身体の機械化が当たり前な終わり散らした世界で、うすほそ色白実験体を拾ったロートルおっさんは、実験体からなぜかダディと呼ばれる 作:異星人アリエン
とあるビルの一室。
かつて超高度成長期に建てられはしたものの、その後の動乱で居住者たちもいなくなり廃墟と化したビル。その一室、厳重かつ丹念にトラップを構築し、招かれざる客には手痛い歓迎をお見舞いする、いくつもの罠を越えねば辿り着くことのできない場所。
「ウェ〜イ、ちょーよゆー。まったく、古臭いシステムばっか使ってる頭の硬い連中はちょろいねー。これで中を見れるっと」
多くの電子機器に囲まれて、ディスプレイ特有の青白い光に照らされているのは一人の女性だった。ボサついた髪を乱雑に括りあげ、ズレたメガネをかけ、ズボラによれた白シャツとスパッツを履いただけの格好で、したり顔をする。
「ふんふんふん、企業同士で《スクラッパー》を使った小競り合いが勃発と。いや〜、世も末だねぇ。人殺しの道具がこんな風に堂々と表で取引されているだなんて。とりあえず、この情報は政府に流してっと。わぁ〜、これでまた人が多く死ぬなぁ。ま、民間人を巻き込もうとしてるんだから、多少痛い目見てもらわないとねぇ」
画面の先には、《スクラッパー》と称される金や高額な
それも、普通の《スクラッパー》では手に入らないような武器を手にしている姿だ。
「まー、政府も政府で力を取り戻そうと黒いこと沢山してるんだけどねー。あー、やだやだ。どこであろうと人の死が日常にあるなんてなぁ」
そのままネットに潜り、様々な情報を吟味していく。目を背けたくなる情報から、どうでも良い情報まで。精査して、四捨選択していく。
その時、扉が開く音が聞こえた。
当然、この部屋に来るまではたくさんの罠があるわけで。それらが作動することなく来られる人材を、女性は……
「おっ? 帰ってきたのかい、ダンテ……くっさ!!? ゔぉえぇぇ!!? くっさぁ!!?」
そして漂ってきた悪臭に、盛大にのたうちまわった。
◇◇◇
「頭おかしいのか、君は」
「それは連れて来たことにか。激臭の缶詰を使ったことにか」
「両方に決まっているでしょうが、すかぽんたん!」
がんっ、と足を蹴られる。
高度に成長したインターネットを渡り歩く超凄腕ハッカーであるグレア。そんな彼女の元に、俺はあの少女と鎧を連れて戻ってきた。
目を覚まさない少女だったが、あまりに臭いがひどかったのでグレアは一緒に風呂に入って洗ってくれた。しかし、グレアは大層不満そうである。
「俺が風呂に入れる方がまずいだろ」
「それは確かにそうだけど、密室であの臭いと密閉されるこっちの身にもなれって!
鼻が取れるかと思ったわ!」
「安心しろ。取れても、新しい
「そーゆー問題じゃないよ! あと、乙女の肌に軽々しく取り替えるとか言うな、あほが!」
乙女は肩丸出しのよれたシャツを着ないと思うがな。
さて、これだけ騒いでいるのに件の少女はまだ目覚めない。
俺は、あの後少女を撃たなかった。それは聞きたいことがあったからだ。
一応、何かあった時のために手を手錠をかけて拘束しているが、あの超能力を考えるとどこまで意味があるか。
「グレア。お前はあの少女の裸を見たのだろう? どう思う?」
「……十中八九、
グレアは吐き捨てるように言った。
「相当待遇も悪かったんだろうね。身体も、胸どころか肋骨が見えるくらいに痩せていたし、腕も太ももも、本当に歩けるのかって言うくらい細かったよ。抱きしめたら折れてしまいそうなくらいに華奢で繊細な身体だった」
「……後半の情報はいるのか?」
「ばっか、いるでしょう!? 儚げな美少女よ! その身体情報なら余すことなく知りたいでしょ!?」
ならその情報を、本人が気絶しているのに漏らすのはどうなんだ。そう思ったが、何も言わなかった。
実験体。その言葉に動揺はない。そもそも、わずかな布切れから見えた真っ白な肌と注射痕の時点で、薄々察してはいたのだ。
ただ、どうしても苛立ちを隠し切れずに懐からタバコを取り出し、ライターで火をつける。
「ここ、禁煙」
「吸わせろ。換気扇くらいあるだろう」
「もぉ〜! 一本だけだからね!」
プリプリと怒りながらも、グレアは止めなかった。
自分自身も、秘蔵のチョコレートを机の引き出しから出して齧っている。あいつも、思うところがあったのだろう。
「ところでアレ、なんで持ってきたの?
チョコレートで口を汚したグレアが親指で指さすのは、薄汚れた鎧。既に袋に包まれ密封されている。
あの少女が隠れ蓑としていた骨董品だった。
「一応何か仕掛けがある可能性を考慮し持ってきた。まぁ、見ての通り単なる骨董品だったわけだが」
「こどもか! 何でもかんでも拾ってくるんじゃないよ!」
至ってまともな判断だと思うのに、腑に落ちん。
「ぅ、ぅぅん……」
そんな騒ぎを聞いたせいか、少女が目を覚ます。
俺はすぐさま腰のホルダーに手をかけ、グレアもまた近くの椅子にすぐ座り、パソコンを叩く。視界の隅で、部屋にいくつも設置されたトラップが起動状態になったのがわかった。あとはグレアがもう一度キーボードを叩けば作動する。グレアも同情はしつつも、警戒は解いてなかったのだろう。
「おはよう。あぁ、いや今は夜だからおそようと言った方がよかったか?」
「……!? そ、の、こえ……!」
瞬間、周囲の家具が浮かび上がる。無論、それはグレアの私物である。
「うわぁ〜!? あたしの集めたパーツがぁ!? やめてぇ! それもう廃盤で手に入らないんだよぉ〜!?」
避難した机の下で嘆くように叫ぶグレア。
俺もまた、銃を構える。そして天井に撃って、警告する。それを見た少女が怯んだ。どうやらこの俺の恐ろしさは、ちゃんと覚えていたようだ。
「いますぐ周囲の物を下ろせ。さもなくば、どうなるかわかるだろう?」
「……っ! う、うぅ……! よ、ろい……! どこ……!」
少女は懸命に、泣きそうになりながらも俺を睨みつける。
「よ、鎧? それってアレじゃないの?」
恐る恐る、グレアが離れた部屋の隅に隔離された鎧を指差す。すると少女は一目散に、鎧へと向かっていった。
「あった!」
「あ、おい待て! それに近づくな!」
制止を振り切り、少女は鎧に駆け寄り、袋を破り、鎧の中に入ろうとして首部分から覗き込む。そう、あの缶詰の入った鎧の中へである。
「はみゃっ……!!!?」
「何をやっているんだ……」
「も〜! せっかく洗ったのにぃ!」
そのままこびりついていた臭いで悶絶し始めた。
こいつ意外とばかなのかもしれん。
そのまま悪臭に鼻を押さえて、床にのたうち回る少女を、俺は呆れた目で見ていた。銃口だけが、困ったように宙を向いていた。
「ほっ……狭いところ……落ちつく……」
幸い、鎧の頭部分に関しては俺が初手撃ち抜き落としたせいで、缶詰の被害が及んでいなかったのでその部分だけを与えた。
白い少女は、ほっとした様子で座り始めた。同時に、浮かんでいた様々なパーツも床に降りていく。グレアがほっ、と息を吐いていた。
「……ご迷惑を、おかけしました」
くぐもった声だ。
頭だけが重装備で、そこから伸びる身体はひどく細い。そのアンバランスさは、無理やり別のパーツを継ぎ合わせたプラモデルのようだった。
「謝罪を受け取ろう。そして、話す気があるならば尋ねるぞ。まず、お前の名前はなんだ」
「識別番号RX06-21-7です」
俺とグレアは顔を見合わせる。
「いや、そうじゃなくてね。あなたの名前を聞いているの」
「……? ですから、RX06-21-7です」
名前ではない。それはただの番号だ。
つまり、それが当たり前な空間に隔離されていたということ。少女もまた、それに疑問に思う素振りがないことから、相当闇深い話だ。
「う〜ん、番号だけじゃなぁ。あ! そうだそうだ! ならさ、あたしらが考えて良い?」
「え?」
「そうだなぁ。RX06……Rはアール、6はロク……そうだアルロックはどう!? かっこよくない!? ねぇ、あなたもそう思うよね!?」
「え、え? あ、と、その……」
困惑する少女。その間にも、ぐいぐいとグレアが迫っていく。あいつ、先ほどの超能力を見ていたのにどんな心臓をしているんだ。
このままでいくと、名前もアルロックに決まってしまいそうだ。それは、あんまりにもあんまりだ。
「……ニナで良いだろう。21-7をとって、
「え〜、シンプル過ぎない?」
「無駄に懲り過ぎなんだ、お前は」
一方でRX06-21-7……いや、ニナはパチクリと瞬きをする。
「ニナ?」
「仮名だがな」
「……ニナ」
自分を指差す。何かを噛み締めるように。
「グレア」
「そうそう」
グレアを指差す。
「……ニナ! ニナ、ニナ、ニナ! あははっ、ニナ!」
そして再び自身を指差し、叫ぶ。
何が嬉しいのか、しきりに名前を連呼する。
そして、俺を指差し首を傾げた。
「えっと、あなたは?」
「教える必要があるのか?」
「あう……」
しゅん、と先ほどの表情が嘘のように落ち込む。
なんだその反応は。先ほどまで、怯えていただろうが。居心地悪く頭を掻く。やがて間をおいて、ため息を吐いた。
「ダンテ・アイゼンバーグ。それが名前だ」
「ダ……、アイ、グ?」
「……発音し辛いのならば、好きに呼べ」
ニナは舌足らずに俺の名前を復唱する。
元々ニナだって、グレアのネーミングがあんまりだから名付けたが、俺だって、番号を語呂合わせしただけだ。大した名付けじゃない。ニナは気に入ったようだが。
だからせめて、俺の名前をニナにも好きにさせてやろうと思って、投げやりに答える。
「ダン……、アイ……あっ」
ニナは何度も俺の名前を反芻し、眉を寄せる。やがて何かを思いついたのか、顔を明るくする。
「
「だれがお前の
「ダディ! ダディダディ……ダディ!!!」
俺にこんな可愛らしい娘はいない。
しかし、ニナはしっくりきたようで何度も俺の名前を呼ぶ。表情は鎧の頭のせいでわからないが、ぴょんぴょんと立ち上がって跳ね、全身で喜びを露わにする。やめろ、がくがく揺れる鎧の頭が怖い。
「良いじゃん、こんな可愛い娘ができるなんてさぁ。うぅ、アルロックも良い名前だと思ったんだけどなぁ」
「俺はもう
「それあたしのことを言ってる??? いつも、サポートしてやってるの誰だと思ってるの!?」
「グレア! ダディ! ニナ!」
お前はちょっと黙っていろ。
そう思ったが、無邪気に喜びながら名前を連呼する少女を突き放すのも憚られ、結局俺は深くため息を吐きながら頭を掻く。
なぜここまで懐かれている。俺はおまえを殺そうとしたんだぞ。
「ダ……、うぅっ」
「ニナちゃん!?」
突然、少女が膝をつき頭を押さえる。
「だい、じょうぶ。ちから、使ったから、疲れちゃっただけ……。逃げたときも、こうだったから……。ねたら、なおり、ます……から…………」
そのまま丸まり、気絶するように眠り出した。
ピクリとも動かない。どうやら本当に眠りに落ちたらしい。さっき起きたのは、身体が無理していたのか。
「話を聞きそびれたな」
「だね。でも、あれを見る限りふつうのこどもっぽいけど……」
「超能力は本物だ。
どちらにせよ、これ以上聞き出すのは不可能だ。
続きは明日だろう。そう思い、俺は自身の部屋に戻ろうとする。
「ちょっと待ちな。あれ、洗っていきな」
がっしりと肩を掴まれる。
そう言ってグレアが指で指し示すのは、置き物と化した鎧。正確には、異臭を放つ特級呪物と化した代物だ。
「確かにアンタが少女と入るのは、大問題だった。なら、鎧となら何も問題はないよね?」
「……何故洗う必要が」
「さっきのあの娘の執着を見たでしょ? 鎧はいま、めっちゃ臭いから近付けない。だからそのまま放っておいたら、何しでかすかわからないよ」
「……俺が洗わなくても、都市の洗浄システムを使えば」
「あんな悪目立ちする骨董品、街中の洗浄施設に持ち込めるか! さっさと、洗ってこい! あと鎧なんだから本来は水洗い厳禁なんだし、やった後は入念に乾かしなよ! あと防錆処理も忘れないこと! わかったなら、返事しな!」
圧のある言葉に、何も言えなかった。
その後、哀愁漂う背中で必死に鎧をゴシゴシと何度も吐き気を堪えながら黙々と鎧を磨き続けるおっさんの姿があったとか、なかったとか。
ちなみに、必死に洗ったおかげで鎧はピカピカになった。