とにかく、小説を書くと言うのは難しいものですね。
時間はただただ過ぎていく。
そこだけは変わらない。
何が変わっても。
窓から朝日が差し込んでくる。
光が目に染みる。眩しい。
いつの間にか夜が明けたようだ。
立ち止まる私を置いて行くかのように時計の針は進んでいく。
森の朝は、あまり朝らしくない。
木々に遮られているせいで薄暗いし、湿った空気には瘴気が混じっている。
天気予報があるとすれば年中曇りだろうな。
ここに住み始めた頃は、このじめじめした空気がどうにも好きになれなかった。
ベタベタするし、息苦しいし、そもそも人間が住むような場所じゃない。
それでも、長く住んでいれば慣れてくる。馴染んでいくもんだ。人間ってすごい。
いわゆる「朝らしい朝」も私の性に合わないし、元々こっち向きだったのかもしれん。
……とはいえ、瘴気の濃さには未だに参ってしまうことがある。今もそうだ。
やる気はある。やらなきゃいけないことも分かっている。
なのに、気分が沈む。どうにも手につかない。
全部瘴気が悪いんだ。
別にそのままだらけてしまってもいいんだが、なんか負けた気がしてムカつく。
何に負けるのかは分からんが。
霊夢なら寝そうだな。
あいにく私にそんな暇はない。
まあ、このまま机に向かっても何も進まないことぐらいは分かる。
そんな時はいつも朝日を見に行くことにしていた。
それは、目を閉じれば今でもありありと浮かんでくる光景。
まだ微妙に暗い早朝。
夜と朝が泥のように混ざった、境界のような時間。
たいてい行き詰まるのはそのぐらいなんだ。
ドアを開けるとヒヤッとした空気が頬をかすめる。
深く息を吸って、吐く。
沈んだ気分と入れ替わるように、冷気が私を満たしていく。
木々の揺れる音と、私の呼吸だけが世界だ。
嫌いじゃない。
静かな時間。私だけの時間。
そばに置いてあった箒にまたがる。
実は無くても飛べはする。けど、私は形から入るタイプなんだ。魔女といえば箒だろう。
箒に魔力を込める。
いつものように、体がふわりと浮いた。
何回も繰り返してきた動きだが、飛ぶのは未だに楽しい。
そして地上に別れを告げるように、空へ昇っていく。
時間にしちゃ数秒もかからずに森から放たれる。
ようやく、私を縛るものはなくなるんだ。
何もない空は気持ちいい。
風を感じながら、ただ地平線をぼうっと眺める。
やがて夜が終わり、森は朝焼けに染まる。
あれを言葉にするのは難しい。
そうだな。「初めて」を思い出すような、そんな光だ。
朝日は広がっていく。
家を、森を、人里を、神社を、幻想郷を、そして私を包んでいく。
変わらない光。
空から見ても。
窓から見ても。
そのはずなのに。
真っ直ぐ見ることができない。
なんだか叱られているようで。
ああ、くそっ。
悪いことなんざ何もしていないのに。
日が照らせば影ができる。
強い光ほど、影も濃くなる。
二度と戻ってこない。
朝日の暖かさも。冷たい心地よさも。
影が囁いた気がした。
分かってる。気にすることはない。
別に些細なことさ。
それでも……
言葉は出てくる。
だが、答えは見つからない。
影は絡みついてくる。
思考が溶けていく。
頭を振って無理矢理影を追い払う。
いかんな。人間、睡眠不足だとロクなことを考えないもんだ。
こんな時は寝るに限る。
とりあえず起きてから考えよう。
せめてもと、ベッドの上のカーテンを閉める。
あの暗闇が帰ってくる。
今はなんだかそれが落ち着く。
すると、閉め方が甘かったのか、カーテンの隙間から光が差し込んできた。
またくだらないことを考えてしまいそうだ。
逃げるようにベッドに入り、目をつむる。
眠れないんじゃないかと思ったが、すぐに眠気が襲ってきた。
どうやら睡魔様には人間だろうと妖怪だろうと勝てないらしい。
そのまま、私の意識はまどろみの中に落ちていった。
落ちる。落ちる。
どこまでも落ちる。
何も見えない。
何も聞こえない。
動けない。
ただ、落ちる。
支えはなくて。
足を踏み外した時みたいな、嫌な浮遊感。
じっとりとした汗が滲む。
不安に食べられる。
ずっと続くのは嫌だなあ。
落ちる先には大きな穴が見えた。
私を飲み込もうとしている。
腹を空かせた怪物のようだ。
逆らうこともない。
まあ、逆らえもしないんだがな。
案の定というべきか、吸い込まれるように入っていく。
せっかくだし、何があるのかちょっと期待してやる。
面白い本でもあったらありがたい。
相変わらず落ちる。
まだ先は見えない。
もし、ずっと落ち続ける人がいたとしたらどうなるんだろう。
最初は苦しいだろう。ただ落ちるのが楽しいわけもない。
けど、いずれは落ち続けるのにも慣れて、落ちながら寝たりできるもんなのかな。
もしかしたら空も飛べるようになるかもしれん。
まあ、どうやったらそんなこと起きるんだって話だが。
ああ、紫のスキマでも使えばいけなくもないか。
そんなことを考えていると、光が見えてきた。どうやら出口らしい。
ぽんとどこか間抜けな音を立てて穴から抜ける。
急に眩しい。
少しして、視界が戻ってきた。
ここは…
霧雨店だ。
私の実家。
そして、そこには当たり前のように私がいた。
今の私より1回りは小さい。
ただでさえ背が低い方だというのにこれ以上縮んだらたまったもんではないな。
やることもないのでしばらく眺めてみる。
年季の入った店の看板、近所の甘味処、何に使うのかよく分からない品々、それを嬉しそうに買っていく客。
あの頃のままだ。
ただ過ぎていく日常。変わらない日々。
誰に言われたわけでもない。
なんとなく、わかった。
あれは魔法に出会わなかった私だ。
正直なんて可哀想なんだと思った。
だってそうだろ。私から魔法を取ったら何が残るんだ。
でも、違った。
彼女は日々を退屈だと捨てていなかった。
あの暮らしを悪いと思っていなかった。
親との折り合いは良くないみたいだが、それでも確かに笑っていた。
ありえたかもしれない私。
後悔でもない。羨ましさでもない。
ただ、何かが渦巻いた。
すると、そんな気持ちに応えるかのように突然渦が現れた。
渦はうねりをあげて大きくなっていき、すべてを巻き込んでいく。
気づけば、あの頃の風景も、親も、客も、自分もどきも全部吸い込まれてどこかに消えてしまった。
そして、渦は最後に残った私にも襲い掛かってきた。
避けようとしたが無駄だった。
視界が揺れる。気持ち悪い。
そして、私の意識はまた暗闇に落ちていった。
飛び上がるように目を覚ます。
背中に汗が貼りついて気持ち悪い。
あの夢が頭に浮かぶ。
私が私を見る。なんとも変な話だ。
……魔法を知らない私。
会話を交わしたわけじゃない。心を推し量ることはできない。
本当は疎ましく思っていたのかもしれない。
それでも、彼女は幸せそうだった。
私も、あんな風に笑えていたんだろうか。
時計は17時を指していた。
こんなに眠るつもりはなかったんだが……
思っていたよりも疲れていたらしい。最近ずっと実験と研究だけだったからかな。
目をこすりながらカーテンを開ける。
オレンジ色の光が部屋を染める。
普段なら適当な軽口が浮かんでくるところだが、今はとてもそんな気分になれなかった。
日は、落ちかけていた。
腹は減っていない。
他にやることも思いつかない。いや、やることは一つしかないんだ。
研究を進めることにする。準備をしなければ。
着替えもせず、机に向かう。
酷い有様だ。
本は天井まで届くかと思うほど積み上げられ、周りにはくしゃくしゃの紙くずが散乱している。奥にある試験管は実験で使った液体で溢れていた。
ギリギリ机としての体を保っているだけの悲惨な状態だ。
まずは片付けないと。
読んでくれた方、ありがとうございました。
前回の文章は公開から何度も手直しを加えたので全くの別物レベルになっています。
今回も何度修正を加えたかって感じです。
その世界の雰囲気とキャラの息遣いを感じてつい引き込まれてしまう、そんな小説を書いてみたいものです。