ジョジョ三部に転生したら、スタンドが魔虚羅だった 作:東京大特価
翌朝。
ナイル河を下る帆船の船尾から、朝の静けさにはあまり似つかわしくない声が響いていた。
『神代蓮司! 起きているなら返事をしろ!』
「起きてますよ」
『ならばこの箱を開けろ!』
「嫌です」
『即答するな!』
蓮司は木箱の前へしゃがみ込み、蓋を縛った縄に緩みがないことを確認した。
中には鞘へ戻したアヌビス神が入っている。刀と鞘ごと布を何重にも巻き、その上から箱へ収め、蓋まで縄で固定していた。昨夜から一度も開けていない。
刀身へ直接触れただけで自分の意識を奪った相手である。柄なら安全なのか、鞘越しならどうなのか、そのあたりもまだ分かっていない。
不用意に試す理由はなかった。
『私は囚人ではないぞ!』
「捕虜ではありますよね」
『同じようなものではないか!』
「じゃあ合ってるじゃないですか」
『そういう意味ではない!』
朝から元気だった。
昨日、自分の身体を完全に乗っ取ったスタンドと話しているというのに、箱越しだと妙に緊張感が薄れる。だからこそ、蓮司は意識して距離を取った。
「神代。遊んでねえで聞くことを聞け」
少し離れたところで、承太郎が帽子のつばを下げる。
「遊んでるつもりはないんですけど」
「そうは見えねえ」
蓮司は否定するのを諦め、木箱へ向き直った。
「じゃあ、まずDIOの居場所を知ってますか?」
『知らん』
あまりに早い返答に、蓮司は少し拍子抜けした。
「知らないんですか?」
『DIO様が部下の全員へ館の場所を教えると思うか。必要な者だけが呼ばれ、必要な時だけ案内される』
アヴドゥルが少し考えてから頷く。
「あり得る話だな。居場所を隠しているなら、配下にまで正確な情報を与えない方が安全だ」
「じゃあ、DIOのスタンド能力は?」
『それも知らん』
「本当に何も知らないじゃないですか」
『無礼な! 必要がなかっただけだ!』
「敵のボスについて一番知りたいところなんですけど」
『私は命じられた敵を斬ればよかった。それ以上を詮索する必要はない』
ポルナレフが呆れた顔で木箱を見る。
「神代。やっぱり河に捨てた方がよかったんじゃねえか?」
『貴様!』
「だって一番欲しい情報を何も知らねえじゃねえか!」
『知識だけが価値だと思うな! この私は戦えば戦うほど強くなるアヌビス神だぞ!』
「今は箱の中だけどな」
『出せば分かる!』
「だから出さねえんだよ!」
二人の言い争いを横に、蓮司は次の質問を考える。
DIO本人について知らないのなら、配下についてはどうか。
「エジプトにいるDIOの手下は?」
今度は返事が少し遅れた。
『全員を知っているわけではない』
「知ってる人は?」
『答えると思うか』
「さっきまでは普通に答えてたじゃないですか」
『あれは答えても困らんからだ!』
どうやら、何でも黙り込むわけではないらしい。
アヌビス神なりに、話しても問題ないことと、敵へ渡したくない情報を分けている。
ならば一度に全部聞き出そうとするより、普段の会話の中で反応を見た方がよさそうだった。
蓮司はそこで質問の方向を変えた。
「そういえば、昨日の俺の身体のことなんですけど」
箱の中が一瞬だけ静かになった。
『……何だ』
「チャカさんやカーンさんより、身体が動かしやすかったって言ったらしいですね」
『ああ、言ったな』
「どういう意味です?」
『そのままだ。私が動こうとした時、身体が遅れずについてきた。重心の移動も速い。斬った後に次の動作へ移る時も、妙な引っかかりがなかった』
「俺、剣術なんてほとんどやったことないですよ」
『知るか。だから私も妙だと言っている』
アヌビス神の声に、からかうような響きはなかった。
蓮司は包帯の巻かれた右手を軽く握る。
昨日の記憶は、刀身を掴んだところで途切れている。その後、自分の身体がどう動いていたのかは、他人から聞くしかない。
「何か理由、分かりません?」
『自分の身体のことを刀に聞くな』
「それもそうですね」
『……ただ』
「はい?」
『貴様、本当に何もやっていないのか?』
「何もって?」
『戦うための訓練だ』
蓮司は少し考えた。
「少なくとも、刀を使うようなものは」
『そうか』
それ以上、アヌビス神は何も言わなかった。
問いを残された側だけが、わずかに気になる。
◇
昼前、一行はルクソールへ入った。
そこでジョセフが道端に取り付けられた妙なコンセントへ何気なく触れたことから、その日の騒ぎは始まった。
最初はただ感電しただけに見えた。
ところが時間が経つにつれ、小銭や工具がジョセフの身体へ引き寄せられ始める。さらにアヴドゥルまで同じ術中にはまり、二人の周囲へ金属製品が次々と飛んでいった。
原因がスタンドだと分かる頃には、二人は敵本体らしい女を追って町の中へ走り出していた。
蓮司たちも後を追ったが、下手に近づけば飛来する金属を増やしかねない。しかもアヌビス神の本体は、どう見ても金属製の刀だった。
「これ持って近づかない方がいいですよね」
蓮司が木箱を見る。
『当然だ! 私まで巻き込むな!』
「自分もDIOの手下でしょう」
『だからといって味方の攻撃に巻き込まれていい理由にはならん!』
「味方ってことは、誰か知ってるんですか?」
『……』
返事が止まった。
蓮司は木箱を見下ろす。
「今の、ちょっと怪しいですね」
『何のことだ』
「相手を知ってるんじゃないですか?」
『知らん』
「じゃあ何で味方って」
『DIO様の手下なら味方に決まっているだろう!』
言い訳としては通っている。
ただ、声が少しだけ早口になった気がした。
結局、承太郎たちはジョセフとアヴドゥルから少し距離を取り、二人が敵を追うのを見守る形になった。
戦いそのものは長く続かなかった。
町中を走り回った末、ジョセフとアヴドゥルは磁力を利用して追い詰めてきた女を逆に挟み込み、倒して戻ってきた。
二人とも服は乱れ、あちこちに傷が増えていたが、歩けないほどではない。
「敵は?」
蓮司が尋ねる。
「倒した」
アヴドゥルが短く答えた。
「マライアという女じゃ。バステト女神のスタンド使いだった」
『……マライアか』
木箱から小さく声が漏れた。
その場にいた全員が箱を見る。
数秒遅れて、アヌビス神が何事もなかったように続けた。
『知らんな』
「今、名前呼びましたよね」
『聞き間違いだ』
「俺も聞いたぞ」
ポルナレフがすぐに口を挟む。
『貴様は黙っていろ!』
アヴドゥルが木箱の前へ立った。
「アヌビス神。マライアを知っているのか?」
沈黙が続く。
やがて、観念したような声が返った。
『……顔と名だけだ。同じDIO様に仕える者としてな』
「能力も?」
『詳しくは知らん。互いの能力をすべて教え合っていたわけではない』
「他の者も同じか?」
『そうだ。DIO様は必要以上の情報を与えん。それぞれが誰と戦い、どこに配置されているかまで私が知っているわけではない』
蓮司は少し考える。
館の場所も、DIOの能力も知らない。
しかし、配下の一部については顔と名前を知っている。
少なくとも今後現れる相手がDIOの手下かどうか、反応から判断できる可能性はある。
「捕まえておいた意味はありましたね」
「ほんの少しだけな」
ポルナレフはまだ不満そうだった。
『私を情報収集の道具のように扱うな!』
「刀でしょう」
『スタンドだ!』
「刀型の」
『そこを付け足すな!』
アヌビス神が怒鳴る一方で、ジョセフは少しだけ笑っていた。
「まったく役に立たんわけではなさそうじゃな」
「でしょう?」
「調子に乗るなよ神代。そいつが危険なのは変わらんからな」
「分かってます」
蓮司は答えながら、木箱の縄を確かめ直した。
話が通じることと、安全であることは別だ。
◇
敵を倒した後、一行は少し遅い昼食を取った。
アヌビス神の入った木箱は、誰も手を伸ばさないよう壁際へ置いてある。
食事の途中、不意に箱から声がした。
『一つ聞く』
全員がそちらを見る。
「誰にです?」
『ポルナレフ』
「俺?」
名指しされたポルナレフが嫌そうな顔をする。
『神代蓮司は、普段どのように戦う』
「何で俺に聞くんだよ」
『昨日こいつの身体を使った。妙に動きがいい理由が気になっただけだ』
「本人に聞けよ」
『本人が分からんと言っているから聞いている!』
理屈だけなら通っていた。
ポルナレフは少し考えてから、蓮司を見る。
「話していいのか?」
「別に隠すことでもないでしょう」
「なら……まあ、だいたい魔虚羅を前に出して戦うな」
『あのデカブツをか』
「ああ。神代は後ろから指示することが多い。敵の攻撃を受け止めさせたり、俺たちを庇わせたりな」
アヴドゥルも会話に加わる。
「魔虚羅には再生能力がある。それに、一度受けた現象へ適応する。未知のスタンド能力を相手にする時は、魔虚羅へ攻撃を受けさせて性質を探ることも多い」
『なるほどな』
「何だよ」
『いや。聞きたかっただけだ』
それきりアヌビス神は黙った。
蓮司は少し引っかかったものの、食事の途中でまで問い詰める気にはならなかった。
◇
夕方。
一行はその日の宿へ向かって歩いていた。
アヌビス神の木箱は、結局蓮司が抱えている。捕虜にしようと言い出したのが自分である以上、ずっと誰かへ押しつけておくのも違う気がした。
『揺らすな』
「普通に歩いてるだけです」
『もっと丁寧に運べ』
「この道でそれは無理ですよ」
石畳には細かな凹凸が多い。足を置くたび、腕の中の箱がわずかに上下する。
『貴様は私への敬意が足りん』
「昨日俺の身体を乗っ取った相手に敬意を要求されても」
『それとこれとは別だ!』
「別なんですか」
『当然だろう』
どういう理屈で当然なのか、さっぱり分からない。
蓮司がそのまま歩いていると、しばらくしてアヌビス神の方から再び声をかけてきた。
『神代蓮司』
「何です?」
『昼に聞いた話だ』
「ポルナレフさんたちから?」
『そうだ』
蓮司は少しだけ視線を落とした。
『貴様は普段、あの魔虚羅を前へ出し、自分自身が敵へ近づくことは少ないそうだな』
「そうですね」
『なぜだ』
「なぜって……その方が合理的だからですよ」
『合理的?』
「魔虚羅は攻撃を受けても再生できるし、特殊な能力にも適応できます。分からない攻撃なら、まずあいつに受けさせた方がいい。俺が生身で前へ出る意味はないでしょう」
『なるほど』
アヌビス神はあっさり納得したように返した。
だが、そこで話は終わらなかった。
『ならば、やはり妙だな』
「何がです?」
『昨日、私は貴様の身体を使った』
「それは聞きました」
『チャカもカーンも使った。これまでにも、多くの人間の身体を動かしてきた。だから分かる』
箱の中から聞こえる声が、少し低くなる。
『貴様の身体は戦いに向いている』
蓮司は眉を寄せた。
「朝も似たようなこと言ってましたよね」
『剣の扱いだけの話ではない。踏み込めば身体がすぐについてくる。攻撃を避けた後も姿勢が崩れにくい。身体の向きを変えれば、足も重心も自然についてくる。次の動きへ移る時、私が無理に身体を引っ張る必要がほとんどなかった』
「でも俺、そんな訓練をした覚えは――」
『だからこそ妙なのだ』
アヌビス神はそこで一度言葉を切った。
『それほど戦いへ馴染む身体を持つ者が、普段は自分から前へ出ないという』
「生身でスタンドと殴り合えって言われても困りますよ」
『そういう意味ではない』
即座に否定された。
『魔虚羅を使うなとも言っていない。あれを前へ出す理由も、昼の話を聞けば理解できる』
「じゃあ何が言いたいんです?」
『知らん』
「そこまで言っておいて?」
『私にも理由までは分からん。ただ――』
箱越しの声が、妙に真面目だった。
『貴様の身体と、貴様が選んでいる戦い方は、どうにも噛み合っていない』
蓮司は少し黙った。
言われてみても、やはり意味は分からない。
魔虚羅は自分より頑丈で、再生できて、適応もできる。ならば魔虚羅を前へ出した方が安全で効率がいい。
自分自身が敵へ突っ込む必要など、どこにもない。
「……考えすぎじゃないですか?」
『かもしれんな』
「じゃあ何で言ったんです?」
『気になったからだ』
「それだけ?」
『それだけだ』
あっさり返され、蓮司もそれ以上は聞かなかった。
少なくとも今のところ、自分の戦い方を変える理由は思いつかない。
アヌビス神の感じた違和感も、身体を乗っ取ったスタンドにしか分からない何か、という以上の意味はなかった。
今はまだ。
◇
宿が見え始めた頃、今度は蓮司の方から口を開いた。
「アヌビス神って、何でDIOに従ってるんです?」
『唐突だな』
「気になったので」
『……強いからだ』
「それだけですか?」
『それだけで十分だ』
返事には迷いがなかった。
『私は戦い、相手を憶え、さらに強くなる。だが長い間、ただの古い刀として扱われていた。DIO様は私をスタンドとして見抜き、この力の価値を認めた』
「それで従ってるんですか」
『それだけではない。あの方自身が圧倒的な強者だ。強い者に従うことの何が悪い』
蓮司は少し考える。
「別に悪いとは言ってませんよ」
『なら聞くな』
「ただ、思ったよりちゃんと理由があるんだなって」
『どういう意味だ』
「もっと単純に、DIOに言われたから従ってるだけかと思ってました」
『私を何だと思っている!』
「箱の中の刀」
『貴様ァ!』
少し前を歩いていたポルナレフが振り返る。
「お前ら、朝からずっとそれやってんな」
「尋問の一環です」
『どこがだ!』
「ほら、DIOに従う理由は聞けました」
「そのうち本当に仲良くなるんじゃねえのか?」
「それはないです」
『あり得ん!』
二人の返事が重なり、ポルナレフが嫌そうな顔をした。
「息だけは合ってきたな」
「やめてください」
『不愉快だ!』
◇
夜。
蓮司たちが宿へ入っていくのを、通りの向かい側から一人の男が見ていた。
観光客とも、地元の住人とも見分けのつかない、ごく普通の服装だった。
男は一行が建物の中へ消えるまで待ち、それから人目のない路地へ入った。
袖を捲る。
腕の皮膚の下で、何かが小さく蠢いた。
◇
遠く離れた館で、DIOは報告を聞いていた。
「アヌビス神は?」
「破壊されておりません。空条承太郎たちは刀を鞘へ収め、箱に入れて運んでおります」
「誰の判断だ」
「神代蓮司です。情報を引き出すつもりかと」
DIOは椅子の肘掛けへ指を置いた。
わずかな沈黙の後、口を開く。
「放っておけ」
「よろしいので?」
「アヌビス神はこのDIOの能力を知らん。館の場所も教えてはいない。配下同士にも必要以上の情報は与えていない」
敵に捕らえられたこと自体は失態だ。
だが、それだけで慌てて回収する必要はない。
「それに、あれはこのDIOに忠実だ」
DIOはそう言ってから、わずかに口元を歪めた。
「今はな」
報告者が顔を上げる。
「もし敵の手に長く置かれ、こちらへ刃を向けるようなら?」
「決まっている」
DIOの答えに迷いはなかった。
「回収できるなら回収しろ」
そして、静かに続ける。
「できぬなら破壊する」
◇
同じ頃。
宿の部屋では、問題のアヌビス神がDIOの判断など知る由もなく、木箱の中から蓮司を呼び続けていた。
『神代蓮司!』
「何です?」
『せめて箱から出せ。鞘に入れたままでいい』
「嫌です」
『少しくらい考えてから答えろ!』
「誰かが触ったら困るでしょう」
『なら貴様が一晩中見張れ!』
「寝ます」
『この薄情者め!』
蓮司は灯りを消し、布団へ入った。
暗くなった部屋の隅から、まだ何か文句が聞こえてくる。
捕虜を一人増やしただけなのに、旅は昨日までより少し騒がしくなったらしい。