
ガキンッ!
という金属音と共に、100キロ超の巨体が数メートル後方へ吹き飛ばされる。
「大丈夫か!?」
創一が思わず声を上げる。
吹き飛ばされた兵士は、砂埃の中でゴロリと転がり、即座に立ち上がった。
「装甲正常!」
「本人は!?」
ハリントンの声。
一拍のラグ。
「俺も正常です! どこも折れてません!」
「なら戻れ!」
兵士は再び戦列へと復帰し、20ミリ砲を乱射し始めた。
異常なまでの耐久力。だが、衝撃で内臓が揺れる感覚や、関節部への負荷は確実にある。不死身ではない。そのギリギリの緊張感が、兵士たちの集中力を極限まで研ぎ澄まさせていた。
「敵性移動個体の掃討、完了しつつあります!」
やがて、群れの勢いが衰え始めた。
あとは、湧き出し口である巣穴(スポナー)の破壊だ。
『マスター。Biomatter(バイオマター)反応は、敵性移動個体の死亡時にのみ確認されています。スポナー構造体自体は、回収対象外です』
イヴが冷徹に通知する。
「了解!」
創一は無線を入れた。
「中佐! 巣は残さなくていいんだよね?」
『はい。放置した巣群では、個体数、個体強度、および巣群規模の継続的な増大が確認されています』
イヴが補足する。
「じゃあ、全部潰しちゃおう!」
「そのために来たんです」
ハリントンが応じ、重火器班に合図を送る。
C4爆薬、無反動砲、20ミリ機関砲の集中砲火。
脈動していた巨大な肉塊が次々と吹き飛び、粘性の体液を撒き散らして崩落していく。
最後の巨大な巣穴が沈黙し、赤黒いクリープの脈動が止まった。
荒野に、重い静寂が戻ってきた。
『周辺五キロ圏内、敵性移動反応なし』
イヴの報告が、戦いの終わりを告げた。
「……戦闘終了」
だが、ハリントンは即座に喜ぶような真似はしない。
「各班、人数確認」
「一班、全員!」
「二班、全員!」
「三班、全員!」
報告が上がる。
負傷者、ゼロ。
ヘビーアーマーの損傷は複数あるが、すべて軽微であり、自己修復機能で対応可能な範囲だ。
ここで初めて、ハリントンは小さく息を吐いた。
「……よし」
「大勝利ですね、中佐」
近くの兵士が、安堵したように言った。
「五十体だ」
「……え?」
「我々は事前偵察で、約五十体の敵を見落とした」
ハリントンの声は冷静だった。
「結果として死傷者はゼロだった。だが、結果の話をしているんじゃない。次も同じ程度の誤差で済む保証はない」
兵士たちの表情から、浮かびかけていた笑みが消える。
「今回は装備性能に救われた。次に百体のつもりで三百体出てきた時も、同じ結果になるとは限らん。地下反応の偵察手順を見直すぞ」
「了解」
創一は岩場から降りてきて、笑顔で言った。
「中佐。全員、生きて帰れますね」
出撃前の約束。
ハリントンは、ヘルメットのバイザーを上げ、頷いた。
「ええ」
『マスター。敵性生物進化係数の更新を確認しました』
「……どれくらい?」
『今回の大規模巣群破壊、および継続中の工業汚染を反映し、進化係数がプラス0.3上昇しています』
創一の笑顔が引きつった。
「うげ」
「つまり?」
ハリントンが問う。
『今後遭遇する敵性個体は、今回より強力になる可能性が高いと予測されます』
「放っておいても増えて強くなる。潰しても、向こう全体の進化は進む……」
創一が嫌そうに頭を掻いた。
『はい。したがって、攻略可能な巣群を早期に排除し、安全圏を拡大する現在の方針に変更はありません』
「ですよねー」
◆
戦闘が終わった。
ならば、次は「収穫」の時間だ。
防護服を着たCBRN班ではなく、装甲を着たままの兵士たちが、創一から渡されたデバイスを使って、倒れたバイターの残骸から『ドロップ品』を回収していく。
一個。二個。十個。
五十。百。
創一は、手元の端末に表示される数字のカウントアップをじっと見つめていた。
やがて、システム上の回収処理が全て完了し、最終的な数字が確定した。
【Biomatter:150】
「…………」
創一は、沈黙した。
「百五十個!」
彼が声を上げたのと同時に、イヴの合成音声が響いた。
『確認しました。Biomatter、百五十単位を新規回収』
今回は、ハリントンも彼を止めなかった。
「作戦は終わりましたからね」
「百五十人分……」
創一の脳裏に、ホワイトハウスの重苦しい会議の光景が一瞬だけフラッシュバックした。
八十億人の人類。八本しかない薬。誰を救うのかという、政治家たちの苦悩。
百五十人分。
その数字がもう、ただのゲーム素材には見えないことだけは、創一にも分かっていた。
だが、今ここで誰を救うかを考えても仕方がない。
自分にできるのは、まず確実に持ち帰ることだ。
「……持って帰りましょう」
創一はニッと笑った。
「そのために来ました」
ハリントンも口角を上げる。
これで、在庫状況は劇的に更新された。
既存在庫のBiomatterが32単位。
今回の回収分が+150。
総備蓄量は、一気に【182】となった。
完成品の『医療用キット』8本と合わせれば、理論上、必要であれば最大で190人分の治療が可能になった計算だ。
「よし、イヴ。とりあえずこれは生素材(Raw material)のままで保管だ! 薬には加工しないでおくぞ」
『了解しました』
全部をすぐに薬にしてしまうと、軍事研究や別のレシピで素材が必要になった時に詰む。資源管理の基本だ。
輸送班が、回収した大量のバイオマターを専用のコンテナに積み込んでいく。
部隊が撤収の準備に入ろうとした、その時だった。
『——マスター』
イヴの声が、少しだけトーンを変えた。
「ん?」
『周辺資源走査(スキャン)に、新規の反応があります』
創一の動きがピタリと止まった。
ハリントンが嫌な予感を察知し、眉をひそめる。
「……資源ですか?」
「イヴ、表示!」
創一のHUDに、地下資源の分布マップがオーバーレイされた。
赤いエリアは鉄鉱石。別のエリアは石材。
そして。
破壊された巣の直下、地下深くから伸びるように、これまで見たことのない紫色のアイコンが表示されていた。
【Rare Metals】
「…………」
一秒。
二秒。
「レアメタル鉱床だーーーー!!!」
創一の絶叫が、静まり返った戦場に響き渡った。
「うおっ!?」
近くにいた米兵がビクッと肩を震わせる。
「工藤さん!?」
ハリントンが目を丸くする。
さっきまで、「百五十人分の命……」と真面目な顔をして黄昏れていた男が。
一瞬で、完全に「工場ゲーマー」の顔へと戻っていた。
◆
「どれくらい!? 規模はどれくらいある!?」
創一はマップに飛びつくようにして叫んだ。
『現在の走査範囲および地層データから、暫定の推定値を算出します』
イヴが少しの間を置く。
『推定埋蔵量:約5.0億トン』
「…………」
創一は、息を止めた。
「五億?」
ハリントンが聞き返す。
「トン?」
兵士がオウム返しにする。
「五億トン!?」
創一の声が裏返った。
『暫定値です。鉱床の外縁が現在の走査範囲外に継続しているため、総量はさらに増加する可能性があります』
「まだ増えるの!?」
『なお、約五億トンという値は鉱床全体の推定鉱石量です。精製後に得られる各希少金属の総量とは一致しません』
「じゃあ、実際どれくらい使えるの?」
『鉱床品位と元素構成の詳細分析が必要です』
戦闘の余韻は、完全に彼方へ吹き飛んでいた。
「採掘条件は!」
『通常掘削のみでは、岩盤の硬度と不純物の問題で回収効率が極端に低下します』
「じゃあどうする!?」
『酸性抽出液を使用した、浸出採掘(In-situ leaching)を推奨します』
創一は即答した。
「酸で採掘ですねー! やったー!」
「……何が“やったー”なんです?」
ハリントンが、頭痛を堪えながら尋ねる。
「硫酸ラインを、もっと大規模に作る理由が増えたんですよ!」
軍人たちには、全く理解不能な喜び方だった。
若い米兵が、隣の兵士に小声で尋ねる。
「なぁ、レアメタルって、あれだろ?」
「何だよ」
「スマホとか、ミサイルの誘導装置とか、最新の戦闘機とか、いろんなハイテク機械に絶対必要なやつ」
「ああ」
「中国から輸入を頼ってて、戦略的にマズいってニュースでよく言ってるやつだよな?」
「そうそう」
兵士たちは、目の前に広がる何もない荒野——その地下に眠る「5億トン」という数字を想像した。
「……じゃあ、もうこれから中国から買わなくていいっすね」
数人の兵士が、思わず「ハハハハハ!」と笑い声を上げた。
ハリントンが即座に振り返る。
「お前ら、その発言はボディカメラの音声で全部ワシントンに記録されてるからな」
笑いがピタリと止まる。
「……忘れてください、中佐」
「無理だ」
だが、ここで笑えなかったのは、創一の方だった。
「…………」
さっきまで喜んでいた彼の顔が、スッと青ざめていく。
考える。
中国。世界最大級の製造国家。資源外交。重要鉱物。サプライチェーン。国家安全保障。
そんな生臭い単語の数々。
そして、目の前にシステム表示されている《Rare Metals》約5億トンという、世界経済を物理的に押し潰すほどの質量。
「やばーー……」
創一は頭を抱えた。
「今さらですか?」
ハリントンが冷ややかに言う。
「いや……これ、大統領に報告したら、また絶対あの息の詰まる会議に呼ばれますよね?」
「確実に」
「……黙っとこうかな」
「却下です」
「ですよねー」
創一はため息をついた。
なお、システム上の《Rare Metals》という表記は、単一の元素を指すものではない。地球の科学でいう特定の「レアアース」一種類という意味でもない。
高性能合金、触媒、高密度電子部材、上位の機械設備など、高度な技術用素材としてまとめて扱われている、複合的な希少金属資源カテゴリーだ。
『《Rare Metals》は、複数種の希少金属元素を高濃度で含む複合鉱床です』
イヴが補足する。
「つまり?」
『複数の上位製造レシピのアンロックと、生産に使用されます』
創一の目が、再び怪しく輝き始めた。
「上位レシピ!」
「そこに反応するんですね」
ハリントンは、もうこの男の制御を半分諦めかけていた。
◆
普通なら。
これほどの超巨大鉱床を発見したならば、まずは専門家による地質調査、正確な資源評価、ワシントンへの報告、環境アセスメント、採掘計画の立案、そして防衛ラインの構築……といった、何ヶ月にもわたるステップを踏むのが常識だ。
「よし!」
創一がポンと手を打った。
「何をする気です?」
ハリントンが、これ以上ないほどの嫌な予感を込めて問う。
「とりあえず、線路引こう!」
「今から?」
「今から!」
創一はマップを開き、空中に投影した。
FOB(本工場)から、今回の鉱床までの距離、数十キロ。
「トラックで五億トン、往復して運ぶ気ですか?」
誰も答えない。
「無理でしょ! トラックの運転手が過労死します!」
だから。鉄道だ。
「幹線を一本、ここまで引っ張ってきて、貨物駅を作ります。
そんで、本工場から『硫酸』を満載したタンカー列車を走らせる。
着いたら酸を採掘設備に注入して、帰りの空いた貨車に『Rare Metals』を積んで帰る」
創一は指で、空中のマップをなぞった。
「行きは硫酸! 帰りは鉱石!
往復とも空荷にならない! 完璧な物流システムだ!」
満面の笑顔。
物流を担当している米軍の士官が、その図面を見て一瞬だけ感心した。
「……なるほど。無駄がない」
だが、直後に我に返った。
「いや、待て。もう明日から採掘する前提のスケジュールになってるぞ」
「その前に、ここを防衛しないとダメですよね」
創一が言う。
「それは完全に同意します」ハリントンが頷く。
「じゃあ、仮拠点(アウトポスト)作ります!」
「……どうやって?」
「普通に?」
兵士たちの間に、嫌な予感が走る。
「普通」という言葉の定義が、この男と自分たちでは絶望的に違っていることを、彼らはすでに学んでいた。
創一はインベントリを開いた。
彼が今回の遠征のために、あらかじめ工場で生産し、持ち込んできたシステム製の設備の数々。
防壁。自動タレット。大型蓄電池。変電設備。照明塔。レーダー。コンテナ。補給設備。小型発電設備。鉄道信号。レール。そして、仮設貨物ホーム用の設備。
創一は地面を見た。
HUDに、半透明の緑色の配置ガイド(ゴースト)が表示される。
「ここ」
ドン。
鈍い音と共に、巨大なコンテナ設備が荒野に出現する。
米兵たちは、声も出せずにその光景を見つめた。
さっきまで、血と肉片が散乱するだけの荒野だった場所に、いきなり完成した設備が鎮座している。
「次」
ドン。防壁。
ドン。タレット。
ドン。変電設備。
「待て待て待て」
兵士の一人が、たまらず声を上げた。
「?」
「今、何した?」
「設置ですけど」
「いや……」
兵士は、見上げるような巨大設備を指差した。「それ、どこから出した?」
「インベントリからです」
「…………」
別の兵士が、肩を叩いた。
「質問した俺たちが悪かった」
五分後。
さっきまで、破壊されたバイターの巣の残骸しかなかった場所。
今そこには。
綺麗に敷き詰められた防壁。四隅を睨む自動タレット。広範囲を走査する監視レーダー。周囲を煌々と照らす照明。電源。通信アンテナ。物資コンテナ。そして、ヘビーアーマーの簡易補給スペースまでが完備された、完璧な『前進仮拠点』が完成していた。
ハリントンは、言葉を失っていた。
「……工藤さん」
「はい?」
「これは、仮拠点?」
「そうですよ」
「何分で?」
創一はHUDの時刻表示を確認した。
「七分くらいですかね?」
沈黙。
米兵たちの一人が、隣の仲間に小声で言った。
「なあ」
「何だ」
「俺たち、さっき怪物百五十体倒したよな」
「倒した」
「百キロのパワードスーツ着て、二十ミリ砲を撃ちながら走ったよな」
「走った」
一拍。
「でも、あの日本人が一番ヤバくないか?」
全員が、無言で創一を見た。
創一は、拠点から外へ向かって、ガシャン、ガシャンとレールを並べている。
「次、ここ!」
「……うん」
全員が同意した。
「あの人、本当に何者なんだ?」
「だから、元SEらしいぞ」
「その情報、前より意味分かんなくなってないか?」
もはや、誰もその肩書きを信じていなかった。
ハリントンも、普段なら「正規の手順を踏め」と止める側だ。
だが、完成した仮拠点を見て、ため息をついた。
防衛ライン、物資、通信。全てが完璧に機能している。野営するよりも何百倍も安全だ。
「……便利すぎるのが腹立つな」
「中佐?」
「いや、何でもない」
ハリントンは、完成した防壁とタレットをもう一度見回した。
「工藤さん。一ついいですか」
「はい?」
「ここを、誰が守るんです?」
「タレット?」
「機械ではなく、人間の話です」
「あー……」
自動タレットとレーダーだけでも、小規模な襲撃なら十分に迎撃できる。
だが、故障、弾薬補給、大規模襲撃、未知の強化個体、そしてこれから設置される採掘設備と鉄道の保全まで考えれば、完全な無人拠点として放置するわけにはいかない。
「当面は分隊規模を交代で常駐させます。鉄道が完成して補給線が安定したら、守備体制を再評価します」
「人、取られちゃうか」
「拠点を増やすというのは、そういうことです」
「なるほど……」
創一は、マップ上でFOBから新鉱床までのルートを確定させた。
「ここが《Rare Metals Outpost 01》ね!」
『名称を登録します』
「もう名前まで決めたんですか?」
「拠点は名前つけないと、列車の物流設定(スケジュール)が組めないんで!」
完全に工場ゲームのシステム依存だ。
「採掘機には酸が必要だから……」
創一は、一人でブツブツと計画を練り上げる。
本工場で硫酸を製造し、専用タンクへ。鉄道タンク車に積み込み、《Rare Metals Outpost 01》へ。酸を注入して採掘し、鉱石を積んで帰路へ。
「完璧!」
兵站担当の士官が、その図面を見て顔を引きつらせた。
「……待ってください」
「何?」
「今、十五秒くらいで、国家規模の資源補給計画まで決めませんでした?」
「だって、行きに酸、帰りに鉱石積めばいいだけでしょ?」
士官は沈黙した。
「……そうなんですが」
理屈は100%正しい。だから余計に腹立たしいのだ。
◆
ホワイトハウス。
テラ・ノヴァ遠征軍からの第一報は、瞬時に大統領の元へ届けられた。
【TERRA NOVA EXPEDITIONARY FORCE(テラ・ノヴァ遠征軍)】
作戦結果:
敵性個体撃破:150
スポナー:全基破壊
米軍死者:0
米軍負傷者:0
Biomatter:150 units recovered
そして、その下に追記された一文。
【NEW RESOURCE DISCOVERY(新資源発見)】
System Designation: RARE METALS
Estimated Deposit: ~500,000,000 tons(推定約5億トン)
ダグラスは、資料を見て完全に沈黙した。
ウォーレン大統領が、怪訝な顔をする。
「何だ」
「大統領」
ダグラスは、スッと書類を差し出した。
「次の秘密会議の議題が、もう一つ増えました」
ウォーレンはひどく嫌そうな顔をした。
「今度は何だ。また何か変な薬でも見つけたのか」
大統領は書類を読んだ。
「…………」
彼は、老眼鏡を外し、もう一度書類を見た。
「五億トン?」
「暫定値ですが」
長い、長い沈黙。
「工藤氏は?」
「既に現地で、線路を敷き始めています」
さらに長い沈黙。
「……そうか」
アメリカ合衆国大統領は、もう驚くことすら放棄した。
◆
夕暮れのテラ・ノヴァ。
赤い空の下、破壊されたバイターの巣の向こうに、仮設基地の灯りが灯っている。
そして、そこから地平線へ向かって、一本の銀色の線路が伸びていた。
創一は、楽しそうにレールを設置していく。
ガシャン。次。ガシャン。
『マスター。Rare Metals Outpost 01までの暫定鉄道路線、設計完了しました』
「よーし!」
創一は腕まくりをした。
「硫酸ライン増設して、タンク車作って、採掘設備並べて! レアメタル掘るぞー!」
後ろで見ていた米兵たちが、ヒソヒソと囁き合う。
「……五億トンだぞ」
「らしいな」
「あの人には、普通の鉱山一個掘るくらいの感覚なのか?」
別の兵士が、少し考えて答える。
「たぶん、画面の中の資源アイコンが一個増えた、くらいにしか思ってないよ」
「…………」
「イヴ! 列車、何編成にしようか!」
『初期計画では、輸送効率の観点から四編成を推奨します』
「じゃあ、渋滞覚悟で八編成作ろう!」
「やっぱり、この人が一番ヤバいわ」
兵士たちの総意だった。
荒野へ、新しい鉄路が伸びていく。
百五十体の怪物を殺して得た、百五十人分の《神の雫》。
そして、その下から見つかった、五億トンの未知なる資源。
人類国家なら、どちらか一つだけでも歴史を変え、戦争の火種になるほどの大発見だった。
だが。
工藤創一にとって重要なのは、もっと単純なことだった。
新しい資源が見つかった。
なら、そこまで線路を引いて、掘り尽くすだけだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!