時計は深夜の2時を指している。
外は真っ暗だし、とても静かだ。
そんな夜を過ごしていると世界に自分だけしかいなくなってしまったような感覚に陥る。
昔はそれが怖かったけど、今はそんな時間が好きだ。
魔導書を読んで、実験に没頭する。ほとんど失敗してしまうけど、たまに上手くいくこともある。
あれこれ考えているうちに、気づけば朝日が昇っていることも珍しくはなかった。
登ってくる朝日を見ながらベッドに入る。
まどろみながら、朝のあたたかな光を浴びる。
暗闇に一人だった私を世界が包み込んでくれるような気がした。
とても心地が良くて、何とも言えない安心感を覚える。
そうしてるといつの間にか眠りについているんだ。
ありふれたものだが、かけがえのない時間。
けど、今日だけは違う。いや、今日からは違う。
私は人間をやめた。真の意味で、世界に一人となってしまったんだ。
外はいつも通りだ。
静かな夜が続いている。
異変が起こるわけでもない。
何かと事件が起こりやすい幻想郷といえど、毎日そんなことが起こるわけじゃない。
大抵はいつもと変わらない日々が進んでいく。
日常ってやつだ。
今日も例外じゃない。
一人の人間が魔法使いになった。
ただ、それだけだ。
世界が変だからか、私が変だからかは知らんが、こうして生きてるとくだらない思いつきや悩みが色々出てくるもんだ。
けど、結局人生とは何を考え、何をするか。その繰り返しでしかない。
もっと言えば、何をするか。これだけだ。
……あ、もう人生ではないな。言うなれば妖生か。
まあ、私が人間をやめたのもそんなくだらない思いつきの一つってことだ。
正直まだ実感は湧かない。
湧くわけもない。
見た目も感覚も何も変わっちゃいないんだから。
私は私だ。霧雨魔理沙そのものだ。
……そう思っている。
それでも何かが引っかかる。
言葉にはできない。けど、何かが引っかかる。
試しに、頬を強くつねってみる。
痛い。
普通に痛い。
やらなければよかった。
赤くなった頬を撫でながら椅子に腰掛ける。
すると、昨日作ったシチューが鍋に残っているのが目に入った。
腹は減ってない。
けど、なんとなく口に運ぶ。
…美味い。流石は私だ。
変わりはない、いつもの生活。いつもの自分。
そうやって自分に言い聞かせてはいるものの、どこか気分は晴れない。
しばらく悶々としていたが、やりきれなくなってベッドに倒れ込む。
倒れ込んだベッドは埃っぽく、感触もいつも通り。
胸の鼓動も静かだ。
……ただ、その心音がなんだか機械的に聞こえる。
ひどく冷たい。
嫌な気分だ。
体まで冷えていくような気がする。
けれど、それはどこか懐かしさもあった。
こんなにも冷たいのはあの時以来だろうか。
それは小さな頃、まだ実家…霧雨店に住んでいた時。
周りと比べたらよっぽど裕福だったと思う。
何か困るようなこともなかった。
はたからみれば何の不満もない暮らし。
親と喧嘩ぐらいはしたが、幸せってのはこんなところだろうなと思ってた。
ただ。
どこか窮屈で、冷たくて、苦しかった。
なんでかは分からなかった。
やりたいことも、やるべきことも特にない。
時間を浪費する毎日。
有名な「霧雨店」の一人娘として見られることはあっても、「霧雨魔理沙」が見られることはなかった。
私という存在はなんなんだろう。
いくら考えても、答えが返ってくることはない。
答えも、存在価値も、どこにもないようだった。
そんなこと考えてもどうにもならないことぐらい分かってる。
それでも思考は止まらない。
何かしなければいけない。
暇つぶしの道具でも探そうと蔵に行く。
何せ道具屋だ。嫌になるほど物が溢れている。
蔵なんざガラクタしかないことは分かっていたが、それでも何かしないと凍り付いてしまいそうだった。
案の定何かあるわけでもなかった。
一冊の本を除いて。
蔵の中でも隅も隅。
埃の被った薄汚い本。
何の本かもわからない。売り物にすらならなそうだ。
一度目に入っただけ。なんて事はない。
けど、妙に気になった。
手に取ってみる。
全く分からない。
日本語どころか英語ですらないことだけは分かった。
幸いなことに絵もそこそこ入っていたので、しばらくかけて眺めていると、なんとなく理解できた。
それが魔導書だということを。
そこから中身を理解するのには更に時間がかかった。1年はかかったかな。
そして。
初めて魔法を使えた。
今の私からすると笑ってしまうほどのもの。
初級も初級。軽い火を放つ魔法だ。
魔法と呼ぶことすら躊躇うほどの。
時間にしたら僅か数秒。
それでも理屈じゃなかった。
その光はあまりにも眩しくて。カッコよくて。ただ綺麗で。
私の心を溶かすには充分すぎる光だった。
ハマらないわけはなかった。
あっという間に、私は魔法の虜にされた。
魔法を知って、世界が広がった。
やりたいことができた。
何もなかった私に、夢ができたんだ。
魔法は面白い。
いくら時間があっても足りないぐらいだ。
だからこそ。
人の身の限界。それを感じない日はなかった。
1個分かっても10個の分からないことが出てくる。
最初は楽しかったさ。
今日分からなくても、明日分かれば良い。明日分からなくても、明後日がある。
いつからだろう。
明日が来ることより、残りの時間を数えるようになってしまったのは。
魔法はあまりにも広く、深い。
一生かけてもどこまで行けるか分からない。
人の時間は有限だ。
それが、たまらなく怖かった。
そんな時、研究を進めているうちに、私でも魔法使いになれることを知った。
なんでも魔法使いは寿命がないんだと。ずっと魔法の勉強ができると。そう書いてあった。
嬉しかった。やらない理由なんてなかった。
もちろん簡単なことじゃなかった。
何年も勉強と実験を繰り返す。
失敗、失敗、失敗。
それでもやる。
失敗、失敗、失敗。
めげない。
失敗、失敗、失敗。
もう一度。
失敗、失敗、失敗。
失敗して失敗して失敗して失敗して失敗して。
数える気すら起きない失敗の先に一つの成功があった。
天井を見つめていると、なんだか急に現実味が湧いてきた。
もう人間ではないんだと改めて突きつけられた気分だ。
気づけば時計の針は4時を回っていた。
「魔法使いになる魔法」は今までで一番難しい魔法だった。
出来た時はそりゃ嬉しかった。これで更に研究ができる。やりたいことはいくらでもある。
そうしてやっと掴んだ夢のはず。
でも、あの時の高揚がない。
やってることは比べ物にならないはずだ。
なのに、私はなんでまた冷たいんだ。
あいつなら…霊夢ならこうはならないんだろう。しれっと動いてそのまま上手くいってしまう。そんな奴だ。
月の異変のとき、私はあいつと戦った。
その時、気づいた。
目が違う。
雰囲気が違う。
仕草が違う。
振る舞いが違う。
何が違うのか、上手く言葉にはできなかった。ただ、私とは決定的に違う。
そう思った。
敵にした時の霊夢は本当に恐ろしかった。勝てる気がしなかった。
弾幕ごっこの中でさえ。
これが「本番」だったらどうなってしまうんだ。
私が魔法使いになったと知れたら、あいつのことだから容赦なく退治しに来る。長年の付き合いがあろうが関係ない。
その時、私はどうするんだろう。
戦うのか?情けないが想像ができない。
もし勝ったとしてもそれで嬉しいのか?わからない。
私が人間かどうかにこだわるのには、理由がある。
幻想郷にある禁忌の一つだ。
「人間の妖怪化を禁ずる」
シンプルかつ明快だ。
幻想郷を維持するという意味では、正しい。
妖怪は人間を襲う。
けれど、妖怪は人間がいなければ存在できない。
人間が妖怪になれば人間は減る。
人間がいなくなれば妖怪だって生きてはいけない。
共生関係……なんだろうか。
一方的な気もするが。
ともかく。
私は、そのルールを破った。
こんなことする奴なんて、早々いない。
私が知ってるのも一人だけだ。
なんて名前だっけかな。たしか易者とか言ったか。
「妖怪に管理されるのが嫌だった」という大層な理由で人間を辞めたらしい。
そいつは霊夢に真っ二つにされて退治されたと聞く。
怖い話だ。
私も馬鹿じゃない。知らなかったわけじゃない。先に何が待っているのかは分かってた。
それでも私が考えた。私が行動した。
後悔はしていない。
遅かれ早かれ、いずれこうなっていたと思う。
そもそも私は何も変わってはいない。言わなきゃ気付かれない自信もある。
それでも…何か取り返しのつかないことをしてしまったような感覚が、頭から抜けない。
いくら考えても、答えは出なかった。
時計の針だけが、ただ回っていく。
いつの間にか夜が明けている。
朝日はもう、私を包んではくれなかった。
読んでくださる方が居たらとても嬉しい限りです。
そもそも小説を書くという行為が初めてだったんですが楽しいものでした。何万文字も書かれている方は本当に凄いと思います。素直に尊敬ものです。
追記:見れば見るほど文章の粗が目立って改変を加えています。楽しいと同時に恥ずかしい気持ちがありますw