身体の機械化が当たり前な終わり散らした世界で、うすほそ色白実験体を拾ったロートルおっさんは、実験体からなぜかダディと呼ばれる 作:異星人アリエン
「ふんふんふん」
鼻歌を歌う。
曲はかつては一世を風靡した曲だ。今となっては、データでしか存在していないが、俺の頭にはこびりついている。もっとも、ワンフレーズだけだが。
さて、なぜこんなにご機嫌かというと一日一回の楽しみ、コーヒーブレイクだからだ。
普段はクソまずいレーションで良いが、朝一のこのコーヒーだけは手を抜けない。
コーヒー豆は年代物、それを扱うコーヒーミルといった様々な道具も、俺が自ら足を運んで集めた逸品ばかりだ。これらを扱うことで、至高のコーヒーができあがる。
湯を入れ、コーヒー豆
一口啜る。
素晴らしい。味、コク、全てが満点だ。
「30過ぎたおっさんがご機嫌に鼻歌歌う姿見るの、きっついわぁ……」
そこに起床したグレアが、辟易とした様子でこちらを半目で見ていた。やかましい、俺の至福の一服を邪魔するな。
「ニナの様子はどうだ?」
「口を開いてそれかい。全然。おとなしいものさ。声一つ上げないどころか、身じろぎ一つしない」
「……そうか」
それは、癖というにはあまりにも異様で。おそらくは、それが許されない環境にいたということの証左だった。
グレアは俺に、ノートパソコンを向ける。
「色々と調べたんだけどさぁ。なーんにもないのよねぇ、それこそ噂もないレベルで徹底的に」
「なに? 爆発したとかはどうだ。ニナは逃げたと言っていた。あの超能力だ。それだけの騒動が起きているなら、目撃情報の一つや二つあるだろう」
「アンタ、この街で毎日何軒爆破事故起きてると思ってるのよ」
それもそうだ。
ネオ・アルカディアでは人間同士の殺人はもちろん、企業同士の小競り合いはしょっちゅうだ。テレビでは、星座占いではなく今日の死亡者数占いがある始末。末期にも程がある。
だがそれでもこの都市に訪れる者は後を経たない。それだけこの都市が混沌としつつも夢と希望の詰まった場所だからだ。
「ま、冗談はさておきそっち方面はあたしも調べたよ。でも、情報はなし。こりゃ、徹底的に秘匿されているね。思ったよりも闇深い話だよ」
「もとより
「そりゃそうだ。ま、続報に期待しててよ」
そのままひょいっ、とグレアは俺のコーヒーを横から掻っ攫う。更に、咎める暇もなく、高級品である砂糖をドボドボと入れた。
「なに? いる? あんたの苦手なあまぁ〜いやつだけど」
「……もういらん」
「やりぃ。じゃ、これあたしのね。ん〜、あっまぁ!」
そのままコーヒーを飲むグレア。あれではコクも香りもあったものではない。
「そうそう。もし仮にあの娘が人工的に作られた
「……一応他に
「でもそれって確かさ……」
「あぁ。《オリジン》討伐までの過程で、多くが討ち取られた。最後に超能力者《サイコニスト》が現れたのも、10年以上前だ」
「ふ〜ん。まぁ、《オリジン》すらも今となっては存在は疑われているけどね」
「………そうだな。タバコ、吸ってくる」
俺はグレアの言葉を否定しなかった。そのままベランダに出て、タバコを一服。煙が息を吐くと同時に宙に揺蕩う。
グレアの言う通り、かつて大国を崩壊させた《オリジン》ですらも、ネット上では存在が疑われる始末。
曰く、単なる国家間の駆け引きや思惑が合わさり架空の存在として作り上げられたとか。
「……そんなはずがあるか」
ちり、とタバコから灰が落ちる。
記憶が覚えている。身体が覚えている。
戦車や戦闘機といった兵器をものともせずに沈め、数に物を言わせて浴びせた弾丸の雨すら、ことごとく弾き返した。
そんな現代科学に、真正面から喧嘩を売った
その存在を、今の人々は歴史の影に追いやっている。その事実だけが、どうしてもやるせなかった。
あの日あった犠牲を、蔑ろにされているみたいで。
息を吐く。タバコの煙は風に乗って、空へと消えていった。
「はみゅっ……!?」
ベランダから戻ると、こっそりと覗いているニナと目があった。なんだその鳴き声は。
後生大事に、頭だけの鎧を胸元に抱きしめていた。
「……起きたのか、おはよう」
「あ、え、と。おはよう、ございます……」
恐る恐るあいさつを返してくる。そのまま気まずい空気が流れる。
「二人とも〜、そこに突っ立ってないでご飯できたんだから座って〜!」
グレアの声が聞こえた。
これ幸いとテーブルに座りに行く。ニナは、どうすれば良いのかわからなそうにしていたが、手招きすると同じように椅子に座った。
「ふっふ〜ん! ごらんあれ! あたしの料理をさ!」
そう胸を張り、グレアが持ってきたのは黄色い卵焼き……
そして何よりも目立つのは。
「
「ニナ、それは
「うるさいなぁ! 仕方ないじゃん! あたしだって基本合成食品で済ませてんだしさぁ! これだって奮発してとっておきのを使ったんだからね! ありがたく思ってよ!」
グレアの言葉は、今の世界の食糧事情を如実に表すものだった。
かつてお手頃な価格で庶民の口に入っていた新鮮な作物は、富裕層の贅沢品へと姿を変えた。今や俺たちの口に入るのは合成食品が大半となった。
しかも、何から作られているのかは、ほとんどわからないときた。もちろん、うまくない。
そういえば、前に東の小国で食が原因で反乱が起きたと聞いたな。おとなしい民族だと聞いていたが、食が絡むと豹変するのだなと関心したものだ。
そのまま席に座り、箸が用意される。
ニナのだけ、先が尖ったスプーンだった。
「えっと、これ、は、どうすれば……」
「こうやって使うのだ」
握り方をレクチャーすると、ニナはなんとかスプーンを使う。……こんなものの使い方すら、教わっていなかったのか。
「あ、あむ……んんっ!」
ニナは臆することなく、卵焼き(という名のスクランブルエッグ)を口にする。すると目を輝かせる。
「うまいか?」
「は、はい。ふわふわで、あまあまで、とろとろで、すごくすごく……!」
こくこくと、ニナは頷きながら食べる。口元が汚れても、おかまいなしに。
「この黒いところも、パ、パリパリして……うぇぇ、に、にがい……。でも、えっと……くせになりそうで……」
「無理して食べる必要はないぞ。そこのあほの皿にでも移せ」
「あたしだっていやなんだけど!? ごめんね、ニナちゃん! 焦げている部分は、食べなくて良いから!」
「いえ、食べたい、です……!」
ニナはその後も、焦げた卵焼きを口に運ぶ。
ポロポロと涙をこぼしながら、それでも大事そうに口へ運んでいく。
「ぐすっ、人の手で作られたものが、こんなにおいしいだなんて知りませんでした……。おいしい、おいしいよぉ……」
握り方は拙いし、口周りは汚れだらけだ。
それでも、それを咎める者はいなかった。俺は自分の分を、ニナに寄せる。
「ダディ?」
「今日は腹が減っていない。代わりに食ってくれ」
「! うん!」
そのまま嬉しそうに頬張るニナ。ふと、グレアと目が合った。可哀想な人を見る目だった。
「……歳か」
「撃ち抜くぞ小娘が」
なんて失礼なやつだ。
やがて食事を終える。
ニナは満足そうにお腹をさすっていた。しかし、見れば見るほど細いな。本を持つ筋力すらなさそうだ。
これであの重量の鎧を動かせる超能力を扱えるのだからわからないものだ。
「さて、昨日の続きだがニナ。お前はどこからやってきた?」
ビクッ、とニナの身体が震える。
しかし、こちらが真剣だとわかるとポツポツと話し始めた。
「ごめんなさい、ニナは、どこからやって来たかわかりません。ただ必死に、逃げ回っていたら、あのゴミ捨て場に辿り着いたんです」
「なら、お前のあの力はなんだ? 元からあったのか、それとも後天的に得たのか」
「え、と。最初から、使えました。わたしは、そのために、
造られた。つまりは人工的に、人という生命体を生み出せるということ。
クローン技術は禁止された。公に、ではあるが。それを裏でとはいえ、成し遂げる力を持つメガコーポは一気に限られている。
《ノヴァニア》か《アセンディオン》、このネオ・アルカディアに台頭する二大企業のどちらかだ。
「そいつらは《
「《オリジン》……?」
俺の言葉に、ニナは首をこてりと傾げた。この様子じゃ、何も知らなさそうか。
「ぁ……」
「どうした」
「あの、わたしの力がそれと同じかはわかりません。でも、たしか……国を滅ぼした力を我が手に、なんてことは言ってました」
「……そうか」
決まりだ。
どの企業かはまだわからないが、そこでは超能力を人工的に生み出そうとしていた。更にいうと一部でもその発現に成功している。それはニナの力を見ればわかる。
これは由々しき事態だ。
下手をすれば《オリジン》の再来となる。しかも、量産可能ときた。今度こそ、世界は滅びるのかも知れない。
「ならば質問を変えよう。お前はどうやってその研究所から、逃げ出したのだ?」
「……アイリの、おかげなんです」
「アイリ? それってお友達の名前?」
グレアが首を傾げる。
「はい。アイリはわたしよりも超能力が使える子で。いつもテレパシーで話しかけてくれたんです」
「テレパシー? そんなことまでできるの?」
「あ、いや。同じ仲間同士でしか、つかえなかったからダディやグレアにはできないと思う……」
「そっかー、残念」
「使えたら、電波妨害があるところでも問題なかっただろうから便利だっただろうな。ネットがないと途端に無力になるお前と違って」
蹴られた。
「それで、その日はわたしの廃棄処分が決まった日でした」
さらりと言われた内容に息を呑む。
廃棄処分、その意味をわからないはずがない。
「だから、今までのお礼をアイリに言ったのです。そしたら、アイリが一緒に外の世界に行こうって、超能力で研究所を破壊しました。そして、わたしを助け出してくれました」
ニナはその光景を思い出しているのか、嬉しそうな顔をした。しかし、それもすぐに陰る。
「アイリが暴れたおかげで施設が燃えあがって、騒ぎが起きている隙に、そこから逃げたの。アイリ……アイリ、は、わたしを逃すために……、
「で、でも、外は怖くて。歩くのも何もかも怖くて。その時、捨てられていたあの鎧を見つけて、身にまとうことにしたの」
「あの鎧にそんな理由があったのか。手配書に載っていたが、存在を誇示するためだと思っていた。……すまなかったな」
鎧は俺がすでに穴だらけにしてしまった。
一応、穴は治せる範囲で治せたが随分と見窄らしくなってしまっただろう。
「い、いえ。わたしこそ、襲ってくる人を追い散らしていたら、そんなふうに、指名手配されているとは知らなくて。め、迷惑かけてごめんなさい」
「あなたはなにもわるくないっしょ〜。も〜、良い子ちゃんすぎるよぉ」
「あ、あうあう。な、撫でないで……」
そのまま撫でくりまわされるニナは、あわあわしていた。
俺は暫し、その様子を眺め、ニナの頭に手を置いた。
「ダディ?」
首を傾げるニナだが、そのままされるがままだ。俺はこどもを撫でたことなんぞない。なのでグレアと比べたら不器用かつ粗雑だっただろう。
「……えへへ」
しかしニナは柔らかく、照れたように笑ったのだった。
「さて、情報も得られたことだし。あたしはもう一回ネットの方で情報を巡るとしますかーっと」
「頼むぞ。オレはそっちの方ではからっきしだからな」
グレアが耳を触る。
途端にさまざまなケーブルが耳の中から現れた。それらを順次、パソコンに接続していく。
「ひっ、そ、それはなんですか?」
「
「そ、それっていたくないんですか?」
「ぶっちゃけ、すごくいたいぞ」
「ひゃぁ……」
「いじめるのやめなー」
グレアがジト目で見てくる。その間も手際よくグレアはパソコンとケーブルを繋いでいく。
《オリジン》以降、メガコーポ企業たちはサイバー空間の拡張に乗り出した。これからの時代は陸・空・海ではなく第四の戦場であるサイバー空間こそが主戦場になると睨んでいたからだ。
結果、サイバー空間は複雑怪奇な空間と化した。一歩間違えれば、防衛プログラムや、隔離プロテクトなどで死に至る場所。しかし、情報を得られたら一攫千金も夢ではない。それを目的に、サイバー空間を渡り歩く者を
「俺も今から外に出る。何か手がかりと食糧と日用品の買い出しにな」
同居者が一名増えたのだ。
それなりに必要なものがある。
「なら、ニナのこと連れて行きなよ」
「は?」
「いや、あたしと二人きりにしないでよ。なんかあったら、対処しきれないよ。こっちはサイバー空間に意識を移してるわけだしさ」
グレアの言葉は至極真っ当だ。真っ当だが、俺がニナを連れて出かけろと?
ニナと目を合わせる。
「ふ、ふつつかものですが、よろしくお願いします。ダディ」
「どこでそんな言葉を覚えたんだ」
「えと、アイリが教えてくださいました。男の人に、世話になる時にはこうやって挨拶するものだと」
その無垢な様子を見て、俺はニナの命の恩人とやらが、案外