自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ―United States Route― 作:パラレル・ゲーマー
ワシントンD.C.、ホワイトハウス地下。
最高機密会議室(シチュエーション・ルーム)の分厚い防音扉が閉められ、外部からの電子的な干渉が完全に遮断された空間に、いつもの顔ぶれが集まっていた。
ただし、今回はモニターの向こう側にいるはずの「最も重要な男」の姿がない。
「工藤氏は?」
ウォーレン大統領が席に着きながら尋ねた。
「本日は不参加です」
ダグラス首席補佐官が答える。
「現在、テラ・ノヴァ現地において、『Rare Metals Outpost 01』の建設、鉄道路線の敷設、および硫酸生産ラインの構築と採掘設備の立ち上げ作業に没頭しています。……ご本人の言葉を借りるなら、『今いいところなんで、邪魔しないで』とのことです」
ウォーレンは少しだけ苦笑した。
「よかろう。あの男は、会議室で退屈そうにしているよりも、工場を回している時が一番国家に貢献する。そっとしておいてやれ」
「はい」
今日の会議の参加者は、前回とは少し毛色が違った。
ウォーレン大統領、ダグラス、エレノア・バーンズCIA長官、国防総省、そしてタイタン・グループから特別顧問として参加しているノア・マクドウェル。
それに加え、商務省、財務省、エネルギー省のトップ、さらに地質・鉱物資源の専門家や、軍需産業の基盤担当者など、経済と産業の中枢を担う顔ぶれがずらりと並んでいる。
「では、第一の議題からだ」
ウォーレンは、手元の資料の最初の一枚を開いた。
【Biomatter recovered: 150】
「まず、こちらは朗報だな」
「はい」
HHS(保健福祉省)の官僚が、安堵の色を滲ませて頷いた。
「既存の備蓄が32単位。今回回収したのが150単位。総原料は182単位となりました。完成品の《DIVINE DROP》8本と合わせれば、現状で最大190人分の治療ポテンシャルを確保したことになります」
官僚はさらに続ける。
「もちろん、全量を医療用キットへ回せるわけではないことは承知しています。しかし、少なくとも昨日までのような『一本使うごとに胃が削れる』状況よりは、遥かに余裕があります」
エレノアも同意した。
「今後、各国から正式な提供の問い合わせや外交圧力が増した際にも、『絶対に一本も出せない』という完全なゼロ回答ではなく、『安全保障および生産能力の枠内で前向きに検討する』といった外交カードとしての余地が生まれました。これは大きい」
しかし、ノアが静かに釘を刺した。
「ただし、この供給能力(最大190本)という具体的な数字を公表することには、強く反対します」
「理由は?」ウォーレンが問う。
「『182単位の原料がある』という数字が出れば、各国は直ちに割り算を始めます。自国に何本割り当てられるか、アメリカは裏で何本隠し持っているのか。具体的な数字は、無用な猜疑心と争奪戦の火種になるだけです」
「分かっている」
ウォーレンは資料をパタンと閉じた。
「数字は出さない。今まで通り『生産能力を評価中』で貫く」
大統領は、次の分厚いファイルに手を伸ばした。
その表紙には、見慣れないアイコンと、恐ろしい数字が刻まれている。
「……それより」
ウォーレンの目が、鋭く光った。
「また、とんでもない報告が上がってきたらしいな?」
会議室の空気が、医療問題の時とは違う、泥臭く生々しい「欲望と恐怖」の色に染まった。
ダグラスが、胃の痛そうな顔で頷く。
「はい、大統領」
◆
メインモニターに、テラ・ノヴァの地下資源マップが投影された。
赤黒い大地の下に、不気味なほど広大に広がる紫色のエリア。
【SYSTEM DESIGNATION: RARE METALS】
【CURRENT ESTIMATED ORE DEPOSIT: ~500,000,000 metric tons】
「五億トン」
ウォーレンが、その数字を口の中で転がした。
「暫定値です」
地質資源担当の専門家が、緊張した声で説明を始める。
「鉱床の外縁部は、まだ工藤氏の携帯スキャナーの走査範囲から外れています。従って、この数字はさらに増える可能性があります」
「減る可能性は?」
「詳細なボーリング調査や測量を行えば、多少の補正(下方修正)はあり得ます。ですが……」
専門家は一拍置いた。
「これが『超巨大鉱床である』という結論自体が覆る可能性は、ゼロです」
モニターの表示が、鉱床の組成データ(暫定版)に切り替わる。
システム上の《Rare Metals》という名称は、単一の元素を指すものではない。
レアアース系(ネオジム、ジスプロシウムなど)、高性能磁石向け元素、高温合金用、触媒用、半導体用。
地球のハイテク産業を支える「希少」な元素群が、一つの巨大な複合鉱脈としてまとまっているのだ。
「はっきり申し上げます」
専門家が、震える声で言った。
「地球上で“希少(レア)”と呼ばれ、国家間で血みどろの争奪戦が行われている複数の資源が、極めて大きなスケールで、あそこに埋まっています」
商務省の官僚が、手元の端末を素早く操作した。
「五億トン……」
彼は画面の計算結果を見て、顔面を蒼白にさせた。
「地球全体のレアアースの生産量は、年間でせいぜい数十万トン規模です。
単純に、この五億トンを三十万から四十万で割れば……。
……1250年分? いや、1666年分?」
部屋が、シンと静まり返った。
人類の文明が、今後千年以上も資源枯渇の恐怖から解放される?
「…………」
ウォーレン大統領すら、言葉を失った。
しかし。
地質資源の専門家が、即座にその計算を否定した。
「その比較は、正確ではありません。落ち着いてください」
全員の視線が専門家に集まる。
「先ほどの五億トンという数字は、あくまで《Rare Metals》鉱床の『鉱石(Ore)』の総量です。
地球側の年間数十万トンという数字は、通常、レアアース酸化物換算(精製後)の生産量を示しています。
つまり、鉱石五億トンすべてが、そのまま五億トンの純粋な希少金属になるわけではありません」
「では、千年分ではないと?」
ウォーレンが問う。
「現時点では、何年分とは言えません。なぜなら……鉱石の『品位(含有率)』が正確に分かっていないからです」
専門家は、次のページを表示した。
だが、その顔は全く安堵していなかった。
「ただし。だからといって、安心できる(影響が小さい)という意味でもありません」
採取された極少量の第一試料の分析結果。
その濃度は、地球上のどの採算鉱床(優良鉱山)と比較しても、異常に高い可能性を示していた。
「もし、現在工藤氏が回収した試料の品位が、この鉱床全体を代表しているのだとしたら……。
我々アメリカ合衆国が、戦略物資として必要とする全需要量から見ても。
事実上、資源の枯渇を心配する必要が全くない規模になる可能性があります」
会議室の空気が、完全に変わった。
国防長官が、重々しく口を開いた。
「《DIVINE DROP》は、確かに神の薬だ。しかし、一本使えばそれで終わりだ。百本あっても、百人の命しか救えない」
長官は、紫色の鉱床マップを指差した。
「だが、鉱山は違う。
掘り出し、精製し、製品として使い、そしてまた掘る。
これは、一過性の奇跡ではない。国家を、そして文明そのものを底上げする『継続的な産業資源』だ」
「そういうことか」
ウォーレンは、事の重大さを正確に理解した。
商務長官が、胃を押さえながら言った。
「言い方は悪いですが、大統領。
国家戦略上は、こちらの鉱山の方が遥かに扱いやすく……そして、遥かに危険です」
HHS(保健福祉省)の官僚が、ムッとした顔をする。
「人命を救う薬よりも危険だと?」
「市場と国家を動かす、という意味です」
商務省は反論した。
「《DIVINE DROP》は希少すぎて、市場に配ることはできません。だから隠せる。
ですが、《Rare Metals》は産業へ流せる。流さなければならない。
EV(電気自動車)、高性能モーター、精密電子機器、通信ネットワーク、レーダー、航空宇宙、ミサイル誘導装置、次世代電力網。
我々の生活と国防の全てが、この資源に依存しています」
エネルギー長官も同調する。
「もし、テラ・ノヴァでの採掘を大規模化できれば……。
少なくともアメリカの産業が必要とする希少金属については、地球上の他の鉱床が枯渇しようが、特定の資源国家からの輸入が途絶えようが、一切怯える必要がなくなる可能性があります」
「資源枯渇リスクが消える……」
ダグラスが呆然と呟いた。
「つまり、『地球上の鉱床が減ること』を、アメリカの産業界が直接恐れる必要はなくなるわけですか」
正確には、テラ・ノヴァでの採掘能力、精製能力、ゲートの輸送能力、そして工藤創一自身の消費量がボトルネックとなる。資源そのものの絶対量ではなく、設備(インフラ)の能力だけが問題になる。
完全にインフラ構築ゲームの世界観が、国家の経済政策に直結し始めていた。
◆
「ここで最大の注意点です」
財務長官が、険しい顔でグラフを提示した。
「市場へ流しすぎれば、価格が崩壊します」
「安くなるなら、いいことでは?」
ウォーレンが素朴な疑問を投げる。
「消費者にとっては、素晴らしいことです」
財務省は頷いた。
「しかし、供給網(サプライチェーン)には、我々以外にも多くのプレイヤーがいます。
既存の鉱山会社。精錬会社。それに投資している株主や金融機関。そして、資源を輸出して国を成り立たせている資源国家」
財務省は、無情なシナリオを語った。
「現在、1キロあたり百ドルで成立している市場に、我々がテラ・ノヴァから『原価ほぼゼロ』の希少金属を大量に供給したらどうなります?
価格は十分の一、あるいは百分の一まで暴落するでしょう。
結果として、地球上の既存鉱山はすべて採算割れを起こし、閉鎖されます。新たな鉱脈を探す投資案件はストップし、関連企業は倒産。資源輸出国の税収は消失します」
財務長官は、ウォーレンを真っ直ぐに見た。
「市場そのものを、完全に破壊することになります」
「待て」
ウォーレンは、少し身を乗り出した。
「それは……悪いことなのか?」
会議室が、静かになった。
科学技術政策局(OSTP)の顧問が、慎重に口を開く。
「人類全体の進歩という観点で見れば、必ずしも悪いことではありません。
むしろ、価格が暴落することで、これまでは『高価すぎて使えなかった用途』への道が開かれます。
例えば、超高性能な磁石を一般の家電に大量に使えるようになる。特殊合金のコストが下がり、宇宙開発が一気に加速する。
『希少金属を“節約して使う”』という、現代の工学の設計思想そのものが根底から変わる可能性があります」
「一グラムを節約するための苦労が不要になる?」
「はい。コストを度外視して、性能最優先の設計が可能になります。研究用途でも、価格を理由に実験を諦める必要がなくなります」
「極端な話ですが」
商務省が引き取る。
「この《Rare Metals》が本当に安定供給できるようになれば、もはやそれは“Rare(希少)”ではなくなります。
鉄、アルミ、銅。その横に、新しい『ただの一般的な工業材料』として並ぶことになるでしょう」
「……文明が変わるな」
ウォーレンは、震えるような息を吐いた。
さらに、環境・エネルギー担当の官僚が、別の視点からメリットを提示した。
「地球側には、莫大な『環境上の利益』もあります。
地球で鉱山を掘る必要がなくなり、精錬による環境負荷を劇的に減らせます。
レアアースの抽出には、通常、大量の濃酸や高温処理が伴い、深刻な土壌汚染や放射性廃棄物を生み出します。その汚い工程をすべて、地球から排除できるのです」
「つまり」
ウォーレンがまとめる。
「汚い工程を、すべて別の惑星へ押し付ける(移す)と?」
沈黙。
「……極端に表現すれば、そうなります」
「そして、その惑星では、工業汚染が広がり、怒り狂ったエイリアン(バイター)が我々の基地を襲撃してくるわけだ」
エレノアが冷たく付け加えた。
「環境問題を消し去るわけではありません。場所を移し、別のツケを払うだけです」
全員が、嫌な顔をした。
極めて人間的で、自己中心的な解決策。だが、それが国家の論理だった。
◆
そして、議論は最も生々しい「安全保障」の領域へと突入する。
「だが、戦略面では明白な利点がある」
国防長官が、スクリーンに中国の地図と、重要鉱物の世界シェアのグラフを表示させた。
現実として、中国はレアアースだけでなく、ガリウム、タングステン、天然黒鉛など、複数の重要鉱物において世界生産の圧倒的なシェアを占めている。
レアアースの鉱山生産シェアは約70%。さらに恐ろしいのは、その後の分離・精製工程で、中国が世界の約9割を握っていることだった。ガリウムに至っては、生産のほぼ全量が中国に集中している。
「鉱石を手に入れただけでは、まだ足りません」
エネルギー長官が低い声で補足する。
「我々には、それを工業材料へ変えるための分離・精製設備が不足しています。中国依存を本当に断つつもりなら、採掘だけではなく、その後ろにある巨大な加工産業まで自前で作り直す必要があります」
「このテラ・ノヴァの鉱脈があれば、中国の『資源カード』を完全に無力化できます」
誰も笑わなかった。
若い米兵が「これから中国から買わなくていいっすね」と笑い飛ばした冗談。
それが、国家の最高会議室で語られる時、それは決して笑い話ではない。
中国が数十年かけて築いた戦略的優位を、銃弾を一発も使わずに消し去る選択肢だった。
「私は、中途半端にやるべきではないと考えます」
国防側の強硬派が、語気を強めた。
「どういう意味だ?」
「この機会に、中国という足枷を完全に食い破るべきです。
国内の精錬能力、製造業、軍需産業、半導体、エネルギーインフラ。そのすべてのサプライチェーンを、完全に中国から切り離す(デカップリングする)のです」
だが、国務省が即座に反対した。
「待ってください。それを急激にやれば、北京の目には『経済安全保障』ではなく、明確な『経済戦争の宣戦布告』として映ります」
「構わん。我々にはテラ・ノヴァがある」
「構います!」
国務省の高官が机を叩いた。
「考えてみてください。中国から見た場合を。
アメリカだけが、突如として異世界へのゲートを独占している。そこから《GODTECH》と呼ばれる未知の技術を入手し、《DIVINE DROP》という奇跡の薬を保有している。その上、彼らの最大の武器であった巨大な希少資源市場までをも無力化する。
軍事、医療、資源、産業。その全てで、アメリカが圧倒的な優位に立つ」
国務省の高官は、ウォーレンを見た。
「北京の指導部が、これをどう解釈すると思いますか?」
一拍。
「『アメリカが、地球経済から中国を完全に切り離し、孤立させる準備を完了した』と解釈します」
さらに。
「彼らは『次は何だ』と考えます。エネルギーか? 石油か? 食料か? テラ・ノヴァから何が出てくるか分からない恐怖。
中国側からすれば、『今、アメリカを止めなければ、永遠に追いつけなくなる』という極限の恐怖(パラノイア)に駆り立てられます。
……それが、一番危険なのです」
恐怖に駆られた大国は、時に非合理的な軍事行動に出る。
台湾海峡。南シナ海。あるいは、サイバー攻撃。
世界戦争の引き金になりかねない。
「そして、問題は鉱石だけではありません」
エレノアが、さらに絶望的な事実を付け加えた。
「この五億トンの鉱床を持っているのは、アメリカ合衆国ではありません」
全員が、ハッとした。
「『TERRA NOVA』という惑星。そして、そのアクセス権を握っている《OFFWORLDER(工藤創一)》です」
つまり。
世界が本当に欲しがるものは、「レアメタルそのもの」から、「ゲートへのアクセス権」へと変わるのだ。
「レアメタルを売ってくれ」の次。
「なぜ、アメリカだけが独占的に採掘できるのだ?」
その次。
「ゲートを、国際管理下に置け」
世界中から浴びせられた要求が、さらに強大な切迫感を持って再燃することになる。
「……レアメタルごときで、ここまで話が大きくなるのか」
ウォーレンは、深く頭を抱えた。
「“ごとき”ではありません、大統領」
商務長官が悲痛な声で言う。
「現代文明は、特定の国に偏在する『希少資源』という細く脆い供給網の上に、巨大な産業を乗せて綱渡りをしているのです。
そこへ突然、別惑星から事実上無尽蔵に近い供給源が現れた。
……影響しない方が、おかしいのです」
◆
「では、どうする」
ウォーレンは、決断を迫られた。
「市場価値を崩壊させるのか?」
極めて大きな問い。
各省庁の意見は、完全に割れていた。
「私は反対です」財務長官。
「賛成です。中国の覇権を崩せます」国防長官。
「段階的なら賛成です」商務長官。
「外交準備なしでは論外です」国務省。
「研究者としては、今すぐ欲しい」科学技術政策局。
「そもそも精錬できません」エネルギー長官。
完全にカオスだった。
「一人ずつ喋れ!」
大統領が一喝する。
「そもそも、希少だから高いのでしょう」
国防側の強硬派が主張する。
「人類の工業発展に必要な資源ならば、安い方がいいに決まっている。鉄が安いから巨大な橋を作れる。アルミが安くなったから飛行機が普及した。希少金属が同じように気軽に使えれば、文明は一気に進む。
既存の高価格(既得権益)を守るために、文明の発展を遅らせる理由はありません」
ダグラスが、国防側の強硬派を見た。
「……将軍。今の発言、工藤氏とほぼ同じですよ」
「不本意だ」
「価格を下げることと、市場を破壊することは別です」
財務省が反論する。
「一気にゼロ近くまで価格を下げれば、既存の生産網(サプライチェーン)そのものが死にます。
もし将来、テラ・ノヴァのゲートに事故が起きたら? バイターの襲撃で採掘施設が全滅したら? あるいは、工藤氏の気分が変わって供給が停止したら?
……その時、地球側にはもう、稼働できる鉱山は一つも残っていませんよ」
財務長官の言葉に、全員の背筋が凍った。
「地球上の全ての供給網を破壊し、たった一つの『ゲート』だけに、我々の文明を依存させることになります」
これは、反論の余地がないほどの正論だった。
「中国依存をやめる。その代わり、TERRA NOVAに依存する」
エレノアが冷たく総括する。
「もっと正確に言えば、『工藤創一という一人の男』に依存する。
供給網の脆弱性を消したつもりで、我々はもっと巨大な『単一障害点(Single Point of Failure/SPOF)』を作ることになります」
「……ゲート一個、か」
ウォーレンの表情が険しくなる。
「はい」
◆
その時。
ここまで黙って議論を聞いていたノア・マクドウェルが、静かに口を開いた。
「大統領。一点、皆様の議論の『前提』を修正してよろしいでしょうか」
「言ってくれ、ノア」
ノアは、会議室の大人たちをぐるりと見渡した。
「皆様は、あの五億トンという数字を、『アメリカが自由に使えるもの』として議論されています」
沈黙。
「違うのか?」
国防総省の幹部が訝しげに問う。
「違います」
ノアは、手元のタブレットからスクリーンへデータを転送した。
「鉱床は、TERRA NOVAにあります。
採掘設備は、工藤様の工場システムが構築します。
採掘に必要な酸性の抽出設備も、輸送するための鉄道網も、すべて工藤様が作ります。
そして何より」
ノアは、スクリーンに表示された技術ツリーの図を指差した。
「《Rare Metals》は、工藤様ご自身が今後の技術ツリーを開放するために必要となる、重要資源です」
【Rare Metals required recipes(レアメタル要求レシピ)】
上位の製造設備。先端電子部材。特殊な耐熱合金。モジュール。
細かい将来技術についてはまだ秘匿されているが、膨大な要求量が予想される。
「つまり」
ウォーレンは、ひどく嫌な予感を覚えた。
「五億トンの資源を、アメリカ合衆国が『自分の裁量で自由に輸入できる』わけではありません」
ノアは、極めて冷静に事実を突きつけた。
「工藤様にとっての最優先事項は、『TERRA NOVAにおけるご自身の工場の拡張』です。
アメリカへの資源供給は、工藤様ご自身の工業需要を満たした後に発生する余剰分に限られます」
ウォーレンが、何とも言えない顔をした。
「つまり、“おすそ分け”か」
「平たく申し上げれば」
ノアは涼しい顔で肯定した。
国防総省の高官が、なんとも言えない微妙な顔をした。
世界最強国家への戦略資源の供給が。
たった一人の男の、“ついで”?
「工藤氏なら、本当にそう言いそうなのが困るな……」
ダグラスが力なく呟いた。
「恐らく、言います。悪気なく」
ノアが同意する。
「つまり我々はいま」
ウォーレンが、額を押さえた。
「五億トンの鉱山をどう世界市場へ流すか議論して、中国との戦争の心配までしていたが……。
そもそも、何トンこちらへ回ってくるかすら、まだ決まっていないということか?」
「はい」
長い、長い沈黙。
「……先に言ってくれ、ノア」
大統領が恨めしそうに言う。
「皆様の議論が非常に有益でしたので、口を挟むのが躊躇われました」
エレノアは、ノアをチラリと見た。
(この少年、やはり少し、工藤のマイペースさに染まっているな……)
◆
「では、どうする」
現実的な政策の決定だ。
「まず、埋蔵量(五億トン)は絶対に公表しない」
ウォーレンの提案に、全員が同意した。
現在公開しているのは、「TERRA NOVAで新たな鉱物資源が確認された」という事実だけだ。
五億トンという途方もない数字も、その組成も、徹底的に秘匿する。
「第一段階。地球への少量輸送」
創一が自分の工場で必要な分を確保した上で、その余剰から「試験ロット」だけを地球へ輸送する。
目的は、成分分析、国内での精錬試験、米産業規格への適合チェック、兵器用途や半導体、磁石、宇宙開発への応用評価。
これらは市場では絶対に売らない。全て「国家戦略備蓄」の倉庫へ直行させる。
「第二段階。国内産業への限定供給」
テラ・ノヴァでの安定採掘と輸送ラインが確立した後。
防衛産業、エネルギー関連、重要半導体、そして国家の重要インフラを担う企業(タイタン・グループなど)へ、優先的に供給する。
この段階でも、一般市場(国際市場)へは流さない。
「第三段階。市場への影響を見る」
供給量、市場価格の変動、中国の反応、同盟国の反応、既存の鉱山会社の動向。
それら全てをモニタリングしながら、「蛇口を少しずつ開ける」。
「一度全開にした蛇口は、決して元へ戻せません。慎重にお願いします」
財務省が釘を刺す。
「分かった」ウォーレンが頷く。
「中国については、どうしますか?」
国防側の不満は、まだ完全には解消されていない。
「私は依然として、中国依存を完全に断ち切る準備を急ぐべきだと考えます」
「長期的には、私も否定しません」
国務省が応じる。
「ただし。今日、急いでやる必要はない」
「そうだな」
ウォーレンは、国務省の意見を支持した。
「中国を刺激したくないから何もしない、という臆病な態度はとらない。
だが、中国を刺激するためだけに、自国の市場や同盟国を巻き込んで経済を破壊するのも、馬鹿げている」
それが、大統領の結論だった。
「我々の目的は、中国を倒すことではない。
アメリカ合衆国と人類が、この新しい資源を最大限に利用し、繁栄することだ。
……ただし」
ウォーレンは、少しだけ意地悪く笑った。
「その結果として、中国の持っていた『資源カード』の価値が暴落し、彼らの外交力が消滅するなら。
それは、北京自身に対処してもらおう」
強い。だが、露骨な反中政策(デカップリング)を声高に叫ぶわけではない。静かな首絞めだ。
「一点、追加でよろしいでしょうか」
ノアが、再び発言を求めた。
「テラ・ノヴァにおける、工藤様の工場の発展が最優先です」
「それはさっき聞いた。二度目だぞ」
大統領が呆れる。
「重要ですので」
ノアは表情を変えない。
「工藤様が必要とする資源量を先に確保し、その後で、余剰分を地球側へ回す。
その順序は、いかなる理由があろうとも逆転させないでください」
「国家安全保障上、緊急に資源が必要な場合でもか?」
国防側の高官が、少し苛立って問う。
「はい」
ノアは静かに、しかし断固として答えた。
「工藤様の工場が成長すれば、最終的に採掘効率も、物流網も、装備性能も向上し、供給能力そのものが増大します」
「だが、国家安全保障上の緊急事態なら、今ある資源を使うべきではないのか?」
国防側の高官が食い下がる。
「では、もう一点」
ノアは表情を変えない。
「バイターは、進化しています」
会議室の空気が変わった。
「今回の大規模巣群攻略後、敵性生物の進化係数は、さらにプラス0.3上昇しました。
工藤様の工業力と軍備の成長を止めれば、いずれ現行のヘビーアーマーと火力では対処できない個体が出現します」
国防側の高官が黙る。
「その時点で止まるのは、《Rare Metals》の供給だけではありません」
ノアは静かに続けた。
「Biomatterの回収も止まります。
つまり、《DIVINE DROP》の追加供給も止まります」
今度こそ、誰も反論しなかった。
「目先の資源を取り上げて工場の成長を遅らせることは、来年蒔くための種籾を、今日食べてしまうようなものです。絶対に避けるべきです」
「……なるほど」
ウォーレンは、その比喩に深く納得した。
目先の利益に目が眩み、金の卵を産むガチョウの腹を裂いてはならない。
結論が出た。
TERRA NOVA RARE METALS POLICY — TEMPORARY(テラ・ノヴァ・レアメタル暫定方針)。
1.埋蔵量五億トンは最高機密。
2.工藤創一の工業需要と、テラ・ノヴァ戦線の継続的成長を最優先(種籾の保護)。
3.余剰分のみを地球へ輸送。
4.初期輸送分は一般市場へ出さず、分析および戦略備蓄へ。
5.国内の精錬・加工能力を並行して整備。
6.中国依存削減計画を極秘に策定。
7.同盟国への供給は、将来的な課題として検討。
8.市場価格を意図的に崩壊させる大量投下(ダンピング)は禁止。
9.ゲートを単一障害点(SPOF)とする依存構造を避けるため、地球側の鉱山も最低限の維持を図る。
アメリカ政府は、再び工藤創一の「完璧なバックオフィス」としての業務を引き受けることになった。
◆
「大統領。もう一点あります」
エレノアが、冷ややかな声で言った。
「まだあるのか?」
ウォーレンは心底うんざりした顔をした。
「はい」
CIAは既に、中国、ロシア、EUなどが、アメリカが公開した「テラ・ノヴァの科学データ」を血眼になって分析している動きを察知している。
「《DIVINE DROP》の噂を追っている彼らが、次に『アメリカの重要鉱物輸入量の変化』へ気づく可能性があります」
例えば。
中国からのレアアースの注文が急激に減少する。
アメリカ国内の戦略備蓄量が、輸入していないはずなのに増加する。
国内の軍需企業へ、出処不明の高品質な素材が供給され始める。
「鉱床の存在を公表しなくても、物流(カネとモノの動き)を見れば、優秀なアナリストなら存在を推定します」
「……隠すのも面倒だな」
大統領が愚痴をこぼす。
「いつものことです」
エレノアが冷たく返す。
ダグラスが、手元の資料を見ながら要約した。
「要するに。
大量に出せば、市場が壊れる。
出さなければ、中国依存が続く。
出しすぎれば、ゲート依存になる。
出す量を隠しても、貿易統計からバレる。
……しかも、その鉱山自体は我々の所有物ではない」
「そういうことだ」
ウォーレンが頷く。
「面倒ですね」
「…………」
全員が、深い溜息と共に沈黙した。
「工藤氏の気持ちが、少し分かってきたよ」
ウォーレンが、ふと言った。
「何がです?」エレノアが問う。
「『政治的な問題は、全部バックオフィスへ投げたくなる』という気持ちだ。全く、頭が痛い」
会議室に、乾いた笑いが少しだけ漏れた。
◆
会議終了。
各省庁のトップたちが退室し、部屋にはウォーレン大統領と、ノア・マクドウェルだけが残った。
「ノア」
「はい」
「率直に聞く」
大統領は、少年の目を見た。
「工藤氏は、アメリカへどれくらいの量を回してくれると思う?」
ノアは少し考えた。
普通なら、ここで国家間交渉が始まる。使用権、利益率、採掘権のパーセンテージ。
だが、相手は工藤創一だ。
「恐らく」
ノアは、確信を持って答えた。
「ご本人が工場で好きなだけ使って、“余った分(あまりもの)”です」
ウォーレンは、静かに目を閉じた。
「五億トンもある戦略資源を……」
「余った分、ですね」
「はい」
長い、沈黙。
「世界経済(ウォール・ストリート)の連中が聞いたら、泣くぞ」
「知らせなければ、よろしいかと存じます」
ノアは、涼しい顔で答えた。
ウォーレンは、ノアをまじまじと見つめた。
「君、CIAに向いてないか?」
「工藤様のバックオフィスで、十分満足しております」
ノアは、十七歳とは思えない不敵な笑みを浮かべた。
そこへ、会議室の重い扉が開き、エレノアが戻ってきた。
その顔は、珍しく険しかった。
「大統領」
「何だ」
「中国側の重要鉱物担当部門が、アメリカ向け輸出統計の『再分析』を始めました」
沈黙。
ウォーレンは、思わず天を仰いだ。
「……まだ、テラ・ノヴァから一グラムも運んでいないぞ?」
「彼らも、馬鹿ではありません。これから起きるであろう事態を、想定し始めたのでしょう」
エレノアの声は冷たかった。
《DIVINE DROP(神の雫)》は、世界の権力者たちに、「誰が生きるのか(誰を救うのか)」を考えさせた。
だが、《Rare Metals(希少金属)》は違う。
国家そのものに、「どの国が生き残るのか」という、血を流さない戦争の始まりを意識させ始めていた。
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