自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ―United States Route― 作:パラレル・ゲーマー
ワシントンD.C.。
ホワイトハウス地下、国家安全保障会議室(シチュエーション・ルーム)。
オーバル・オフィスから直結するこの部屋は、アメリカ合衆国政府の頭脳であり、世界の命運を左右する決断が下される場所だ。
マホガニーの巨大な円卓には、ロバート・“ボブ”・ウォーレン大統領を中心に、ダグラス首席補佐官、エレノア・バーンズCIA長官、国務長官、財務長官、国防総省とHHS(保健福祉省)のトップ、そして特別顧問のノア・マクドウェルが座っている。
そして、壁面の巨大モニターには。
彼らが現在最も気を遣う相手である、工藤創一の姿が映し出されていた。
テラ・ノヴァの中央工場からリモート参加している創一の背後では、巨大な施設が休みなく稼働している。時折、ブーン! という羽音と共に『Construction Robot(建設ロボット)』が画面を横切り、遠くでは重厚な貨物列車が地響きを立てて走り抜けていく。
ホワイトハウスの重苦しく静まり返った会議室と、活気に満ちた(騒々しい)異星の工場。その温度差は、相変わらず絶望的だった。
「では、始めよう」
ウォーレン大統領が、低い声で開会を宣言した。
「最初に、各国の最新動向から報告します」
エレノアが立ち上がり、大型スクリーンにデータを投影した。
【DIVINE DROP / INTERNATIONAL INTELLIGENCE ASSESSMENT(神の雫・国際情報評価)】
世界地図が表示される。
アメリカ合衆国を中心に、赤、黄、青の様々なラインとマーカーが、世界中から一点に向かって集中している。
「中国、ロシア、日本、EU主要国、そして中東諸国を中心として、《DIVINE DROP(医療用キット)》に関する調査活動が急激に活発化しています」
エレノアは、冷徹な事実を告げた。
「確認できているだけで、主要国のほぼすべての情報機関が、これを最高優先度、あるいはそれに準ずる情報収集対象に指定しました」
『まだ調べてるんですか?』
創一が、画面の向こうで首を傾げた。
「むしろ、ここからが本番ですよ、工藤さん」
ダグラスが少しだけ苦笑する。
「重要なのは、彼らはもはや『そんな薬が存在するのかどうか』を調べているのではない、ということです」
エレノアは続けた。
「現在の情報レイヤーにおいて、主要国のインテリジェンスは、ほぼ全て同じ結論へと到達しています」
スクリーンに、評価レポートの要約が表示される。
【ASSESSMENT(評価)】
OFFWORLDER-DERIVED REGENERATIVE TECHNOLOGY
(オフワールダー由来の再生医療技術)
CONFIDENCE:VERY HIGH(確信度:極めて高)
『ほぼバレてる?』
「正確には、『別の答え』に到達しています」
エレノアが訂正する。
各国が現在までに、公開情報、漏洩、諜報活動から集め繋ぎ合わせた断片。
・海道サクラ(重篤な先天性心疾患の突然の完全回復)。
・ノア・マクドウェル(ALSの完全回復)。
・米軍内部に存在する、四肢欠損からの謎の再生症例の噂。
・『Heavy Armor』の異常性能。
・『OFFWORLDER』というコードネーム。
・そして『Terra Nova』。
「各国は、これらを別々の事件として扱う段階を、すでに終えています。彼らは現在、『OFFWORLDERがアメリカ政府に対し、超再生医療技術を提供している』と、ほぼ確信しています」
ただし。
『工藤創一』という個人の存在。
原料である『Biomatter』。
医療用キットの正確な製造法、在庫数、生産能力。
そして、テラ・ノヴァにおける生産拠点の全容と、具体的な工業能力。
それらは、依然として完全にブラックボックスのままだ。
「つまり、我々が張った『OFFWORLDER』というカバーストーリーの防壁は破られていません。むしろ、彼らが勝手に点と点を繋ぎ合わせたことで、より強化されています」
エレノアが小さく頷く。
「そして、調査の段階から、一部の国は次の段階(アクション)へと移行しました」
「接触か」ウォーレンが問う。
「はい」
エレノアは、各国の水面下の動きをリストアップした。
・日本
正式な外交文書ではない。政府高官同士の私的ルートでの接触。
「医療分野における、これまでにない追加協力の可能性について、意見交換を希望する」
海道サクラの件があるため、日本政府はその効果を微塵も疑っていない。
・EU
フランスやドイツを含む複数国からの打診。
「未知の再生医療技術について、将来的な国際共同管理の枠組みを協議したい」
「翻訳すれば、『アメリカだけで抱え込まず、我々にもよこせ』ということです」とエレノアが補足する。
・中国
極めて慎重。共同研究、医学交流、人道目的など、様々な名目で接触を図ってきている。
しかしCIAの評価は冷酷だ。「本当の目的は、DIVINE DROPへのアクセス条件と、我々のアキレス腱を探ることです」。
・ロシア
もっと直接的だ。
「国家間の『戦略的』医療協力について協議可能」。
・中東諸国
さらに直接的だった。王族、国家ファンド、政府中枢から。
「価格を提示してほしい」
「具体的な数字を匂わせている国もあります」
財務長官が、重々しく言った。
『いくらくらい?』
創一が興味本位で聞く。
財務長官は、少し間を置いてから言った。
「……桁を聞けば、あなたの金銭感覚が壊れますよ」
◆
「分かった」
ウォーレンは、手元の資料をパタンと閉じた。
「まず、我々の手札を確認しよう」
大統領は、モニターの創一を見た。
「現在の、Biomatter(バイオマター)の在庫は?」
『ああ、それなら』
創一が横を見ると、イヴが画面上に数字を表示させた。
【BIOMATTER STOCK:327】
【DIVINE DROP STOCK:8】
『皆さんが頑張ってくれてるので、バイオマターは三百個超えましたよ!』
創一が明るく報告する。
『補足します。未加工Biomatterが327単位。完成済みMedical Kitが8個です』
イヴが機械的に付け加える。
『First Aid Kit、Wood、Raw Fishを追加調達すれば、327単位すべてを追加のMedical Kitへ転換可能です』
「皆さん?」
エレノアが聞き返す。
『ハリントン中佐たちですよ。最近、防衛圏を広げたせいで、外縁部で結構バイターと当たってるみたいなんで』
182だった在庫は、防衛圏の拡大に伴って発生した複数回の接敵、外縁部の掃討、偵察部隊との遭遇戦によって、着実に積み上がっていた。
「それは朗報だ」
ウォーレンが頷いた。
一桁。数十。百数十。そしていま、300超。
しかしまだ、世界人口八十億人に対しては、誤差の範囲でしかない。
「なら、他国への供与を『現実の政策』として検討できる段階に入ったな」
大統領の言葉に、部屋の空気が一段と張り詰めた。
『あげるんですか?』
創一が驚いたように聞く。
「ただでは渡さん」
ウォーレンは、少しだけ獰猛に笑った。
「だが、その前に。『対価』を決める」
大統領は、円卓の閣僚たちを見渡した。
「考えてみろ。
失われた四肢を再生する。癌を消す。神経変性疾患を修復する。先天性の障害すら、本来の健康な状態へと戻す」
「現在まで確認された限り、対象となる傷病の種類による明確な限界は確認されていません」
HHSのトップが補足する。
「そんなものに。……いくらの値段を付ける?」
会議室が、シンと静まり返った。
神の奇跡に、価格札をぶら下げる。それは政治家と官僚の仕事だ。
『あ、その前に一個いいですか?』
画面の向こうから、創一が手を挙げた。
「なんだ?」
『ルール、決めません?』
創一の提案に、ウォーレンは眉をひそめた。
「ルール?」
『はい』
創一は、少し言葉を選びながら話し始めた。
『正直、最初はアメリカ政府とだけ取引するつもりだったんですよ』
「知っている」
『俺、政治とか外交とか、マジで面倒なんで』
「それも知っています」ダグラスが小声で突っ込む。
『で、俺が渡した技術(薬やアーマー)を、アメリカ政府がどう使うかも』
創一は、軽く肩をすくめた。
『正直、俺としてはどうでもいいです』
部屋の空気が、少しだけ変わった。
◆
『前にMedical Kitの話で、誰を治すとか、どの順番にするとか、命の値段みたいな話になったじゃないですか』
ノアが、静かに創一を見つめている。
『あの時は俺も、なんかモヤモヤしてたんですけど。……最近、自分の中で整理できたんですよ』
「聞こう」
ウォーレンが居住まいを正した。
創一は、はっきりと宣言した。
『テラ・ノヴァに、地球の事情を持ち込まないこと』
沈黙。
「……それだけか?」
『それだけです』
創一の説明は、極めてシンプルだった。決して人道主義的な崇高な思想でも、壮大な哲学でもない。
『地球には、法律とか政治とか国境とか宗教とか、色々あるじゃないですか。それは、地球で好きにやればいいと思うんですよ』
創一は、あっけらかんと言った。
『俺が渡したMedical Kitを誰に使うかも。Heavy Armorを何に使うかも。俺の技術から地球側で何を作るかも。……基本的に、俺はどうでもいいです』
HHSと国務省の担当者が、少し驚いたように顔を見合わせた。
『だって、それ全部俺が決めて責任持つようになったら、実質的に俺が地球を管理することになるじゃないですか。そんな面倒な仕事、したくないし』
ここが重要だった。
倫理ではなく、「自分の担当範囲外(管轄外)」としての切り捨て。
『でも』
創一の表情が、ここだけは少し真面目になった。
『テラ・ノヴァに、その地球の事情を持ち込むのはやめてください』
例えば。
『この設備は地球の法律(環境基準)に合ってないから止めろ、とか』
『この資源はこの国のものだ、とか』
『この技術は危ないから作るな、とか』
『この国には売るな、とか』
『ここの土地を自分たちにも寄越せ、とか』
創一は、指を折って数え上げた後、一刀両断にした。
『そういうの、全部なしです。
地球でどうするかは、地球で決めてください。
でも、テラ・ノヴァは俺の工場なので。俺のルールで回します』
極めてシンプル。だが、絶対不可侵の宣言。
「その条件は、これから交渉する外国に対して、ということか?」
ウォーレンが確認する。
『いや』
創一は即答した。
『アメリカもですよ?』
一瞬。
シチュエーション・ルームの時間が止まった。
「……我々も?」
『もちろん』
創一は当然のように頷いた。
『アメリカだけ特別扱いして、後からアメリカの規制や政治的判断が工場に大量に入ってきても困るじゃないですか』
ダグラスが、口元をわずかに緩めた。
「公平ですね」
「全国家を、平等に信用していないとも言えます」
エレノアが冷たく分析する。
『いや、信用してますって!』
創一が慌てて否定する。
『信用とルールは別でしょう? 最初に要件を決めておかないと、後で絶対揉めるんですよ!』
元システムエンジニアとしての、血の滲むような経験則。
これには、会議室の何人かが深く頷いた。
『なので』
創一は結論づけた。
『俺の技術の恩恵を受けるなら、このルールを守ってください。
《テラ・ノヴァに地球の事情を持ち込まない》
……これさえ守ってくれるなら、後は地球側で好きにしてください』
ウォーレンは、じっと創一の目を見つめた。
『あ』
創一が、思い出したように付け加えた。
『あと、この発言、全部《OFFWORLDER》として言ったことにしてもらっていいですよ。俺が言ったってバレると面倒なんで』
その瞬間。
エレノア・バーンズの瞳の奥が、獲物を見つけた猛禽類のように鋭く光った。
◆
大統領は背もたれに深く身体を預け、数秒間、天井を見つめて考えた。
「なるほど」
そして、ゆっくりと頷いた。
「分かった。肝に銘じよう」
「テラ・ノヴァは聖域だ。地球の事情は決して持ち込まない」
ウォーレンの口から出たその言葉は、アメリカ合衆国としての重い誓約(コミットメント)だった。
『聖域ってほど、大げさなもんじゃないんですけど……』
創一が照れくさそうに言うと。
『いいえ。相応しい表現だと思います』
ノアが、静かに、だが確信に満ちた声で口を開いた。
『え、ノア君?』
『OFFWORLDERは、地球の政治体制にも、国家間関係にも、技術の利用方法にも一切干渉しない』
ノアは、まるで経典を読み上げるかのように、創一の言葉を再構築(翻訳)していった。
『ただし、自らの領域であるテラ・ノヴァへの干渉だけは絶対に認めない』
ノアは、画面の向こうの創一を見つめた。
『まさに、神が自らの聖域に定めた、唯一にして絶対のルール(戒律)です』
『いやだから、俺は神じゃないって!』
『対外的な説明として、です』
『……まあ、アメリカ政府がやりやすいならいいけど』
創一は渋々引き下がった。
ここで、完全にCIA長官の顔に戻ったエレノアが身を乗り出した。
「大統領」
「分かっている」
「これは、非常に使えます」
『使える?』創一が首を傾げる。
「我々の行動の『正当化』に、です」
エレノアは具体的に説明を始めた。
今後、各国からの要求はさらにエスカレートする。
国連からは「テラ・ノヴァは人類の共有財産ではないか」。
EUからは「現地の開発に地球の環境規制や安全基準を適用すべきだ」。
中国からは「特定の一国(アメリカ)による独占は認められない」。
その他諸国からは「国際機関による共同管理に移行すべきだ」。
「そのすべての政治的圧力に対し、たった一つの回答で済みます」
エレノアは、冷酷な笑みを浮かべた。
「『テラ・ノヴァのルールは、OFFWORLDERが決めている』と」
「アメリカが独占しているのではない。我々アメリカもまた、OFFWORLDERのルールに従っているに過ぎない。
文句があるなら、直接OFFWORLDER本人へ言ってくれ、と」
『俺のところに来るじゃん!』創一が抗議する。
「公式には、あなたがどこにいるか、地球上の誰も知りません」ダグラスが冷静に返す。
『あ、そうだった』
「しかも、OFFWORLDERは地球へ一切の政治的見返りを要求していません」
エレノアは、このルールの『邪悪なまでの完璧さ』を解説する。
「アメリカへの服従を求めない。特定の宗教を強要しない。金銭を要求しない。領土も要求しない。我々の技術利用にも口を出さない。
ただ一つ、『自分の領域へ干渉するな』と言っているだけです」
国際社会から見れば、これほど穏健で無害な条件はない。
逆に言えば、この条件を拒否してテラ・ノヴァに干渉しようとする側が、「傲慢な侵略者(悪)」に見える構造だ。
「なるほどな」
ウォーレンも深く納得した。
「『アメリカが禁止している』のではなく、『我々もそのルールに従わざるを得ないのだ』と言えるわけか」
「はい。外交上、鉄壁の防御(シールド)となります」
さらに、エレノアは各国のインテリジェンスがこの条件を『どう深読みするか』を予測した。
「各国は、おそらく勝手に別の意味も読み取ります。
中国は『OFFWORLDERは地球上の覇権に関心がない』と安堵するでしょう。
ロシアは『地球の軍事力を脅威と認識していない』と。
EUは『高度文明独自の非干渉原則(プライム・ディレクティブ)だ』と。
中東は『金銭や資源すら要求しない、完全な上位存在だ』と。
日本は『地球への善意ある中立者だ』と」
『全然違う……』
創一はドン引きした。ただ工場を邪魔されたくないだけなのに。
「訂正する必要はありません」
ダグラスが眼鏡を押し上げる。
「むしろ、そのままにしておきましょう」
ウォーレンも同意する。
『まあ、俺の工場に文句言ってこなければ何でもいいです』
「完璧ですね」エレノアが微笑む。
◆
一度、これを正式な言葉にしておく必要がある。
ノアがタブレットを操作し、スクリーンに文章を打ち込んだ。
『では、今後の対外交渉に使用するOFFWORLDER側の原則を、一文にまとめます』
【OFFWORLDER PRINCIPLE(オフワールダー原則)】
『地球上の政治的、法的、経済的、宗教的、軍事的その他一切の事情を、テラ・ノヴァへ持ち込んではならない』
『ちょっと言葉が堅いけど、そんな感じ!』
創一が頷く。
『なお、技術供与後の地球側での利用について、OFFWORLDER側から追加条件は提示されていません』
エレノアが確認する。
『はい。それは地球側で好きにしてください』
「アメリカ合衆国も、この原則を無条件で受け入れる」
ウォーレンが正式に宣言した。
「我々が今まで結んできた暗黙の協力関係を、その形で改めて文書化しよう」
『お願いします』
これでアメリカは、『OFFWORLDER PRINCIPLE』の最初の正式受諾国となった。
『これで今後、他国へも全く同一の条件を提示できます』
ノアが言う。
『楽でいいね』
創一が笑った。
『はい。非常に』
ノアも微笑み返した。
◆
ここまで、世界秩序レベルの壮大な取り決めだった。
だが、創一は満足そうに頷くと、あっさりと話題を本題へ戻した。
『じゃあ、大統領の話に戻りましょうか』
「…………」
全員の反応が、一瞬遅れた。
『Medical Kitの値段、決めるんですよね?』
創一の軽い口調に、ウォーレンは思わず吹き出して笑った。
「……うむ」
大統領は姿勢を正した。
「では、君が提示したルールを厳守することを大前提として。
《神の雫》の値段を決めよう」
ここからが本番だ。
「金額では計れません」
財務長官が真っ先に発言した。
「単純な市場価格を設定すること自体は可能です。一千万ドル。一億。十億。百億ドル。……それでも、買う人間は必ずいます。
しかし、それでは国家の戦略資産としてあまりに安すぎる」
『百億ドルでも?』
創一が目を丸くする。
「金銭そのものは、国家には作れますから」
財務長官が冷徹に言う。
ドルは増やせる。だが、DIVINE DROPは増やせない。
少なくとも、今はまだ。
「ゆえに、単純な売却は推奨しません」
「同感だ」
ウォーレンも頷いた。
「金で売るつもりはない」
『じゃあ、何もらうんです?』
ウォーレンは、わずかに笑った。
「相手国が、最も差し出したくないものだ」
『え?』
ウォーレンの言葉に、会議室の空気が変わった。
「一滴の神の雫と引き換えに、その国の『核心』を差し出してもらう」
神の雫の値段を決める会議は、ここからが本番だった。
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