自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ―United States Route― 作:パラレル・ゲーマー
アメリカ西海岸。カリフォルニア特有の突き抜けるような青空から、眩しい陽光が降り注いでいる。
工藤創一の自宅リビングは、その穏やかな天候とは裏腹に、奇妙な膠着状態にあった。
テーブルの上には飲みかけのコーヒーマグと、エメラルドグリーンに発光する液体が詰まった『医療用キット』が一本、コロンと転がっている。
そしてその隣には、彼が適当な裏紙に油性ペンで書き殴ったメモ用紙。
『I found another one.(もう一個見つけました)』
創一は腕を組み、そのメモとインジェクターを交互に睨みつけていた。
『……マスター』
脳内に、イヴの静かな声が響く。
「うん」
『一週間待つというお話でした』
「そうだな」
『まだ五日目です』
「……五日って、ほぼ一週間じゃない?」
『いいえ。数学的にも暦学的にも、近似値と呼ぶには誤差が大きすぎます』
「じゃあ、平日(ビジネスデー)だけで数えれば?」
『何をどう数えようと、二日不足しています』
イヴの冷徹な指摘に、創一は少しだけ目を逸らした。
彼女の言うことは正しい。だが、創一の中にある「工場長としてのフラストレーション」が、理性を上回ろうとしていた。
「でもさあ。……いや、マジな話、二本目を送るのにはちゃんと意味があると思うんだよ」
『先ほどまでの会話からは、そのような高度な意図は感じ取れませんでしたが』
「失礼だな! まず、一個しか送らなかったら、向こうは『これが唯一のサンプルかもしれない』って考えるだろ? でも二個目を、それもこっちから何の要求もせず送る。そうすれば少なくとも『こいつは複数持ってる』って分かる。もっと言えば――量産可能かもしれない、って示唆できる」
『……なるほど。それは確かに、相手の判断材料を意図的に増やす行為になります』
「だろ? アメリカに十年以上住んで、俺も一つ学んだんだよ。交渉ってのは、いかに最初に相手へマウントを取るかだ。向こうのペースで話を始めたら駄目なんだよ。『こいつ、どれだけ持ってるんだ?』『まだ何かあるんじゃないか?』って考えさせて、先に相手のペースを崩す。そうすれば、こっちが優位な状態で話を進められる!」
創一は得意げに胸を張った。イヴは数秒沈黙した。
『……なるほど。私はマスターのことを少々勘違いしていたようです』
「お?」
『単に面白そうだから二本目を送りたいだけなのだと考えていました』
創一は少しだけ目を逸らした。
「……まあ、どうせやるなら楽しみながらやりたいってのもあるけど」
『…………』
「何だよ」
『訂正します。やはり、あまり勘違いしていなかったようです』
「失礼だな! でも、送る意味があるのは本当だろ?」
『はい。それについては認めます』
「よし。……送ろう!」
『結論だけを見ると、先ほどと何も変わっていませんね』
イヴの小さなため息めいた声を無視して、創一は手早く梱包作業を始めた。
前回と同じ、なんの変哲もない段ボール箱。
緩衝材代わりに丸めた現地のスーパーのチラシを詰め、インジェクターを放り込む。
「今回は余計な説明文はなしだ。シンプル・イズ・ベスト」
『前回よりも不審です』
「なんで!?」
『前回は少なくとも、拾った経緯と「分析してほしい」という目的を記述していました。今回は「もう一個見つけた」という事後報告しかありません』
「長文で熱く語ると、狂信者みたいで怪しいって言ったのはお前だろ!」
『ですから私は、送付そのものを推奨していません』
正論で殴られつつも、創一の手は止まらない。
メモ用紙を同封し、ガムテープで乱暴に封をする。
「まあ、これで向こうも『あ、意外と量産品なんだな』って安心して使ってくれるだろ」
『安心などしません』
イヴの警告を背に受けながら、創一は車のキーを手に取り、最寄りの配送センターへと向かった。
歯車は、彼の極めて軽い思いつきによって、再び強引に回された。
◆
メリーランド州ベセスダ、国立衛生研究所(NIH)。
世界最高峰の研究機関における今回の対応は、最初の荷物が届いた時とは天地の差だった。
中央郵便物処理施設のシステムには、すでに極秘の「監視フラグ」が設定されている。
荷物の発送元エリア、箱のサイズと重量の比率、そして特定の宛先(部署指定なしの本部宛て)。
コンベアの上を流れてきた段ボール箱のバーコードがスキャナーを通過した瞬間、担当者のモニターが血のような赤色で激しく明滅した。
【PRIORITY HOLD/優先保留】
【RELATED TO RESTRICTED CASE/機密案件関連】
【SECURITY NOTIFICATION/保安通知】
「……おい、出たぞ! 例の条件に合致する荷物だ!」
画面を見た職員の顔色が一変する。
すぐさまラインが緊急停止され、専用の隔離エリアへと箱が移された。防護服を着込んだ危険物処理班(HAZMAT)による厳重な安全確認が行われる。
爆発物なし。有害な放射線なし。生物兵器の兆候なし。
そして、幾重ものチェックを経て開封された箱の中から現れたのは——あのエメラルドグリーンに輝くインジェクターと、一枚のメモ用紙だった。
『I found another one.』
その紙を見た瞬間、立ち会っていた関係者全員の顔から血の気が引いた。
最初の小包は、ただの「変な郵便物」から国家機密に格上げされるまで一か月を要した。
だが今回は違う。
受領からわずか数十分。
画像データと報告書が、NIHから保健福祉省(HHS)、FBI、そしてCIAを経由して、ホワイトハウスの最高意思決定層へと一直線に駆け上がった。
◆
ワシントンD.C.、ホワイトハウス。
大統領執務室(オーバル・オフィス)は、重苦しい静寂に支配されていた。
ロバート・“ボブ”・ウォーレン大統領は、レゾリュート・デスクの上に置かれたアクリル製の保護ケースを見つめていた。
その中には、回収されたばかりの二本目の医療用キットが横たわっている。
傍らには、ダグラス首席補佐官とエレノア・バーンズCIA長官のほか、必要最小限の国家安全保障スタッフが控えている。
大統領は、ケースの横に添えられたコピー用紙を手に取った。
低い声で、読み上げる。
「I found another one.」
執務室の空気が張り詰める。
ウォーレンはもう一度、その短い一文をゆっくりと口の中で転がした。
「……I found another one」
「はい」
エレノアが短く応じる。
ウォーレンは紙をデスクに置き、深く、重い息を吐き出した。
「……動いたな」
ほんの数日前、「彼がもう一度何か送ってくるか見極めよう」と話し合ったばかりだ。
その直後に、本当に追加のサンプルが送られてきた。
この符合は、あまりにもできすぎている。
「タイミングが良すぎる」
「同感です」
エレノアが冷たい目でインジェクターを見下ろす。
「我々が彼の調査を本格的に開始し、周辺情報の洗い出しを行ったのが数日前」
「はい」
「そして数日後に、これだ」
ウォーレンはメモ用紙を指差した。
「エレノア。これは、我々が動いていることに気づいているというサインか?」
「その可能性を、排除できません」
エレノアは手元のタブレットを開き、情報の整理を始めた。
「考えられる可能性は三つです。
第一。純粋な偶然。彼がただ単に二個目を手に入れたから、深く考えずに送ってきた。
第二。NIHが最初のキットを『本物』として認識し、保管していることだけを把握した。
第三。我々——アメリカ合衆国政府が、彼自身の身辺調査を行っていることまで、完全に察知している」
「三番なら?」
大統領の問いに、エレノアは即答した。
「こちらの情報収集活動(インテリジェンス)を、何らかの手段で外部から察知できる可能性があります。高度なサイバー能力、あるいは未知の情報収集手段を持っている証左です」
「先月まで、古いシステムの運用保守をしていた男が?」
ダグラスが信じられないという顔で口を挟んだ。
エレノアは彼を一瞥し、冷徹に告げた。
「そろそろ、彼の『表向きの経歴』から能力を推定することを、諦めた方がよろしいかと」
ウォーレンは皮肉っぽく笑い、椅子に深く背中を預けた。
「エレノア。君の目から見て、これは脅迫(スレット)だと思うか?」
「現時点では否定的です」
「理由は?」
エレノアは、メモ用紙を再び指し示した。
「文面が軽すぎます」
「軽い?」
「はい。通常の威圧、要求、期限の提示、条件の付与、あるいは何らかの政治的文言……そういった『交渉』に必要な要素が一切含まれていません。ただ、『もう一個あったよ』としか読めないのです」
CIA長官の分析は正確だった。
ウォーレンは腕を組み、唸るように言った。
「……本当にそれだけだった場合が、我々にとって一番理解できないな」
その通りだ。
国家という巨大なシステムは、「悪意」や「欲」を持つ敵の扱いは得意だ。対処のマニュアルが存在する。
だが、「欲や意図が見えない行動」に対しては、どう対応していいのか分からない。
「もう十分だ」
ウォーレンが決断を下した。
「大統領?」
「接触(コンタクト)する」
前回は低侵襲な調査を命じた。
しかし、相手が先に二手目を打ってきた以上、これ以上こちらが黙って監視を続ければ、相手にどう受け取られるか分からない。
そして何より、彼がこの調子で三本目、四本目を、ろくな説明もなく政府機関へ送りつけ始めたら、いずれ情報が民間へ漏洩する。
大統領のその懸念は、極めて真っ当な危機感だった。
「誰を行かせる?」
ダグラスが問いかける。
再び、人選の問題だ。
FBI、CIA、NSA、保健福祉省、国土安全保障省、国防総省、ホワイトハウス。
どのカードを切るか。
「未知の情報技術(サイバー能力)も絡むなら、NSAの専門家は?」
スタッフの一人が提案する。
「NSAは通信情報を扱う機関です。西海岸の住宅へ行って、直接ドアベルを鳴らすための組織ではありません」
エレノアが却下する。
「国内案件なら、FBIが本筋だ」
ダグラスが主張する。
「法的には最も自然です」
「だが、玄関を開けてFBIのバッジが出てきたら、どうなる?」
「……犯罪捜査として受け取られるでしょうね」
「我々はまだ、彼を犯罪者扱いしたくない」
ウォーレンが首を横に振る。
「だが彼は日本国籍でもある。外国との未知の接触可能性がある以上、対外情報の観点からCIAでは?」
国防側からの意見。
「それを言うなら、彼は十年以上アメリカに住み、永住権を持っている人間だ。国内での活動に我々が堂々と介入するのは問題がある」
「市民ではないぞ」
「今、そこが重要なのか?」
議論が白熱しそうになった時、ウォーレンが机を叩いた。
「Enough.(もういい)」
大統領はエレノアを真っ直ぐに見据えた。
「窓口はCIAに任せる」
ダグラスが少し眉を上げたが、エレノアは動じなかった。
「ただし」
ウォーレンが鋭く釘を刺す。
「これは諜報作戦ではない」
「承知しています」
「取り調べでもない」
「はい」
「逮捕するな」
「当然です」
大統領は深く息を吸い込み、最も重要な命令を下した。
「目的はただ一つ。
工藤創一が、何を望んでいるのか聞いてこい」
エレノアは頷き、直ちに人選を提案した。
「では、交渉に長けた人間を使います。
ダニエル・“ダン”・マーサー。当局の上級ケースオフィサーです。
HUMINT(人的諜報)の専門家で、長年国外で亡命希望者や外国政府高官、二重スパイ等との接触を担当してきました。相手を威圧するのではなく、『相手が自分から喋りたくなる空気』を作る能力に長けています。日本での勤務経験もあり、あちらの文化もある程度理解しています」
「よかろう」
ウォーレンは許可を出した。
マーサーに課せられた確認事項は多い。
NIHへ送ったのは本当に工藤か。医療用キットの入手経路。本人が製造可能なのか。他に在庫はあるのか。目的は何か。米国政府への要求。外国政府や背後組織の有無。
ただし、その場で無制限な約束はしない。政府として保証可能なことと不能なことを明確に区別する。
「マーサー」
大統領は、呼び出されたベテラン工作員に直接声をかけた。
「はい、大統領」
「彼がどんな変人でも、絶対に笑うな」
「もちろんです」
「嘘をついていると思っても、その場で追い詰めるな。まず話を聞け」
「はい」
「彼が『何か見せたい』と言ったら?」
ダニエル・マーサーは、迷わず答えた。
「見ます」
ウォーレンは少しだけ口元を緩めた。
「いい答えだ」
それから、ふと真顔になり、重い一言を付け加えた。
「戻って来いよ」
マーサーは無言で頷いた。
大統領の懸念は正しい。もし相手が本当に「千年先の技術」を持っているなら、腕利きの工作員一人など、何の抑止力にもならないのだ。
◆
翌日の昼。
カリフォルニアの陽光が降り注ぐ、工藤創一の自宅前。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
リビングでくつろいでいた創一が顔を上げる。
「お?」
『マスター。訪問者一名。
周辺には、支援要員と思われる複数の人物が隠密裏に配置されています』
イヴの報告に、創一の顔がパッと明るくなった。
「来た!?」
『可能性が高いです。周辺の配置を含め、一般の訪問者とは考えにくい動きです』
「やっとかー!」
普通なら、政府の人間が自宅を訪ねてくれば身構える。
だが創一の顔は、「待ち合わせに遅れてきた友人」を迎えるような、純粋な喜びで満ちていた。
彼はスリッパを突っかけ、足取り軽く玄関へ向かった。
ドアが開く。
そこには、仕立ての良いスーツを着た、穏やかな表情の中年男性が立っていた。
ダニエル・マーサーだ。
「Mr. Kudo?(工藤さんですね?)」
「はい」
「Daniel Mercer. United States government.(ダニエル・マーサーです。アメリカ合衆国政府を代表して——)」
「ああ!」
マーサーが名乗りを終える前に、創一は満面の笑顔で彼の手を握った。
「待ってましたよ! どうぞどうぞ、中へ!」
「……Excuse me?(はい?)」
数々の修羅場をくぐり抜けてきた腕利き工作員が、完全に素の声を上げてしまった。
警戒心ゼロ。むしろ大歓迎。
マーサーの長年の経験則が、開始一秒で粉砕された。
「コーヒーでいいです?」
「ええ……」
「日本茶もありますけど」
「コーヒーで結構です」
「ブラックで?」
「お願いします」
マーサーは、促されるままにリビングのソファに座った。
尋問どころか、完全な客扱いだ。
彼は内心で激しく混乱していた。
(警戒心がないのか? それとも、私を油断させるための高度な演技か?)
いや、この男の目は、心底嬉しそうに輝いている。
マグカップを受け取り、マーサーは咳払いを一つして、本題に入った。
「単刀直入に伺います」
「どうぞ」
「NIHへ医療用のインジェクターを送ったのは、あなたですか?」
「はい」
即答だった。
マーサーはほんの少し間を置いた。
「最初の一本も?」
「はい」
「今回の二本目も?」
「はい」
「“I found another one”というメモも?」
「あ、俺です。字が汚くてすみません」
一切隠さない。
拍子抜けするほどの素直さだ。
「それより」
創一は身を乗り出し、目を輝かせた。
「医療用キット、分析できました?」
想定していなかった質問に、マーサーは一瞬言葉に詰まった。
「……ある程度は」
「どうでした!?」
「……我が国が誇るトップクラスの科学者たちが、かなり自信を失っています」
創一が目を丸くする。
「動いていることは分かる。何をしているのかも、ある程度は分かる。
ですが……なぜ動くのか、どう製造するのか、どう再現するのかが、何一つ分からないそうです」
「そんなに?」
「そんなに、です」
「へー……」
創一は、ちょっと嬉しそうに頷いた。
自分の送ったアイテムが、地球の天才たちを唸らせているのが痛快らしい。
「で、実際に使いました?」
「培養細胞での試験段階です」
「人間には?」
「まだです」
「えっ、まだ使ってないんですか?」
創一が不思議そうな顔をする。
「工藤さん。製造者不明、成分不明、制御原理不明のナノマシンを、いきなり人間に投与するわけにはいきません。それが現代の医療倫理です」
「あー、まあそうですよね。
でも、俺、使いましたよ?」
マーサーの手から、コーヒーカップが滑り落ちそうになった。
「……You what?(何ですって?)」
「俺、一番最初の一本を、送る前に自分に打ちました」
「いつ?」
「NIHに送る直前です」
マーサーは頭痛を堪えるように、こめかみを押さえた。
世界初の人体投与例が、目の前で普通にコーヒーを淹れている。
「……健康被害は?」
「ないですね」
「本当に?」
「はい。座り仕事で酷かった腰痛が消えました。肩こりもなくなったし、ドライアイも治ったし、目も良くなったし、疲れも全然感じなくなりましたよ」
マーサーは目の前の男を観察した。
確かに、三十代半ばのSEとは思えないほど、肌艶が良く、生命力に満ち溢れている。
「その情報は、非常に重要です」
「あ、そうなんですか?」
創一の軽い返事に、マーサーは深く息を吸い込んだ。
「では、工藤さん」
「はい」
「その医療用キットを、どこで手に入れたのですか?」
ストレートな質問。
創一は、少しだけニヤリとした。
「おっと。直球ですね」
「その質問をするために、私は大統領の命令でここに来ました」
創一は苦笑し、カップを置いた。
「じゃあ、答える前に」
彼は少しだけ真面目な顔つきになった。
「俺の扱いについて、保証してほしいんですよね」
「具体的には?」
「逮捕しない」
「はい」
「家にSWATが突入してこない」
「続けてください」
「俺を実験台にして解剖しない」
マーサーは少し沈黙した。
「……そして、俺の物を勝手に押収しない」
「それは、状況によります」
「俺、別にアメリカと喧嘩したいわけじゃないんですよ。平和にやりたいんです」
「分かりました。我々も友好的な関係を望んでいます」
創一はニコリと笑った。
「で」
一拍置く。
「あの薬、いくらでもあげるんで。
アメリカ政府、無条件で俺に協力してもらえません?」
「…………」
マーサーは無言で創一を見つめ返した。
「“協力”とは、具体的に何を意味しますか?」
「色々です」
「色々、では判断できません」
「ですよね」
創一は指を折りながら数え上げた。
「大型の重機。工作機械。大量の建築資材。物流の手配。
もし必要になったら倉庫や土地の確保。人員の派遣。
あと、俺が変な物を作ったり、大量の電力を使ったりしても、いちいち警察や税務署が来ないように、行政や法務の面倒を見てほしいんです」
マーサーは静かに聞いていたが、首を横に振った。
「申し訳ありませんが」
「はい」
「それだけでは、アメリカ合衆国政府はあなたに『白紙の小切手』を渡すことはできません」
「おっと、そう来ましたか」
創一は少し意外そうな顔をした。
万能薬という最強のカードを出せば、かなり融通が利くのではないかと思っていた節がある。
「あのインジェクターが、現行技術では到達不可能な代物であることは認めます。
ですが、人体への安全性はまだ我々の手で正式に検証されていません」
「俺にはバッチリ効いてますけど」
「現時点では、あなたの自己申告に過ぎません」
「厳しいなぁ」
マーサーの眼光が鋭くなる。
「そして。
我々は、あなたが『他に何を持っているのか』を知りません。
何を目的としているのかも分かりません。
その状態で、無条件の支援を約束する政府は、この地球上のどこにも存在しません」
完全な正論だった。
『極めて合理的です』
イヴが創一の脳内で静かに告げる。
「……分かってるよ」
「何か?」
「あ、いえ。独り言です」
創一は数秒間、腕を組んで考え込んだ。
そして、顔をパッと明るくした。
「あ」
「?」
「じゃあ、見せた方が早いですね」
マーサーは、ほんの一瞬だけ警戒レベルを引き上げた。
「……何を、ですか?」
「俺が、何を持っていて、何をしてるか」
創一は立ち上がり、ガレージの方へと歩き出した。
「こっちです」
マーサーは静かに後を追った。
彼のスーツには、隠しマイク、ボディカメラ、位置情報発信機が仕込まれている。
家の外で待機する支援班が、すべてをモニタリングしているはずだ。
ガレージの中は、雑然としていた。
SUV、電動工具、ホームデポで買った木材や延長ケーブル、キャンプ用品。
一見すると、DIYが趣味の男のガレージにしか見えない。
(これが……?)
マーサーが疑念を抱いた時。
「イヴ。マーサーさんにも聞こえるようにして」
創一が空中に向かって呼びかけた。
『了解しました。外部音声へ切り替えます』
マーサーの肩がピクリと跳ねた。
今度はガレージ内のスマートフォンから、女性の声が響いた。
だが、彼が尋ねるよりも早く、事象は起きた。
ブゥゥゥゥン。
重低音が空気を震わせた。
ガレージの中央、何もない空間が縦に裂け、紫色の光が漏れ出してきたのだ。
「…………」
マーサーは完全に言葉を失った。
裂け目の向こうに見えるのは、カリフォルニアの景色ではない。
異世界の空。赤茶色の荒野。そして地平線に浮かぶ巨大なガス惑星。
「あ、これです」
創一が裂け目を指差して、無邪気に言った。
「……これは?」
「ゲートです」
「どこへ?」
「テラ・ノヴァ。……別の惑星、かな」
「“かな”?」
「俺も詳しい座標とかは知らないんですよ」
マーサーの脳が、理解を拒絶して悲鳴を上げた。
その直後。
家の外に停めたバンで待機していたCIAの支援班も、パニックに陥っていた。
「マーサーとのリンク切断!」
「位置情報ロスト! ボディカメラのライブ映像も途絶しました!」
「最後のフレームは空間異常を通過する直前! 周辺の無線機器や車載システムに異常はありません!」
「突入するか!?」
「待て! 大統領命令だ、刺激するな! マーサーは自分の意思で入った。しばらく待て!」
◆
ガレージの中。
「どうぞ」
創一がゲートの向こうへ手招きする。
マーサーはゲートを見つめた。
CIAで三十年近く働いてきたが、「異世界ポータルへ入る」ための訓練は受けていない。
それでも、彼は一歩を踏み出した。
腕利きとしての矜持が、彼を未知への扉へと押し出したのだ。
一瞬の浮遊感。
足元に伝わる土の感触。
頬を撫でる、乾いた異星の風。
そして。
ガガガガガガッ!
ゴウン……ゴウン……。
カタカタカタカタ……。
鼓膜を揺らす、凄まじい機械音。
マーサーが顔を上げると、そこには彼の想像を絶する光景が広がっていた。
数十台の電動掘削機が大地を削る。
長大なベルトコンベアが、血管のように資源を運ぶ。
赤々と燃える炉。
白煙を上げる蒸気発電所と、送電線のネットワーク。
巨大なポンプジャックが原油を吸い上げ、化学プラントが複雑なパイプラインで結ばれている。
自動で動く組立機。
四隅を睨む防衛タレット。
そして、鈍く光る巨大な『ヘビーアーマー』が、ハンガーに吊るされている。
「…………」
圧倒的な物量と、完璧なまでにシステム化された産業の塊。
これが、カリフォルニアのガレージの向こうに広がっていた。
「今、こんな感じです」
創一が、少し誇らしげに言った。
マーサーは、ようやく絞り出すように声を出した。
「……これを」
「はい」
「あなたが?」
「はい」
「一人で?」
「イヴに計算とかは手伝ってもらってますけど、作ったのは俺です」
「いつから?」
「一か月ちょっと前かな?」
マーサーは眩暈を覚えた。
質問するたびに、返ってくる答えが異常すぎる。
「そうだ。これ見せた方が分かりやすいか」
創一は携帯型スキャナーを取り出し、ホログラムで周囲の資源データを表示させた。
「最初に測った時は、この辺の露頭だけで鉄鉱石480万トンって出てたんですけど、広域スキャンしたら周囲の地下鉱体がほとんど繋がってまして。
今の推定だと鉄鉱石48億トン。しかも純度100%。石炭が21億トン。銅鉱石が15億トン。
あっちの油田は、数十億バレル規模。
この前、イリジウムとかチタンが含まれたレアメタルの隕石も拾いました」
マーサーが、初めて数字の途中で口を挟んだ。
「……待ってください。今、鉄鉱石が純度100%と言いましたか?」
「はい。天然の鉱床みたいです。ちなみに、これ浅いところだけらしいです」
「……浅い?」
「はい。地下深くには、もっと巨大な鉱床があるってイヴが言ってます」
マーサーは数秒間、完全に黙り込んだ。量以上に、天然鉱床で「純度100%」という言葉が理解を拒んでいた。
そして、その異常な鉱床すら表層に過ぎないらしい。もはや驚愕を通り越して、無の境地だった。
創一は、何事もないかのように工場案内を始めた。
「こっちが鉄のラインです」
「……」
「奥に見えるのが鋼鉄の精錬エリア」
「……」
「あれが発電所」
「……」
「向こうが石油化学プラントで、プラスチックはこっちです」
「……」
「Stop.(待ってください)」
マーサーはついに手を上げて、創一の言葉を遮った。
「少し、頭を整理させてください」
「はい」
その時。
遠方から、甲高い警報音が鳴り響いた。
ダダダダダダッ!!
基地の防衛タレットが一斉に火を噴く。
マーサーは本能的に身構え、スーツの内側に手を伸ばそうとした。
「あ、大丈夫ですよ。バイターです」
「バイター?」
「この星の敵性生物です。工場の音と煙に寄って来る害虫みたいなもんです」
「……敵性生物?」
またしても新情報。
異世界、巨大工場、無限の資源、そしてエイリアンとの戦争。
マーサーのキャパシティは限界に達しつつあった。
「工藤さん」
彼は深く息を吸い、極めて真剣な目で創一を見た。
「はい」
「この場所を……本当に、アメリカ合衆国政府の代表である私に見せてしまって、よかったんですか?」
国家の最高機密レベルの情報だ。
普通なら、血みどろの争奪戦になる。
だが創一は、即答した。
「いいですよ」
「……なぜですか?」
「隠しても、あとで面倒なことになるだけでしょ?
それに、見せないと俺の話、信じてくれないじゃないですか」
それだけ。
裏の意図など何もない。
「今見たものを、どこまで政府に報告していいのでしょう」
「全部、ありのままに」
「……全部?」
「はい」
「大統領へも?」
「もちろん」
「CIA長官へも?」
「どうぞ」
「国防総省へは?」
創一は少し考えた。
「うーん……政府の中で、俺のサポートに必要な人になら。
俺、アメリカと戦争したいわけじゃないんですよ」
創一は、ズラリと並んだ組立機を指差した。
「だから、さっきの協力の話です」
「ええ」
「俺を捕まえない。
工場を取り上げない。
必要な資材や重機を買うのを手伝う。
法的な問題や税金を片付ける。
そういうバックオフィス的なこと、全部お願いします。
代わりに、ここの資源とか、地球で役に立ちそうな技術とか……相談して、渡せるものは渡しますよ」
マーサーは、ここで初めて「工藤創一」という男の正体を理解した。
この男は、アメリカを支配したいわけではない。
巨万の富を築きたいわけでも、政治権力を握りたいわけでもない。
彼が欲しいのは、「工場運営の邪魔をされたくない」という環境と、「面倒な現実世界の事務作業を誰かに丸投げしたい」という、極めてパーソナルな要求だけなのだ。
マーサーは、思わずフッと笑みをこぼした。
「なるほど」
「?」
「あなたが本当に、ただの『システムエンジニア』だったという話が、ようやく信じられる気がします」
「なんでですか?」
「あなたの要求の全てが、『面倒なインフラの運用と保守を、誰かに任せたい』という話だからです」
創一は目を丸くし、そして真顔で言った。
「そりゃそうですよ!
俺は、工場を作りたいんです! 面倒な事務仕事から逃げてきたのに、なんでこっちでもそんなことしなきゃいけないんですか!」
◆
地球への帰還。
ガレージに戻ったマーサーのイヤホンに、支援班からの通信が復帰した。
『Mercer, report!(マーサー、応答しろ! 無事か!?)』
「I'm fine.(無事だ)」
『状況は!? 何があった!?』
マーサーは、ガレージの空間の裂け目と、創一の顔を交互に見た。
「……口で説明するより、私のボディカメラの録画映像を見た方が早い。ライブ通信は切れたが、ローカル録画は残っている。まず支援班に確認させる」
マーサーが帰ろうと踵を返した時。
「あ、待ってください」
創一が呼び止めた。
彼の手には、新しく作られた『医療用キット』が、二本握られていた。
「これ、持って帰ってください」
マーサーの動きが止まった。
アメリカ政府が最も恐れていた「量産性」。
それが今、目の前でいとも容易く証明されたのだ。
「一本は、ちゃんと専門家の手で人体で実験してください」
「実験……?」
「はい。人体への投与には手続きがどうとか言ってましたけど、その辺の法的なクリアはプロにお任せします。
とにかく、本当に効くって確認してもらった方が、俺への支援の話もスムーズに進みますよね?」
極めてドライで、軽い口調だ。
マーサーは否定できなかった。
「では、もう一本の用途は?」
「あ、それなんですけど」
創一は少し首を傾げ、思い出したように言った。
「タイタン・グループの、ノア・マクドウェルって子、知ってます?」
マーサーの表情が、ピタリと止まった。
ほんの一瞬の硬直。
だが、その場の空気が明らかに変わったのを、創一も感じ取った。
「……なぜ、その名前を知っているのですか?」
マーサーの声のトーンが、交渉官から諜報員のものへと変わった。
「あ、やっぱりいるんですね」
「工藤さん。なぜ彼の名前を?」
「いや、俺は知らないですよ」
「では?」
創一は肩をすくめた。
「俺の『雇い主』が、ちょっと気にかけてるみたいで」
マーサーの脳裏に、強烈なアラートが鳴り響いた。
「…………雇い主?」
「まあ、いる……のかな?」
「誰です?」
「それは今、いいじゃないですか。俺も全部分かってるわけじゃないんで」
創一はここで話を打ち切った。
文章も見せないし、メッセージも提示しない。
アメリカ側には「工藤には、自分より上位に『雇い主』と呼ぶ何者かがいる」という強烈な謎だけが残された。
「で、もしそのノアって子がまだ病気なら、これ、使ってあげてくれません?」
「なぜ?」
「だから、雇い主が気にかけてるらしくて」
「何のために?」
「分かんないです」
「関係は?」
「知らないです」
マーサーがどれだけ鋭く質問を投げかけても、返ってくるのは「知らない」の壁だ。
「でも、まだ若いんですよね?
病気で苦しんでるなら、可哀想じゃないですか。
これ使えば治るんで、お願いしますね!」
創一は、本当にそれだけの理由で、国家を揺るがす奇跡の薬をマーサーに押し付けた。
国家戦略、軍産複合体、政治献金。
そんな泥臭い背景など、彼は一ミリも知らない。ただの善意だ。
マーサーはインジェクターを受け取った。
そして、最後に尋ねた。
「工藤さん。あえて聞きます」
「どうぞ」
「あなたは、この一本が持つ『価値』を、本当に理解していますか?」
創一は少し考えた。
「まあ、相当高いんでしょうね」
「相当、ではありません」
マーサーは静かに、しかし重く告げた。
「国家が動く価値があります」
「へえ」
創一の反応は薄かった。
そして、ニコリと笑って言った。
「でも、作れますし」
「…………」
勝てない。
マーサーは深い敗北感と共に工藤宅を離れたが、そのままホワイトハウスへ向かうことは許されなかった。
靴底には赤茶色のテラ・ノヴァの土が付着し、衣服にも微細な異星由来物質が残っている可能性がある。
未知の微生物や胞子を地球へ持ち込んでいる危険を考慮し、CIAの管理施設で隔離・除染と簡易検査を受ける一方、ボディカメラの映像と土壌サンプルが保全された。
幸い、マーサー本人に異常は確認されなかった。だが担当者たちは、創一が一か月以上も地球とテラ・ノヴァを日常的に往復している事実に青ざめた。
惑星間検疫という新たな問題まで抱え、数時間後。マーサーは常識を破壊する映像と物証を携えてワシントンへ向かった。
◆
数時間後。
ワシントンD.C.、オーバル・オフィス。
緊急招集された大統領、首席補佐官、そしてCIA長官の前に、帰還したばかりのマーサーが立っていた。
「報告を」
ウォーレン大統領が促す。
マーサーは数秒間、沈黙した。
CIAの腕利きとして、普通なら要点を簡潔にまとめる。
だが今回ばかりは、言葉を選ばざるを得なかった。
「Everything he told us is an understatement.(彼の話は、何もかも控えめすぎました)」
「説明して」
エレノアが鋭く促す。
「映像をご覧ください」
巨大なモニターに、マーサーのボディカメラの映像が投影された。
ガレージ。空間の裂け目。
そこを通り抜けた先に広がる、紫の空と巨大な天体。
そして——工場。
電動掘削機、製鉄ライン、化学プラント、巨大タンク、防衛タレット。
ウォーレンは無言。
ダグラスも無言。
エレノアも無言だった。
「……あれは、どこだ?」
ようやく大統領が絞り出すように尋ねた。
「本人は『テラ・ノヴァ』と呼んでいます。地球上の場所ではありません」
「いつから、あんなものを?」
「一か月少々だそうです」
「……一か月?」
「はい」
「あれを、一人で?」
「本人は『AIの補助がある』と説明しています。“イヴ”と呼んでいました」
エレノアが素早くファイルに「イヴ」という新たな確認事項を書き加える。
マーサーは続けて、スキャナーに映し出された資源量を報告した。
鉄鉱石48億トン、純度100%。石炭21億トン。銅鉱石15億トン。超巨大油田。レアメタルの隕石。
大統領は老眼鏡を外し、目をこすった。
「……もう一度、見せてくれ」
「どれをですか?」
「全部だ」
映像がリピート再生される。
「彼は我々に、何を要求した?」
「安全の保証。活動の自由。物資調達の支援。物流と法務のサポートです」
「金は?」
「要求していません」
「政治的地位は? 軍事的要求は?」
「一切ありません」
「……それだけか?」
「はい」
マーサーは、創一の言葉をそのまま伝えた。
「本人の言葉を借りるなら、『ただ工場を作りたい』。それだけです」
長い沈黙が流れた。
「……本当に、工場を作りたいだけなのか?」
「少なくとも私の報告を見る限り、彼の行動と要求は完全に一致しています」
エレノアが冷静に分析する。
「つまり、彼が我々アメリカ政府に求めているのは……」
ダグラスが眼鏡を押し上げる。
「『国家規模のバックオフィス』だな」
大統領が本質を突いた。
「さらに」
マーサーが、アタッシュケースをデスクに置いた。
中には、二本の医療用キットが並んでいる。
エレノアの表情が硬くなる。
「一本は、人体に投与して効果を確認してほしいとのことです。彼自身はすでに投与済みで、健康状態は極めて良好だと」
ウォーレンは顔を覆いたくなった。
未知の薬で、自分自身を最初の治験者にする男。
「こいつは、自分の身体で治験をしたのか?」
「本人には、その危険性の認識すら薄いようでした」
「そして、もう一本は」
マーサーはエレノアを見た。
「ノア・マクドウェルに使用してほしい、と」
空気が一変した。
大統領の顔から余裕が消え、エレノアの表情が完全に凍りついた。
「……何?」
「工藤本人とマクドウェル家に接点は?」
「確認できません」
「ではなぜ?」
「彼の説明では、『雇い主がノア・マクドウェルを気にかけている』と」
雇い主。
初耳の単語に、オーバル・オフィスの緊張感が最高潮に達する。
誰だ。組織か。外国政府か。人間以外の存在か。
マーサーは首を振った。
「すべて不明です。彼自身も全貌は分かっていない様子でした。ただ『若い子が病気なら可哀想だから、使ってあげてほしい』と。それだけです」
エレノアが手元の端末を操作し、ノア・マクドウェルの極秘ファイルを表示する。
17歳。劇症型ALS。
タイタン・グループの総帥、アーサーの唯一の孫であり、人工呼吸器に繋がれ、眼球運動しかできない状態の少年。
もしこの薬が彼を治せば、アーサー・マクドウェルにとって工藤は、唯一の孫の命を救った恩人になる。
タイタン・グループと工藤創一を結ぶ、巨大な縁がここで生まれようとしていた。
ウォーレン大統領は、二本のキット、テラ・ノヴァの映像、工藤の写真、そしてノアのファイルを交互に見つめた。
「エレノア」
「はい」
「アーサー・マクドウェルへ連絡しろ」
「承知しました」
「それからNIHへ。人体投与に必要な準備を、最優先で始めさせろ」
ダグラスが懸念を示す。
「大統領。本当に進めますか?」
「ダグラス。我々は今日、ガレージの向こうに別の惑星があるところを見せられた」
ウォーレンはモニターのテラ・ノヴァを指差した。
「この男は、それを一か月で工業化し始めている。
……そんな人間が、薬の効き目程度のことで今さら嘘をつく理由を探す方が、難しくなってきた」
大統領は立ち上がった。
「同時に、工藤創一への『協力パッケージ』を作成しろ」
「どの程度の規模で?」
「白紙の小切手は渡さん。……だが」
大統領の瞳に、野心と畏怖が混ざり合った光が宿る。
「あの巨大油田と工場を見た後で、彼をただの民間人として扱えると思うほど、私は愚かではない。
国家の総力を挙げて、彼の『バックオフィス』を務めさせてもらおう」
◆
その頃。
テラ・ノヴァの夜空の下。
工藤創一は、アメリカ政府が自分を「国家史上最大級の戦略案件」として扱い始めたことなど露知らず、新しい組立機のラインを引くのに夢中になっていた。
「よーし! これで緑基板のラインは完璧だ!」
『マスター。アメリカ政府との初回接触について、不安はありませんか?』
イヴが脳内で尋ねる。
「ん?」
創一は少し考えた。
「ちゃんと話聞いてくれたし、驚いてはいたけど、いい人そうだったじゃん。これで色々と面倒な手続きはお任せできるな」
『……そうですか。彼らの胃痛が心配です』
「それより!」
創一は目を輝かせて、新しい技術ツリーを指差した。
「イヴ! 次、鉄道(Railway)あるぞ! 鉄道!
油田まで線路引いて、機関車走らせようぜ!」
世界の覇権国家が彼の存在に戦慄しているその瞬間。
当の本人の頭の中は、「自分の作ったマップに、どうやってカッコイイ貨物列車を走らせるか」でいっぱいだった。
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