自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ―United States Route―   作:パラレル・ゲーマー

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第7話 黒幕について説明したら、アメリカ政府がもっと混乱しました

 数日後。

 カリフォルニア州郊外、連邦政府の管理下にある軍の旧・航空基地跡地。

 人目を避けるように広がるその広大な施設の一部は、現在、突貫工事によって「テラ・ノヴァ前線物流基地」としての改装が進められていた。

 

 その一角に設けられた仮設のプレハブ棟。

 外部のネットワークから完全に物理遮断され、政府管理の暗号回線のみが通されたその会議室で、工藤創一はパソコンのモニターに向かっていた。

 

「……人、多くないです?」

 

 モニターに映し出された画面を見て、創一は思わず呟いた。

 画面は分割され、いくつもの顔が並んでいる。

 ウォーレン大統領、ダグラス首席補佐官、エレノア・バーンズCIA長官。それに先日直接会ったダニエル・マーサー。ここまでは分かる。

 だが、他にも制服に星をつけた国防総省(ペンタゴン)の将官たち、HHS(保健福祉省)やNIHの代表者、さらにはNASA系と思われる航空宇宙の専門家までが顔を揃えていた。

 

『君の持っているものを考えれば、これでもむしろ減らした方だ』

 

 画面の中央で、ウォーレン大統領が苦笑混じりに言った。

 

「マジですか。俺、ただの工場長なんですけど」

 

 創一は首をすくめた。

 彼としては「今、工場のラインの拡張をしていてあんまり長く離れたくない」と言ったのだが、アメリカ政府側から「どうしても確認しておきたいことがある」と強く請われて、このオンライン会議に応じたのだ。

 

『時間を取らせてすまない。

 今日は一つ、極めて重要なことについて確認したい』

 

 大統領の表情が引き締まる。

 

『君自身についてではない』

 

「?」

 

『君に、あの装置(キューブ)を送った者についてだ』

 

 その言葉が出た瞬間、画面の向こう側の空気が、一気に張り詰めたのが伝わってきた。

 出席者全員の視線が、モニター越しに創一へと突き刺さる。

 彼らが最も恐れ、そして最も知りたがっている「源流」の話だ。

 

「ああ、送り主ですか」

 

 創一は、あまりにも軽く答えた。

 エレノア・バーンズが画面越しに身を乗り出す。

 

『そうです。最初から、順番に説明してください』

 

「普通に家に届きましたよ」

「…………」

 

 画面の向こうが、一斉に無言になった。

 

『普通に?』

 ウォーレン大統領が、確認するように聞き返す。

 

「はい」

『宅配便で?』

「そうです。FedExとかUPSみたいな普通のやつで、ガレージの前にポンと置いてありました」

『それで?』

「宛名が自分だったんで、カッターで開けたら、銀色のキューブが入ってて」

 

『……触った』

「はい」

『なぜ』

 

「え、荷物だから?」

 

 完全な沈黙。

 国防総省の将官たちが、額を押さえているのが見える。

 マーサーだけが「この男はそういう男なのだ」と悟ったような、諦めの境地の顔をしていた。

 

「で、触ったらキューブが手に吸い込まれて、生体認証されて。俺がこのシステムの『管理者』になったみたいで」

『認証?』

 

 創一は、そこから事の経緯を説明し始めた。

 空間を裂いてゲートを開いたこと。インベントリ空間。クエストの発生。技術ツリーのアンロック。

 ツルハシでの手掘りから始まり、電動掘削機、製錬、自動化、石油精製に至るまで。

 

 ウォーレンは腕を組み、一つ一つの言葉を咀嚼するように聞いていた。

 

『なるほど。

 つまり君の認識では、突然届いた装置の指示(クエスト)に従っていたら、現実世界で“工場ゲーム”のようなことが始まった、と』

 

「そうですね!」

 

 創一は即答した。

 またしても、画面の向こうが沈黙に沈む。

 

『工場ゲームね……』

 

 ウォーレンは、少しだけ表情を緩めた。

 

『私はどちらかと言えば、Civ(シヴィライゼーション)派なんだがね』

「大統領?」

 

 隣のダグラスが、ギョッとして横を向く。

 

『何だ。大統領がゲームをしてはいかんという法律はないぞ』

「あ、Civやるんですか?」

 創一が嬉しそうに食いついた。

『若い頃にな。“もう1ターンだけ”と言いながら徹夜したよ』

 

 一瞬だけ、会議に親近感と緩い空気が流れた。

 だが、氷の長官がそれを許さない。

 

『大統領』

『分かっている。本題へ戻ろう』

 

 ウォーレンが咳払いをし、エレノアが進行を引き継ぐ。

 

『配送ラベルに記載されていた、送り主についてです』

「ああ、それですね」

 

 創一は、記憶を呼び起こしながら、はっきりと言った。

 

「《賢者・猫とKAMIと銀河帝国『日本国』の工場長》ですね」

 

 画面の向こう側。

 再びの、そして今までで最も深い沈黙が、各拠点を結ぶ暗号回線の向こうへ広がった。

 議事録をタイプしていたスタッフの手が、完全に止まった。

 

『……もう一度、お願いします』

 エレノアが、確認するように言った。

 

「賢者・猫とKAMIと銀河帝国『日本国』の工場長、です。長いですよね」

 

 ウォーレンが眉間を揉みながら尋ねる。

 

『それは……一つの名前なのか、それとも複数人なのか?』

「多分、複数だと思います。三人の連名みたいな感じで」

『多分?』

「はい」

 

 創一は、システムからのメッセージについて説明した。

 テクノロジーを解禁した時や、特定のクエストを達成した時。

 UIの片隅に、簡単なコメントや伝言(TIPS)が表示されることがあるのだ。

 

「文章だけじゃなくて、なんとなく『人物像』みたいなのも伝わってくるんですよ。チャットのアイコンみたいな感じで」

『映像ですか?』

「完全な動画じゃないですけど、イメージ付きのTIPSというか」

 

「《賢者・猫》は」

 創一は少し考えた。

「賢者っぽい、男の人ですね」

 

「…………」

 

『猫、ではないのですか?』

 ダグラスが尋ねる。

「いや、猫要素もあるというか……そこは俺にもよく分かりません」

『どういう意味だ』

「だから、俺にも分かんないですって」

 

 エレノアが手元の資料を見る。

『Sage Cat……文字通り訳せば、“賢者の猫”あるいは“賢者・猫”』

 

『猫なのか』

『人物なのか』

『称号なのか』

「そこは分かんないですねー」

 創一はあっけらかんと答える。

 

「次は《KAMI》ですね。こっちは女の人っぽいです」

 

『女性?』

「はい」

『日本語の“神(God)”ですか?』

「俺も最初、そう思いました」

 

 言語分析の担当者が画面の端で首を傾げている。

 KAMI。ローマ字表記。日本語なら、神。

 

『まさか、本当に“神”だと言うつもりじゃないだろうな』

 ウォーレンが訝しげに問う。

「さあ?」

 創一の軽い返事に、大統領は長いため息をついた。

 

『しかし、一番気になるのはこれだ』

 

 エレノアが、モニターに文字を映し出した。

 

『GALACTIC EMPIRE “JAPAN”』

 銀河帝国「日本国」。

 

 ウォーレンは長い沈黙の後、重々しく言った。

 

『……悪いが』

「はい」

『日本が、スター・ウォーズのような銀河帝国になったという報告は、まだCIAから受けていないぞ』

 

『私もありません』

 ダグラスが真顔で応じる。

 創一は思わず笑ってしまった。

 

「で、その銀河帝国日本国の『工場長』って人が、男ですね」

『どういう人物だ?』

 

 創一は少し考えてから、正直な感想を述べた。

 

「正直、あんまり頭良さそうな感じじゃないです」

 

「…………」

 

 全員が、なんとも言えない微妙な顔をした。

 エレノアの眉が、不快そうに微かに寄る。

 

『工藤さん』

「はい」

『我々は現在、その“あまり頭の良さそうではない男”が、我々の理解を三百年以上も超えるオーバーテクノロジーを君へ送りつけた可能性について、国家の命運を懸けて議論しているんだが』

 

「あー」

 創一は頭を掻いた。

「そう言われると、めちゃくちゃ怖いですね」

 

 だが、ウォーレン大統領の目は笑っていなかった。

 

『見た目や言動で評価するな』

「……はい」

 

『君ですら、我々の事前のプロファイリング評価とは全く違った』

 

 大統領の言葉の重みに、創一も少し居住まいを正した。

 

『超技術を玩具のように扱う存在なら、愚かに見えること自体が擬態かもしれない。我々を油断させるためにな』

『少なくとも、脅威評価上は最大限慎重に扱うべきです』

 エレノアが同意する。

 

『なお』

 エレノアは、CIAの分析結果を報告した。

『この三つの呼称について、我々の持つ通信情報・公開情報・機密情報を含めた全データベース、およびエシュロンを含む同盟国側の通信情報資産を照合しました』

 

「出ました?」

『ゼロです』

「マジで?」

『はい』

 

 Sage Cat。KAMI。Galactic Empire Japan。

 類似のワード自体はネットの海に大量に存在する。

 しかし、工藤の件と結びつくような、実在の組織・人物・通信履歴としての「有意な情報」は一件もない。

 

『少なくとも、既知の国家・企業・情報機関が使っているコードネームではありません』

 

『では、やはり地球外存在でしょうか』

 国防側の将官が、極めて真面目な顔で尋ねた。

 

 誰も笑わなかった。

 つい先日なら笑い話だった。だが今は、文字通り「別惑星へのゲート」をくぐったマーサーの証言と映像がある。

 未知の星。未知の薬。

 

『現段階では、その前提で考えた方が安全だろう』

 ウォーレンが結論づける。

 

「宇宙人ですかね?」

『君が一番聞くな』

 創一の暢気な疑問に、大統領がピシャリと返す。

 

『しかし、日本の要素が強すぎる』

 ダグラスが指摘した。

 Japanではなく、「日本国」。KAMI。賢者。

 

『日本政府が、我々の知らないところで銀河帝国を運営している可能性は?』

 半分冗談で言ったダグラスに、ウォーレンは冷たく返した。

『それなら、私の外交・諜報チームは全員クビだ』

 少しだけ笑いが漏れる。だが、すぐに真面目な空気に戻る。

 

『極端な仮説ですが、日本文明のルーツそのものに、地球外存在が関与していた可能性は?』

 国防側の意見に、創一は思わず声を上げた。

「えぇ……それは飛躍しすぎじゃないですか?」

『否定する材料が何一つないのが腹立たしいところだ』

 ウォーレンがため息をつく。

 

『日本政府への調査を強化しますか?』

 エレノアが尋ねた。

 

『強化はする。だが、騒ぐな』

 大統領は慎重だった。

『相手は同盟国だ。こちらには証拠がない。ましてや「あなたの国、実は銀河帝国と関係ありますか?」などと馬鹿げた質問はできない』

 

『では、通常の外交ルートから、少し探りを入れてみます』

 エレノアが提案する。

 技術、宇宙、未知の民間研究、特定の人物について。

 ただし、医療用キット、テラ・ノヴァ、銀河帝国という核心部分は一切出さない。

 

『ジャブ程度だ。相手の反応を見る』

 

 大統領は頷き、再び創一へと向き直った。

 

『それで、工藤さん』

「はい」

『この三者が、君へテラ・ノヴァの開発を命じた。そう理解していいのか?』

 

「うーん」

 創一は少し考えた。

 

「命令というより、ゲームの目標(クエスト)を渡されてる感じですね。

 採掘しろ、製錬しろ、電力を確保しろ、石油を掘れ、鉄道を引け。

 それに従って技術ツリーを進めてるだけで、俺自身が楽しんでやってることですから」

 

『なるほど。

 だが……それだけか?』

 

「あと時々」

『何だ?』

 

「工場長が、『誰々ちゃんとか、誰々君を助けた方がいい』って伝えてくるんですよね」

 

 エレノアの顔色が、完全に変わった。

 

『……人物を、名指しで?』

「はい」

 

『それで、ノア・マクドウェルか』

 ウォーレンの声が低くなる。

「そうです」

『君自身はノアを知らなかった』

「全然」

『なのに、相手は知っていた』

「そうなりますね」

 

 エレノアが手元のメモに激しく書き込む。

 これは重大な事実だ。

 工藤の背後にいる存在は、地球上の「特定個人の医療情報や状況」まで、正確に把握しているということになる。

 

『彼らは、何を目的としているのでしょう』

 エレノアが問う。

 

「知りません」

 創一は肩をすくめた。

 

『私にも分からん』

 ウォーレンも沈黙した。

 

『だが、少なくとも今までの行動を見る限り、我々に直接敵対してはいない』

 テラ・ノヴァのゲート。万能薬。ノアの救済。

 どちらかと言えば、地球人類に対する恩恵だ。

 だが、理由が不明だからこそ、怖い。

 

「あ」

 創一が、ふと思い出したように言った。

 全員に、嫌な予感が走る。

 

「あ、そうだ。サクラちゃんって子もいるんですよ」

 

『……誰だ?』

 ウォーレンが眉を寄せた。完全に初耳だ。

 

『その人物について、分かっていることを』

 エレノアが促す。

 

「日本にいる子です。名前はサクラちゃん。

 工場長からの指示で、俺が助けた方がいい救助対象だってことくらいしか、まだ分かってないですけど」

 

 アメリカ政府にとって、それは完全な初耳だった。

 

『つまり……ノア・マクドウェル以外にも、工場長が名指しした人間が存在する、と』

「はい」

 

 重い沈黙。

 これはヤバい。

 

「だから、その子にも医療用キットを一個持っていって助けたいんですよね」

 創一は悪びれずに言った。

 

『……事情は分かった』

 ウォーレンが頭を揉みながら答える。

『しかし、工藤さん。これは君が薬を一本、海外の病人の元へ送るだけの、美談で済む話ではない』

「?」

 

『考えてもみろ。我々アメリカ政府からすれば、同盟国とはいえ、日本という他国の領土へ、ALSすら完治させる未知のオーバーテクノロジーを持ち込むことになる。

 そんな話を、馬鹿正直に「神の薬を手に入れたので治療させてください」と日本政府へ言えるはずがないだろう』

 

「あー……それはそうですね」

 創一も納得した。

 

『だろう?』

 現時点で知っている人間を増やしたくないのだ。

 テラ・ノヴァ、ゲート、医療用キット、背後存在。

 どれもアメリカ合衆国としてのトップシークレットだ。日本は同盟国だが、だからこそ、情報の取り扱いには最大限の慎重さが求められる。

 

「あっ」

 創一が、また思い出したように声を上げた。

 全員がビクッとする。

 

『今度は何だ』

「俺、薬はいくらでも作れるみたいなこと、マーサーさんに言いましたけど」

 

 画面の端のマーサーが頷く。

「ええ、言いましたね」

 

「あれ、一応訂正があります」

 

 空気が少し緊張した。

 

『聞こう』

「作れはするんですけど」

 創一は、医療用キットのレシピを説明した。

「救急キット、木材、生魚。ここまでは地球でも手に入ります。

 でも、最後に『バイオマター(Biomatter)』っていうのが必要なんです」

 

『Biomatter?』

 HHSの官僚が聞き返す。

 

「はい」

『何です、それは?』

「バイター倒すと取れます」

 

 沈黙。

『…………もう少し、順序立てて説明してくれ』

 ウォーレンが懇願するように言った。

 

 創一は、テラ・ノヴァの敵性生物である「バイター」について説明した。

 工場の騒音や排煙に寄ってくること。酸を吐くこと。危険だが防衛タレットで撃退していること。

 そして、討伐した後にシステム処理可能な生体資源『バイオマター』が回収できること。

 

「たぶん、薬そのものの材料というより」

『医療用キットの生体再構築機構を成立させるための、活性化素材に近いと推定されます』

 イヴが横から補足する。

 

 政府側は理解した。

 つまり、工業製品としての筐体やナノマシンだけでは完成しない。

 異星由来の生体資源が、どうしても必要なのだ。

 

『……なるほど』

 ウォーレン大統領は、むしろ納得したように全員を見た。

 

『その方が、まだ道理が通る。

 無から無尽蔵に神の薬が生えてくるより、特殊な原料が必要だと言われた方が、我々には理解しやすい』

 

「そういうもんです?」

『そういうものだ』

 

 そこで、マーサーが少しだけ笑って尋ねた。

 

『では、“いくらでもあげる”というのは?』

「あ」

 創一はバツが悪そうに視線を泳がせた。

「あれ、ちょっと盛りました」

 

『…………』

 

「いや! 作れるのは本当ですよ! ただ、材料を集めるのが面倒だなってだけで!」

『マスター』

「はい」

『交渉では、最初にマウントを取るのでは?』

 

「そうだけど、今それ言う!?」

 創一はイヴに突っ込んだ。

 

 マーサーにとっては初めて聞く話だ。

 大統領も眉を上げる。

 

『マウント?』

「あー……」

 創一は、二本目を送った理由——量産可能性を匂わせることで、相手のペースを崩そうとしたこと——を正直に白状した。

 

「アメリカで学びました。交渉は最初に相手のペースを崩すのが大事だって!」

 

 沈黙。

 マーサーはゆっくりと頷いた。

 

『……なるほど』

 

 エレノアが創一を見た。

 

『工藤さん』

「はい」

『私はあなたのことを、少々誤解していたようです』

「お?」

『無自覚に我々を振り回しているだけだと』

 創一は「ほらな」と言わんばかりに、少しだけ胸を張った。

 

『なお、マスターには「どうせなら楽しみたい」という動機も存在しました』

 イヴが外部音声で暴露する。

「イヴ!」

『事実です』

 

 大統領が、思わず吹き出して笑った。

 

『……前言を一部撤回します』

 エレノアが冷たく言い直す。

「なんで!?」

 

 会議室に、僅かな笑いが入った。

 だが、エレノアはすぐに真面目な顔に戻った。

 

『ただし、量産可能性を意図的に示したという点は重要です』

 工藤は、完全な政治音痴ではない。彼なりの考えで交渉をしている。ウォーレンもそれを理解した。

 

『バイターを倒せば、バイオマターを入手できるのですね?』

 国防側の将官が、すぐに本題に入った。

 

「まあ、そうです」

 

『なら、兵を出そう』

 国防長官が宣言した。

 

「え?」

 創一は驚いた。

 

 現状、テラ・ノヴァへはCIA職員のマーサーが一名、短時間滞在しただけだ。

 資源。敵性生物。重要施設。ゲート。

 全てがある。

 さらに、バイターを倒せば戦略医療資源(バイオマター)が手に入る。

 ならば、米軍が現場の安全保障と資源確保を担当すべきなのは自明の理だった。

 

「マジで?」

 創一は歓喜した。

「ありがたいです! 工場守ってくれるし、バイター倒してくれるし、人手も増える! 最高ですね!」

 

 だが、彼はすぐに真顔になった。

 

「でも、普通の装備で行くのはやめた方がいいですよ」

『理由は?』

「バイター、酸吐くんで」

 

「…………酸?」

「はい」

 

 創一は、強酸性の体液や射出物、大型個体の群れについて説明した。

 現行の小銃弾が効くかは未確認だが、タレットの掃射でも耐える個体が出始めている。

 

「普通に死人が出ると思います」

 

 この一言で、会議の空気が静まり返った。

 

「だから」

 創一はインベントリからデータを取り出し、画面に送信した。

「今、ヘビーアーマーを量産してるんですよ」

 

『ヘビーアーマー?』

「これです」

 

 画面に映し出されたのは、総重量一〇〇キログラムを超える巨大な全身装甲。

 複合装甲、高出力ナノアクチュエータ、人工筋肉繊維、生命維持装置を内蔵し、着用者の筋肉の微細な動きをミリ秒単位で先読みして補助するため、その重量負荷をほぼ完全に相殺する。

 軍人たちの顔色が変わった。

 

『……これは、装甲服か?』

「多分。ゲームだとヘビーアーマーって名前なんで」

『性能は?』

「カタログ上だと、着れば重さはほとんど感じません。時速四〇キロ以上で走れて、三メートルくらいなら助走なしで跳べます。大口径の重火器も立ったまま撃てて、耐衝撃、耐酸、放射線遮蔽、自己修復付き。対戦車兵器の直撃もかなり平気みたいです」

 

「まず派遣する人には、これを着てもらった方がいいと思います。死なれると俺も寝覚めが悪いんで」

 創一は当たり前のように提案した。

 

『我々の兵士に、君の装備を?』

「はい」

 

 将官たちは極めて真剣に画面を見つめている。

『分かった。現地派遣前に、我々の手で装備試験を行わせてほしい』

「どうぞ」

『分解して構造を調べても?』

「壊さないなら」

『勝手に持ち帰ってリバースエンジニアリングしたりもしません』

 エレノアが保証する。

「それなら全然いいですよ」

 

 国防側の動きは早かった。

 当初は小隊、あるいは中隊規模を想定していた。

 しかし、未知の惑星、敵性生物、拠点防衛、資源地帯の確保、航空偵察、兵站、医療、検疫、通信。必要なピースが多すぎる。

 歩兵・警備、工兵、CBRN(化学・生物・放射性物質・核)対策、衛生、通信、無人機運用、整備、兵站、航空管制、科学支援、情報分析まで必要になる。

 

『中途半端にやるのはやめよう』

 少し考えた後、ウォーレンが国防長官を見た。

 

『最初から大隊規模で計画しろ』

 

「大隊?」

 創一が聞き返す。

『数百人規模だ』

 

「そんなに来てくれるんですか!?」

 創一は目を輝かせた。

 

『大統領。大隊規模となれば、完全な秘匿を長く維持するのは困難です』エレノアが静かに警告した。

『兵員本人だけではありません。家族、給与、輸送、補給、負傷者対応。動かす人数が増えるほど痕跡も増えます』

『分かっている』ウォーレンは即答した。『それでも、未知の惑星へ数十人だけ送り込み、事故が起きてから後悔するよりましだ。秘密より人命と現地の安定を優先する。必要な区画化と偽装は最大限やれ』――政府として最初の恒常的な地球外派遣部隊(タスクフォース)は、その前提で編成されることになった。

 

『その前に、周辺地形を把握したい』

 国防側の要請だ。

 衛星なし。地図なし。気象不明。敵の分布不明。

 創一の携帯スキャナーだけでは、軍事行動には情報が圧倒的に足りない。

 

『まずドローンや無人航空機を先行投入する。ゲートを通せるサイズのVTOLや固定翼機で、測量、赤外線、LiDAR、大気サンプリングを行う』

 

「おお、航空マッピング!」

 創一は完全にゲーム感覚で喜んだ。

 

『その後、有人ヘリや軽航空機、将来的には輸送機を分解して搬入し、現地で再組立する。基地周辺数百キロを航空走査し、安全圏を設定した上で、地上部隊を展開する』

 

「めちゃくちゃ助かります! 俺、遠くまで探索に行くの面倒だったんですよ!」

 

「…………」

 将官たちが無言になる。

『彼にとって我々の地球外軍事展開は、探索マップを埋める(FOGを晴らす)手段らしいな』

 ウォーレンが呆れたように言った。

『少なくとも、需要は完全に一致しています』

 ダグラスが肩をすくめる。

 

 ゲート防衛、バイオマター回収、異星調査、安全保障、工藤の保護。

 害虫駆除、マップ探索、工場警備、人手の確保、面倒の丸投げ。

 アメリカ軍と工藤創一の利害は、完全一致していた。

 

「あ、倒したバイターから出たバイオマターは」

 創一は念を押すように言った。

「ちゃんと回収してくださいね」

『当然だ』

「医療用キット作るんで」

 

『完成したキットの配分は?』

 国防長官が、少しだけ空気を変えて尋ねた。

 

「相談でいいんじゃないですか?」

 創一は軽く答える。

「俺だけで決めるの面倒だし」

 

「…………」

 まただ。

 最重要の戦略医療資源の配分基準まで、この男はバックオフィス(政府)へ丸投げしようとしている。

 エレノアは頭を押さえた。

 

『……分かった』

 だが、ウォーレン大統領はそれを受けた。

 

「いいんです?」

『そのための政府だ』

 

 大統領の格を見せる。

『誰を優先するか、どのような基準を作るか。そんな重い判断を君一人に背負わせる方が間違っている』

 

「……助かります」

 創一は少し驚き、素直に感謝した。

 

「あ、でも」

『何だ』

「サクラちゃんの一個だけは、確保してくださいね」

 

『分かっている。その一個については、君の判断を尊重する』

 これで、一般供給はアメリカ政府による制度化。工場長からの指定救助枠は「別枠」として綺麗に棲み分けができた。

 

『サクラについては、我々でまず身元と現在の状態を確認します』

 エレノアが引き取る。

『その上で、日本側への最小限の接触ルートを設計します』

 

「お願いします! 外交、全部任せます!」

『……本当に君は、遠慮というものがないな』

 ウォーレンがため息をつく。

「だってバックオフィスでしょ?」

 ダグラスが吹き出しそうになるのを必死に堪えていた。

 

 会議の終盤。

 エレノアが、もう一度確認した。

 

『工藤さん。彼ら……《賢者・猫》《KAMI》《銀河帝国「日本国」の工場長》から、直接危害を加えられたことは?』

「ないです」

『要求に逆らったことは?』

「そもそも強制されてないです」

『監視されている感覚は?』

 

 創一は少し考えた。

「……あるような、ないような」

 

 政府側にとって、またしても嫌な答えだった。

 

『当面、彼らは“敵”とは定義しない』

 ウォーレンが結論を出す。

『だが、味方とも定義しない。未知の地球外、あるいは文明外存在として扱う』

 

『暫定コードネームが必要ですね』

 エレノアが提案する。

『“THE SENDERS(送り主たち)”でいい』

 大統領が即決する。

「送り主?」

『君がそう呼んでいるんだ。それで十分だ』

 

『では、米軍の先遣隊編成を開始する。航空走査、検疫、拠点防衛、バイター対策。大隊規模の恒常派遣を前提に計画を作れ』

『Yes, Mr. President.』

 国防側の将官たちが一斉に答える。

 

「よろしくお願いします!」

 創一は満面の笑顔だ。

 

『工藤さん』

「はい」

『我々は、人類史上初めて、別の惑星へ正規軍を送り込もうとしている』

「はい」

『もう少し、緊張してもいいんだぞ』

 

 創一は考えた。

「でも、工場の警備してくれるんですよね?」

『……そうだ』

「じゃあ、ありがたいです!」

 

 ウォーレンは、深いため息と共に会議を終えた。

 

  ◆

 数日後。

 政府が指定した、カリフォルニア州の新しいゲート拠点施設。

 

 巨大なハンガーには、『地球外環境への初期展開。敵性生物あり。高度な機密技術保護。政府最高機密』という必要最小限の説明を受けて選抜された米陸軍の兵士たちと、輸送車両、コンテナ、無人航空機、検疫装備、武器、科学機材、工兵資材がズラリと並んでいた。

 この数日間、米軍の試験班は創一から借り受けた『ヘビーアーマー』を徹底的に試験していた。総重量一〇〇キログラム超なのに着用者は「重さが消えた」と証言し、静止状態から時速四〇キロを超えて加速、助走なしで三メートル級の壁を跳び越え、着地衝撃すらほぼ感じない。十二・七ミリ級の重火器を立ったまま連射しても姿勢は崩れず、実弾を受けた複合装甲には傷らしい傷が残らず、対戦車兵器の直撃試験でも表面が焦げた程度で、微細な損傷は自己修復された。

 最終報告は『現行の歩兵用防護装備と比較する意味がありません。これは歩兵装備ではなく、歩兵の形をした装甲戦闘車両です』。ただし軍医からは別の警告も出た。完璧な空調、衝撃遮断、痛覚制限、身体能力の増幅によって、試験兵の一部が異常な全能感を示し、脱装後に強い喪失感を訴えたのだ。ハリントン中佐は派遣前、全部隊へ『装甲を信用しろ。だが、自分が不死身になったと思うな』と厳命していた。

 

 そして今、兵士たちの前には、創一が量産した『ヘビーアーマー』がズラリと並べられている。

 

「…………」

 派遣部隊を率いるマイケル・“マイク”・ハリントン中佐が、無言でアーマーを見つめる。

 

「これを着ろと?」

「はい!」

 創一が元気に答える。

「酸吐くんで!」

「…………酸?」

「はい!」

 

 ハリントン中佐には、嫌な予感しかしなかった。

 

 巨大なゲートが開く。

 紫の光の向こうに、テラ・ノヴァの大地が見える。

 

 ハリントン中佐が一歩を踏み出す。総重量一〇〇キログラムを超える装甲を着ているとは思えない、あまりにも自然で軽い足取りだった。

 続いて兵士たちが、次々と未知の惑星へと足を踏み入れていく。

 人類史上初の、組織的な地球外軍事派遣の瞬間だ。

 

「おおー! 人がいっぱい来た!」

 創一だけが、遠足にでも来たかのようなテンションで喜んでいる。

 米兵たちは極度の緊張状態だ。

 彼らからすれば、創一は「現地ガイドの民間人」にしか見えない。

 

 航空機材が搬入され、ドローンが展開される。

 プロペラが始動し、テラ・ノヴァの紫の空へと飛翔していく。

 モニターに、周辺の地形がどんどんマッピングされていく。

 

「うおおおお! マップが埋まってく!」

 創一が目を輝かせる。

 軍人たちは無言だ。

 

 ピピピピピ!

 

 突然、警報が鳴った。

 

「あ」

「何だ?」

 ハリントン中佐が声を上げる。

 遠方の荒野から、土煙が複数上がっているのが見える。

 

「バイター来ました」

 創一が軽く言う。

「数は?」

『推定三十二』

 イヴが正確に弾き出す。

 

 米兵たちにとっての、初戦だ。

 

「倒したら、死骸というかドロップ品、ちゃんと回収してくださいね!」

 創一が後ろから叫ぶ。

 

「なぜだ?」

 ハリントン中佐が訝しげに問う。

 

「万能薬の材料になるんで!」

 

「…………」

 米兵たちの動きが、一瞬ピタリと止まった。

 

 そして。

『全隊、聞いたな』

 ハリントン中佐が、無線の向こうで少し間を置いた。

 

『一匹も逃がすな』

 

 ヘビーアーマーに支えられた十二・七ミリ級の重火器が、一斉に持ち上がる。

 アメリカ軍の士気が、違う意味で頂点に達した瞬間だった。




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