自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ―United States Route―   作:パラレル・ゲーマー

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第16話 五億トンあるので、とりあえず採掘機を並べます

 惑星テラ・ノヴァ。

 《Rare Metals Outpost 01》、翌朝。

 

 つい昨日まで、赤黒い菌苔(クリープ)と巨大なバイターの巣が大地を覆い尽くしていた荒野。

 だが、そのおぞましい景色は、一夜にして完全に姿を変えていた。

 クリープの残骸を無慈悲に踏み潰すように、分厚いコンクリートの防壁が四角く陣地を囲んでいる。

 防壁の四隅と要所には、自動タレットが威圧的に砲身を向け、監視用のレーダーアンテナがゆっくりと回転している。

 周囲を白日のように照らし出す照明塔。大型の蓄電池と変電設備。物資コンテナ。

 米軍の分遣隊が詰めるための仮設居住区。そして、泥と酸にまみれたヘビーアーマーの整備区画。

 

 前進基地(アウトポスト)として完璧な体裁が、たった一晩で整えられていた。

 そして、その基地の中央から、地平線の彼方——FOB(本工場)の方向へ向かって、二本の輝く鋼鉄のレールが一直線に伸びている。

 

 早朝。

 仮設の休憩所で紙コップのコーヒーを飲んでいた米軍の工兵が、大きな欠伸を噛み殺した。

 その真横を、重い足音が通り過ぎていく。

 

 ガシャン。ガシャン。ガシャン。

 

 ヘビーアーマーを着込んだ工藤創一が、文字通り「走りながら」地面に枕木とレールを並べていく音だ。

 

「……あの人、寝たのか?」

 工兵が、隣の仲間に小声で尋ねる。

「三時間くらいは」

「……それ、寝たって言うのか?」

 

「イヴー! 本線まであと何キロ!?」

 創一の元気な声が、朝の荒野に響く。

『本線との接続まで、残り六・八キロメートルです』

「よし! このペースなら午前中には繋がるな!」

 

「……元気だなぁ」

 工兵は、呆れたようにコーヒーを啜った。

 

「工藤さん」

 そこへ、ハリントン中佐が近づいてきた。

「おはようございます、中佐!」

 創一はレールを置く手を止めず、笑顔で振り返った。

 

「おはようございます」

 ハリントンは軽く敬礼し、少し間を置いた。

「……昨日、あれだけ激しい戦闘があったんですが」

 

「俺はほとんど後ろの岩場にいましたから! 疲れてませんよ!」

 

 確かにその通りではある。昨日の戦闘で、創一は事前の取り決め通り、決して第二線から出なかった。

 だが、戦闘終了直後から徹夜でインフラ敷設工事をやっているのは、肉体労働としてどうなのか。

 

 ハリントンは、出来上がった仮拠点を見回した。

 大隊の中から分隊規模の兵力を交代で守備に就かせている。

 

「防衛システムは正常に機能しています」

「よかった!」

「ですが、レーダーの監視範囲はもう少し広げたい。敵の接近をもっと早く察知できるように」

「了解です! じゃあ今日、アンテナの数を増やして調整します!」

 

「……その返事の速さと対応力は、本当に助かります」

 ハリントンは、小さく口角を上げた。

 彼もまた、この型破りな「工場長」の扱いに、だいぶ慣れつつあった。

 

  ◆

 昼前。

 荒野に、最後の一本のレールが設置された。

 

「よし」

 

 ガシャン。

 

 重い金属音と共に、レールが繋がり、固定される。

 創一の視界に、システムからの通知がポップアップした。

 

 《Rare Metals Outpost 01》

 RAIL CONNECTION: ONLINE

 

「繋がったー!」

 

 創一が両腕を突き上げて歓声を上げると、それを見ていた米軍の工兵たちからも、思わずパラパラと拍手が起こった。

 徹夜のインフラ敷設工事の完了。素直な達成感だ。

 

 そして。

 線路の先、遥か地平線の向こうから、低い轟音が風に乗って届いた。

 

 ポォォォォォォォ——!

 

 乾いた汽笛の音。

「来た来た!」

 創一が身を乗り出す。

 

 近づいてくるのは、鉱石を満載した貨物列車ではない。

 黄色と黒の警戒色に塗られた重厚な機関車。そしてその後ろに連結されているのは、黒い円筒形のタンク貨車が三両。さらにその後ろには、空の鉱石用貨車が続いている。

 

 駅のホームで待ち構えていた米兵の一人が、眉をひそめた。

「……あのタンク車、全部水か?」

「いや、硫酸です!」

 創一が明るく答える。

 

「聞かなきゃよかった」

 兵士は露骨に嫌な顔をした。数万リットルの強酸が、猛スピードで自分たちのところへ走ってくるのだ。

 

「今回の鉱床は、岩盤が特殊なんですよ。酸を使わないと採掘効率が最悪なんで、まずは酸性抽出液(硫酸)を注入して溶かして掘るんです」

「安全……なんでしょうね?」

 ハリントンが鋭い視線を送る。

 

「システム製の配管やタンクなら、絶対に漏れません!」

 創一は自信満々だったが、一拍置いて、少し視線を泳がせた。

「……たぶん」

 

「地球製の人間が手動で扱う部分について聞いています」

 ハリントンがジロリと睨む。

「あ」

 

「そこは、我々CBRN(化学・生物・放射性物質・核)対策班がやります。安心してください」

 米軍の化学防護担当の士官が、防護服のマスク越しにくぐもった声で助け舟を出した。

「よろしくお願いします!」

 

  ◆

 列車が到着する。

 シューッ! という激しい排気音と共に、巨大な鉄塊がステーションに停止した。

 

 創一は、昨日作ったばかりの仮設ホームを、本格的な貨物駅へと拡張する作業に入った。

 インベントリから、必要な設備を次々と取り出していく。

 巨大な硫酸貯蔵タンク。流体を送るためのポンプ。耐酸性の配管。流量を制御するバルブ。そして、採掘した鉱石を貨車へ積み込むためのインサータ群。

 

 ドン。ドン。ドン。

 

 何もない地面に、次々と巨大な設備が物理法則を無視して出現する。

 昨日からいた兵士たちは、もう驚かなかった。ただ黙って、タバコを吸いながら見ているだけだ。

 だが、今日交代でやって来たばかりの新兵は違った。

 

「…………」

 口をポカンと開け、目をこすっている。

 

 古参兵が、その新兵の肩をポンと叩いた。

「見るな」

「えっ?」

「考えるな。そういうものだと思え」

 

 駅のインフラが整い、荷下ろしが始まった。

 ガチャン! と接続されたポンプから、タンク貨車の硫酸が、基地内の貯蔵タンクへと勢いよく移送されていく。

 圧力計の針が跳ね上がり、配管が微かに振動する。

 

「イヴ、圧力!」

『正常です』

「酸濃度!」

『規定値内に収まっています』

「よし! じゃあ、採掘設備の稼働状況は!?」

 

『現在、ゼロ台です』

 

「…………」

 創一は、何もない鉱床予定地を見た。

 まだ採掘機を一台も置いていないのだから、当然だった。

 

 彼はニヤッと笑い、ヘビーアーマーの指を鳴らした。

「じゃあ、並べよう!」

 

  ◆

 ここからは、工場長にとって至福の時間だ。

 インベントリには、本工場で生産してきた大量の『電動掘削機』がストックされている。

 

 創一はマップを開き、広大な紫色の鉱床(五億トン)の上に、配置のグリッドを投影した。

 

「一台」

 ドン。

「二台」

 ドン。

「三、四……十、二十……」

 

 ズドン! ズドン!

 巨大なドリルを持つ採掘設備が、まるでチェス盤のコマのように、等間隔で整然と配置されていく。

 

「おい……何台置く気だ?」

 見張りをしていた米兵が、ドン引きしながら尋ねる。

 

「入るだけ!」

 創一が元気よく答える。

「答えになってないぞ」

 

『マスター』

 イヴが冷静に割り込んだ。

『現在の硫酸の供給能力および本工場での処理能力を考慮した場合、初期稼働は二十四基を推奨します』

 

「二十四?」

 創一は、足元に広がる広大な鉱床を見渡した。

 五億トン。

 東京ドーム何百個分もの資源が眠っているのに。

 

「少なくない?」

『初期稼働です』

「あ、そっか。まあ最初だしな」

 

 創一はそう言いながらも、手はインベントリの中の次の採掘機を掴んでいた。

 

『マスター』

「はい」

『初期稼働です。それ以上設置しても、酸が回りません』

 

 創一の手が、ピタリと止まった。

「……はい」

 米兵たちが、思わず吹き出して笑った。

 

 採掘機二十四基。

 その全てに対して、硫酸を供給するためのパイプを接続していく。

 カチ。カチ。カチ。

 創一の指先での操作に合わせて、地面を這うように金属の配管が伸び、設備と設備を繋いでいく。

 

 最初は見ていた米軍の工兵たちも、途中から見かねて手伝い始めた。彼らもプロだ。配管の取り回しやサポートはお手の物だった。

 

「……なぁ」

 パイプのボルトを締めながら、工兵の一人が周囲を見回して言った。

「ここ、昨日までエイリアンの巣だったんだよな?」

「そうだな。おぞましい肉塊が脈打ってた場所だ」

 

 だが、彼らの目の前にあるのは、整然と並んだ採掘機と、配管、そして輝くレールだ。

 完全に、近代的な鉱山施設。

 

「文明って、早いな」

「工藤さんの手が、異常に早いだけだ」

 工兵たちは、汗を拭いながら笑い合った。

 

  ◆

 配管のチェックが完了した。

 ついに、記念すべき第一歩だ。

 

 創一は、制御ステーションの操作盤の前に立った。

「よし。全機起動!」

 

 ゴォォォォォォ……!

 

 重低音が大地を震わせた。

 ポンプから圧送された硫酸が、配管を通じて二十四台の採掘機へと流れ込み、地下の硬い岩盤へと圧入される。

 掘削ユニットが作動し、ドリルが地中深くまで突き刺さる。

 酸によって溶かされ、抽出され、そして分離される。

 

 しばらくの間。

 機械は唸っているが、コンベアの上には何も出てこない。

 

「…………」

 創一は、コンベアの排出口をじーっと見つめていた。

「…………」

 米兵たちも、固唾を飲んでそれを見守る。

 

「工藤さん」

 ハリントン中佐が、しびれを切らして声をかけた。

「今、いいところです。話しかけないでください」

 ハリントンは苦笑して口を閉じた。

 

 そして。

 ガコン。

 

 コンベアの上に、最初の鉱石が転がり出た。

 ただの鉄や銅とは違う、紫黒色に鈍く光る、ずっしりとした重みを感じさせる金属塊。

 

「出た!」

 創一が叫ぶ。

 

 ガコン。ガコン。ガコン。

 次々と、排出口から鉱石が吐き出され始めた。

 最初はまばらだったが、次第にその量は増え、黒いゴム製のベルトを完全に埋め尽くすほどの奔流となった。

 

【Rare Metals Ore : 1】

【Rare Metals Ore : 5】

【Rare Metals Ore : 20】

【Rare Metals Ore : 100】

 

 UIのカウンターが、猛烈な勢いで回っていく。

 

「おおおおおおおっ!」

 創一は、流れる鉱石の川を見て、歓喜の雄叫びを上げた。

 

「……あの人、昨日の怪物倒した時より喜んでないか?」

 兵士の一人が囁く。

「言うな。価値観が俺たちとは違うんだ」

 

  ◆

 採掘されたレアメタルの原鉱石は、ベルトコンベアに乗って駅へと運ばれ、待機していた列車の空の貨車へと次々に積み込まれていった。

 

『第一便、積載完了しました』

 イヴのアナウンス。

「よし、出発!」

 

 汽笛が鳴り、重厚な貨物列車がFOB(本工場)へと向けて走り出す。

 

 本工場に到着した原鉱石は、即座に創一が新設した専用精製ラインへと送られた。

 破砕機で細かく砕かれ、化学プラントで酸処理による不純物の分離を行い、最後に電気炉でインゴットへと焼き上げる。

 

 アメリカ政府から派遣されている材料工学の担当官が、その設備を見て絶句していた。

 

「……たったこれだけのサイズで、分離から精錬まで完結しているのですか?」

「はい!」

「有毒な廃液は?」

「化学プラントで再処理して、水と硫黄成分に戻してループさせます」

「残渣(スラグ)は?」

「別ラインで砕いて、建築用の石材や埋め立てに使います」

 

「…………」

 担当官は、言葉を失った。

 つい先日、ワシントンで議論された「地球側の精錬能力の不足」と「環境汚染の問題」。

 創一は、それをただのシステム上の設備配置として、極めてコンパクトかつ高効率に解決してしまっていた。

 

 カコン。

 ついに、精製ラインの最終出口から、加工済みのインゴットが転がり出た。

 青白く、美しく光る金属板。

 

「おお」

 創一は、その最初の一枚を手に取った。

 

【RESOURCE ACQUIRED:Rare Metals】

 

 その瞬間だった。

 

 ピコン。ピコン。ピコン。ピコン!

 

 創一の視界で、大量の通知アイコンが滝のように流れ始めた。

 

「ん?」

『新規素材の取得を確認。技術ツリーを更新します』

 イヴの声が、少しだけ弾んでいるように聞こえた。

 

 創一の目の前に、新しい技術のホログラムが一気に展開された。

 今までロックされていた、強固な扉がこじ開けられたのだ。

 

 《高度電子工学》

 《高性能制御装置》

 《耐熱特殊合金》

 《上位採掘技術》

 《上位製造設備》

 《高効率モジュール》

 《高度兵器素材》

 

 そして。

 その巨大なツリーの、さらに奥底。

 まだロックされてはいるが、ぼんやりと見え隠れする文字列。

 

【Orbital(軌道上)】

【Space(宇宙)】

 

「…………」

 創一の視線が、一瞬だけそこで止まった。

 

「宇宙……?」

 

 彼の頭の中に、ロケットのシルエットが過ぎった。

 だが、すぐにイヴが冷静に通知する。

『複数の前提技術および、膨大な資源が不足しています。現段階でのアクセスは不可能です』

 

「ですよねー!」

 創一はすぐに現実に戻った。宇宙はまだ早い。まずは足元だ。

 

 彼の目が、解禁されたばかりの技術の一つに釘付けになった。

 

『ADVANCED MINING UNIT(上位採掘設備)』

 

 詳細スペックを見る。

 採掘速度、既存の設備の数倍。

 採掘範囲、大幅拡大。

 資源の回収効率、向上。

 ただし——製造コストに『Rare Metals』を大量に使用する。

 

「…………」

 創一は、手元のピカピカのインゴットを見た。

 

『マスター』

 イヴが、完全に彼の思考を読んだように言った。

「これ作ろう!」

 

「ちょっと待ってください!」

 横で見ていたアメリカ政府の担当官が、慌てて口を挟んだ。

 

「もう、今の採掘設備、動いてますよね?」

「はい!」

「昨日、作ったばかりですよね?」

「はい!」

「それを、もう交換するんですか?」

 

 創一は、全く悪びれずに言った。

「だって、上位互換の強い設備が出たんだから、古いのは交換するでしょ? 常識ですよ!」

 

「…………」

 担当官は額を押さえた。地球の産業と、彼の常識は、全く交わらなかった。

 

  ◆

 ここからが、自己増殖する機械の群れによる真骨頂だ。

 掘った資源を使って、さらに効率よく資源を掘るための機械を作る。終わりのない自動化の連鎖。

 

 第一便の貨物列車で得た、極めて貴重な金属資源。

 国際市場へ流す? アメリカの研究所へ送る?

 違う。

 創一は、それを全て組立機に突っ込み、ひたすら『上位採掘機』の生産に回した。

 

「工藤さん」

 担当官が、引きつった笑顔で尋ねる。

「はい?」

「その、精製済みの新資源ですが」

「あ、使いました!」

 

「…………全部?」

「ほぼ全部!」

 

 担当官は沈黙した。

 アメリカ政府に回す「余剰」など、最初から存在しなかったのだ。

 

「……では、我々地球側に送るための、分析用のサンプルは?」

「あ」

 

 創一が固まった。忘れていた。

『マスター。試験用のサンプルとして、二十キログラムの精製品を確保してあります』

 イヴがすかさずフォローする。

 

「さすがイヴ! 気の利くAIだ!」

「……二十キログラム」

 

 担当官は遠い目をした。

 地球の市場では、国家の産業戦略を左右するレベルの物質。

 それが、この工場では「分析用の端数(おまけ)」として扱われているのだ。

 

 完成したばかりの上位採掘設備をインベントリに詰め込み、創一は再び列車に乗って前進拠点へと戻った。

 

「よし、交換!」

 

 ガシャン! ガシャン!

 昨日設置したばかりの採掘機を容赦なく撤去し、インベントリへ回収。

 代わりに、一回り大きく、洗練されたデザインの新型機を設置していく。

 

「まだピカピカで使えるのに、もったいないな」

 米兵が撤去された機械を見て呟く。

「大丈夫、別の鉄鉱山とかで使い回すから! ゴミにはしないよ!」

「あ、そうなのか」

 無駄にはしない。設備の最適配置。いかにも現場主義的な思考だ。

 

 新型機が起動する。

 ギュイィィィン……!!

 

 その採掘速度は、圧倒的だった。

 既存機の数倍のスピードで原鉱石が吐き出され、コンベアは一瞬で隙間なく埋め尽くされた。

 

「速い速い速い!」

 創一は興奮して手を叩く。

 

 列車の貨車が、あっという間に満載になる。

「積載完了しました!」

 物流担当の米兵が報告する。列車が出発する。

 

 数分後。

「また積載完了しました!」

 次の列車が出発する。

 そしてまた数分後。

 

「……待ってください」

 物流担当の兵士が、顔を上げた。

「?」

「列車が、足りません。鉱石の掘るスピードに、列車の数が追いついてないです」

 

「よし、増やそう!」

 創一は即答した。

 

  ◆

 ボトルネック、その一。

【列車の輸送力不足】

 

 既存の四編成では、新型機の猛烈な産出量に追いつけない。

 機関車を追加。貨車を追加。総計八編成まで増強する。

 しかし、単線で八編成もの列車を走らせれば、必ず渋滞が起きる。

 

「線路の容量もギリギリです! 信号待ちで列車が詰まってます!」

「複線化だ!」

 

 即答だった。

 片道だけの線路の横に、もう一本の線路を並行して敷設していく。

 往路(硫酸タンク車)と、復路(鉱石車)。

 線路が交差するポイントには、複雑な信号システムを配置する。

 

「これだよこれ!」

 創一の目が、完全に少年のようにキラキラと輝いている。

「何がですか?」

「鉄道は、本数が増えて、ダイヤ組んで、信号で綺麗に捌き始めた時からが、本当の『本番』なんですよ!」

 

 米兵たちは誰も理解できなかった。

 

 複線化が完了し、八編成の列車がスムーズに動き始めた。

 順調だ。……と思った、その時。

 

『——警告』

「はい、今度は何?」

『硫酸貯蔵タンクの残量が、危険水域まで低下しています』

 

「え?」

 創一はモニターを見た。

 新型機に交換したことで、採掘速度が上がった分、酸の消費量も激増していたのだ。

 供給列車が、間に合っていない。

 

「硫酸、もっと作ればいいじゃん!」

『現在の本工場の生産設備は、91%で稼働しています。これ以上の増産は不可能です』

「なら、増設だ!」

 

  ◆

 ボトルネック、その二。

【硫酸の生産能力不足】

 

 創一は本工場へと戻り、化学プラントエリアで設備を倍増させた。

 硫黄、水、鉄板の供給ラインを分岐させ、新しいプラントへ流し込む。

 生産量が上昇し、再びタンク車が満杯になって出発していく。

 

「よし!」

 創一が額の汗を拭った、数分後。

 

『——警告』

 創一は、ピタッと動きを止めた。

「……今度は何?」

 

『硫黄の供給が不足しています。プラントが停止しかけています』

「…………」

 

 後ろで見ていたアメリカの技術者が、思わず吹き出した。

 

 石油化学ラインへ走り、硫黄の生産設備を増設する。

 すると今度は、石油ガス(原料)の消費が急増する。

 

『原油の処理能力が——』

「増やす!」

 

 創一が叫ぶ。

 原油の精製所を増設し、巨大なポンプを追加し、配管を引き直す。

 

 そして。

 

『マスター』

「もう言わなくても分かった」

 創一は、肩を落とした。

「次は何が足りない?」

 

 一拍の沈黙。

 

『電力です』

 

「…………」

 

  ◆

 創一は、制御室の巨大なメインモニターで『電力グラフ』を開いた。

 

 供給能力を100とした場合。

 現在の需要は……72。80。86。91。94。

 グラフの赤い線が、ギリギリの天井を叩きかけている。

 

 新型採掘機。精錬炉の増設。硫酸プラント。石油精製所。

 列車の積み下ろし用インサータ。広域監視レーダー。

 そして、基地を守る無数の自動防衛タレット群。

 これらが全て、同時に電力を食っているのだ。

 

『現在の平均電力需要、供給能力の94%に達しています』

「まだ余裕6%あるじゃん!」

 

『推奨しません』

 イヴが冷酷に却下する。

 もしこの状態で、防衛タレットが一斉にレーザーを撃ち始めたり、発電所のボイラーに石炭が詰まって一基でも停止したりすれば。

 即座に、基地全体が停電(ブラックアウト)する。

 敵のど真ん中で、タレットも動かず、通信も切れた状態になる。死を意味する。

 

「ですよね!」

 

 一日中、創一の後ろをついて回っていたアメリカの技術者が、ついにたまらず口を開いた。

 

「……工藤さん」

「はい?」

「あなた、さっきから一つの問題を解消するたびに、また別の新しい問題(ボトルネック)を作ってません?」

 

 創一は、本気で不思議そうな顔をして振り返った。

 

「ライン構築って、そういうもんですよ?」

 

「…………」

 技術者は言葉を失った。

「聞いた俺が馬鹿だった」と、後ろの兵士が小声で突っ込む。

 

  ◆

 夜。

 今日一日で採掘された、膨大な新資源。

 だが、その大半は、新型設備、新しい電子部品、工場の増設、鉄道網の拡張へと、惜しげもなく「再投資」として飲み込まれていった。

 

 本工場の片隅。

 アメリカ政府の担当官に、小さな耐衝撃ケースが手渡された。

 

「……これが、地球向けですか?」

 担当官は、ケースの軽さに戸惑った。

 

「はい」

「どれくらい入ってるんです?」

 

『分析用の精製品試料が二十キログラム、および原鉱石の試料が百キログラムです』

 イヴが正確な数値を答える。

 

「…………」

 担当官は、絶句した。

 推定五億トンの鉱床を見つけたのだ。少なくとも数トン、いや数十トンの単位で地球へ送られてくると思っていた。

 それが、たったの120キロ。手提げのケース一つ分。

 

「少なくないですか?」

 担当官が恨めしそうに聞く。

 

「だって、研究室で成分分析するだけなら、十分な量でしょ?」

 創一が、全く悪びれずに答える。

 

 担当官は、言い返せなかった。

 確かに分析には十分だ。だが、国家レベルの「戦略備蓄」には、全く足りない。

「……十分です」

 彼は泣く泣く頷いた。

 

「じゃあよかった!」

 創一は笑顔で親指を立てた。

 地球への供給は、あくまで工場の“余り物”である。その事実が、これ以上ないほど容赦のない形で示されていた。

 

 少しして、創一の端末に、地球側のノアから短い通信が入った。

 

『工藤様。最初の地球向け試料、たった今確認いたしました』

「送っといたよー!」

『ありがとうございます』

「でも、本格的に量を渡すのは、ちょっと待ってね。まだまだラインが安定しなくて」

 

『工場で、必要ですか?』

「めっちゃ必要! 足りないくらい!」

 

 ノアは、全く驚かなかった。

『承知いたしました』

 

「アメリカ政府の偉い人たち、怒らないかな? 大丈夫?」

『ご心配には及びません。私が適切に説明いたします』

「助かる!」

 

 通信終了。

 ワシントンのオフィスで、ノアは手元の『資源配分計画書』のデータを見た。

 地球側への割り当て予定量。そこには『未定』と入力されている。

 

「……やはり」

 

 ノアは静かに、それだけを呟いた。

 彼の有能な頭脳は、工場長のペースを完璧に読み切っていた。

 

  ◆

 テラ・ノヴァ。

 夜の工場制御室で、創一は一人、電力グラフと睨めっこをしていた。

 

 95%。

 グラフは真っ赤だ。

 

「さすがに、これ以上はごまかしきれない。根本的に発電量を増やさないとダメか」

『はい、マスター』

 

 既存の「蒸気機関とボイラー」を延々と並べて増設していく手もある。

 だが、石炭の消費量が跳ね上がるし、何より場所を取る。

 

 創一は、技術ツリーを開いた。

 新たな素材を取得したことで、新しい枝(技術)がいくつかアンロック可能になっている。

 スクロールしていくと、電力系のカテゴリーに、見慣れないアイコンがあった。

 

 《高出力発電技術》

 さらにその奥へと繋がる、巨大なエネルギー革命の前提技術。

 

「お?」

 

『現在の工業規模と今後の拡張性を考慮した場合、次段階の「大規模電源」の導入を強く推奨します』

 イヴが提案する。

 

「新しい、発電所?」

『はい』

 画面に、巨大な冷却塔と、頑丈な格納容器らしきシルエットが表示される。

 それが原子力なのか、あるいは別のオーバーテクノロジーによる高出力発電なのか、まだ全容は分からない。

 

 だが。

 創一はニヤッと笑った。

 

「よし、研究しよう!」

 

 翌日。

 採掘設備は、休みなく重低音を響かせている。

 複線化された線路を、硫酸列車と鉱石列車が絶え間なく往復する。八編成の列車が、信号システムによって淀みなくすれ違っていく。

 

 巨大な精錬設備。新型採掘機の製造ライン。

 昨日まで存在しなかった一つの巨大な「産業圏」が、たった一日で形になり始めている。

 

『マスター』

「なに?」

 

『採掘速度は、初期稼働時の三・八倍に到達しました』

「おお!」

『同時に、硫酸消費量は四・一倍。鉄道の輸送量は三・六倍。総電力需要は一・九倍に達しています』

 

「…………」

 後ろで聞いていたアメリカの技術者が、呆れたように呟く。

 

「工藤さん。問題を一つ潰すたびに、工場全体が数倍の規模にでかくなってますよね」

 

 創一は、当たり前のことのように振り返った。

「工場が成長してるってことじゃん! 良いことだろ!」

 

『警告。電力予備率、五・二%』

 イヴの無慈悲なアナウンス。

 

「はい次!」

 創一は画面を切り替えた。

 次の研究課題。

 

【POWER GENERATION(発電技術)】

 

「発電所、でっかくするぞー!」

 

 五億トンの巨大な鉱山を発見すれば。

 国家は、世界市場の動向を考える。

 軍人は、安全保障と防衛線の維持を考える。

 財務官僚は、資源価格の暴落を考える。

 科学者は、人類の技術革新を考える。

 

 だが、工藤創一は。

 採掘機を並べた。

 そして、採掘機を並べすぎて、電気が足りなくなった。




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