自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ―United States Route―   作:パラレル・ゲーマー

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第19話 工場が大きくなりすぎたので、いったん全部確認します

 

 惑星テラ・ノヴァ。

 アメリカ軍が地球側で『Heavy Armor』の公開デモンストレーションを行い、世界中をパニックに陥れたあの日から、さらに数日が経過していた。

 

 朝。

 中央工場(セントラル・ファクトリー)の心臓部たる制御室。

 壁面を埋め尽くす巨大なモニター群には、休むことなく稼働し続ける工場のあらゆるデータがリアルタイムで表示されている。

 窓の外では、朝陽を浴びて数百機の『Construction Robot(建設ロボット)』が忙しく飛び回り、眼下では鉱石を満載した長大な貨物列車が地響きを立てて走り抜けていく。遠くには煙を吐く精錬設備と、地平線まで続くソーラーパネルの青い海が見える。

 

 工藤創一は、いつものように新しい生産ライン(今回は電子基板の増設ラインだ)を組むために、ホログラムマップを開いていた。

 指先でマップをスクロールする。

 スクロール。

 さらに、スクロール。

 

「…………」

 

 創一の手が止まった。

 画面をじっと見つめたまま、フリーズする。

 

『どうされましたか、マスター』

 イヴの合成音声が、静かに問いかけた。

 

「今、ウチって……何がどれくらいあるんだっけ?」

 

 一拍の沈黙。

 

『質問の範囲が広すぎます』

 合成音声のはずなのに、少しだけ困っているように聞こえた。

 

 横でコーヒーを飲んでいたフォスター博士が、呆れたようにため息をついた。

「私がテラ・ノヴァに来てから、イヴさんに同情したのは初めてかもしれません」

 

「いや、なんかもう、増えすぎて分かんなくなってきたんですよ」

 創一は頭を掻いた。

 昨日までは「採掘機を増やそう!」「線路を増やそう!」「電気が足りない!」「ソーラーを置こう!」「防壁を伸ばそう!」と、一つ一つの項目(目の前のボトルネック)だけを見てひたすら拡張を続けてきた。

 しかし、それらを全部足し合わせた結果、創一自身の頭のキャパシティを超え、「工場全体の規模と現状」が完全に把握できなくなってしまったのだ。

 

『現状の総合運用報告書(Operating Status Review)を作成しますか?』

「お願い!」

 創一は即答した。

 

 そこへ、通信が入った。

『こちらも参加していいですか?』

「ハリントン中佐?」

『ええ。ちょうど軍側でも、現在の守備範囲の拡大と、膨れ上がった生活インフラの再評価を行いたかったところです。お互いの認識を擦り合わせておきましょう』

 

 さらに、地球側からも通信が繋がる。

『私も参加いたします』

「ノア君まで?」

 

「なんか、会社の全体会議みたいになってきたな」

 創一が苦笑する。

「会議ですよ。あなたが工場長(CEO)の」

 フォスター博士が冷ややかに訂正した。

 

  ◆

 大型スクリーンに、洗練されたタイポグラフィでタイトルが表示される。

 

【TERRA NOVA CENTRAL INDUSTRIAL ZONE(テラ・ノヴァ中央工業圏)】

【OPERATING STATUS REVIEW(総合運用状況レビュー)】

 

「……会社員時代を思い出す名前だな、これ」

 創一が少しだけ顔を引きつらせる。

『名称を変更しますか?』

 ノアが気を利かせる。

「いや、いいよ。昔の会社の会議と違って、こっちは純粋に数字(実績)が増えてるから楽しいしね」

 

 かつての職場では、問題が発生すれば「マイナスをゼロに戻す(障害対応)」ための会議だった。

 だが今は違う。問題を解決するたびに、工場は一段階大きく、強くなるのだ。

 

「では、第一の項目からお願いします」

 ハリントン中佐が促す。

 

【項目1:現在人口と居住能力】

 

 マップの上に、各種の人員データが表示される。

 

【PERSONNEL(人員)】

 現在テラ・ノヴァ常駐:約1,600名

 

「千六百人!?」

 創一が素っ頓狂な声を上げた。

 

「待って。俺、最初は二十人とか三十人くらいって言わなかった?」

『おっしゃいました』

 ノアが即答した。

「なんで千六百人になってるの?」

『工藤様が、当初の想定を遥かに上回る速度で工場を拡張された結果です』

『簡単に言えば、あなたが必要な仕事を増やし続けたからです』

 ハリントンが続ける。

「俺のせいか」

『はい』

 

「いや、でも俺、工場の中でしか作業してないから、そんなに人とすれ違ってないんだけど」

『あなたは工場しか見ていませんからね』

 ハリントンが淡々と返した。

 内訳としては、米軍の戦闘部隊および工兵・物流・通信の支援部隊が最も多い。それに加え、政府職員、各分野の科学者、医療スタッフ、そしてタイタンや海道グループから派遣された契約技術者たち。それらが昼夜交代で基地を回しているのだ。

 

【恒久居住能力:約3,000名】

 さらに、現在Construction Robotが新しい居住モジュールを建設中だ。

【第二区画完成後:約8,000名】

 そして、長期的な拡張計画。

【最大想定:約20,000名】

 

「二万人!?」

 創一は再び驚いた。

『工業圏を、今の数倍へと一気に広げると言ったのはあなたですよ、工藤さん』

「でも、ロボットがいっぱいあるじゃん。人間そんなに要る?」

 

『ロボットだけでは、軍隊の指揮も、研究の分析も、病人の治療も、設備のメンテナンスもできません』

 ハリントンが正論で殴る。

「そして、工藤さんの身の回りの面倒を見る人間も必要です」

 フォスター博士が付け加えた。

「俺?」

「この星で最も重要な業務の一つです」

 

 ここで、イヴが広域監視ドローンの高度を上げ、上空からの「現在の基地の全体像」を映し出した。

 創一は、初めて自分の工場を「鳥の視点」から見下ろした。

 

 中央に鎮座する、巨大な【FACTORY(本工場)】。

 西側に防壁で固められた【FOB(米軍前線基地)】。

 北側に黒煙を上げる【石油化学プラント群】。

 東側に新設された【Rare Metals精錬区画】。

 南側に広がる、圧倒的な面積の【青いSolar Field(太陽光発電所)】。

 

 それらを結ぶように、複線化された鉄道網が血管のように巡り、巨大な貨物駅が心臓のように物資を吐き出している。

 整然と並んだ居住用の白いプレハブ群、巨大な水処理設備、そして後述する緑色の農業ドーム。

 それらの外側を、堅牢な防壁と自動タレットの列がぐるりと取り囲んでいる。

 

 それはもう、「前哨基地」という規模ではなかった。

 夜になれば一つの輝く都市であり、朝陽の下でも、巨大で機能的な工業都市(メガプレックス)の様相を呈していた。

 

「…………」

 創一は、しばし無言で画面を見つめ。

「……でかくなったなぁ」

 

「今気づいたんですか?」フォスターが言う。

「いつも地面から見てるからさ」

 

 彼が一人ぼっちでツルハシを振るっていた赤茶けた荒野。そこに今、一つの都市が誕生している。

 

  ◆

【項目2:WATER(水資源)】

 

『続いて、水資源の状況です』

 

【WATER SYSTEM】

 飲料・生活用浄水能力:3,000m³/日

 現在使用量:約1,000~1,500m³/日

 

「水は余裕あるね」

「今の人口(1600人)なら、です」フォスターが釘を刺す。

 

 系統は、完全に二つに分離されている。

「生活用水」と、「工業用水」。

 

 レアメタルの精錬。硫酸の製造。発電施設の冷却水。石油化学プラント。

 これらで使われる水は、人間が飲む水とは完全に別ルートだ。

 

「これ、配管まとめたらダメなの? 楽じゃん」

「絶対に駄目です」

 フォスターが即答した。硫酸や重金属の混ざる可能性があるラインを生活用水に繋ぐなど、狂気の沙汰だ。

「はい」創一は素直に引き下がった。

 

 さらに。

【排水再利用率:82%】

 工業排水と生活排水は、高度な処理施設で浄化され、ループしている。

「地球側の最新の環境設備と、テラ・ノヴァのシステム技術を混在させて構築しました」

 フォスターが少し誇らしげに言う。

「こういうの、地味だけどすごく大事なんだよね」

 創一が深く頷いた。

 

「分かっていたんですか」フォスターが少し意外そうな顔をする。

「元SEを何だと思ってるんです? バックアップとメモリ解放をサボるシステムは、いつか絶対死ぬんですよ」

 工場長としての彼ではなく、元エンジニアとしての確かな経験則だった。

 

  ◆

【項目3:FOOD(食料)】

 

「そういえば」

 創一はふと疑問に思った。

「うちの飯って、ずっと地球から運んできてるの?」

 

『かなりの割合を、です。MRE(戦闘糧食)や、冷凍の肉、野菜などですね』

 ハリントンが答える。

 

 創一は顔をしかめた。

「それ、ゲートの物流枠(スロット)もったいなくない? 何千人分もの飯を毎日運ぶんでしょ?」

 

『その判断を見越して、すでに農業区画の試験運転が始まっております』

 地球側から、ノアが涼しい顔で答えた。

 

「もう?」

 

 カメラの映像が、中央工場の外れにある巨大な透明のドーム施設へと切り替わった。

 

【ACCELERATED AGRICULTURE COMPLEX 01(促成栽培プラント・第一号)】

 

 ドームの中には、無菌状態の広大な農地(水耕栽培ベッド)が整然と並んでいる。

 小麦、ジャガイモ、大豆、トマト、葉物野菜、トウモロコシなど、地球の主要な作物が青々と葉を茂らせていた。

 

「おおー!」創一が目を輝かせる。

「昨日の夜に、播種(種まき)をしました」

 フォスター博士が言う。

「うんうん」

「今日、収穫です」

 

「…………」

 創一は、博士の顔を見た。

「今日?」

「今日です」

 

 テラ・ノヴァのシステム技術による、完全な環境制御。

 最適な栄養液の配合、ナノマシンによる植物の代謝機能の最適化、24時間体制の理想的な光量、温度、CO2濃度の管理。

 種を撒き、約24時間後には成熟し、収穫可能となる。

 

「便利!」

「便利、という一言で片付けないでください」

 フォスター博士が頭を抱える。

「これを地球で発表したら、世界の農学者が狂喜乱舞するか、あるいは世界の農業市場が崩壊して発狂するかのどちらかです」

 

「じゃあ、毎日収穫できるの?」

『肯定します』イヴが答える。

 

 当然、種まき、収穫、洗浄、再播種といった一連の作業は、Construction Robotや専用の農業ロボットによって完全に自動化されている。

 一日一作。年間365作という、異常な回転率だ。

 

「じゃあ、必要な消費量(カロリー)から逆算して、栽培面積(ライン)を増やせばいいだけじゃん!」

 創一の工場脳が、完全に農業を「ただの生産ラインの一つ」として認識した。

「農業を工業製品と同じように扱わないでください……」

 

【現在食料自給率:18%】

 まだ第一期の試験運転中のため、この数字だ。しかし、全区画が稼働すれば。

【PHASE 1 完了時:72%】

 さらに第二期区画まで拡張すれば。

【PHASE 2 完了時:116%】

 ※現在常駐人員約1,600名を基準とした推計。

 

「食料、完全に自給できるじゃん!」

「百パーセント超えてるけど、余った分どうするの?」

『備蓄です。それと、今後の増員分として確保します』

 ハリントンが答える。

『現在、居住能力そのものを八千名規模まで拡張中です。百十六%は余剰というより、先行投資と考えるべきでしょう』

 ノアが補足した。

「なるほど」

 

『植物性の食品は、です』

 ハリントンが冷静に指摘する。

 

「……肉は?」

『現在も、地球から大量の冷凍肉を輸送中です』

 

「…………」

「新しいボトルネックが見つかりましたね、工場長」フォスターが少し意地悪く言う。

「タンパク質……」

 

 実際には、大豆などの植物性タンパク質でも栄養上は問題ない。

 だが、過酷な環境で戦う兵士たちの士気(モラル)を維持するには、肉や動物性タンパク質の満足感は不可欠だ。完全なベジタリアン生活を強要すれば、間違いなく暴動が起きる。

 

「魚は?」

 創一がふと思いついて尋ねる。

『養殖設備(Aquaculture Facility)の研究候補が存在します』

「魚いいじゃん! 寿司食えるかな」

 

 その言葉に、地球側のノアだけがピクリと反応した。

 Medical Kit(神の薬)のレシピ。

 その素材の一つに、『Raw Fish(生魚)』がある。

 

『……工藤様』

「なに?」

『その養殖設備については、後ほど詳細な生産効率を確認いたしましょう。最優先で』

「なんで急にそんな真剣なの?」

 

 創一は不思議そうにしたが、ノアの頭の中ではすでに計算が始まっていた。

 魚の自動生産。それはすなわち、『Medical Kitの生産ラインの一部が完全に自動化される』ということを意味する。世界の命運を左右する、極めて重要な要素だった。

 

  ◆

【項目4:POWER(電力)】

 

『続いて、電力状況です』

 

 巨大なSolar Fieldと大量のAccumulator(蓄電池)によって、『47.8%』まで回復していた電力予備率。

 しかし、現在のモニターには無慈悲な数字が表示された。

 

【POWER RESERVE(電力予備率):29.7%】

 

「減ってる!」

「工場を増やしたからです」フォスターが即答する。

「でも、ソーラーパネルもロボットに任せて増やし続けてるよ?」

「それ以上のペースで、あなたが消費設備を増やしました」

「なるほど」

「納得しないでください」

 

 仮に、現在の最大供給能力を『約100MW(メガワット)』とする。

 それに対する平均負荷が『約70MW』。

 増えた負荷の要因は明らかだ。新型採掘機(Advanced Miner)群、レアメタル精錬、化学プラント、ロボットの充電ポート、そして拡大し続ける居住区や農業区画、防衛タレット群。

 

「これ、二万人住んだら絶対に電気足りなくなるじゃん」

『肯定します』

「やっぱ、原子炉いるな」

 

 創一は、改めて『Nuclear Power(原子力)』という次のマイルストーンを強く意識した。

 

【項目5:INDUSTRIAL CAPACITY(工業生産能力)】

 

 ここからは、工場長にとってのご褒美タイムだ。

 細かい数字を羅列するのではなく、カテゴリーごとの現在の規模が示される。

 

【MINING(採掘)】

 Advanced Miner:24基(レアメタル鉱床・さらに増設中)

 通常採掘機:多数稼働中(鉄、銅、石炭)。

【SMELTING(精錬)】

 Electric Furnace(電気炉)群による、鉄板、銅板、鋼鉄、およびRare Metals精製材の大量生産ライン確立。

【CHEMICAL(化学)】

 硫酸、プラスチック、潤滑油、各種燃料の安定供給。

【ASSEMBLY(組立)】

 Electronic Circuit(電子基板)、Advanced Components(上位部品)、Construction Robot、Heavy Armor補修部品、そして大量の弾薬の自動生産。

 

「いいねぇ……」

 創一は、綺麗に右肩上がりを描く生産グラフを眺めて、うっとりとため息をついた。

「今日一番、幸せそうな顔をしてますね」フォスターが呆れる。

 

【項目6:RAIL NETWORK(鉄道網)】

 

 中央工場を中心に、レアメタル鉱山、油田、鉄・銅鉱山、そしてFOBを結ぶ鉄道路線。

 現在、8編成の列車が稼働中。

 複線化、自動信号システム、巨大な貨物ターミナルの運用。

 

『現在、物流の遅延は許容範囲内に収まっています』

「おお!」

『ただし』

 

 イヴが冷酷に予測を付け加える。

『現在の工場拡張計画を予定通り実行した場合、およそ三週間以内に、中央貨物駅の処理能力が限界を迎え、再びボトルネックになります』

 

「ほら来た!」

 創一が嬉しそうにポンと手を打った。

「……なぜ嬉しそうなんです?」フォスターが理解不能という顔をする。

「次に直す場所が分かるから!」

 

 これが、生粋の工場長の思考回路だった。

 

  ◆

【項目7:DEFENSE(防衛線)】

 

 ここからは、ハリントン中佐のターンだ。

 マップ上に、現在の防衛圏を示す赤いラインが引かれる。

 数十キロ規模に広がるレーダー網、自動タレットの列、重火器陣地、Heavy Armor部隊のパトロール経路、そしてConstruction Robotによる自動補修エリア。

 

『防衛体制についてですが、一つ問題があります』

「なんでしょう」

 ハリントンは、マップの東側を指し示した。

『東部の新精錬区画です。ここのラインが、既存の防衛線から、約八百メートル外側へと突出しています』

 

「…………」

 創一は無言になった。

 

『工藤さん』

「はい」

『先日の会議で、何と約束しましたか?』

「……工場と防衛線の拡張を、同期(シンクロ)させます」

『しましたね?』

「しました」

 

「また、工場だけを先に伸ばしたんですね」

 フォスターは事実だけを確認するように言った。

「Construction Robotの仕事が速すぎたんですよ!」

『ロボットの責任にしないでください』

 

 ハリントンは、すぐに実務上の処置へ話を進めた。

『東部区画の本格稼働は、防壁と暫定タレットの構築が完了するまで制限します』

「あ、止めるんだ」

『兵士の配置が追いついていません。八百メートル分の防衛設備は明日中に。人員配置はこちらで組み直します』

「了解です」

『次からは、先に言ってください』

「はい……」

 

 さらに、ハリントンは別の懸念を指摘した。

 防衛線の拡大に伴い、Gun Turret(自動機関銃)の数が増加。当然、それらが消費する『弾薬の物流(補給)』が激増している。

 鉄、銅を使った弾薬の生産、それを運ぶ列車とベルトコンベアの補給網の負担が馬鹿にならない。

 

「タレットって、地味に弾食うんだよな……」

 

『マスター。現在の研究条件において、弾薬の物理的供給を不要とする防衛技術が選択可能です』

 イヴが、新たな技術ツリーのアイコンを提示した。

 

【LASER TURRET(レーザータレット)】

 

「これだ!」

 創一の目が輝く。

『性能は?』ハリントンが問う。

『電力を直接消費し、高出力の指向性エネルギーによって目標を破壊します。物理的な弾薬の補給は一切不要です』

 

「弾いらない! 補給ライン組まなくていい! 最高!」

 創一が歓喜するが、フォスター博士が冷水を浴びせた。

 

「弾は要りませんが、電気は要りますよ」

 

 ピタリ。

 創一の動きが止まった。

 現在の電力予備率、29.7%。

 

「…………」

「新しいボトルネックが見つかりましたね」

「原子炉……」

 すべてが、再び『原子力』へと収束していく。

 

  ◆

【項目8:BIOMATTER(生体資源)】

 

 医療面に関する極秘の報告。

【BIOMATTER(未加工):182】

【DIVINE DROP(完成品):8】

 

「バイオマター、結構あるね」

『工藤様』

 地球側から、ノアが静かに声をかけた。

「はい」

『地球側の単位で言えば、それは「百八十二人の生命」です』

 

「…………」

 創一は、少しだけ居心地が悪そうに首をすくめた。

「全然、足りないな」

『はい』

 

 現状では、バイオマターは有限の資源だ。バイターを討伐した際の副産物としてしか得られない。

 しかし、創一は技術ツリーの下の方に、暗くロックアウトされているアイコンを見つけた。

 

【BIOLOGICAL PROCESS(生体処理プロセス)】

 LOCKED

 

「これ、何?」

『生物資源の工業的培養プロセスです』イヴが答える。

「……もしかして、バイオマターって、工場で増やせるの?」

『肯定します。環境と素材を整えれば、培養増殖が可能です』

 

 ノアのタイピングの手が、完全に止まった。

「ノア君?」

『……続けてください』

『ただし、現在は前提となる研究条件を満たしていません』

「まだ先か」

 

 ノアは、少しだけ安堵した。

 だが同時に、その事実を深く脳裏に刻み込んだ。

 将来的には、エイリアンを殺して奪わなくとも、神の薬の原料を『工業的に増殖(培養)』できる。

 それは、世界をまた一つ、決定的に変える技術だった。

 

【項目9:MEDICAL / HABITATION(医療・居住環境)】

 

 FOBの居住区画。

 地球側ではHeavy Armorの公開デモで世界中が騒ぎ立てているが、テラ・ノヴァの兵士たちの日常は、すでに「異世界」という冒険の領域を抜け出しつつあった。

 

 朝飯を食い、シャワーを浴び、ランドリーで洗濯をし、地球の家族と検閲付きのメールを交わし、トレーニングルームで汗を流し、夜勤のパトロールに出る。

 モニター越しに見るその光景は、地球上のどこかの前線基地と何ら変わらない。

 

 創一がモニターの視点を食堂へと移すと、カメラに気づいた兵士の一人が、マグカップを片手に気さくに手を振ってきた。

『Morning, Boss(おはよう、ボス)』

「おはようございます」

 創一も笑って手を振り返す。

 

「もう完全に、一つの町ですね」

 フォスター博士がしみじみと言う。

「工場だけど?」

「千六百人も人間が住んで生活している時点で、それは町と呼ぶんです」

 

  ◆

 最後の棚卸し。

 中央制御室の巨大スクリーンに、イヴが現在の課題をリストアップする。

 

【CURRENT BOTTLENECKS(現在のボトルネック一覧)】

 ・電力の圧倒的不足(原子炉の必要性)

 ・防衛線の不一致と弾薬物流の限界

 ・貨物ターミナルの処理能力限界(三週間後)

 ・動物性タンパク質の自給(魚類養殖の導入)

 ・『ウラン鉱床』の未発見

 ・未探索領域の残存

 

「…………」

 創一は、ズラリと並んだ課題のリストを無言で見つめた。

 

「多いですね」

 フォスター博士が同情するように言う。

 

 だが、創一はニヤッと笑った。

「いいね!」

「何がです?」

「やることがいっぱいある!」

 

 旧職場のシステム運用時代なら、障害リストがこれだけ並んでいたら悪夢だった。胃薬が何箱あっても足りない。

 だが今は違う。これは全て、自分の工場を大きくするための「タスク」なのだ。

 

 創一は、惑星マップの表示倍率を引いた。ズームアウト。

 工場都市。画面いっぱいに広がる、巨大なインフラの塊。

 さらにズームアウト。

 工場が小さくなる。

 もっとズームアウト。

 工場が、ただの『点』になった。

 

「……俺ら、まだ全然探索してないね」

『現在の詳細探索済み領域は、惑星表面のごく一部(数パーセント未満)に過ぎません』

 

 黒く塗りつぶされた領域(Fog of War)。

「これだけ工場がでかくなったのに」

「ここはカリフォルニアの砂漠ではありません。惑星丸ごと一つですからね」フォスターが言う。

 

『マスター。北西探索ドローン群より、追加の解析データを受信しました』

 

 マップの一部が更新される。

 北西の遠方。そこには、これまで拠点周辺の荒野とは異なる、広大な地形が広がっていた。

 巨大な湖のシルエット。緑色の森林、あるいは草原のような植生エリア。

 そして、今までとは異なる地質データと、複数の新たな資源反応。

 

「ウラン?」

『現時点では、地表からの走査のみのため特定できません』

 

 さらに。

【UNKNOWN RESOURCE SIGNAL(未知の資源反応)】

 という黄色いアイコンが、複数点滅している。

 

 創一の目が、探検を前にした子供のように輝いた。

「よし、じゃあ現地で直接調べよう!」

 

『工藤さん』

 通信越しに、ハリントンの呆れた声が飛んできた。

「はい?」

『今回は、工場(線路)だけを先に伸ばさないでくださいね。まずは防衛線の構築と、安全確認が先です』

 

「まだ何もしてないじゃないですか!」

 創一が抗議する。

 

「……あの、工藤さん。もうConstruction Robotの群れが、北西に向かって飛び始めてるんですけど」

 フォスター博士が、窓の外を指差した。

 

「え?」

 創一は慌ててマップを見直した。

 北西方向へ、青い建設予定線が伸びている。

 

「……あっ」

「なんです?」

「さっき資源反応を見ながら、線路の予定ルートを指でなぞってた」

『マスター。Blueprintの建設指示として確定されています』

「確定しちゃってた!?」

 

 創一が振り返る。

 数十機のロボットが、ブーン! という羽音を響かせながら、忠実にレールと防壁の資材を運び出している。

 

『工藤さん!』

「戻します! すぐ戻します!」




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