サイボーグ全盛世界の、時代遅れのロートルガンマン 作:異星人アリエン
ネオ・アルカディアには、今の世界において最先端の技術が結集している。
まず話題にあがるのがこのネオ・アルカディアを実質的に牛耳っているといえる、《ノヴァニア》と《アセンディオン》だ。どちらも《オリジン》を発端とする世界崩壊から台頭した巨大企業である。
そしてそんなメガコーポ企業同士の小競り合い。時には政府軍も含めた三つ巴。あらゆるものが開発され、壊され、そしてまた洗練されていく。
おかげでこのネオ・アルカディアは1ヶ月経てば既存地図はもう役に立たないと言われている。なんなら、最新の地図データが高値で取引されている。それだけ、建築及び解体の目まぐるしい場所なのだ。
で、だ。
俺はそんな表の通りを全てスルーした。当然だ。
あんな骨董品の鎧が出歩いてみろ、即刻写真を撮られて拡散される。ならば、ニナに鎧を着せなければ良い話なのだが、ニナは脱ぎたがらない。故に、このような手段をとることになった。
「どっと疲れた……」
普通に考えて、街中にあるカメラを全て躱すのは不可能だ。
無論、ある程度どこにいくつカメラがあるのかは把握している。だからこそ、映らないようルートを選び、時には物理的に破壊し、徹底してニナの姿が映らないようにした。そのせいでいつもより神経が張り詰めていた。
「だ、大丈夫ダディ……?」
お前のせいなんだよ、という言葉を飲み込む。
こっちはパルクールみたいに壁をよじ登ったり、屋上を飛び越えたりしているのに、こいつは鎧丸ごと浮かべるのは理不尽が過ぎる。
鍛えて肉体を維持しているとはいえ、30を越えるおじさんにはツラいものがある。
「まわる店はさっきので最後だ。家に帰るぞ」
そのまま帰路を指し示すと、ニナがついて来る。
どうでも良いが、鎧が後生大事に食材を抱えている姿はなかなかにシュールだな。
「ごめん、なさい」
「なに?」
「ニナのせいで、ダディにめいわくかけてる」
ほんとうにな、とは口に出さなかった。
ニナの声色が、自責の念に駆られているのがわかったからだ。
「……別に構わん。グレアの言葉が発端だが、最終的にお前を連れて行くと決めたのは俺だ。責任は俺にある」
「でも……」
「構わないと言った。二度も言わせるな」
負い目を感じる必要はない。だから強い口調で止める。
ニナは何も言わなくなり、ただ俺の後をついて来た。暫し沈黙が走る。風の音、俺の足音、ニナの鎧が軋む音、そして──何かの
「おい、ニナ。俺から離れるなよ」
「うぇ……?」
超能力を持つくせに、敵意に対して疎すぎる。
俺はニナの手を、いや、鎧だが……、とにかく引いてすぐにこちらに寄せる。すると彼女の元いたところを通るように、弾痕が地面にできた。
「えっ、えっ?」
「へへっ、見つけたぜ。《
現れたのは、痩せ型の男。ただ、両腕が義手化されていて手榴弾のように膨らんでいる。奴の掌が機械音とともに折り畳まれ、上腕部からは銃身が突き出ていた。
そして、銃身が突き出て硝煙があがっていた。俺はいまだに混乱するニナの前に出る。
「今の発砲はお前か」
「そうだとも! 最新鋭の
「大層なカタログスペックの割に、撃ってきたのは1発だったように見えるが?」
「はっはっは、わざとだよ! どうせ死ぬなら、威力の違いを味わって死にたいだろう?」
頭の方は悪そうとはいえ、奴の
先程のスペックも、片腕だけだとしても両腕から一度に放たれれば、秒間60発ものが弾丸の嵐が襲いかかってくることになる。
もし当たれば、細切れになること間違いなしだろう。
俺は肉体を
「裏社会の特S級の賞金首、《
「典型的な
銃を抜く。それを見た刺客は、笑い声を上げる。
「おいおい、ロートルだなぁ! 今時、拳銃だなんて
醜悪に、顔を歪めながら嘲笑う男。
その通りだった。
かつて《オリジン》が大国を滅ぼしたのをきっかけとして、
何せ、以前は望めなかった機械化という夢。それに加えて、人々は求めたのだ。脆弱な肉体ではなく、頑強な機械仕掛けの身体を。
それは、《オリジン》がもたらした人という人種の弱さを克服するための、甘い麻薬だった。
結果、鋼の肉体を手に入れた人間を銃で殺すことは難しくなった。
今でも通用するのは、大型の銃器くらいのものだ。そうでなくては、
ハンドガンは時代遅れの産物だ。かつて簡単に人命を奪えたそれも、今や人の身体を貫くことすら出来やしない。
「わかっていないのは、貴様の方だ。若造が」
──なんて言うはずがない。
かつて、より強力な兵器がいくら開発されようとも、なぜハンドガンが廃れなかったのか。理由は単純、それがもっとも人を殺すのに適していたからだ。
「人を殺すのに、周辺を隈なく破壊する威力なんぞいらない。ただ額を貫けるだけの威力があれば充分だ」
「わかってねぇなぁ! 虫一匹すら生かせやしない火力こそ、正義なんだよォッ!」
男が両腕を構える。そこからミニガンが姿を現し、
「よけろ!」
「はみゃっ!?」
俺はすぐさま、そばで尻餅をついたままのニナの鎧を蹴飛ばす。珍妙な鳴き声が聞こえた。
俺もすぐさまニナを蹴り込んだ先の壁へ飛び込み、それを盾にする。凄まじい音とともに、銃弾が元いた位置に降り注いだ。
「ここにいろ。お前の超能力なら、弾けると思うが建物の陰から決して出るんじゃないぞ!」
「まって……、ダディ!」
ニナを置いて、俺は建物の陰から出る。奴の狙いは俺だ。ならば、彼女を巻き込むことはない。
高笑いする刺客に、俺は冷徹に視線を向ける。
「見せてやろう。貴様の言うロートルの強さをな」
弾丸の雨が降り注ぐ。
俺はそれを巧みに障害物を利用して躱していく。
「おいおい逃げ回るだけかよぉ!? 《
男は嘲笑いながら、撃ち続ける。
当たれば脅威だが、問題ない。
現に、音速を越えるはずの銃弾なのに奴の撃つ弾は全然俺に当たらない。あまりの威力に銃口がぶれまくっているのだ。
おまけに、両腕は
さらに腕を機械化した以上、当然、排熱の問題がつきまとう。
刺客も10秒ほど弾丸を撃ったあと、オーバーヒートを避けるために一度射撃を止めた。
その隙を狙って俺は発砲した。
「おっ!? ははは、あれだけ大口を叩いてどこに当ててやがるんだよ?」
当たったのは、刺客の両腕のミニガンの片方。
走りながら当ててきたことに刺客は驚くが、それだけだ。こちらの攻撃を無意味と嘲る。
だが、それで良い。
「終わりだ! 血肉と化しちまいなぁ!」
あとは、向こうが自ら
銃身が唸る。恐るべき弾丸の嵐が俺を襲おうとして。
「は──?」
奴の両腕が大爆発を起こした。咄嗟に背を向け、コートで熱から身を守る。
破片があちこちに飛び散り、火薬の臭いと血の臭いが入り混じり、なんとも言えない悪臭が辺りを包み込む。やがて煙が晴れ、現れたのは仰向けに倒れる刺客の姿。胴体や顔に大きな火傷と裂傷を負い、自慢の両腕はひしゃげて時折火花が飛び散っていた。
「ば、ばかな……な、なんでおれの腕がぁ……!」
「まだ生きているのか。
「ふざけ……! なにか、卑怯な真似をしたんだろぉ!?」
殺そうとしてきた癖に、今更卑怯だとかどうだとか言うのか。
俺は冷たい目をしながら、いまだに喚く男に教えてやる。
「お前も食らっただろう。俺が撃った弾丸は、あの1発だけだ」
「うそつけぇ! あんな、あんなちゃちぃ銃なんかで……、オレの
「いいや、壊したのは
「はぁ!?」
俺は、飛び散った機械の部品からとあるものを見せつける。駆動モーターの接続部品だった。
「
刺客は、俺が給弾機構を歪ませたにも関わらず気付かず弾を撃とうとした結果が、さっきの大爆発だ。
生身なら、もぎ取られたとかで物理的に失わなければ、多少傷ついたところで即座に機能を失うとは限らない。
だが、精密機械は違う。部品一つ、配線一つでもおかしくなれば、途端にブリキ人形よろしくただの木偶の坊に成り下がる。
そもそも本当に最新鋭の義手であれば、この程度で破損することはなかっただろうが、思った通りに粗雑な造りだったようだ。
そのまま動けなくなった刺客の額に、俺は銃口を向ける。
「ひっ、ま、待ってくれ! 殺さないで!」
「お前は誰からの依頼で俺を狙った?」
「し、知らねぇよ! 俺はただ、裏サイトであんたを殺せば金が手に入ると書いてあったから……! 誰が命令元だとかは知らないんだ!」
「その時に使ったメールはまだ残っているな?」
「あぁ、ある!」
「ならそれをこちらによこせ」
たとえ他国のネットを迂回してのメールだとしても、グレアに頼めばある程度まで絞り込めるだろう。
男はすぐさま俺にデータを渡そうと、首元に埋め込まれた
「が!? あがががががっ!」
すると突然男が身体を痙攣し始めた。
がくがくと身体を震わせ、口元からは泡を吹き出す。やがて一際大きく、痙攣すると同時に凄まじい熱が男から放たれた。
……死んだか。
「自死……いや、自壊か。ろくなことではないな」
企業からの雇われの中には、こうして敵対者に情報が渡らないように負けたとなれば自動的に
所詮、こいつらも捨て駒か。金に目が眩んだ亡者には相応しい末路だ。ひょっこりと、ニナがこちらを覗き見る。
「ダ、ダディ。死んじゃったの……?」
「ニナ。まだ出て良いとは言ってないだろう。……はぁ、そうだ。こいつの依頼元が後を辿られないようにな」
ニナは暫し立ち尽くし、やがて鎧の中から姿を現した。そして、そのまま男のそばに近寄り、両手を顔の前で合わせる。
「何をしている?」
「え、と。人が亡くなったら、こうするのが弔いだって教えてもらったから」
「敵なのにか?」
「亡くなったら、もう動けないの。お腹が減ることも、いたみに泣いちゃうことも。でも、でもね。残された方は悲しいの。寂しくて寂しくて、胸がくるしくなるの。だから、敵でもせめて祈ってあげたい」
……強い少女だ。
研究所で酷い目に遭わされてきたであろうに、心を忘れていない。
俺はもう、擦り切れてしまった。人の死があまりに身近にあり過ぎたからだ。
「さっきお前が言ったこと、覚えているか?」
「え?」
「迷惑をかけてると言ったが、お前が追われているように、俺も裏社会じゃ追われている。つまり、仲間というわけだな」
皮肉るように笑う。
だが、ニナは笑わなかった。ただ俺のそばに駆け寄り、コートにギュッと強く抱きついてきた。
「ねぇ、ダディ」
「なんだ」
「ダディは、その、なんでわたしのことを殺さなかったの?」
ピタリ、と動きを止める。
「あの時、初めて会った時のダディの殺気。すごかった。わたしが
ニナはきゅっ、と口を結ぶ。ただ、俺を見上げている。
「でも、ダディはわたしは殺さなかった。口は、や、やさしくはないけども、それでもこの人はわたしのことを、心配してくれているってわかった」
「……お前確か、テレパシーは
「うん、そうだよ。でも、でも悪意とか怒りとかはわかるの。ダディは、わたしが鎧から出る前までは絶対に殺す気でいた。でも、目を覚ました時にはもう殺気はなくなっていた」
そこまでわかるのか。
かなり精度が高いと言っても良いだろう。考えが読めないにしても、お釣りが来るくらいだ。どうりで、やたらと俺にくっついてきた訳だ。殺意がないと気付いていたのだろう。
「ねぇ、どうして?」
「別に……単なる気まぐれだ。子猫に餌をなったみたいなものだ」
俺はただ、その視線から逃げるように前を向く。
気まぐれだ。
『なぁ……
そう、気まぐれなんだ。
血に沈み、死にゆく親友と昔交わした約束を、守ってやろうと思っただけだ。
「そっか。なら、ニナは運が良い! だって、ダディの気まぐれのおかげで生きてるし、あのおいしい卵焼きも食べれた!」
ニナは無邪気に喜んだ。
その様子を、俺は横目で見る。
あまりにも純粋で……直視することができなかったからだ。
俺たちはその場を後にした。やがて、爆発した音を聞きつけて《スクラッパー》たちが集まってくる。《スクラッパー》たちは、男の死体が放置されていることに気付くと我先に
そうして1時間もすれば綺麗さっぱり遺体は消えてなくなった。
あとに残ったのは、そこに死体があったという証拠の血だけであった。