ガンパレードマーチの前日譚。でもガンパレ要素スカスカ。
昔、理想郷で書いたやつです。眠らせておくのも何だったので。

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幻想の艦隊

 1945年。

 全世界規模で行われた人類同士の戦い、すなわち第二次世界大戦は、誰もが予測しえない形で終結を迎えた。

 地球と月の間、上空24万キロメートルに現れた『黒い月』。それに続く人類の天敵の出現である。

 人類の天敵。その名を幻獣と呼ぶ。

 神話の時代の獣たちの名前を与えられた、本来我々の世界にはありえない生物である。

 生殖をせず、口はなく、幻のように現れ、体に蓄えられた栄養が尽きるまで戦い、死んで幻に還る。

 ただ人を狩る、人類の天敵。

 人類は、それが何であるかを知る前に、そして人類同士の争いの決着を見る前に、自らの生存のための戦いを余儀なくされた。

 

 

 それから50年。

 戦いはまだ続いている。

 

 

 1997年。

 ユーラシア大陸失陥。

 朝鮮半島の仁川にて行われた会戦は人類側の敗北に終わり、4000万以上の死者を残して、人類はユーラシアの地から絶滅した。

 翌1998年。

 大陸を制した幻獣は、日本への上陸を開始。

 これに対し、人類側は陸上自衛軍のほぼ全力にあたる48万を動員。九州中部にて激突する。

 八代会戦。

 後にその名で呼ばれた会戦は、人類の戦術的勝利と将兵の半数以上を失う歴史的大敗によって幕を下ろす。

 しかしその裏側で、民間人死傷者が意外なまでに少なかった事実に気が付くものはいなかった。

 

 この短い物語は、そんな出来事のさらに裏側を舞台に展開される。

 

 

幻想の艦隊―高機動幻想ガンパレードマーチより―

 

 

 長崎県沖、北緯30度43分、東経128度04分。海底。

 

 

 それは巨大な鉄屑だった。

 全長263mの巨体を海底に埋もれさせ、勇壮な装甲は錆と堆積物を貼り付け、艦橋は曲がり、砲は失われ、船体すらも二つに折れている。

 水底に眠る鋼の死体。彼女の名前を、大和と言う。

 かつて、大艦巨砲主義全盛の時代に建造された大日本帝国海軍最大の戦艦。

 敵の砲撃をその装甲で弾き返し、世界最大最強の威力を誇る46cm砲9門で敵戦艦を撃滅する。

 

 最強たれ。

 

 その願いとともに建造された海に浮かぶ鋼の城砦。それは海に浮かぶ母国の矛であり、そして最後の盾だった。

 しかし彼女が海に現れた時、時代は既に戦艦から航空機へと移り変わっていた。

 

 

 1944年。

 武蔵と名づけられた彼女の妹は、12時間に及ぶ激戦の果て航空魚雷の飽和攻撃によって海に沈む。

 それは図らずも、同型艦である大和の弱点をさらす結果にもなった。

 

 1945年。

 大陸を失陥し、連日の戦略爆撃によって継戦能力の大半を失った日本軍は、残された物資をもって前代未聞の作戦行動に移る。

 すなわち菊水一号作戦。

 敵軍に占領された沖縄に対し、戦艦による強行突撃を敢行する艦隊特攻作戦だった。

 結果は、今の彼女が告げている。

 一機の護衛機もなく進発した大和は、無数の航空機によって航空魚雷攻撃を受け、そして沈んだ。

 船体は真っ二つに折れ、世界最大の主砲は脱落し、多くの乗員を英霊にして、彼女の体は海中に没していく。

 そして同年夏。

 ユーラシア中部に出現した幻獣に対し、決着を急ぐ人類は大和の母国に対して原子爆弾を投下。

 東京、広島、長崎。

 彼女の母港である呉をも巻き込んで、人類同士の戦争は終わりを告げた。

 

 そして50年。

 

 彼女の親である日本人は勇敢だった。

 多くの戦友たちは、敗戦の絶望に休息を得る間もなく、人類の天敵と戦うために再び大陸の土を踏むことになる。

 

 同胞を守るのだ。

 

 それはかつて陸軍と呼ばれた組織の将校が、掛け値なしの本心から口にした言葉である。

 大陸の人間から侵略者と蔑まれ、補給の優先度を下げられ飢えながらも、彼らは戦いを止めなかった。

 

 贖罪のつもりか。

 

 それを問うた外国人の将兵に、彼らは口をそろえたように違うと答えた。

 先の言葉を放った将校の語る同胞が、人類全体を指していたのか、あるいは日本人だけを示していたのか、今は知る術が無い。

 しかし彼らの血と命は、失われていた日本の信頼を取り戻し、後に未曾有の大復興を遂げる故国の原動力となった。

 廃墟になった大和の生まれ故郷も再興され、そこでは今も彼女の妹たちが生み出されている。

 

 だがそんな極東の国にも、ついには人類の天敵の手が届いたのである。

 

 海上を、赤い瞳の化け物たちが群れを成して駆けて行く。それは100を超え、1000を超え、ついには1400万を数えた。

 その中でもひときわ巨大な、1kmに達しようとする者ども。

 人類の言葉を借りるなら大型幻獣は、無数の小型と中型の幻獣を満載にして東シナ海を日本海を横切って、本土へと向かう。

 それは早すぎる侵攻だった。

 両手で抱えられるだけの人々を連れて大陸から後退してきた海上自衛軍……大和の後輩たち。

 現代の防人たるべき彼、あるいは彼女らに、今まさに迫る脅威を討ち払う力は無い。

 故に制海権を奪われた日本本土は、大陸より押し寄せる幻獣の群れによって蹂躙されるだろう。

 

 悔しいか。

 

 誰かが聞いた。

 それは男のようであり、あるいは女のようであり、懐かしくまた初めて聞くような声だった。

 

 お前の守るべきものが、お前の戦友が守ったものが、今再び踏み荒らされる。

 

 海底で、鋼の巨体が軋む。悲鳴を上げるようにして。

 

 悔しいか、大和っ。

 

 絶叫が、46cmの主砲の発砲音よりも巨大な絶叫が、海底の闇を通して鳴り響いた。

 青い光が逆巻いて、二つに割れた船体を照らし上げる。

 青、青、青、青、青……無数の青い光の粒が、大和の体にまとわり付くようにして瞬いていた。

 巨大な船体が、軋みを上げて浮上する。

 船室から水を吐き出し、剥がれた装甲が張り替えられ、主砲が副砲が対空機銃座が復元されていった。

 否。それは幻である。

 しかして対する敵も幻であるならば、幻の戦艦で立ち向かえぬ道理は無い。

 完全に浮上を終えた大和の巨躯を、洋上の月が何十年かぶりに照らし上げる。

 艦橋が、煙突が立ち上がり、全てが往時の姿を取り戻すと、大和を癒した青い光の粒は、役目を終えたようにふわりとその場を離れて行った。

 

 彼らが完全に見えなくなると、大和は一人、月下の洋上に取り残された。

 

 船は動かない。それは幻だったが、人の手がなくてはどうして船が進もうか。

 砲手は何処だ、機関員に甲板員、私を守る機銃手は、私を動かす操舵手は、いったい何処に行ってしまったのだ。

 答えてくれる参謀も、断を下す艦長も、彼女の艦橋にはいなかった。

 大和は、泣いた。

 

 

一方その頃

 

 

 広島県は呉市で雑貨屋を営む老人は、ふと夜半に起き出すと窓を開けて空を見上げた。

 随分と懐かしい夢を見ていた。50年は前のことだ。

 当時の老人は青年で、大きな船に乗っていた。それはそれは勇壮な船で、絶対に沈まぬと言われて無邪気に信じていたことを思い出す。

 船室で同期と語り合い、時告げのラッパに気付かず上司に怒られる。

 それが青年だった老人の青春であり、いつしか船は沈み、青年だった彼は壮年に、そして老人へと時はうつろっていく。

 それでも当時の夢を見るたびに、老人の心は青年の時代に還って行った。

 あの、懐かしい大和に。

 

「うん?」

 

 その時、窓の外から軽快な音が聞こえてきた。

 またぞろ喧しい暴走族でも現れたのかと眉をひそめる老人だったが、一瞬の後にはその表情が一変していた。

 年老いて、衰えて、耳が遠くなれども、その音を聞き間違えるはずはない。

 

「行かなくては」

 

 鼓膜を震わせる起床ラッパの音を胸に、老人の心と魂は、青年の姿のままに青い光に溶け込んで行った。

 

 

一方その頃 了

 

 

「合戦用意」

 

 それは誰の声だったか。大和の艦橋に響いた低く、それでいてよく通る声は。

 

「了解。合戦用ぉー意」

 

 それは誰の声だったか。263mの船体を、その艦首から船尾まで震わせるような声は。

 慌ただしく甲板を駆け回り、機銃座に座り、機関室の空間に響く人々の声は。

 誰だろう。眠っていた機関に火を入れたのは。

 3000を超える乗員たちは、一体、誰なのだろう。

 

「全艦に通達。……我らが祖国の興廃、この一戦にあり。各員、一層奮励努力せよ」

 

 タレ目の提督が帽子を正しながら告げると、大和の艦尾に一枚の旗がはためいた。

 見るものの無き旗に、受けるものの居ない無電に、しかし無数の返信が殺到して大和の電信が飽和した。

 彼女の背後から巨大な船影が姿を現し、併走を始める。世界に戦艦は多々あれど、大和に及ぶ船など一隻しかない。

 振り向けば、そこには武蔵が居た。

 それだけではない。扶桑が、伊勢が、赤城が、最上が、陽炎が……艦種を問わず、大和の戦友たちがそこに集結していた。

 

 波頭を蹴立てて進軍する幻の艦隊は、目前に迫る幻獣に筒先を向けて突進を開始する。

 

 乗員の誰もが、迷うことなく前だけを見つめていた。我ら祖国の盾なりと。

 その日、旧大日本帝国海軍連合艦隊は、今度こそ日本を守るためと砲撃戦を開始。大型幻獣を多数含む敵戦力を撃滅すると、夜明けと共にその姿を消した。

 幻であるならば、夢であるならば、その幻想の艦隊が夜の終わりと共に姿を消すは道理だったのである。

 奇しくも彼女たちが最後に見た光景は、船尾に掲げた白い旗と同じものであった。

 

 

 ―――この海戦によって、人類は民間人の非戦区域撤退を実行しうる貴重で何物にも代えがたい時間を手に入れた。

 その事実を日本本土に居る者が知るのは、しかしずっと未来の話になる。

 

 

幻想の艦隊 了

 

 

……。

 

………。

 

一方その頃

 

 呉市の公園で、一隻の船が主砲の砲塔を旋回させていた。その筒先は、海戦が行われている海域に向いて動かない。

 長い長い軍務を終えて、故郷の大地に根を下ろした海の古強者は、戦友の咆哮にもう一度だけ戦う決心をした。

 

 翌日、記念艦「長門」と「雪風」の砲塔が勝手に動いたことは、地方紙を大いに賑わせることになるのだが、元海軍の老人がその記事にほくそ笑んでいた事実は、彼の妻以外に知られることは終生ないのだった。

 

 



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